第5話:希望の方舟
身体が鉛のように重い、目蓋は接着剤でくっつけられた様に強情で言う事など聞きはしない。
『葵〜あら、寝てる。こんな所で寝てたら風邪をひくわよ』
『よしよし、父さんが部屋まで運搬してやろう』
『いや、あなた……葵ももうそんな子供じゃないんだから』
『寂しいもんだなぁ、小さい頃はよく抱っこして布団まで運んだもんだが、子供が大きくなるのは早い、早いなぁ』
『葵も今年で18なんだもの、当たり前よ。でも、18、18かぁ確かに早いものよね』
『ふふ、私タオルケット持ってくるわね』
『お願い、紅音』
ソファに座ったまま眠る葵を心配そうにする母、そんな葵に軽口を交えながらも何歳になっても頭を撫でていく父、いつも優しく見守ってくれる姉。
声が鮮明に聞こえてくる、当の葵にとっては眠っている時のやり取りのはずなのに、それは極めて自然で、何度も聞いた事がある様にすら思える会話だった。
──目を開けたい
だが、葵の言うことを決して身体は聞かない。こんなにも近くに家族が、当たり前が感じられるのに、それをモニター越しに見ているかの様な、どう足掻こうともその風景の一部になれないという事実を感覚として突きつけられる。
それが葵はどうしてなのかは分からない、今自分が何なのかも曖昧で、どうなっているのかすらも不明瞭、だがそう認識している時点でこれが少なくとも今は自分の場所ではなくなってるという確信に変わってしまう。それが酷く苦しかった。
──考えたところで仕方がない。今俺はすごく遠い所にいるんだし、スマホで通話もメールも出来ない様なところにいるから。
そう言い聞かせていく毎に声は遠のいていく。
言い聞かせても心をすぐに切り替えられはしないから、声が少しでも聞こえる間に、日常がまだ側にある間に、せめて心に刻もうと耳を澄ませる。
家族3人で楽しく話している声、家族3人で笑う声。
──そうだ、これで良いんだ
真っ暗な視界は変わっていはずなのに、目蓋の中の世界はより暗さを増していく。
暫しの別れと共に。
*
「は──」
意識が急浮上して目を覚ました時は決まって呼吸が整っていない。周囲を見るよりも何よりも先に深呼吸が先に来る、1回、2回、3回、そうして繰り返すうちに落ち着きを取り戻していく。
だが、落ち着いた分酷い寝汗の不快感が襲ってくる、シャツも髪も肌に半端に張り付いて存在感を放つ。酷い夢でも見たのだろうかとぼんやりした思考を巡らせるが、分からない物は考えたって仕方がない。
ここはどこか、真っ白な天井に落ち着いた茶色のタイルの床のグラデーション、なにやら見慣れない器具らしきものも見える。人の手のかかった正常な場所に今いることだけは葵でも分かった。
「体調はいかがですか?」
近くで聞こえた声は女性の声だった、リンドとはまた異なった、慈しみを感じさせる声。まだ疲労からか動きたがらない首を無理矢理ゆっくりと動かすとその姿が見えた。
「おはようございます」
桃色の髪をショートボブの長さに揃え、編み込みを入れた女性らしい髪型。白い肌と、柔らかさを思わせる丸い珊瑚色の瞳に、薄いピンクの唇。
年齢は葵と同じくらいの容姿で、背丈は葵の肩より少し上ぐらいか。紺色の膝丈のワンピースに白いエプロン姿で服装も清楚に纏めている。葵がこれまでに会った人物を思い返した中でも、初めて会って早々から安心出来る雰囲気を持つ人間だろう。
「体調は……とりあえず、平気」
「良かった、連れの方が血相を変えてらしたので私も心配していたのですが、異常がなかった様で何よりです」
「彼女がそんな……」
思えば彼女はあの時ずっと声が微かに震えていた気がした。自分よりも圧倒的な捕食者めいた様子と印象を抱いていた相手が自分の為にそうなっていたのかと思えば、少しの驚きと申し訳なさが湧き上がる。
意識が途切れる寸前も、葵の名前を呼ぶ声は心からのもので、必死だった様にも──
