第59話:偽勇者、夜露死苦!
勇者を名乗る者が現れたと聞いた葵は、集落の長であるオーサーの案内でその人物のいる所まで足を運んでいた。
「其奴は集会所にいつもいての……儂はともかく、皆が結構信じてしまっておってな」
「は、はぁ……」
何故そんなことをするのか、何が目的なのか、どんな人がやっているのか、などなど葵の脳内はぐるぐると回っていた。なにより、これに対して自分はどんな感情を持てば良いのかについても戸惑いを覚えていた。
怒りは特に湧いていない、そういう人もいるのだろうなぁぐらいの感情に留まっているのも、実際に見ていないからなのか、見てもそう感じるのか、分からないまま困惑だけを抱いて目的地まで足を進める。
「あっ!やはり今日もここにおったか!アオイ殿、彼奴ですぞ!」
「どれどれ」
茂みから顔を出し、オーサーの指差す方を注視する。
「魔物なんざなぁ、この轟様がいれば瞬殺ってもんよぉ!!!」
勇者を名乗る轟という名前の男は、そう語りながら騙るのに相応しく、中々のビッグマウスの様だった。葵が知らないだけで言葉通りに瞬殺出来るならば、申し訳なく感じる限りだが。
しかし、言葉だけで言えば事前に聞いていた情報とは大きく乖離しないレベルだ。
「集落の人々も勇者様がどんなお姿なのかを聞いた事があるぐらいに留まっていての……つまり、轟もそうだったのじゃろうな。つまり、合致したのじゃ」
曰く、黒い長い髪に、黒い制服、そして刀を持った男性という情報だ。現時点では少なくとも、確かにこの内容で被ってる人間は見かけた事はなかった、意外にも。
「その結果、彼がそうだと思われた、と?」
黒い(前に)長い髪、黒い(長ランとボンタン)制服、そして(木)刀を持った男性。それこそが、勇者の特徴を全て持つ轟という男の姿だった。
「いやいやいやいやいや!!!待って、アレはないでしょ!?あの人絶対出る世界観間違えてるでしょ!?」
「明らかに時代も間違えておりますぞ!!今の時代で本物を見る事が出来たら感動してしまいますぞ!実際このオーサーも思わず若き日の頃を思い出して、共感すら覚えたもんじゃ……」
「貴方そんなグレてたの!?」
「お恥ずかしい話じゃが、喧嘩とかもよくしておっての、よく他校からやってきた生徒を相手に一辛一退の攻防を繰り広げたものじゃ」
「オーサーさんは名前からして海外の方ですよね!?他校からのカチコミってグローバル化されてる概念だったんですか!?っていうかせめて進んで下さいよ、滅茶苦茶敗色濃厚な戦況になってるじゃないですか!?」
「そこにいる奴ら!誰か知らねぇがうるせぇぞ!!コソコソしてねぇで面出せ面ぁ!!」
「アオイ殿、バレてしまいましたぞ!ここは腹を括りましょうぞ!!」
「だ・れ・のせいだと思ってんですかぁ!?」
「バカみてぇなコントしてねぇでとっとと出て来いや!!」
2人が茂みから出てくると、轟の話を聞いていた集落の人々がそちらに視線を向ける。長が隠れて話を聞いてた事を不思議そうにする者と、見慣れない顔に好奇心が刺激されている者、反応は様々だ。
今この場で誤解を解く為に葵が何かを言った方が良いのかもしれないが、自分が本当の勇者だと言っても納得してもらえないだろうし、そもそもまだ詳しい事が分かっていない中で、彼を責める様な発言をする事自体が葵としては嫌だった。
「すまぬの、何やら盛り上がっておったようじゃから、水を差したくなかったのじゃ」
「オーサーの爺さんか、堂々と聞いていきゃ良いのによ!この轟様の武勇伝をよ!もしや、聞きたくねぇのか?」
「い、いやいや!とんでもない!」
「……あン?そっちの奴、見ねぇ顔だなぁ」
「この人はじゃな……ってコラ!聞かんかい!」
オーサーの話を無視し、轟は葵の方へと一歩、また一歩と大股で歩いて来る。不良らしい不良に絡まれた経験は1回しかないからか、少しばかり緊張が走る。もっとも、魔王の使徒や異業や魔物と比べれば、何の不安も覚えなくて良いぐらいだろう。
(いや、しかし──)
ただ近付いて来るだけならまだともかく。
(滅茶苦茶顔近くない!?)
「どこ高だコラァ!?」
(高校を聞かれるパターンもあんの!?)
