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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第3部泡沫アクアリウム
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第27話: 心に囁き、川のさざめき

  リーメイもライも魚の運び出しの方に向かった後、葵とミアは肩を並べて大物を捌く作業を続けていた。常に会話をしているわけではないが、どちらからと言うと人見知りをする方の葵にしては珍しく、その時間に緊張感を不思議と抱く事もなかった。


「そういえば、ミアは休んでなくて良かったの?患者さん達にずっとついてたみたいだし、間でもらった折角の休憩にこんな力仕事をして……」

「良いんです。私こう見えて結構体力に満ちていますから!」

「すごく頼りになるね。でも、無理をするなって言った君が無理をするんじゃないかって俺も心配になっちゃって……うぅん、いや……これってお節介、かな?」

「いえ、ありがとうございます♪でも本当に大丈夫なんです。何も出来ないより、出来る事が沢山あって忙しいぐらいの方が、安心出来ますから」

「その気持ち、かなり分かるかも。なんか、不安になっちゃうんだよね、手が空いちゃうとさ」

「そうなんです!心がすごく焦ってしまうんです。これじゃダメかもしれないって……だから、その分沢山頑張れるんです。その分強くならないとって気持ちになりますから」

「うわぁ、共感出来る要素だらけだよ!すごく分かる」

「ふふっ、滝沢さんと私って似たもの同士なのかもしれませんね」


 ミアの微笑みに思わず照れくさそうに頰をかく……が、今は魚(人)を捌いてる途中であり、作業用にはめている厚めの手袋には血が付着している。それを忘れていたせいか、頰に生臭さの残る血がついてしまう。


「あぁっ、ちょっと動かないでくださいね」


 それに気付いたミアは、彼女の髪の色と同じ桃色のハンカチで葵の頰を拭う。春の花々の様な香りが漂ってくるのはハンカチそのものの香りなのかあるいは彼女自身の物なのか、どちらかは分からないものの、どうあれ葵の顔の温度が上がっているのは間違いない。


「はい、取れました」

「えっと、あ……ありがとう」

「どういたしまして♪……嫌、でしたか?」

「えっ!?なんで!?」

「だって、全然目を合わせてくれません……」

「ち、違うよ!嫌なわけないだろ!」

「本当、ですか?」


 不安げな視線を向けられ、脳が大急ぎで回転しようとする。以前、葵のことを思ってではあったものの、今のミアは彼に対して声を荒げた事に罪悪感を抱いている。それに加えて、彼がいつもに増して元気がない事に気付いているからか、彼の感情に対して敏感になっているのだろう。

 事実として、まだまだ空元気な部分は多いものの、ミアの行動に不快感を示していなければ、示した経験もない。どうするか、どうするか、そう悩んだ末に──


「女の子にさ、ハンカチで拭ってもらうなんて、滅茶苦茶こう、経験しないもので、だからぁ、そのぉ、これすごく緊張するっていうかこう。俺的に、なんだけど、これは……ただドキドキしてるだけ、なので……」


 捲し立てた内容を反芻し、そして焦りのあまり早口になった事も含め、目を丸くするミアの前で葵は大量の冷や汗を出していた。先程とは違う意味で彼の顔の温度は上昇し続けている。


(言うんじゃ、なかった……)


 言わなければ良かったと思う事柄は多く、それが致命的なミスと認識する事の方がほとんど、大原義樹の時はまさしくそうだ。しかし、その時とは違う意味で間違えたと強く認識する羽目になる。彼の汗は止まらない。


「それに、俺と目が合わないのはいつもの事、じゃないでしょうか!?いつも、俺はほら!人と目を合わせるの苦手だから、いっつも斜め後ろ見てるからさ!君だから、とかじゃなく、対人全部そう!家族相手でもそう、常に斜め後ろ!」


 顔を覆って逃げ出したいほどの気分だが、誤解を解きたいのも本音であり、加えてこの作業を投げ出したくはない。恐る恐る、彼女の表情を確認すると──


「……ふ、ふふっ」

(笑った!?)


 彼の顔に張り付いた驚愕の表情に、すぐに気付いたミアは笑った事に対して申し訳なさそうに眉を下げたが、それでも我慢出来ずに肩を揺らしている。


「ご、ごめんなさい、笑ってしまって。でも、滝沢さんにとって、私は怖い人じゃないんだなってよく分かったので、安心して……つい」


 どうやら、この場で安心したのはお互いだったらしい。安堵感から肩の力が抜け、葵も彼女につられる様に笑いが漏れてくる。


「君はノアで初めて会った人だし、俺の事をよく心配してくれてるし……怖いとか、嫌とか、そんなわけない、からさ。君がよく悲しそうだったり、不安そうな顔してるなっていうのもさ、なんか……俺に限った話じゃなくても本当に心配だからなんだろうし……えぇっと、だからね」

