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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第3部泡沫アクアリウム
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第47話:人魚姫、エリア

 押し寄せる異形達は、たった2人を追いかける為に駆け回り、その指示を出している少女もまたその2人を追っていた。この街を守る為?クライルのところに2人が向かわない様に足止めする為?それは行動のキッカケであったとしても、目的としてで考えるのならば最早二の次なのかもしれない。彼女はただ、感情的に彼等を消したいだけなのだから。

 そんなエリアの異形を利用した攻勢は純粋な物量による苛烈さを見せていた。そして、この場における主戦力であろうライの心器は単体に対する高火力が売りであるだけに、多勢の掃討に向いたものではなかった。ある程度距離をとったタイミングで異形の頭を撃ち抜きながら溜め息をつく。


「はぁ〜アサルトライフルとかのが良かったかなぁ」

「形とか武器種とかは選べませんから……」

「ま、そりゃそう。そもそも俺は町のチンピラみたいなもんだし、そんな色んな銃の種類使いこなせやしないからな。それより……ミア、なんか考えがあるんだな?」

「はい、異形は一掃出来るとは思いますし。もしかしたら歌の方も、でもかなりのリスクがあるかもしれません……」

「ほぉほぉ、拝聴させて頂こうか」


 走りながらライに耳打ちをし、彼女の案を聞いて自分の顎を撫でる。


「成る程、本能のみで動いてるあの異形達は引っかかるだろうが……お前さん自身もそれでやれるんだな?」

「やります。使徒との戦いはきっと今頃葵さんが頑張っている、それならせめてここは何とかしないといけませんから」

「そりゃそうだ、これ以上格好悪いところ見せてらんねぇ。刺激的なのも嫌いじゃねぇし、やるか!」

「すみません、お願いしま……っライさん!!」


 先頭の異形の手がライの外套を捕らえようとしたがミアの声で寸前で気付き、ライフルの銃身を振り上げてその手を払う。


「ほら、足を止めると死んじゃいますよ?」


 エリアの挑発を受け、それに従う形になる様で不服ではあったが、彼女の言っている通り足を止めるわけにはいかなかった。少なくとも、まだ後もう少し距離を取る必要はある。

 だが、彼等がそんな状況下でも何かを企んでいる事はエリアにも分かっていた。相手は地球への帰還を目標としているノアのメンバー、しかも片方は心器使いである以上油断は出来ない。


「わたくしは皆のお姫様。水底の皆、お友達になりたいの。さぁさぁ、一緒に唄いましょう?“始歌、友殻(しか ともがら)”」


 地下の重い空気感を浄化する様な彼女の歌声は、かつての様にただ人に聴かせたい、聴いてもらいたいという純粋なものではなく。それを武器に変えているのだ。聴かせたいという意味では同じかもしれないが、そこには確かな加害性と、敵意があった。

 2人は歌でまた、自分にとって予想外の動きになる事を避けようと各々動くが、変わったのは異形の動きだった。ただ殺すために追いかけるだけだったのが、道を阻害する様に長い手での跳躍を試みたり、時には2人を分断する為に酸を吐き出したりと、より厄介さがついてくるようになった。


「っ!道が塞がれました!」

「くそ、あれで異形を操れるんなら教えて欲しいもんだな!洋楽でも動いてくれっかな!!」


 正面から来た異形を相手にライフルを盾にしながら振り下ろされた攻撃を防ぎ、その間にミアが鞄を振り上げて異形の体勢を崩す。


「突破口を開くぞ!その隙に走れ!」

「ライさんは──」

「良いから!これ以上包囲される方が困るぜ!」

「っ!分かりました!お願いします!」


 小さく頷き、体勢を崩した異形の腹に回し蹴りを入れ終えた時にはもう身を屈めてライフルを肩に担いで構えていた。


(相手は使徒じゃない、異形である以上単体相手なら代償が軽くてもその威力で事足りる可能性は高い。だが、貫通する必要があるならあともうひと味だ!!)