教本に載せられそうな程の模範的なガン飛ばしっぷりに思わず目を逸らす、元から人と目を合わせるのが得意ではない葵に、この圧は相性が最悪だった。
「あ、あの〜自分、滝沢葵と申しましてぇ、貴方についてオーサーさんからお聞きして、お顔を拝見しに来たという次第で……」
「ならちゃんとお顔を拝見しろやコラァ!!」
「くそっっ!正論!!」
だが、この最中にも葵は彼を観察していた。木刀を挑発的に肩に担ぎながら、怪しむように睨みつけて来る様子から察するに、勇者てあるかどうかの探りを入れに来ている可能性を考えているのだろう。元から威圧的な態度を取る人間であるかもしれないが、そうだとしてもどこか警戒の色が見えるのだ。
葵は相手に無条件に警戒心を持たせる容姿ではないだけに、尚更それ以外の要因で警戒しているのは間違いないだろう。
「オーサーさんから勇者と聞いて、それで興味を持って会いに来たんだ」
「ほぉ?」
「すごく逞しくて、猛々しくて、勇ましくて、強いと聞いて」
「ほぉほぉ?」
「他の追随を許さないほど男気に溢れていると聞いて!俺も貴方のような男気に憧れているので!」
「ほぉ!!」
「その勇者様の事を知りたくなったってわけ!!」
「テメェコラァ!!分かってるじゃねぇかぁ!!!」
(すごくチョロいのぉ……)
プライドがないわけではなく、靴を舐めろと言われたら衛生的に考えても流石に上手く断りたいと考える程度には、彼にも最低限のプライドがある。だが、プライドを発揮する時か否かの判別がつく方で、あまりプライドの高い方でもないから相手の気分を乗せる事にも何の躊躇もなかった。
「まず!このオレ様の名前は轟学!!異世界に勇名を轟かせる為に与えられた様な名前よぉ!」
(学!?学君なの!?)
「私立夜金高校の1年だコラァ!!」
(俺より2つ学年下なの!?ってか私立!?私立にテンプレ的ヤンキーいるんだ!?)
「オレ様の相棒のバイクはどこにもねぇが……だが!コイツがオレ様にはついてる!異世界の化け物と戦っても折れなかった相棒、必滅轟丸よ!!」
(本当に木刀に銘が彫られてる!?自分で作ったのかな……え、これも心器の可能性あるの!?だったらどうしよう!?どうもしないか!?)
「魔王の使徒相手にもオレ様は恐れずにこう言ってやったのよ!あんま舐めんじゃねぇぞってな!!で、激闘の末に拳と拳でオレ様が制したってわけよぉ!!」
(必滅轟丸は想像上ですら決め手にはならなかったのか……っ!)
「テメェもっと盛り上がれや、舐めてんのかぁ?」
「め、滅相もない!予想以上にエピソードがどれも印象的すぎて見合う感想が浮かばなかったんだよ!!」
「なら仕方ねぇな!!」
(もしかして良い人なのかな!?)
偽物である事は間違いなくとも、それを証明する方法がない。放置しても葵だけなら問題ないが、葵の事を知っている人魚達と、これまで船に同乗していた民間人がこの度集落入りした以上、彼の嘘が嫌な形で発覚してしまうかもしれない。
これまでの彼の話を聞いている限り、そこまでの大事にはならない可能性もあるが、轟を信じる者と、葵を知っている者の間で諍いが起きないとも限らない。
(まぁ、本当に考え過ぎだろうなぁって気がするけれど、微妙にどう対応するか困るな……)
愛想笑いを浮かべる葵、機嫌を良くしている轟、腕を組んでうんうんと頷いているオーサー、その様子をずっと不思議そうに見ている聴衆。ここからどうするか葵が考えてる最中──
「アオイ、私を置いて何か面白……じゃなくて、厄介ごとに巻き込まれたのかしら?」
「葵さん!何かあったのですか?」
「何か、何かと、今ちょっとだね。何と言ったものかな……」
2人に正確に説明するには轟に聞かれては困ると思った葵は、リンドの方に視線を向けて手だけでジェスチャーを送る。
「……成る程ね、ミア。葵は今カツアゲされてるって」
「そうなのですか!?お金が仕事してない世界でもされる事あるんですか!?」
「違うよ!俺そんなカツアゲされてる顔か!?」
思わず口にした内容を思い返し、咄嗟に自分の口を塞ぐ。気分を害するとこれまでの苦労が水の泡だ。
様子を伺う様にゆっくりと轟の方を振り返ると──
「激マブじゃねぇかこの野郎!!」
違うベクトルで怒りを込めて葵の胸倉を掴み始めたのだった。
「いや!何で!?マブいと怒る原理が分からないんだけど!?」
「テメェ分かってるぞ!!他にもこんな激マブな女の子に囲まれてんだろう!!男気を見せたけりゃ鼻の下伸ばしてる場合じゃねぇぞこらぁ!!」
「俺が鼻の下伸ばしてるかどうかは一旦置くとしてさ!じゃあ貴方は何だ!?その状況下で鼻の下伸ばさないって自信あるの!?」
「それで鼻の下伸ばさねぇ奴の方がヤベェだろうがよぉ!?」
「そうだよね!?でもじゃあ俺はずっと何に怒られてんだよ!?」
「マブいってちょっと懐かしい言葉ですね……」
「アオイーちゃちゃっと対処なさいな。それでも私の所有者なの?」
「その方法が今悩みなの!!」
しかし、流石に周囲の人が発展した騒ぎに微かな怯えを見せ始めたのを見れば、無視は出来ない。
だがどうする?出来る限り対話で収めようとしたが、嘘にも限界がある。そもそも葵は嘘が下手だ、ボロが出るまでそうかからない。何より、今求められてるのは素早く彼を落ち着かせる事である。
(どうするどうするどうする!?)