「あれ!?」
「きゃっ!ど、どどどうしましたか!?」
急激に起き上がった反動で強烈な眩暈に襲われてしまい、もう一度ベッドに寝転びそうになったが、頭を振って無理矢理に払おうとする。
「け、怪我、俺、あれ!?何で!?」
膝に触れても包帯もなく、撃たれて掠めて血を散らした箇所に片っ端から触れ、最後に顔を触るが、どこにも跡が残っていない。
意識を失う直前は沢山の致命傷を受けてほぼ死に体のはずだった、しかし今はどうだろうか?正常にどの部位も動き、痛みなんて全くありはしない。異常がない事が何よりもの異常、健康である事の歓喜や安堵よりもその理由のなさに対する不安が大半を占めていた。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
「ごめん……なんか、かなり動揺していて……俺、大怪我していたはずなんだけれど」
「鏡、お使いになられますか?」
「いや、大丈夫……無傷なのは俺自身分かってるから」
リンドが血相を変えていたという話がある以上、葵が運び込まれた時の様子も知っているはずだが、最初から葵は怪我などしておらず、それに違和感も覚えていないといった様子に尚更混乱は深まるが、これ以上目の前の相手にとっておかしな事を言い続けるのも申し訳なくなった葵は口を噤んでしまう。
一方で、その当人もそんな葵を見ながら視線を数度彷徨わせていた、何かを言いたげではあったが、一先ず汗に濡れた葵の額に冷たいタオルを当てる。
「色々と、新しく知る話もこれからあると思いますから、貴方にとっての疑問も自然と答えが見つかると思いますよ」
「ここの人が色々と知っているなら心強いけれど、君も?」
「はい、詳細な説明はエレンさんがしてくれますが、まずここがどこなのかとかは私でよろしければお教えいたしますよ」
「言われてみれば……ここ、どこだろう」
「この場所はですね、空飛ぶお船の中なんです」
空飛ぶ船と聞き、タオルに感謝をした後ベッドから降りて窓の方に近付く。彼女の言葉を疑ってのものではない、これは言わばただの好奇心。
「わあぁ……!!」
葵の目覚めた森林がミニチュアの様な大きさに見え、あれだけ苦労して歩いた砂漠も足跡が見えない、それどころかあの折れた電柱すら恐ろしく小さい。飛行機に乗った事はあるが、それも物心がついてない幼い時と修学旅行の2度だけだが、修学旅行の時も窓際ではなかったからそんなにしっかり外は見えなかった。その時も青の中にいる不思議な感覚に高揚はしたが、機内の席に備え付けられたイヤホンとラジオで耳を塞ぎ、半分寝ていたのもあって感動し損ねていた。
だから、新鮮だったのだ空から見る景色が。しかも船という形状の物が本当に空を飛んでいる幻想の実体化が。まだ年齢としては子供の範疇とはいえ、幼い子供の様に目を輝かせながら窓から見える景色に夢中になっている葵に後ろから小さい笑い声が聞こえていた。
「す、すごい!すごい!飛行機じゃないのに、飛んでる!エンジンとかどうなってるんだろう、いやそもそもこれって機械なのかな?」
「これは魔力によって動いているんですよ。これは魔力船にして希望の方舟、その名はノアです!」
心なしか得意げにその名前を口にしながら思わず葵は小さく拍手をしていた。生物の絶滅を防ぐ為に作られた船の名前、具体的な事は分かっていないが今地球が危機に陥っている中だと考えればその名前も的を射ている気がした。
今の解説の一瞬で情報量が非常に多い気はしたが、こうした幻想自体は元から好きだった以上混乱よりもその実在性への喜びがある。読んでいた本やゲームもそうした内容の物が多かったから。
「魔力、空飛ぶ船。異世界なんだなぁ、ここ」
「ふふ、今更ですか?」
「たはは……それを言われたのはこの世界に来てから2度目だね、勿論君にではなかったけれど」
「では実感の進捗としてはまだ100%には達してはいないみたいですね、無理もないです。突然の事でしょうから」