 本来ならば対物ライフル相当の物であるだけに、もっと安定した姿勢で撃たなければならないところだが、この世界の肉体である事をいいことに、いくらでも負荷をかけられる。出鱈目さも道理の合わなさも振り切ってしまえ。それを受け入れてしまえ。利用してしまえ。

 この武器は何かを成し遂げる為に血肉を賭けさせる。代わりにその辿り着きたい場所へと導く武器。そう、生き延びる為に死ぬ気で何かをするのは元の世界から変わらない。


「存分に吠えな、エル・ドラード!!」


 その場に居た者に音が到達したのはそれが威力を発揮し終えた後だった。ミアの脇を通り抜けた弾は、異形の分厚い肉は今となっては精肉の様に容易く、串を刺す様に繊維を簡単に破壊し、貫いて、その背後の異形までも貫通し、徹甲弾は獲物を食い散らかした後ですら余波で辺りの空気を震わす。

 本能のみで動く異形達も動けなくなる空間を破壊する様な一撃。否、本能のみで動く生物が故に自分達を確実に殺害する道具、それを操る人間は狩猟をされるのみの動物と狩人の差に動けなくなるのだ。エリアの歌声も思わず止まる、本能と理性を操れる人間であっても、戦士ではない彼女にを恐れさせるには十分だった。


「行け」


 その中にあって、ミアだけはライを残して走り出していた。異形の体液で彩られた花道をただ真っ直ぐに。

 それを止められる者はいなかった。いれば、ライの発砲と同時に彼を取り囲んで肉片に出来ていた事だろうから。


「あんな威力……聞いていたのと違うッ」

「っぐ、がはっ!!っすぅ〜〜くうぅ……づっふ、ぅ、それ、ならば上方修正するこったぁ、な!!」


 その威力の分の代償は重い。複数箇所を支払った結果吐血、損傷を受けた内臓を更に傷つける様な吐く行為は止まらず、口からも、耳からもひたすらに垂れ流され、意識がライの言う事を無視して捨てられそうになる程だった。腹の中はぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた様に血溜まりと化している。

 だが、まだ役割は中途だ。状態がどうであろうと関係ない。少なくとも、今はエリアを前に膝を折る事こそが敗北の合図となるだろう。


「っ!で、でも、知っていますよ。彼女に戦う力はない。彼女1人を逃がした所で意味はありません!ヒーロー気取りもここまでです!」


 そうして、彼女の舞台は歌によって彼女の物に戻るはずだった──


「エリアさんよぉ……アオイに何で惚れたんだ?」


 だが、彼女の歌への心は、情熱は、そのただの場違いな言葉に乱され、一瞬の隙を生んだのだ。


「──ぇ」


 声にもならない声を漏らした時、何かが複数個飛来して、液体が掛かる。これは一体何なのかと思うよりも、先に手が動いていた。手前の異形を押し、それを推進力に変えて後退。この直感的な行動は正しかったのだと思い知るのに時間は要さなかった。

 エリアの視線の先。ライ、を通り越した先にいるミアの姿。仕留めると宣言する様に人差し指を向けながら──


「灯れ、そして弔え、“火焔(フレイム)”」


 指先から渦巻いた炎が液体に触れ、走る。炎が撒かれた道を伝い、獣の様に駆ける。


(さっきのは、まさか、油!?しかも地下で、しかも仲間もいるのに!?頭おかしいの!?)


 エリアは自分の直感の正しさを理解したと同時に、ミアがそれを実行した事への戸惑いを覚える。場所が場所だけに自爆に近い行為、しかも使徒ですらない相手に心器持ちの仲間を使い捨てる事は普通に考えても愚行ではないのか?そして、それを実行すると決めた後の躊躇のなさもエリアを困惑させた。彼女の目にはそれが出来る人間性には見えなかったのだ。

 しかし、彼女が戸惑う最中にも油を浴びた異形達の身を伝い、炎は異形達に無慈悲な抱擁をしていく。燃え盛る独特な臭いと、理不尽に対して泣き叫ぶ様な声がこの場を支配していた。火を消そうと腕を振り回すが、それは同胞達を殴り、裂くばかりで彼等の状況を悪化させるのみだった。なのにそれは終わらない、本能、そう、本能なのだ。当たり前のことだった、彼等だって死にたくて異形になったわけではない。生存本能だ、生存本能が彼等の最後の灯火にも近い暴力性を発揮させている。


「っ!鎮まりなさい!わたくしは皆のお姫様。水底──」


 しかし、空気を吸い込むわけにはいかなくなっている。喉を焼かれるか、呼吸を奪われるか、そのどちらであれ彼女にとっての危機である以上に、彼女にとってこれ以上ない屈辱だった。足を代償に得た喉がまた、壊されるなんて。


(一旦後退するしかない、地下の構造ならわたくしの方が詳しい、大丈夫。立て直せる!)