そして、葵は咄嗟に轟の胴を両腕で抱え──
「おぉっ!?」
(どうしよう!?)
地面にぶつかる鈍い音が2つ分。
「い゛っっっ!!」
綺麗な姿勢でジャーマンスープレックスを決めたのだった。
「…………」
聴衆も、オーサーも、ミアも、当然轟も。葵自身も固まっていた、そして勢い余って打った頭がとても痛かった。リンドは何故か感心していた。
「ふぅ〜……皆!人魚殿がこの集落に来たぞい!」
「いや、流石にそれで空気変わりませんよね!?」
*
その後、唖然とする聴衆の相手はオーサーがしつつ、轟は葵とミア達が相手をすることに。
オーサーの側の話としては、聴衆を相手に轟が偽物で、葵が本物、の様な言い方をするのは、事実であったとしてもあまり感じが良くはなく、勇者については一旦置いて連絡事項のみを話す事になっていた。
「何で勇者を名乗り始めたの?」
「ってかよ、こっちからすりゃあ、こんなひ弱そうな顔した奴が本物って方がすぐには信じられねぇ」
「そういうシンプルに傷つく事を言わない方が良い、俺は事実を言われると弱い」
「見るからにツッパリな感じな人に見かけで判断されたらどう言えば良いのか困るわねぇ……」
「こっちが先にした事だからなぁ……見かけで判断は。言われてみれば確かに俺も大概胡散臭いもん」
「でも人を見かけで判断してはいけませんよ。轟さんも見かけだけで全部判断されたら嫌でしょ?」
「へっ、オレ様の顔を見て恐れをなすってんなら願ったりよ!舐められる事が1番嫌いだからな」
「本当にこの人見かけ通りだわ」
「リンドさん、シーッ!!失礼です!」
「オホン!まぁ、君の目から見て俺がその信用に足る感じじゃないのは仕方ないと思うし、君が疑うのは正しいと思う。でも、君が俺を信じるか否かは置くとしても、君が嘘をついてるのは俺が分かっていて、君自身も嘘をついてる自覚があるって事は、いつか必ず綻びが出る事だと思うんだ」
この世界を救う為に必要な能力を持つ者としての勇者。ある意味その存在自体の証明はこの異世界そのものがしてくれているわけだが、妙にシステムめいている以上、あまり関わりがないと轟も葵も変わらないものかもしれない。
「……へっ、だが力さえありゃあ嘘も真に出来るってもんよ。オレ様は喧嘩で逃げた事ぁねぇのよ!」
「怪我しちゃダメですよぉ、この世界にあるのは喧嘩じゃなくて殺し合いなんですよぉ……」
「ちょっと、アオイ。そろそろ本格的にこの世界について、理解してもらわないといけないんじゃない?」
痛い思いをするだけで済むならばまだ良いが、この世界において人ではないもの、そして人だと思ったら容赦しない人間相手の場合は本当に危険を伴う。葵達の立場からすれば、彼が仮初のまま勇者の役割を求められる様になってしまってはまずい。そう考えると、リンドの言う事は間違いないだろう。
「……いや、まぁ、それならそれで良いんだよ」
「いや、ちょっ、葵さん!?」
「俺みたいに元の世界で別に喧嘩とかほぼした事なくて、運動も特別得意じゃなかった奴でも戦える様になったわけだし、その辺り戦いとかそれに近い事の経験がある人の方が強いかもしれないのは事実だと思うんだよ」
「い、いやいやアオイ!アンタ卑屈の発揮どころは今じゃないわよね!?馬鹿!?ほんっと馬鹿なの!?」
「だってさ、それだけの力があるなら戦力が増えて助かるし、事実として俺はまだ未熟なわけじゃないか。って、リンド!拳を解いて!!拳を!!」
「あまりの覇気のなさに殴りたくなってきた少女心を理解しなさいな!!」
「コイツさっきから誰と話してるんだ?」
「そこに激マブな女性がいるんです、でも出来ればそっとしておいてあげてください……」
ミアと轟の様子を横目で見た葵は、リンドをなだめつつ言葉を選んで続きを口にする。
「ほら、言う通りならさ、使徒とも戦えて、魔王と戦って、邪神と戦う気概があるってことじゃないか。そこまでを付き合い切れる人自体が希少だし、普通は怖いし」
戦えと言われずともやってやる、ぐらいの言葉が出そうだったが、何故かこの時の轟は咄嗟に言葉が出なかった。
