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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第3部泡沫アクアリウム
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第50話:女神の生誕祭

 その間、クライルと2人の間で時間の経過に大きな境がきっと生まれていた。これは感覚的なものでしかなく、どちらにも正確に時は刻んでいたはずだ。だが、それでも、クライルの目には特に予兆もないまま、瞬く間に大きい変化が発生したのだ。これで驚くなという方が難しいだろう。


「……なんだね、これはさぁ?」


 物質界の物とは言い難い光の粒が奇跡の様に少女を瞬く間に作り上げるのだ。だが、奇跡というにはそれを人が引き寄せた様な、必然性に近いものがそこにあった。


「行きましょう、アオイ」


 銀の少女は先程までの存在の儚さを掻き消すように、銀の光を纏っている。その光を反射してより、眩い輝きを放つその姿は以前よりも、力強く、そして凛々しく、美しかった。


「私は、勇者を導く女神。邪神に抗う夜明けを呼ぶ者」


 彼女の望んだ自分の姿。葵の望む夜明けを叶える為に必要なもの、そして朧げながらも把握している範囲の自分のルーツにも適合するもの、邪神の側に近い存在。

 魔王側にとっての邪神のように、勇者側にとっての女神となりたいと思った。これが彼女の本当の姿に近く、そしてある意味でこの姿こそが彼女の心器と言っても過言ではないだろう。


 そして、彼女がそうなったという事は、葵もまた彼女をそう心から定義したのだ。定義出来たのだ。

 この世界に来て、右も左も分からず、警察にも頼る事が出来ず、携帯で場所を把握することすら許されず。現実の熊相手の時点で遭遇すればきっと死を確信するであろう人間が、異世界の訳の分からない化け物に囲まれ、挙げ句には初めて見つけた他の人間には命を狙われる。そんな経験をした中で、最初に葵を助けるために命をかけてくれたのが彼女だった。


 言葉にすると照れ臭いし、少し嘘臭いかもしれない、だがそれでも葵はそんなリンドを見て最初に感じた事がある。

 もしかしたら、女神様が会いに来て下さったのかもしれない、と──


「うん、戦おう。リンド」


 導の女神を背に、勇者は魔王の使徒を見据える。そして、クライルはその光景に目を細めていた。自分が今は失った眩さに?勇者という存在に?女神という存在に?

 否、見ていられなかったのだ。その様子だけで言えば、彼にとっての美の感覚にも当てはまるものではあった。だが、何も隔てず、女神という名を持つ者が触れられるという事、相互に理解し合えるという事、それはあまりにも身の程を弁えない行為に思えた。そうと気付かないままに、それを受け入れている葵を見ながら、なんと恥ずかしい事だろうかと、直視出来なかったのだ。


「……この舞台で、この領域内で、そのマナー違反は許せないなぁ」


 細めていた目は、徐々に怒りを含んでいる様な目に変化していく。いつでも喜びに満ちていた男が初めて見せる感情、初めて見せる余裕のなさだった。

 出し惜しみなく異形が一斉に投下される。装置がある影響で相応の広さがある部屋にも関わらず、それが瞬く間に狭さを感じる程に集められた。エリアの方で割かれた数はあれど、それでもこれだけの数が残っていたらしい。本来なら単体でも処理が手間取るであろう異形だ、多腕かつ剛腕、吐き出す酸は食らえばそれだけで致命傷になり得る。


 異形はその瞬間にも、一斉に本能のままに襲いかかってくる。異形に葵達の目が向いている間にクライルは後方から箱を異形の動きを制限しない範囲の最大量展開し、葵に向かって放っていた。ここまでの物量戦法になってしまえば、彼を殺してしまうかもしれないとも考えもした。ゼーベルアの報告によれば葵は死なない、あるいは相応の再生能力がある様だ。彼の手応えとしても、確実に致命傷のはずだった。それが、気付けばノアと合流して普通に活動しているときた。ならば、一度殺してから捕獲するのもアリかと思えたのだ。美しいやり方ではないが、紅音の死に顔という今後も見る予定のないものが見られる貴重な機会でもあるのは、モチベーションが上がるのだった。


