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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第1部勇者、汝の名は?
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第3話:地球より遠く、宇宙より近く

「いだだっっ!!」

「そういえば足首をちょっと斬られてわね」


 葵と銀髪の少女の2人は現在砂漠地帯を歩いていた。砂漠の様な照りつける様な暑さがないのが幸いだが、思い出してから痛みが酷くなった傷と、革靴の中に入り込んでしまう砂とで葵の歩くペースは明らかに落ちていた。


「仕方ないわねぇ、おんぶしてあげましょうか?」

「その気持ちはありがたいけれど、遠慮しておくよ。恥ずかしいから」

「じゃあ、お姫様抱っこが良いの?」

「いや、それはもっと恥ずかしいから!」

「それなら足を掴んで運搬が手早いわね」

「人間にあまり使ってはいけない手段と文言だから遠慮しておくよ……」

「んもぅ、地球人さんは繊細ねぇ」

「ご、ごめん……」


 事実として怪我をしている以上痛みを無視するのは難しいが、治療手段を持っていないのもまた間違いない。だから言語化する事でしか痛みを軽減出来ない、もっとも自分で錯覚させようと考えるほどに効果はむしろ下がってしまうだろう。

 葵としてはせめて休める場所が見つかればと考える、今はそもそもどこへ向かっているのかも分かっていない。


「君は俺をどこに連れて行こうとしているの?」

「この世界の中で珍しい人類の為の場所」

「そんな場所があるんだ……」

「そうよ、今どこにあるのかは分からないのだけど、向こうが見つけてくれるわ」

「見つける?」

「ええ、船よ。空飛ぶ船、アレに乗り込めたら好都合だもの」

「──ここって、異世界だったんだね」

「今更?」

「本当に今更だとは俺も思うんだけれど、ここまで来てなお実感が湧いてなかったんだよ。いや、実感したくなかった……のかな。不安になってしまうから」

「成る程、地球人なら普通の反応かもしれないわね」

「簡単にはそうなんだ、って思えないのは自分でも困ってるよ。君のさっき言った事とか」

「あら、忘れられてたのかと思ったわ」

「ごめんね、かなり戸惑っていたんだ」


 『私の所有者になりなさい、地球人さん』

 彼女の口にした言葉はお願いではなく、命令形だった。その言葉に返事をするよりも先にその真意を聞こうとしたが、葵の背後からまた違う異形が姿を現した事でそれは中断された。この様な妨害が続いてはまともに会話すら出来ないという事でここまで移動してきた、彼女のその目的としても確かにその船に乗り込めた方が良いらしい。


「所有者って、物に使う言葉だよね?」

「言っておくけれど、私は別に貴方に隷属したいとは言ってないわよ」

「勿論そうだろうけれど、言い回しがちょっと怪しかったから認識を合わせたかったんだ」

「そう、それなら良いけれど。で?」

「俺にはよく分かってないんだ。君は、俺の目にはとんでもない綺麗な女の子であって」

「ええ、事実ね」

「所有者という言葉が合う存在に見えない、どういう事なんだい?」

「私はこの夢の世界の主に狙われてるのよ。貴方達の世界とこの世界を繋ぐ為の最も早くて最も便利で至高の手段だから」

「そ、そんな、けったいな物なの?」

「ええ、信じようと信じまいと構わないけれど。貴方に所有者になってもらわないと困るのはそういう事、この夢の世界の一部しか貴方はまだ見てないけれど、この世界が貴方達の日常と混ざってしまったらまずい事ぐらいは分かるでしょ?」

「気になる事は色々あるけれど、ひとまず君は俺の住んでいた世界を守ろうとしてくれているという事?」

「この夢の主に好き勝手されるのは困る、それだけよ」

「そんな君が何で俺を?」

「それは勿論──」


 理由を口にしようとした時、初めて彼女は口籠り、顎を撫でながらのしばしの沈黙の時間を生み出した。


「……貴方でなければならなかったのは、間違いないのよ」


 歯切れの悪い言葉は隠し事をしている様子ではなかった。彼女ならばこの世界に関して何でも知っているのかもしれない、そう葵が思っていたところに否を突きつけた。

 彼女自身が納得が出来ていない事も見たらすぐに分かった、今まで見せていた余裕の笑みから一転して今は眉根を寄せている。それが顔立ちのせいか少しの儚さを思わせた。しかし、相反する様だが同時に譲れない意志の色も(うかが)わせていた。


「だから、嫌よ」


 そして、儚さを今度こそ完膚なきまでに叩きのめす様な冷ややかな声と──


「断るなんて、言い出したら」


 赤い瞳が無機物の様に葵を射抜いた。最初から彼女は葵にお願いをしていたわけではなかったのだと教える様に。

 言葉として見るならば単純だ、断らないで欲しい、要求を呑んで欲しい、断ったら許さない、ただこれだけの事。彼女の要求を考えたら命を取られるなんて事はないだろうが、しかし命を取らなければどこまでをされるのか、どこまでするのか、あの森林の時も思えば手を貸そうとしている様子はなかった。命が掛かる場所で試していたのだ、綺麗な女の子というイメージのみだったものが、この世界側の人間だったのだと痛感させられる。


