第29話:門番、ヴィルガ
「な、な、なん、何だろうこれ!?こ、これも魔術なの!?」
人魚は葵達を先導するように泳いでいる。本当の魚の様だ。舞う様に泳ぐ様子はリュウグウノツカイを想起させる、ひらり、ひらりとヒレを羽衣の様に揺らしているからだろうか。
しかし、当の葵達は現在水中を移動しているが、彼女の様に泳いでいるわけではない。ガラスにしては頑丈な、しかしガラスの様に透明で、光を浴びれば虹色の淡い輝きを浮かべるシャボン玉。それが人魚の後を追うように彼等を中に入れたまま移動をしている。
「これは私達人魚にのみ与えられた魔術ですね。貴方達の言う障壁の応用のようなものですが…」
「それにしてもすごいです!魔力で生成した物体の安定感、内部の安全性、どれにも乱れがないです!」
「本当に不思議な術ね、再現性の面で言えば高い方ではないだろうに、人魚にのみって事は他の人魚も使えるのよね。これ」
「そういうことになるよね……もしかしてとんでも技術の街なのかな。魔術で発展した的なアレかな……やっべ、俺ドキドキしてきた」
「葵さんって少年の心を忘れていないところもありますよね!」
「そ、そうかな。照れるなぁ……」
「今のは照れるタイミングだったかしら?」
その話は無論、先導している人魚にも聞こえていて、可笑しそうに小さく笑っていた。
「ふふ、貴方達はとても仲が良いんですね」
「えっ、そ、そうかな?」
「はい、わたくしもとても仲の良い友人がいたので、見ていて安心出来たんです。この世界にも人と人とが心を交わす時はやっぱり誰でも同じなんだって」
「その友人はこっちに来てないの?」
「はい、まだわたくしが知らないだけかもしれませんが……ですが、来ていないのならばそれが1番です。きっと」
「……そうだね」
川の中の色彩が揺れる、時には紫に、時には赤色に、回って回ってまた元の水の色に戻る。底は見えないが、底の方では屍があるのか、あるいはもう魂を消費された後で死体すら残らないのか。
こんな光景が当たり前になっていく世界が、目が痛くなるほどの色と、目が痛くなる程の出来事ばかりの世界など来ない方が良いに決まっている。その中で、元の世界にあった当たり前があったとしても、代わりにはならない。なってはならないからこそ、勇者が必要なのだから。
「コンビニも、ここにはないからね」
付け足されたその一言に人魚は思わず目を丸くした後に、吹き出すように先程よりも分かりやすく声を上げて笑い声が飛び出す。
「ふ、ふふふっ、あはははっ!」
「え!?お、俺変なこと言いましたかねぇ!?」
「い、いえっ!そんな事は……でも、ふふふっ!コンビニ、コンビニだけなんですか?」
「うえぇ!?あと、えっと……えぇっと、その、あの。そうだ!!図書館!図書館もなくて、困る」
「人魚の街にありますよ」
「えぇっ!?あるの!?そっかぁ……そうなんだぁ…………なんて事だ」
「アオイ、地球に帰りたいって説得力が一気に失せてるわよ……」
「俺自身が思ってた事だから言わなくて良いの!!」
「で、でもほら!コンビニってすごく便利ですもんね!葵さんの言わんとしてる事も分かる、ので。えぇっと、その、元気出してくださいね……」
「気持ちは嬉しいはずなのにフォローが少しか弱い気がする……」
「そ、そんなぁ!」
「ふふふっ、貴方達の話を聞いていると気持ちが少し軽くなる気がします」
彼女自身が言う通り不安そうな顔も、怯えるような顔も、少し和らいだ気がする。こうして笑っていると、ヒレがある事が不思議なほどに年相応の少女の顔だ。
「おほん!そういえば、君の名前は?」
「わたくしですか?わたくしはエリアです、貴方達は?」
「俺は、滝沢葵。改めてよろしく」
「私はミアです」
「私はリンド……って、私は名乗らなくて良いんだった」
「よろしくお願いします、タキザワさんにミアさん。こんな形で貴方達とお会いになる事となりましたが、お友達になれたら良いですね、わたくし達」