「アオイ、貴方なら私の使い方が分かるでしょ!」

「勿論!力を借りるよ!」


 クライルの箱が届く前に最も近くの異形の首を貫く様に刀を突き立て、遠距離からの攻撃をその巨体を利用してある程度防ぐ。

 だが、そこで防御に徹している間にも事は動く以上、この攻撃1つに意識を向けてもいられない。異形の首から刀を引き抜いたと思えば、それを逆手に持ち替る。切先は敵の方ではなく地面に突き立てられ、その一見奇妙な行動の結果はすぐに姿を見せる。切先から光が多方向に走り、その光が壁に沿って鏡に変化する。ただ、壁に鏡達が配置されただけに思えるが、異形達を相手にそれは反撃として成立するのだ。


「鏡面は己を映す、そう歪みさえも偽らずに。正せ、“鏡正(ノーマライズ)”」


 彼の最後の言葉が紡がれた直後、鏡にその姿を映された異形達は一斉に呻き、苦しみ始め、泡を吹き、身体全体を掻きむしり始める。その姿を保てずに半端に更なる変異を重ねてしまい、戦うどころではなくなっていく。

 葵としては彼等の苦しみを長引かせるつもりはない、壁の鏡を背から飛び込む。


(また転移か、心器そのものじゃないなら数を減らせばぁ良いだろう)


 壁に設置された鏡に向けて箱を複数飛ばし、その破壊を試みる。が──


「……ままならないねぇ」


 クライルの目には、放った箱が瞬く間に真っ二つになっている光景が映っていた。何が起きたのかと瞬きをする。

 葵は、鏡から鏡を飛ぶ様に駆け抜け、転移を繰り返し、部屋の中は彼の斬撃による軌跡の直線が幾度も描かれていた。いつもの転移能力と異なり、リンドの力を借りて鏡から鏡の間を繋げた、言わば鏡同士が対面する場所は全て葵の道になっているも同然だった。

 そして、最後の斬撃を終えて葵が着地をした瞬間、辺りが時間を取り戻した様に鏡が同時に割れ、異形の首が裂けて倒れ伏していった。


「精神操作の類かなぁ?エリア嬢の物とは違うようだけど」


 そう、精神干渉の類。リンドの使用していたその系統の術と葵の能力を掛け合わせた物だった。

 そして、今使った能力自体はこの部屋内の生物で言えば、異形にしか効かない。言わば、強制的に正気に戻す能力だったのだ。葵の刀の象徴の1つである鏡は己を映す物、己を見つめる物としての意味合いを持つ物であり、数多の魔力という精神によって自分を見失う事となった異形という生物の、芯の部分となる本来のその人の精神を引き摺り出す能力。多少心が弱っていようが、能力はこのような効力は出せない。だが、精神に異物が入り、異常を来した異形にはそれが致命打となる。後は引きちぎってでしか取り出せない絡まった糸を引っ張るような物であり、彼等に対してで言えば、拷問めいた力だ。


「でも、そうであろうと、なかろうと、その中身を貴方に教える義理があるというのかしら?」

「ないだろうねぇ。こっちも別に、自分の手の内を話してはいなかったしぃ」

「でしょ。私、アオイと違って貴方とお茶をしながらお話をしてあげるタイプじゃないのよ」


 当の葵は既に地を蹴ってクライルを斬り裂かんと刀を振り上げていた。


「──だからこそ、手段は多くて損はないんだよぉ」

「!!」


 クライルが何やら口を動かしていたと思えば、自分自身を二重にした箱の中に閉じ込めたのだ。挙げ句の果てに水でその中身を満たした、葵相手にやったように。

 そして、一瞬のその隙を稼ぐ為だけに葵の前には戦闘開始時と同じように箱が直線上に列を成して襲いかかってきていた。


「ちぃっ!!」


 霊体に鏡を再展開させ、先ほどと同じように道を作り上げる。箱ごとクライルを突進で壊せば早いだろうと。

 そして、受ける前に破壊をし、直進。その突きがクライルを封じた箱に到達しようとした時、水の中で目を閉じていたはずのクライルが葵の方を見て、気味悪く、これまで通りの笑みを向けてきたのだ。


──夢中になってくれて、嬉しいよ


 クライルのそれは言葉とならず、当然葵に届く物ではなかったが、表情て出力されたクライルの感情は、葵の中の本能的な危機感を煽るには十分な物だった。その一瞬の鈍った切先が、そしてそれによってクライルの完成した奥の手への自信が、その刀が彼を貫けない一歩の差を作った。刀の先端が間違いなく外側の箱にヒビを与えたが、その先が割れない。