「正直、俺としてはそれが虚勢であってほしいとも思う。そんな戦いについて来ることは苦しい道だから」
「待てや待てや!飛躍してねぇかさっきから!?」
「このままじゃ、君も戦い続ける事になるから。この世界の人は皆、本当は戦いなんて知らなかった人だ。もし集落に敵が来たら、なんて考えたらきっと皆不安で……そんな中で、勇者を名乗った君が居たら、君は有事の際に力を示さなければいけなくなる。俺はそれが心配なんだ」
名乗るだけの力があるなら手を貸してもらえたら助かるが、基本は民間人である彼が異世界に来たばかりの時の葵の様に、混乱したまま戦う羽目になるのは気の毒だと考えていた。
世界を救う為に、自分達の世界が滅びない為に戦わないといけない事と、戦えないと言う権利も守られる権利もあるという事はどちらもあるだろう。少なくとも、葵はそう考えているのだ。
そんな彼にとって轟の様子は守られる権利を持つ側だ。彼の心はまだ地球の中にあって、地球の価値基準のまま居てくれている。それはとても貴重な物だ、この世界が異常だと言う認知を持ち続けてくれるかもしれないのだから。
故に、あくまで葵はずっと彼を心配をしているのだ。心配症で、後ろ向きで、いつでも悪い方向のケースを考えてしまう性格だから。
「えっと、君からしたら後から現れた奴にこんな風に言われるのはすごく腹が立つかもしれないから、すぐに飲み込めとは言わないけど、その辺りは留意してほしいって言うのが俺の伝えたい事、です。うん」
出来る限り自分の懸念をそのまま口にしたつもりだが、その気持ちがどこまで伝わったのかを伺う様に首を傾げる。自分で言いながら押し付けがましかったかもしれないと、既に反省しそうになっているだけに。
「…………」
轟の返事には少しの間があった。葵の言葉の意味がどれほどの物かまでは分からずとも、真剣である事は分かってくれたのやもしれない。
「ちっ!だがよぉ、オレ様なりによ、シケたツラした奴等を盛り上げてやろうと思ってたのによぉ!この水の刺され方は気に食わねぇわけよ!!」
「うん、それはそうだろうから留意とね、俺はね」
「なら何でテメェはもっと早くこの集落の奴等に会いに来なかったんだっつー話だよ!見た事もねぇもん信じられねぇだろうがよぉ!?」
彼の怒り方の理由がようやく見えてきた。集落では先代勇者を知る人間は当然おらず、しかし次代と面識のある人間もおらず、エレン等のノアの主要な人員の口から聞いたのみの者しかここには居ない。だから、世界を救う存在、この世界から解放する存在自体が眉唾物だったのだろう。地球に帰るという事がノアの民間人より想像がつかない話なのだろう。
だから、彼は勇者を名乗ったのかもしれない。純粋にその場所における最も強そうな称号を名乗った可能性もあるが、彼なりに自分より力を持たない人を鼓舞していたのだろう。
「つまりだなぁ、この場所から勇者の称号を奪いたきゃあ、このオレ様に勝ってからにしな!!」
「空気を読んで黙っていたのだけれど、さっきのKOはノーカンかしら」
「不意打ちだからノーカンかもしれません……」
彼なりの信念も理解したが、思ったよりも丸く収まらない話の様な気がしてきた葵は、眉間をつまむ。これで彼がその名を使って悪事を働いてるならもっと話はシンプルだったかもしれないが、ただ騙っているだけなのだ、彼は。
「ただオレ様が称号を防衛するだけじゃあ割に合わねぇからな。テメェにも賭けてもらわなきゃいけねぇものがある」
「えぇ……な、何?」
「激マブを賭けてもらうとかちょっとは考えたがよぉ、勝手に賭けさせちまうのは男がすたるからよぉ」
「現代の配慮を感じますねぇ」
「ってわけだから、テメェが負けたら、オレ様の舎弟になりな!!さっきの一撃は悪くねぇ一撃だったからな!!」
「受けるとも言ってないのに!?」
こうして、滝沢葵と轟学による、本当の勇者の称号を巡る戦いが開幕する事となった。
「お、俺の意思は……」
「気の毒だけどもっと早い間にガツンと言えばこうはならなかったのよ」
「は〜〜〜〜異世界なんてこりごりだよぉ!!」