「お恥ずかしながら……」
葵は人との会話をあまり得意とはしていなかったが、目の前の少女とは不思議と話しやすい感覚を得ていた。それは彼女の持つ雰囲気の影響なのだろうか。そう考えた途端少しばかり照れ臭くなって咳払いをする、当然少女は小首を傾げているが。
「元気そうで何よりね」
そんな穏やかな空気の中、聞き覚えのある声を伴って入室してくる影。
「随分とはしゃいでいた様だけれど、結構余裕がありそうなのかしら?」
入室してきたのは、美しい銀の少女リンドだ。笑みを浮かべながら横髪を払う仕草だけで芸術品の様に魅せてくれる。
まるで咎める様な言い方だが、彼女が葵を心配してくれていた事を考えたら思わず笑みが溢れる。怪我をしていたのはお互い様なのに相手は何事もなかったかの様にしているのだから、見習いたいものだと内心で考える。
「おはよう、リンド」
「おはよう、アオイ」
「君には心配をかけたみたいで、色々とお礼を言わないといけな……」
しかし、それを言っている途中でツカツカと距離を詰めて来られて思わず言葉を詰まらせる。挙げ句鼻がぶつかりそうな程に顔を近付けられてしまい、鼓動が早くなる葵、そしてそれを見ながら目を手で覆う桃色の少女。
リンドの意図は分からない、分からないがどうあれこの状況で意識をするなという方が難しい。吸い込まれそうな赤い瞳が真っ直ぐと葵の色素の薄い青い瞳を貫き、そのまま葵の動きを麻痺させて、それで──
「あだぁっっ!?」
葵の片足を体重を掛けて思い切りブーツのヒールで踏んできたのだった。
「心配していたのを知っていたなんてお利口さんねぇ、アオイ。でもそれなら私に会いに来るのが礼儀ではないかしら、所有者さん」
一瞬でもロマンチックな展開を想像してしまった自分が色んな意味で恥ずかしくて爆発してしまいそうな葵だが、それ以前にとにかく痛い。鉛玉で撃ち抜かれた痛みを経験してもやはりピンポイント攻撃の痛みはどうしても我慢出来ない。
「いだだだだ!!痛い!すごく痛い!心配していたのならどうしてこんな事するの!?」
「所有者としての自覚を持ってもらいたいってところかしら、折角私も所有者が見つかって気分が良いのに……私は道具だけれど乙女なんだからあまり放って置かれると悲しいわぁ」
「痛い痛い痛い!!乙女心とかまだよく分かってなくて!!」
「そもそも、私の脳内で貴方は血塗れの穴だらけな酷い様子から更新されていなかったのよ。私の記憶を更新させたいとは思わなかったのかしら?」
「ごめん!ごめんなさい!俺が悪かったのでお願いだから足を、足を解放して下さい!!」
謝罪を聞いてようやく満足げに足をどける、高揚感は瞬く間に痛覚によって現実に引き戻され、典型的なトホホという言葉が滑り出てしまう。
一方、2人の間で慌てていた少女は止めた方が良いのだろうかという事で頭がいっぱいだったが、途中からこのやり取りが落ち着くまで静観する方に変わっていた。故に、ようやく纏まったらしき様子を見てから口を開き始める、この世界に葵より先に居たであろう人間だけあって肝が据わっているのか、あるいは男女の揉め事は下手に首を突っ込むと面倒臭いからなのか、真意は少女自身にしか分からない。
「では、そろそろ艦橋に行きましょうか。制服も洗ってそこに置いてありますので、お着替えが終わりましたら呼んでください。私達は外でお待ちいたしますから」
「あ、うん。その、お待たせしました」
「いえいえ、思いの外早く話がついた様なのでよろしいかと」
「もう少しかかってたら俺の足が耐えきれなかったところだよ」
「その場合、僭越ながら私が話を物理的に預からせて頂かねばならなかったので、良かったです。私は怪我人を優先いたしますから」
「何をするつもりだったの?」