 そう、先程の口の動きは詠唱、彼を覆ってるのは箱ではなく結界。領域にいる使徒はその魔力を持って、術者を覆う結界を生成出来た、そして騙ったのだ。中が結界、外側が心器。これすらも時間稼ぎ。


「あ、アオイ!何かおかしいわ!!」

「揺れてる、この部屋が……いや、違う!辺りが、空間が揺れてる!?」


 立っていられず、片膝をつく。今この場で何が起きているというのか──



「ライさん……」


 地上へ上がって来たミアとライは、その揺れの正体である異様な光景を目にしていた。

 屋敷を丸ごと覆う箱が現れた。その時点で皆を驚愕させるには十分だったはずだが、それすらもあくまで前段階に過ぎなかったと知る。


「おいおい、この世界は特撮の舞台か?」


 クライルの屋敷があった場所、そこには屋敷の代わりに美しい巨大な女性が生えていた。大理石で出来た精巧な彫刻の見た目をした女性、両腕は街を抱擁するように伸び、見えない下半身は魚の形をしており、下から街を包むように尾を伸ばしていた。その奇妙なまでの神秘さを孕みながらも、街に落としている大きな影は支配のメタファーとでも言うのか。

 何せ、その像の見た目はこの像を生成したクライルの理想の極致、ここまでに美を求めすぎるようになったきっかけである滝沢紅音の姿をしているのだから。彼女以上の美しさはないのだと、そう示すように。


「アンタら無事だったんだね!」

「ヴィルガさん!と──」


 その背後にはシャミーが居て、思わずミアは警戒をするように一歩下がる。シャミーの方としても苦い顔を浮かべてしまう。

 エリアが死亡した事で洗脳は解除されたが、その時の様子は自分の行動として記憶に残っており、純粋な申し訳なさと、同時にこの街の事を純粋に好きだと思ってる人間の1人である以上、それを荒らしに来た彼等に複雑な感情を抱いている。この世界に来て、そしてクライルとの双方合意の上での取引を行った。この世界で生身で頑張って生きるよりも、彼の保護下で普通に暮らせる方が現実的であるという思いは、植え付けられていた彼への崇拝にも似た感情が落ち着いた後でも変わらない思いだった。彼が裏で何をしているかなんて、当然彼女もまだ知らないが故に尚更だ。

 だが、この街を守る側としても、今はそんな時ではない事も弁えている。


「……すまなかった。殺すつもりはなかったが、言い訳だな。これも」

「いい、こちらこそ、すみませんでした。貴方達の生活を脅かしてしまったのは本当ですから」


 そうした様々な物を飲み込んで、今は少なくともごめんなさいで済ませられるのが最善だった。そして、その選択を2人が自主的に考えたのもまた幸いだった。そうでなければ、こんな状況下でも手を借りる際に意識の面で枷となっていたかもしれない。

 故に、そこで切り替えたシャミーは槍を構え直して像の方を見上げる。


「しかし、アレは一体──」

「クライルの作った物だろう事は間違いないが、俺達も知りてぇよ。何だありゃ」

「おい、呑気に話してる場合じゃなさそうだぜ。あれ、動いてやがる」


 ヴィルガの指す場所。彫刻らしく静かにそこにあった物が、ゆっくりと、瞬きをしているではないか。

 浮かべる笑顔もその姿に相応しい柔らかさがあるはずなのに、皆に言葉に出来ない不安を与えていた──



 そして、その一連の様子はクライルの作り出した泡に映し出され、葵達を驚愕させていた。


「何よ、これは……!?」

「あ、悪趣味な……」


 もしもアレを使って街の破壊をすると言うのならばここにある爆弾を使えば良いだけのこと。なら何故そうしないのか、それを使われたくない事は変わらないが。


「所詮は偶像だとも。だけれどねぇ」


 クライルが顎をくいと軽く上げ、それが指令だったのか、彫刻が結界の外にいる異形に手を伸ばし、容易く握り潰したのだ。その質量、その腕力は見た目通りの物らしい。


「どうやらエリア嬢の力も終わってしまった様だし、この街のお嬢さん方にもう一度、誠実に、この街で過ごす事の利点を紹介して差し上げるには丁度良いんだよぉ」

「誠実だと?それならデメリットの方も平等に、正直に話すべきじゃないか?」

「それぐらいの隠し事、別に良いじゃないかぁ。今後も、時が来るまでは守ってやる(・・・・・)って言ってるんだからさぁ」


 つまり、洗脳の解けた状態の彼女達との街での関係は継続する。その為にもこの街は必要で、彼の有利な地形となる領域を破壊するのは彼自身も普通に避けたい。だが、彼女達が洗脳されていた事を理解する以上、不信感を抱かれるのは間違いないだろう。それでもここを維持する方法として、外の危険性とこの街での生活という安全性を秤にかけてもらう。無論、その秤の片方に細工をするが。