エリアはその言葉と共に一瞬の寂寥の色を瞳に映していたが、すぐに横目に見えた物の方に視線を向け、指を差す。
「見えました。あそこがわたくし達の街です」
彼女の指さす方を見ると、そこはまるで街の為だけに地形が切り取られて浮かんでいるような場所だった。切り取られた地面の外周を囲うように石造りの高い壁が守っている。しかし、それでも見える街の景色に思わず魅入られた。
白い石畳の上に並び立つ白い壁に青い屋根で統一された住居や店達、壁を飾る観葉植物。奥にある広場から続く大階段の先には純白の屋敷。そして、その街の上を人魚が泳いで移動をしているのが見えるのだ、空の代わりに水があるのだろうか。城塞都市というには威圧感はなく、しかしただの街というにはどこか幻想的なその街並みを全て閉じ込めるように巨大な泡が包んでいる。まるでそうした球型の水槽のようだった。
「す、っげえぇ!!超すげぇ!!何あれ!!」
「す、水中にあるとは聞いてましたが、ここまでとは……驚きです」
「どういう構造なのかしら……っ!?」
「初めて来る人は皆びっくりなさりますよ、なにせ地球では物語上の景色ですからね。さぁ、そろそろ街の泡の中に入りますよ」
思えば、砂漠に山岳地帯、こうした目に見えて異世界だと感じるような場所をあまり通ってきていなかっただけに、葵は不安や緊張よりも、高揚感が上回っていた。自分が物語上の人物になった気分になれるから。
「そうそう、門番の方には貴方達はわたくしの呼んだお客様という形で行きますのでよろしくお願いします。門番の方は貴方達と同じ足がある人なので肩の力を抜いてくださいね」
「うん、分かったよ」
「……」
「リンドさん、どうかしましたか?」
「うーん……いえね、この街に辿り着く道中が普通なら容易ではないものだから、当の住人である人魚達の案内ありきでしょ?だとしたら門番には何を見られるのか……なんて、考えすぎかしらね」
「何を……」
リンドは後は肩をすくめるのみで、ミアは考え込む様に顎に指を当てていた。リンドのこの疑問の答えは、思わぬ答えが返ってくる事となるとはまだ3人ともが知らないことだった──
*
「アンタ達止まりな!……って、なんだい。エリアじゃないか」
「お疲れ様です。わたくし、お客様を連れて来たんです」
「ふぅん……その後ろのがお客様かい?」
門の前で立っている人魚ではない普通の二足歩行の女性は、葵達を少し警戒するようにその背格好を見る。葵が初見でその女性に抱いた感想は、女性に対しては失礼ではあるかもしれないが、逞しいという印象だった。金色の瞳と狼を思わせるようなツンツンとした赤い髪を腰まで伸ばし、バンダナは片目を隠す様に斜めに巻かれている。筋肉質かつ健康的な肌の上に装着されている金の縁取りの黒い胸当て。その下は生地が薄めの茶色いハイカットのレオタードを纏い、ショートパンツには太いベルト、そのベルトからは魔物の獣の爪の様な飾り。
何より目を引くのは彼女が肩に担いでいる片刃の大剣、持ち手に包帯の巻かれた出刃包丁の様な形状をしているそれはどれだけの重量なのか、それを武器として振るう事を考えたらどれだけの力が必要なのか、そうして見るほどに威圧感を強く覚える。
「ほぉ、確かにこの街の主人も安心の美形揃いじゃないか」
「でしょう?だから、この街を案内しても良いでしょう?しばらく街に滞在して頂こうかと、わたくしとしては思ってまして」
「エリアの紹介ってんなら疑うわけにはいかないが…………」
女性の視線がこちらに向く度、獣に目をつけられたかの様な緊張感が走る。別に後ろ暗い事などなければ、見られて困る事も何ひとつないのだから、堂々としていれば良い。そう分かってはいても、自分に何か問題がある様な気がしてくる目だ。
(すごく、怖い……!)
(大迫力、です!)