 炎の向こうでミア達の姿は見えないが、今なら各個撃破だって可能だろう。まだ炎が燃え移ってない通路からならば歌で自滅だって──


「!!」


 エリアは今の状況を理解していたはずだったのだ、だというのにそれでも理解しきってはいなかったと思い知らされる。何せ、彼女は後退しようにも見えない壁に阻まれているのだ。その先に行こうとしても、波紋が広がってはまた静寂を取り戻すだけで、そこから先へは進めないのだ。


「こ、これ……」

「私の鍵で、一時的にこの周辺だけを切り取りました!」


 揺らめく炎の隙間から、少女の姿が見えていた。しかし、鍵とは何なのか?エリアには思い当たるものがないのも仕方がない。葵やリンドですらまだ彼女から聞かされていない物だったのだから。


「私の心器、分つ寵鍵(わかつちょうけん)ロストヘブン」

「心、器……ッ!」

「私は皆さんみたいに面と向かって戦ったりは出来ません。飛んだり跳ねたり、痛みに沢山耐えたり。この心器を使う事だって自在とはいきません。でも、ただそれだけだったら私はきっとこの場所に行く様に言われなかったと思います」

「これが、あったから……ッゲホッ!なん、ですね!?」

「はい、どのみち私が同行しなかったとしても、葵さんは行っていたでしょう。そんなあの人を、私は放っておきません。だから、この力もこの時ばかりは好都合でした」


 葵、アオイ、さっきもそうだった。彼女を惑わせている言葉、ただの名前すらも上手く聞けない。


「こんな訳のわからない世界に来て困ってる人が放っておけないって、言っていました。貴方の助けを求める声を聞いてそう言ったんです」

「ええ、ええ、言うでしょうとも、あの人は」

「私もそう思いました」

「……」

「ここに来た私達だって、貴方を怪しいとは思ってはいても、貴方達の助けになりたいと思ってもいました」

「……なら、この街が生まれる前に、クライルに手を差し伸べられる前に、わたくしを救えたとでも言うんですか?後から来た、貴方達が!!」


 辺りが炎で覆われている最中、歌にすら声を出す事を躊躇したエリアの感情をまた、大きく加速させる。彼等はエリアの守りたい街を破壊する人という認識、そして葵の仲間であるミアとライという存在が、彼への想いとで摩擦を生み、心は無制限に熱されていく──


「元の世界に帰ったって、わたくしは、歌えないんですよ!以前みたいに歌う事が出来ません!それなら、以前みたいに出来る、たったひとつの夢中になれるって言う取り柄になってくれる歌が歌えるこの世界を選んで何が悪いんですか!!」


 空気で喉がで焼かれそうになっても、声を掻き消そうとしても、エリアは怒り、妬み、そうした後ろ向きな力を精神力にして、この世界の恩恵を今、得ているのだ。その感情を吐き出すためだけに。


「なのに、貴方達は救うだとか、簡単に言って……!邪神ですよ、魔王ですよ!?そんな荒唐無稽な存在が実際にいて、その勝率は!?勝てる保証もないでしょ!?そんな貴方達のどこに一時的な安らぎを奪う権利があるんですか!!貴方達が負けた後、わたくし達が夢に浸る事すら許さないんですか!?」


 問いかけの様な言葉、しかしそこに返事を期待してはいなかった。彼女はただぶつけたかっただけなのだ。


「そんなにヒーローごっこをしたいなら!勝手にやってくださいよ!!ヒーローごっこをしたいだけなら、それなら……ッアオイさんまで連れて行かないでよ!!」


 彼女から葵の手を振り払っても、それでも想いを消すことは出来なかった。この嫉妬も、葵相手の滅茶苦茶な接触の仕方も、理由は単純な物だ。彼女にとって初めての経験で、初めての激情だったのかもしれない。

 滝沢葵に恋をしてしまったのだ。


「わたくしと違って、沢山持ってるんでしょう!?なら、1つぐらい、良いじゃない!!」


 何故惚れたのか、ライの問いかけだったか。

 彼がただの少年に思えたからか。彼の自信のなさにシンパシーを覚えたからか。彼が首飾りを送ってくれたからか。彼がエリアの語る夢に対して不器用ながらも応援してくれたからか。この街を救うと誓ってくれたからか。どれだったか。いや、どれでもあったのか。


「くれないなら、手に入らないならせめて、貴方達が消えてよ……!!」


 青いリボンを送る光景。照れ臭そうに笑う葵、嬉しそうにリボンを抱きしめるミア。ヴィルガを送る最中、振り返って見た光景が油の様に染みつく。燃え盛る。迷宮を眩しい程に照らす炎も、エリアという少女の感情も。際限なく、自然に鎮火する事など知らないままに。子供の様に泣きじゃくりながら。