何やら剣呑な言い回しを残し、一礼の後に彼女は部屋を出る、無論退室する際にはリンドの手を握って半ば強制的に退室させていた、成る程彼女の鬱憤はそこにあったらしい。運ばれてきた葵を側で診ていた以上彼女は看護師の様な立場なのだろう、それを思えば今のやり取りもかなり多めに見てくれていたのかもしれない。
静かになった部屋の中で1つ、息を吐いて着替え始める。金具にループタイを通し、黒いブレザーに袖を通し、同色のスラックスを履いて、いつもと変わらない手順をしている内に自分がこの世界にとっての異物なのだと姿見に突きつけられている気がした。別にそれは問題ではなかった、事実でしかない事に苦しむ必要は何もない。
それもこれも含めていつもと変わらない、それこそが妙な感覚だというだけ、ただそれだけ。
「早く着替えないと、2人を待たせるのは申し訳ない」
*
葵が着替え終えた後、彼女の案内の元2人は真っ直ぐ艦橋の方へと向かう事になった。その最中に葵にとって気になる物はいくらでもあった、電気の代わりに灯りとして吊るされた結晶達、深い青の床、白を主体にした壁と銀銀の装飾の数々、飛空挺と言うよりもどこか客船を思わせる様な華を感じさせ、行き交う船員らしき人、一室から見える何かの作業の様子、その全てが物珍しかった。
この船の存在を知っていたリンドもまた、中は見たことがなかったのか葵と同じ様に見回していな。2人で気になった箇所や良いと思った箇所についてコメントを交わし合いながら歩いていると、どこか観光している様な気分すらある。
無論、船員にとっても葵は地球人、お互いにチラチラと見るという少々奇妙な様子に、桃色の少女が小さく笑っていた。
「ここです、エレンさんがお待ちです」
廊下の奥にある扉を開いた先が艦橋、姿勢を正しながら促されるままに入室する。
そうして、中に入ればすぐに目に入るのは病室より大きな窓、舵、備え付けられた羅針盤、一定間隔に細かい光を放つ見た事のない装置はレーダーの様な物だろうか。
希望の船、この世界では極めて珍しい人類の為の場所、確かに外と違ってどれもこれも道理の通った物で、おかしな要素は見当たらない。人の手を感じるからこそ、人が見ておかないといけない物、それがとてもこの世界においては安心出来た。誰かがこの希望の船を生み出したのは間違いないのだから。
葵を待っていたであろう女性が椅子から降りて近付いてくる。
「ようこそ、我等が方舟ノアへ。我々は貴方を歓迎するわ」
艶のある茶髪をゆるく巻いたセミロングの髪、髪の色よりも明るい琥珀色の瞳、薄くリップが塗られた桃色の唇や化粧からは大人の女性らしさを感じさせる。
金糸で模様が施された白いローブを肩に羽織り、白い首には細いリボンの着いたチョーカーに、胸元の開いたブラウス、ロープと同じ金糸で派手にならない程度の模様の施されたロングの黒のスリットスカートからは、長く形の良い足が覗いている。
顔が似ているわけでもなければ髪や目の色彩も異なるのに、その服装も含めた雰囲気がどこか葵の姉を想起させ、思わず握手をしている間の葵は緊張の面持ちとなっていた。
「は、初めまして。こ、この船に乗せてくれてありがとうござ、ございます。俺、いや自分は滝沢葵と申します」
「あらあら、そんなに緊張しないで、私まで緊張しちゃうじゃない」
「す、すみません。つい……」
「謝る事はないのよ。でも折角仲間になるのだから、ね?」
「仲間、ですか?」
「ええ、そこも含めてまずはここにいるメンバーの自己紹介といきましょうか。まずは、ここまで案内してくれたその子はミア、船医と船の炊事洗濯等を務めてくれているわ」
「紹介が遅れてすみませんでした、ミアと申します。よろしくお願いします、滝沢さん」
「そして、あっちの操舵を務めてるのがグレムよ」
「…………」
操舵手と言うよりも、2mは間違いなくいっているであろうその屈強な肉体と、髪の1本もない頭と鋭いアッシュグレーの瞳からは戦闘員にしか見えない。筋肉が逞しすぎるせいか、着ている赤い襟付きのベストや首飾りが今にもはち切れそうな上に、ベスト以外何も着ていない上半身からは発達した胸筋が出ている。