「…………」

「そんな顔をしないでよ、私がいじめてるみたいじゃない」


 いじめられてはいない、脅されているだけで。そんな言葉が出せる程に彼に余裕はなかった。視線を彷徨わせる事も出来ずに口を結ぶばかり、なにせ強制されているのだ。今だって目の前の少女の目は全く笑ってなどいない。

 自分のいた世界の危機と秤にかけたら受けない理由はない、だが所有者になればどうなるのだろうか?そうした思いはどうしても頭の中で回る、損する要素があっても本当にそれを教えてくれるのだろうか?疑うという行為は彼にとってはひどく疲れる、だが疑念は物分かりが悪いから引いてはくれない。


「何だぁ?折角当たりが引けたと思いきや、痴話喧嘩か?はっ!つまんねぇ上に呑気なこった」


 途端、聞こえてきた2人以外の人間の声。しかし、それは決して友好的なものではない。


「今大事な話し合いをしているのだけれど、邪魔をしないでくれる?」

「大事な男女の話し合いってんなら人目のつかねぇ所でやるこったぁな、見せつけておいて邪魔だ何だと俺様のせいにすんじゃねぇよ、この愚図どもが」

「無粋ねぇ、聞き耳を立ててる方が悪いんじゃないかしら」


 葵が声のする方を見上げれば、砂漠の中に刺さっている曲がった洋風の街灯の上に男が立っていた。

 ギラギラした鋭い金の瞳、赤い無造作な髪型の中に金のメッシュが入った髪。派手な柄の入った白いコートの下は太いベルトを巻いたズボンのみで上半身は裸、そしね胸元から頰にかけてついた刺青(いれずみ)。つけているアクセサリーも金色の物ばかりで全身で自信を表しているかの様な派手さが男を形作っている。


「それに、気にくわねぇなぁ、気に食わねぇ……女はまだ良いとして、だ。そっちの呆けた顔してる奴だ」

「……俺?」

「テメェ以外に誰がいるんだよこの間抜けが!!」


 その瞬間、電灯の上にあったはずの男は葵の視界から消え──


「だからよぉ、こういった仕事は手早く無駄なく終わらせるに限るよなぁ」


 気付いた時には見上げた先から聞こえていた声は葵の背から聞こえてきていた。それだけならまだ良かっただろう。葵の背から人の気配のみならず、無機質な何かが後頭部に当てられている感触があった。異形達と違って人間だからこそ使える道具の感触、葵が実際には触れた事がない物、そして人を殺すのに適した道具。


「!?」


 振り返る猶予はない、だが異形達を相手にした時の様に何故か回避行動に移れない、男に躊躇などない。だが、何故人を相手にそう簡単に躊躇なくそう出来るのか葵には理解不能だった。

 そうしてくるという確信と、理解が出来ないの狭間という名の一瞬の無駄は生死を分ける。


──ついてないな、俺


 だが、この場で躊躇いなく。時間を置き去りにするほどにすぐに動けたのは1人だけではなかった。


「あン?」

「なっ──」


 引き金が引かれ、鮮血が宙を舞う。だが、それは葵の頭からではない。


「君がっ……どうして!!」


 葵の身体を急いで突き飛ばしたのは先程まで彼を恐怖させていた銀の少女だった。


「もう……隙だらけって教え……た、のに。気を、つけな……いと、ダメよ……?」


 男もまたイレギュラーの発生を理解した瞬間に、銃の向きを膝の方に即座に変更。結果、突き飛ばした彼女の白い衣装は脇腹の辺りから赤黒く染まっていく事となった。

 その血は砂が無慈悲に飲んでいく、奪われていく、彼女の命が流れていく光景に他ならなかった。それでも微笑む少女に少年は反対に顔を歪めていた。


──どうか笑わないで欲しい

──せめて、お前のせいで台無しだと言って欲しい

──じゃないと、疑いの目で見ていた俺に、命を賭けてくれた上にそんな風に微笑まれてしまっては罪悪感でのたうち回りたくなる。


 短い間隔の浅い呼吸と流れる脂汗、目の前の少女の方が辛いはずなのに葵の方が苦しそうにしていた。そんな些細かつ身体の反応に過ぎないそれすらもまた彼の罪悪感を強める原因になっているほどに、今の彼からは落ち着きが奪われていた。