「ヒーローごっこをする彼だから、エリアさんは望みを託したのでしょう?」

「っ!!」

「貴方がこの街で歌い続ける事を自分の夢の叶え方と思う様に、葵さんには葵さんの夢があります。彼は少なくとも元の世界を選択したから、今こうして命を賭けて戦っているんです。その中に、貴方の夢も背負って!」

「それが、ダメなんですよ!!それなのに、あの人はこの街を捨てる事を選びました!!」

「自分の意思だけを尊重してもらいたいなんて、ただ何も言わずに優先してもらおうなんて、そんなの我儘です!!」

「貴方は、彼を尊重してると言えるのですか!?」

「尊重してるかどうか、そんな自信はありません!」

「そうでしょう!?なのに、よくわたくしにそんな風に言えたものですね!!」

「それでも、少しでも彼を知って、理解したいと思う心も本当です。私が間違ってるなら怒って欲しいし、彼が間違っているなら、私もそう言ってあげたい。私はそう思っています」

「──は、ははっ、偽善ですね。言うだけなら簡単です」


 故に、最早語る口も聞く耳もエリアにはなかった。宣言通り消してやろう、と。

 良心を思い出しても、葵と同じ様に騙して連れて来た男性に優しくされた時の事も、女性と友達になった事も、葵を好きだったのだと気付いても、全ては後の祭りなのだから。


「わたくしは皆のお姫様。足がなくても良いの。わたくしの宝はこのお声、歌っていれば皆お友達。だから、王子様も、どうか一緒に歌って。ほら、わたくしの口を真似して、見て、観て、知って、“終之歌、道化ついのうたマリオネット”!!」


 それは、これまでも使って来た他者を支配する歌とは異なり、自分と同じ動きを相手にさせる歌。異形相手と違って、意思を持つ人間を支配する術である以上、相手自信の精神力という抵抗を掻い潜らなければならない分、消耗は激しい。だが後先など必要ない、自分だけのメロディで、自分だけのリズムで奏でた、心を動かす術は相手との断絶を意味する。最早、人質にすると言う目的すらないのだから、なんの躊躇いもなく残酷な命令を下せる。

 街が終わるか、彼らが死ぬか、どちらかしか選ぶしかなくなった時点でエリアは空虚を抱える事となった。犠牲の数だけ。重ねた屍の数の分だけ。ならば、道連れにして、せめて愛した人が忘れられない仇になってしまおう、と。


「惜しいな、アンタは才能の塊だった」


 それは、エリアが思考の範囲外に押し退けた人間の声だった。


「ライさん!今です!!」


 ミアの制御に集中する為、そしてミアを仕留める為に首に手をかけてる途中に、先程恐れさせた心器使いが、焼け死んだはずの心器使いがまた、ミアの前に立っているのだ。


「どう、して──」


 かなりエリアの思考という運に左右されるが、ここまで含めて計算済みだったのだ。

 ライが突破口を開いた後、ミアがそこを抜けて鞄に入れていた油の瓶達を投げ込む。そこまではエリアの見ていた範囲だろう。だが、油を投げる最中にライに障壁を展開。その後に発火の為の術を使用。だが、向こう側にいるエリアからは炎に撒かれたように見えるだろう。そしたら、警戒を2人分から1人分に減らす可能性は高いと考えた。中でも戦力としては警戒されていないであろうミアが残り、エリアが最も隙を見せるタイミングを待って、ライはそれまで屈んで待機していた。加えて、念の為に代償として片側の鼓膜も含んでいた。歌の対策としては単純かもしれないが、危険が伴った。

 それでも、障壁が絶対防御ではない以上、展開したミアも、ライも、ダメージを避ける事は出来ない、骨を切らせる方法と言える。それこそ使徒相手なら使えない戦法だったかもしれない。


 だが、ライはこうも思ったのだ──


──アイツは今、恐らく使徒と戦ってるんだ。これくらいの傷も、これくらいの痛みも、我慢出来なけりゃ男じゃねぇ!!


 ライという人間を認め、ライという人間を信じた。仲間の為に。

 そうして、音も気配も、感じられる事のない様に、使われた武器は鋭い銀の刃。投擲されたそれは真っ直ぐエリアの胸へと吸い込まれていった──

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