(蛇に睨まれた蛙が2匹いる……)
その心が読まれたのかと思うタイミングで女性が近付いてくるものだから、葵とミアは思わず姿勢を正す。まずはミアの方を見るが、一度頷いた後に葵の方を見て──
「…………」
ミアの時よりも見てくる時間が長い。特に、生物の弱点たる首をじっくりと見つめてくる。さながら入国審査の様な緊張感だと葵は思ったが、そもそも彼は海外旅行の経験がないからあくまでイメージだ。入国審査で別に首をそもそも見られないだろう。
「あ、あのぉ……お、俺に何か、おかしなところがありますか……?」
「……あぁ、うん、まぁ何だ…………アンタらちょっと待ってな」
怒鳴られるでもなく、自分の頭をガシガシと掻いてる様子は困っている様な、呆れている様子にも見える。それがむしろ、彼女が確かめる目で見てくるのかが尚更分からなくさせていた。
そんな戸惑う葵達を横目に彼女はエリアにこちらへ来る様に小さく手招きし、当のエリアは数度視線を泳がせた後に、降参したようにおずおずと来る。彼女が側まで来た時にはもうその肩に腕を回して引き寄せ、その表情は先程よりも少し険しくなっていた。
「すうぅぅぅ…………エリア!!!」
「はい!!何でしょう!!」
「コイツよ〜〜〜く、よ〜〜〜〜く見たら男じゃねぇか!!この街が男子禁制って部分だけ脳みそ削れたのかぁ!?」
「は!?男子禁制ぃ!?」
思わず葵が先に声をあげて、ミアとリンドも一斉に葵の方に視線を向ける。
「えぇ!?じゃあ葵さん入れないじゃないですか!?」
「私の疑問の答えこれだったわ!!ってか、それならそこの人魚はとっとと言いなさいよ!!」
「ちょ、ちょちょいちょっと待ってよ!エリアは、それを分かってて俺を連れて来たの!?」
「す、すみません……………口調がボーイッシュな女の人だと思ってました」
葵の顔は姉の紅音と瓜二つとすら言われる顔立ちだ、だから初見で間違われる事はこれで初めてではない。しかし、彼はそんな自分の容姿に強いコンプレックスを抱いているだけに、エリアのその発言に悪意がないと分かっていても、表情が引きつってしまった。
それを、ものすごい怒りを買ったと考えた彼女は肩を跳ねさせながは頭を何度も下げ始める。
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!こ、こんな勘違いされたら不愉快ですよね!ごめんなさい!」
「い、いやぁ、俺はべ、別に、そんな…………」
「そりゃそうに決まってるだろこの馬鹿!!すっげぇ失礼だからな!?」
「ヴィルガ!わたくしどうしましょう!?」
「あぁん!?それをアタイに聞くのかい!?」
「で、ですよね!ですよね!すみません!!」
「あの……葵さん、大丈夫ですか?いや、大丈夫じゃありませんよね……」
「分かりやすく顔色が悪いわよ」
「あ、あはは……今更、こんな事で怒らないよ」
いまだに表情は引きつったままだが、実際怒ってはいない。過去の嫌な経験と今の状況が頭の中で1人でに結びついてしまっているだけに過ぎないのだ、と己を制しているから。なにより、葵よりも大剣の女性ことヴィルガの方が烈火の如く怒っていたのもあって尚更だった。
「だ、ダメですか?」
「ダメに決まってんだろ!むしろ男って分かった時点で何で退かないんだよ!?」
「そ、それは、えぇっと……」
エリアは葵達を連れて来た理由をヴィルガにも話していないのだろう、この事態を想定していなかったのか必死に言葉を探している。何か事情があるということはすぐにバレてしまいそうな様子だ、この様子に違う事情を被せられないか、そう考えた時に葵は咄嗟にヴィルガの肩を叩く。
「あ、あの!俺が連れて行って欲しいって頼んだんです!人魚を見たのが初めてでビックリして、そんな人魚の集まる街っていうのが物珍しくて無理を言ったんです。すみません、俺……そんな規則があるって知らなくて」