 前提として、人魚となっている彼女達は人魚となる時には洗脳はされていなかった。彼女達は安全、あるいは自分の望みを叶える為に、クライルの取引に応じた。そうである以上、不信感よりも彼がこれ程の規模の守り手を作れるという事の畏怖と、安全への信頼の方が勝る可能性に賭けた。決して、分の悪い賭けではないはずだろう、と。


「ひひっ、勇者様も案外遠い立場とは言えないんじゃあないかな。でもねぇ、君みたいな人間は大きな隠し事に罪悪感を抱くんだよ、だから君は、こちらの与える立場の方がまだ気が楽かもしれないよぉ?」

「それはお前にとって都合の良い理屈だ」

「さて、どうだろうねぇ」


 そして、大理石で出来た手が壁を破壊し、クライルの背後で手を差し伸べていた。


「分からないから、鬼ごっこの勝敗で決めようか。君も鬼でわたくしも鬼。先に相手を捕まえた方が勝ちだ、地上で待っているよ」

「行かせるか!!」


 クライルはその掌に乗って外に出ていくが、葵の放った斬撃が衝撃波となってその指先の数本を砕く。だが、当然それだけで止まる事はなく、その姿は地上に向かって消えていった。

 地上の方にリンドは視線を向けているが、葵は自分の背後にある装置の方を見ていた。それに気付き、思わず彼の袖を引っ張る。


「ちょっとちょっと!早く追いかけないと!」

「うん、すぐに追いかけるつもりだよ。だけど」


 しかし、万全の状態、不安材料を1つでも減らして状態で戦うには今だからこそやっておかねばならない事がある。


「リンドに頼みたい事があるんだ。今の状態の君ならきっと出来ると思う」

「んもぅ、人使いが荒いわね……で、何?」

「爆弾の解体。いや、これの中身を書き換えて欲しい」

「……」


 魔石の中に書き込まれた術式であれば、現在進行形で使用されてでもいない限りは、その中身となる術式の情報に特に変化はない。いわば、時には消えたり置き換わったりし続ける文章を追いかけながら添削する事と、完成した文章の添削との違いのような物で、人が今使おうとしている術を解体・変更する事とは比較にならない程に、手間も現実的に求められる処理能力のレベルも易しいものだった。

 だが、リンドがそれを出来るにしても一瞬で終わらせられる作業ではない。そうであったのならば、既に彼女は戦いのどさくさで書き換えていた事だろうから。つまり、彼女に作業を託し、葵はその間にクライルと彼の従える巨大な像と戦うつもりなのだ。


「はぁ……すうぅぅ、はあぁ〜〜〜」


 また無茶しやがって、驕れる程に強くないぞ分かってるのか、前の使徒戦みたいにボロボロになったらどうするつもりだ、折角劇的大復活を遂げたのに貴方がピンチになったら道具としても女神としても情けないだろうが。

 などと頭の中で大量に巡ったが、やめた。そんな時でもないのは事実であるから。


「分かったわ。出来る限り早く済ませるつもりだけど、無理をするなら格好良く無理なさい。どうせするんだから」

「ありがとう、せめて格好良く出来る様にやってみるよ」


 彼女に命を救われ、彼女の存在に名前を与えた。彼女もまた彼の命を救い、彼に存在を望まれた。ならば、これぐらいのやり取りで多くを語らずとも、ある程度分かるというものだ。

 互いに、出来ればちゃんと言葉にして伝えておきたかった点も含めて。


「で、どんな内容にしたら良いの?私の把握してる術式でしょうね」

「丁度良いサンプルがあるんだ。これみたいにやってほしい」

「ああ、なるほど。分かったわ、じゃあチャチャっと始めるから、貴方もさっさと追いかけなさいな」


 装置の上に手を置き、宙に浮いた見た事のない文字列をリンドは手繰り寄せ始める。もう彼女の作業は開始されている。

 葵も首肯し、地上に向けて走り出す。今度こそ終わらせる為に。

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