「はい」

「少なくとも、君の不安の1つである俺からの君への気持ちは……多分君が考えてるよりも、すごく大丈夫だから!だから、ちょっとでも安心してもらえたらって」


 ミアは数度の瞬きの後に、俯いた顔は微かに赤みを帯びている。暫くそうしてから、意を決した様に頷いた彼女は葵を見上げる。


「ありがとう、ございます…………葵さん」

「うん…………うん!?」

「そ、その……葵さんって呼び方がこう、馴染むので……い、いきなりこう、詰めすぎですかね呼び方の距離感!?」

「い、いえいえ!!俺もミアって呼んでるし!全然全然全然大丈夫!」

「よ、良かったです!た、多分あの、かなり距離感変な女の子になってないかなって思ってたし、もっと変って思われたら、すごく、すごーく嫌だったので!」


 両の手を前に突き出しながら左右に振っている彼女を見ながら、この状況に気が動転しているのもまたお互い様である確信を抱いた。自分よりも焦ってる人がいるからか、葵は少しずつ落ち着きを取り戻せた……気がする。

 だから、そのまま伝えておきたい事柄を続ける。


「その、ミア……いずれでも良いし、嫌なら嫌で全然良いんだけど」

「なんですか?」

「君の中にある大きな懸念とか、不安とかってそれが何でなのか、そして何があったのかって、教えてほしいかな」


 流石に踏み込みすぎたかもしれない。そう思ったが、想像していたよりも彼女の返事は早かった。


「はい、それについて話さずいられるとは思えませんでしたし、貴方にも……知って頂きたい事ですから。多分、エレンさんとかはすぐにでも共有しておきたい事柄だと思いますし」

「エレンさんも?」

「……先代の、勇者についての事ですから」


 先代勇者。彼女の口から出てきた文言に、驚く前に納得をしていた。飛鳥連理の弟を殺したという存在、エレンやミアの様に誰かの前例を感じている人々。それもこれも、先代勇者がいたからなのだろう、と。葵は同じ勇者という看板を背負っている人間だから、恨みも、不安も、重ねてしまうのもおかしくはないだろう。

 だが、ならばその勇者はどうなったのか、それらしき人物を見かけない以上死んでしまったのだろうか、と思考を巡らせる。別行動しているだけならば、先代という文言をわざわざ使わないだろう。考え込む葵に、ミアが小さく首を横に振る。


「葵さんは、葵さんです。どうか、今はそれだけでも分かって頂けたら嬉しいです」


 葵の心を読んだわけではないのだろうが、彼女は葵が何を不安に思い、悩むかを分かっているらしい。自分が何かと重ねられる事で、そう在ろうとする彼がそうならない様に、彼女なりに圧縮した言葉は、最近色々な出来事が積み重なった葵の心に優しく沁みる気がした。


「……うん」


 なんの変哲のない返事ではあったが、彼女にしっかりと聞こえる様に。例え、これまでの自分の生き方とは少し異なって、処世術にしていたものから離れる事柄であったとしても、変わりたくないと思ってるわけではない。むしろ、そのきっかけを求めていたのかもしれないのだから。


「うん」


 もう一度だけそう返事をすると、安心した様な、嬉しそうな、柔らかい微笑みを向けてくれていた。

 これですぐに変われるわけではない。彼の後ろ向きすぎる精神性はその様に塗装され固められた後である以上は、それでも自分を認められる様になって欲しいと願う人がいるという事そのものが、彼にとっては何よりも大きいだろう。


「…………さ、作業!作業しないと、ね!!」

「そ、そそ、そうですね!」


 突如として、照れ臭さが勝ってしまった2人は慌てふためきながら作業を続けようと──


「り、り、リンドの視線が、すごい!!」


 いつの間にか葵の中から出てきていたリンドが凝視していた。


「私が見てるからって集中が途切れるようでは戦いでも困るわよ、ほら集中集中」

「い、いつの間に……でも人に見られると緊張しますよね。分かりますよ」

「何でよ、私は貴方の中に魔力として入ってる事もあるんだから、今更じゃないかしら?」

「い、いやぁ……君がこう、ちゃんと姿を取ってそこで見てくるのは訳が違うっていうか……」

「えっとですね、リンドさん。リンドさんはその、女の人じゃないですか、しかもスタイルも良いですし……」

「あら、スタイルならミアも負けていないと思うけど、どう?アオイ」

「えぇ!?俺にそこで聞くのかい!?」


 思わぬ問いかけに手が止まる。どちらと答えようとも良くない気がする上に、家族以外の女性の免疫があまりない葵には中々に上手い躱し方が見つからない。助けを求めるように視線をゆっくりとミアの方に向ける。