口からの出任せではあったが、口下手という自負のある葵からすれば想像もつかないほど良い感じの言い訳になったはずだ、と。こうなるとは思っていなかったという事実と、無理にお願いをされて断りきれなかったエリアが口ごもっている様子という事になれば違和感はないだろう。彼の隣でミアも何度も頷きながら口を開く。
「そうなんです!エリアさんがちょっと困っていたんですけど、私も人魚の街って聞いてついつい興奮してしまって……無理を言ってしまいました。すみません!」
「あ゛ぁ〜まぁ……エリアは断るのが苦手な所あるからなぁ。だからって、やっぱアンタらを責めるのは筋が違う気がするし……」
どうやら、エリアの性格的にもおかしくはない内容だったようだ。内心では3人ともが3人でハイタッチをしたいほどだったが、それが少しでも表情に出てしまわないように必死に我慢していた。その代わりに自由の身であるリンドは2人の両肩を小さく叩いていた。
「あぁ……いや、だがな、だがよ、もしバレたら…………」
エリアの不安そうな表情と、葵とミアのその言葉を聞いてヴィルガは腕を組んでしばらく頭を下げながら唸っていた。
「うぅぅぅん……」
もう少しだけ時間を置いてからエリアの縋るような瞳を見てもう一度だけ大きく唸り──
「……すうぅぅぅ、ううぅぅぅん!!!」
最後には肩を下げながら溜息をついた、今度は彼女が降参する番が来たらしい。
「っ、わぁった!!わぁったよ!!おい、そこのポニテのアンタ!!」
「は、はいぃ!!」
「ちょっとこっち来な!!」
「へ?あ、はい」
「それも、すぐに、とっととな!!」
「い、いや!俺ちゃんとはいって言いましたよねぇ!?」
「あ、葵さん!?葵さぁん!?」
「ちょっとこのゴリラ女!!葵を取って食うつもり!?」
ヴィルガは眉を寄せながら葵の首根っこを掴んで力強く歩き始めていたが、一旦振り向いて足を止める。
「そんな不安そうな顔をすんじゃないよ、アタイは野蛮な自覚はあるが野獣じゃないんだからさ」
首根っこを掴まれたままの葵は何か言いたげな顔をしているが、されるがままなのはその柔らかい声色から少なくとも悪い人ではなさそうだと感じたから。
ミアもリンドもそれで安心出来たわけではないが、葵が小さく大丈夫だと示すように2人に向けて手を横に振っているところを見て小さく頷く。
*
門の角の向こう側へと2人が消えてから少しの時間が経過した。
「葵さんとヴィルガさん、遅いですね。何をしているのでしょうか?」
「折れた様子だったから入る為の何らかの準備をしてくれてはいるんでしょうけど、あの気迫だと何をしてるのかまでは想像がつかないわ……」
「ミアさんミアさん、ヴィルガが戻って来ましたよ!」
視線を向けてみると、確かにヴィルガが大きく手を振っていた。葵を連れて行く前とは違って、表情は明るい。だが、違和感はその笑顔が大変満足げであった事。
そして、何より──
「ねぇ、ヴィルガの後ろ……」
ヴィルガの背後を歩いている人間の姿。長袖のパフスリーブの白いコートと、その服には立襟からコートの裾にかけて黒の布でラインが入っており、同じ色の糸で蔦模様の刺繍が主張し過ぎないように入っている。その上から革製のバストストラップのコルセットで腰を締め、その下から伸びる白の細身のズボン。黒い革製の指抜きグローブ。そして、黒のロングブーツは足首と足先を金の飾りで彩り、腰のポーチ付きのベルトの金具、胸元の黒いネクタイの上に飾られたブローチも同じ金の色をしていた。長い黒い髪をハーフアップにしてそれを赤い房付きのリボンで留めている──
「あ、あ、葵、さん?」
「アオイ、アオイ?」
黙って小さく頷く葵の心境について、今考えると伝染してしまいそうで迂闊に察する事が出来なかった。対称的に、ヴィルガは満面の笑みを浮かべている。
「どうよ、アタイの渾身の出来さ。素材が良いとやっぱりやり甲斐があんねぇ!」
「ヴィルガ、いつの間にこんな服一式を用意していたのですか……?」
「この為に事前に用意してたんじゃねぇよ」
「じゃあどこから!?」