 命を懸ける事は安くない、むしろ何よりも重い、だからこそ自分にこうして命を懸けた彼女が彼女なりに必死だったのだと葵は理解する。実際がどうかではない、そうでもなければここまでする事も、これまでの彼女の挙動も繋がらない。そうであって欲しい、彼にはそれで今は良かったのだ。


「ど、うしても、何も……貴方は、私の……って、何度も言ってる、じゃない……」

「だからって、だからってこんな……だって、くそ、くそ!くそ!!血、止血、せめて──」

「する時間があればの話だろうがよぉ?」


 しかし、葵の焦りとは裏腹に男は止まってはくれない。彼女を抱き起こそうとしている葵の側頭部に回し蹴りが入り、葵の身体は吹き飛ばされて少し離れた場所で音を立てて身体が打ち付けられる。


「ったく、女に庇われて?しかもその女のアドバイスも結局役立ててなくてぇ?挙げ句の果てには喚くだけ?」


 片手では指折り数えながら、もう片手では拳銃を回しながら男は葵の方に足を進める、わざと砂を踏み締める音が聞こえる様にしているのは彼なりの挑発の意思なのだろう。手早く終わらせたい男がそうしている事には相応の意味がある、それだけ男の機嫌は悪くなっていた。


「カカカッッ!!マジでお前男やめた方が良いんじゃねぇのか!女の後ろでビビり散らかしてるだけでもクソ滑稽なのによぉ!このカマホモ野郎が!!」


 側頭部を蹴られたせいか葵の頭の中が回転し続ける、焦点が合わない、酷い状態だ。


「おい、何とか言ったらどうなんだよぉ?おい!!」


 男の予想としては返事をされないが半分、もう半分は激昂してくる、そんな所だろうと考えている。彼の目から見ても滝沢葵は紛れもない凡人だ、そんな彼の出来る範囲を想像したらそこまでだ。

 だが──


「っ!?」


 返事代わりに来たのは巻き上げられた砂。それに対してすぐに男の発砲音が鳴り響く、だが弾丸の風圧で晴れた視界の部分には既に葵の姿はなかった。


「ち!覇気のねぇ奴が小賢しい!」


 葵は大掛かりな移動をしていない、むしろそんな大掛かりな移動を出来るはずもない。正確な狙いをつけられない少しズレた位置に出られたらそれだけで良い、故に葵は──


「でやあぁ!!!」


 男よりも低い位置にその姿はあった、手首に向けて刀の峰を振り上げる。タイミングとしては悪くない、しかしそれも固い音が鳴り響くのと共に防がれてしまう。


「左手のもう一丁はなかったはずだけど」

「テメェのそれも同じだろうがよ」


 銃を交差させて防いだ一撃、そこから葵の眼前にある膝を振って男はもう一度葵の動きを止めようと狙う。だが、彼が銃のみならず足も使ってくるのは身をもって味わった直後である以上、葵でも流石に読む事が出来た。防がれた刀を横に滑らせながら数歩分の距離を取り、刀を構え直す。


「ようやく、やる気になったってか?遅すぎるぜ、あくびが出ちまう」

「何のつもりでこんな事をするんだ」

「あ?」

「平気で人を殺そうとする神経が分からない」

「仕事だよ、仕事、社会に出た事がねぇガキにはこの俺様の苦労なんざ知る機会はねぇだろうよ」

「仕事で、殺すのか」

「はぁ?仕事じゃない方が良かったのか?」

「もっと許せないよ、そんなの」

「平和ボケしてんじゃねぇザコがよ!正義感だとか、許す許さないなんざ、俺には単なる非合理的で退屈で唾棄すべきものだぜ」

「それは君……いや、お前の理屈だ、俺はそう思わない」


 刀を構え直して目の前の男を見据える。葵は他者に対する怒りがこんなにも心を泡立たせ、疲労させ、制御が出来ない事をようやく理解した。彼は怒る事が嫌いだった、怒っても疲れるばかりで意味がないから。だから、自分がどんな風に言われようが構わない、死ななければ安いものだと思っていたから。

 だが、自分のせいで人が酷いを怪我を負ったのだ、それに対して男は驚愕も謝罪もない。男の立場からすれば当たり前だが、葵にとってはそうではない。地球で、現代で、人間として生きて来た者として目の前のそれを許しておくなど到底出来ない。それをやったのが、同じ人間の姿をした者ならば尚更に──


「だから、俺はお前に後悔をさせないといけない。こんな事をした事を……!」

「やってみろよ、俺様は退屈で退屈で仕方ないんだ。だから……賭けろや、命程度。そして名乗りな、合格出来りゃあテメェの名前ぐらい覚えておいてやらぁ」


 そうして、男もまた手の中で回していた銃の動きを止めて葵に向けて狙いを定める。


「地球人で日本人の高校生、滝沢葵!!」

「魔王の使徒にして序列3位、ゼーベルア」


 滝沢葵にとって初めての人間との戦いが開始されたのだった──

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