葵を確かめるような目で見た後に小さく一礼をする。
「気を悪くしないであげてね?グレムは口下手な照れ屋さんなのよ」
照れ屋って目つきだったかな!?そんな一言が出かかったが、初対面の相手にあまりにも失礼なので堪えた。遅れて彼が一礼したのは見えたから睨んでいるわけではないのはよく分かって、失礼をはたらいてしまったわけではないらしいと、ひとまず安堵した。
「そしてあっちの子が船務長のエミナ」
「うぇっ!?あ、えへ、ど、どーも……タキザワさん。エミナ、です」
流れ的に名前を呼ばれるのは必然ではあったが、まるで呼ばれるとは思わなかったかの様に驚いた反応を示した女性はペコペコと数度頭を下げている。少し大きめなのか袖から手が生えている紺色のコートと、その下のシンプルな黒いハイネックドレスは人目を避ける様に露出度が抑えられている。
濃い紫色の髪は腰の近くまで長さがあるが、癖っ毛らしくあちこちが跳ねているのが見える。しかし、眼鏡の奥に見える夜色の瞳は反して神秘的な彩りを放っている。
「そして通信長のファイナ」
「やっほ〜!随分と可愛い子が来たねぇ、アオイだっけ?大歓迎よ〜!」
半ば食い気味に話しかけてきたのは、彼女もまた興味津々だったのだろう、それを証明する様に明るい朱色の瞳が輝いている。
橙色の髪は肩ほどの長さのサイドテールをリボンでまとめた快活な雰囲気で、襟と袖口がミニスカートと同じ赤いチェック柄になっているブラウス、黒いベストについた金の装飾と胸元のネクタイにつけられている不思議な輝きを放つ青い宝石のお陰か、上品さも含まれている様に思える格好だ。
そうして、他の船員の紹介も終えた後エレンは船長席に座り直す。
「最後に私が船長、エレンよ。改めてよろしくねアオイ君。
私含めて皆カッチリした役職はついているけれど、当然軍隊でもなんでもなくて、分かりやすい様に当てはめている所もあるし、船員全員を一気に覚えろって言うのも難しいだろうから、そこは交流を重ねて覚えていきましょう」
「は、はい。よろしくお願いします!」
「つまり、肩の力を抜いて仲良くしていきましょうって事じゃないかしら。肩の力を抜くのにどれだけかかるかしらねぇ、アオイ?」
「うぅ……」
覚える事自体は苦手ではない、今の挨拶だけでも、それぞれの個性を把握するのは時間がかからなさそうではあった。何はともあれ、人の視線が集中している状況で、あがり症なのが露骨に出てしまう事そのものにも恥じらいを覚えている事に今は問題があった、それだけにリンドのその指摘も否定は出来ずに唸るしか出来ない。
だが、葵には恥じる事よりも明確にしておかなければならない事が1つあった。
「その、1つ聞いて良いですか?」
「ええ、勿論。何かしら?」
「自分は、何故ここに仲間として歓迎されているのですか?」
その問いかけをした時、今まで穏やかな空気感だったのが途端に張り詰めた気がした。何かしてはいけない問いをしたのだろうかと気圧されそうになる。
だが事実として葵には分からなかった、この船に滞在したいであろう人間を船員の1人として迎える事でそう呼んでいる可能性も考えた、だがリンドの言っていた、向こうが見つけてくれるという言葉も気になったのだ。無条件で人間を見つけられる便利な何かがある可能性をゼロとは思わないが、葵を見つけた理由とは何なのかと。
「貴方にはとても大切な役割があるからよ。だから我々は貴方を少しでも早く見つけたかったのよ、アオイ君」
「こんな俺に何の役割があると言うんですか」
そう、だから葵に向けられた仲間という言葉は葵に求められている何かがあるんじゃないかと。
「だって、貴方は我々の勇者だもの」
そう、これは少年が世界を救う勇者になる為の物語だ──