「アタイを誰だと思ってんだい?」
いまいち質疑応答としては成立していないやり取りの横で慌てながらミアはアオイの頰を触り、リンドは舐め回すように全身を見ていた。
「だ、大丈夫、ですか?」
「えっと、あぁうん…………どう、似合う?」
「似合うか似合わないかで言えばすごく似合ってるわね……」
「ぶっちゃけちゃいますと綺麗、だと思います……」
「ありがとう、俺はもう少し自分の容姿に対してナルシストになっても良いかもしれないね。は、はははっ……」
「あ、葵さん。やっぱり今回は私達だけで行きましょうか?これはイレギュラーな事ですし、葵さんは入れなくても……」
「いや、俺も同行はするよ。どうあれ、君達にだけ任せるのは格好が悪いし……その、心配にもなるし」
「それは気にしなくて良いのよ、ミアも私も素人じゃないんだもの。でも、こうしてまで中に入るのは流石に……」
「そもそもね、ヴィルガさんも気を遣ってくれたから」
その言葉の意図に2人が首を傾げた時に、葵の横でヴィルガが肩をすくめていた。
「さっきのエリアの勘違いの時の顔がさ、すっげぇ嫌そうなのを我慢してるツラだったろ?でも、この街に滞在出来る都合の良い顔立ちでもあったからさ、顔に任せて服装は男でも辛うじて来てそうなチョイスにしたんだよ、出来る限りだけどな」
事実として、下はパンツスタイル。服そのものは女性用のコートだからシルエットは男性用とは異なれど、男性が着ていても問題のないデザインだ。彼のコンプレックスを今の流れだけで深くなくとも、ある程度理解した上で服を選んでくれたのだろう。
「少なくともあの制服のままだと普通にバレる可能性はデカいし、変に目立つとそのまま男とバレるタイミングも増える。それでもその格好のまま入りたいとか言ってたら追い出さざるを得なかったが、本人も街には入りたいって感じだったからな。そこはタダでとはいかないんでね、服は無料でやるけど」
「ヴィルガさん……すごくありがたいし、感謝し足りないんだけれど、俺達に何でこんなに──」
「ヴィルガで良いよ。……まぁ、何でかっつーと。アンタらさ、ただの客じゃないんだろ?」
彼女の指摘にエリアがまず驚く。見抜かれていた事はもちろん、見抜いていたのに親身になってくれていた事に。
「悪い奴らじゃないんだろ、アンタら。最近この街はきな臭いんでね、その関連で呼ばれたんだろ。エリアが客を呼んでくるのは初めてだったからさ、そんなところだろうさ」
「ヴィルガ、わたくしの思いつきに貴方を付き合わせてしまってすみません……」
「思いつきじゃねぇだろ。この街、アンタ好きだからな」
豪快な手つきでくしゃりと、ヴィルガに頭を撫でられながらエリアは葵達の方に向き直り、葵達はそれに応えるように小さく頷く。
葵が気を悪くしなかったか否かと言われたらそうではあるが、何が起きているのなら、そしてそれがもし魔王の使徒の関連だとすれば、それでまたここでゴネるわけにもいかなければ、そんな気もない。加えて、エレンから許可を取ってまで助けたいと言ったのに気を悪くしたから帰るというのは格好がつかないし、純粋にやりたくなかった。
「ヴィルガさ……ヴィルガ、改めて……門を通って良いかな?」
「私達はエリアさんに案内してもらったお客様です、そうですよね?」
「ああ、そうだとも。ウェルカムだぜ、綺麗なお嬢さん達。人魚の街を楽しんでくると良いさ」
ヴィルガが傍に移動して、顎で街の中に入るよう促し、エリアは葵達を先導するようにヒレを動かす。
「わたくし達の楽園を、どうぞ楽しんでください」
エリアのその言葉と共に葵達は気を引き締める。この先どんな光景があっても、どんなに美しくとも、その裏では何かとても危険な事が起きていて、それがいつ降りかかるか分からない場所である事に変わりはない。
リンドとミアが葵の両脇を歩きながら今度は葵に向けて頷く。
「ミア、リンド、一緒に頑張ろう」
「はい!」
「当然よ」
そうして、3人は人魚の街に足を踏み入れるのだった──