「えっ?え、えぇっと〜スタイルは、置くとして……そうだ!葵さんなら、どんな感じの子が良いんですか?」

「あ、それは私も気になるわね」

「え、何!?それ!?人生で初めて聞かれたから何の用意もないよ!?」

「だから良いのよ。準備が出来てて綺麗に流されたら私も流石に怒ってしまうところだもの」

「流石にって言ってますけど……リンドさん、前に怒りながら葵さんの足を踏んでました」

「それは……」

「足、踏んでました」

「だって」

「踏んでました」

「………………ご、ごめんってば」


 そこそこの間が空いたが、降参する様に絞り出されたリンドの小さい謝罪と、思わぬところで圧をかけたミアを見比べて、我慢出来ず葵は吹き出してしまう。


「ん、ふふっ!」

「こら!見せ物じゃないわよ!!」

「だ、だって、リンドって気の強いミステリアス美女のイメージが強かったから、珍しい光景を見たものだなぁって、つい」

「だからって、笑う事ないじゃない!アオイのくせに偉そうよ!」

「な、なんだよ!その言い方!所有者の割には俺はかなり奥ゆかしいという自負があるんだけど!?」

「奥ゆかしいという割には私が貴方のことを危ういって言ったのも忘れていつも、いっ〜つも!無理ばっかりして!この前だって私が蹴飛ばさなかったら初対面の女と心中しようとしやがってたわよね!?随分と我が強いんじゃなくて!?このタコ助が!!」

「い、痛い所を突いて!!言い方が悪いよ!心中じゃなくて撃破のための突破口なんだけれど!?」

「なら下手くそすぎんのよ!修行不足!」

「な、なんだとぅ!?君だって使徒から守ろうとして大怪我したじゃないか!!同じぐらい危ないけど!?」

「私は良いのよ、だって貴方より何百倍も強いもの!」


 自分をきっかけに始まった2人の言い合いに最初こそ焦っていたが、聞けば聞くほどにその内容が言い争いと言うにはトゲがなさすぎるという事と、珍しく2人ともがムキになっている事に、先程の葵の笑いが伝播した様にミアも笑い始めてしまう。彼女が笑った事で恥じらうように2人とも咳払いの後に口を噤んだ。


「ところで、葵さんはどんな感じの子が好みなんですか?」


 その結果、不発弾だと思われていた物は彼女がスイッチを握っているタイプの爆弾である事が発覚した。


「好みを言うだけじゃない、言っておくけど逃げは許さないわよ」


 葵の目が左右に泳ぐ、助け舟と思われた物がまさか爆弾を積載していたなどと誰が予想出来ただろうか。


「……ちなみに、お姉さんみたいな人とかいうオチもダメよ。有り得そうだから釘を刺すけど」

「刺さなくて良い釘をブッ刺された俺の傷の痛みをどうしてくれる」


 問いかけに対する彼の返事に要した時間は短かったのか、長かったのか、彼の内心と外とで時間の流れが変わってしまったかの様だった。

 深く息を吸って、吐いてから背筋を正し──


「一緒に……いて安心出来る、人」


 答えとしては、正直に言えば拍子抜けといったところだろう。逃げの一手にも思えるかもしれない。しかし、彼にその様子はなく、本心からそう言っている事が顔で分かった。こういう時の葵は、いつもに増して目を合わせないが故に。

 失望を招く可能性に不安を覚えていた葵は恐る恐る2人の方を見たが、恐れていた様な失望も呆れも特別なく、言葉を咀嚼している様だった。


「良いとしましょう」

「です♪」

「及第点だったらしい」


 その質問をするのは話題の一種なのかそれとも、他意があるのか──


「うひょー甘酸っぺぇー」


 魚の入った桶を持ちながら通りすがりのクロエの一言で一気に空気が崩れた。それは不幸中の幸いと言うべきか、否か。話題の流れという点を置いたとしても、明らかにリンドを含めた会話、明らかに何かしらの存在を含めて3人で会話している様子が見られたのは失態と言えるかもしれない。額を押さえるリンド、何か言いたげにするミア、頭を抱える葵という三者三様のリアクションとなった。

 そんな最中、更なる新たな声がかかる。


「そこの方々」


 声がした方に視線を移すが、そこに人の姿はなく3人で顔を見合わせる。


「今、川の方から聞こえましたよね?」

「こんな所で悠々と泳いでる一般人がいるかしら?」

「ものすごく屈強な肉体を持ってるのかもしれないね」

「そこの方々、貴方達です」


 もう一度、同じ様に聞こえてきた女性の声。しかもリンドに負けず劣らずの透き通った歌う様な声だ。だが、それが一般人であったのならば、こんなに落ち着いて声をかけてくるとは思えない。あくまで比較の問題であるがゆえに、この川でも魚人に溺死させられるという死亡例が多く、川から上がって来た状態ならばその魔物と一度も遭遇しなかったとは考え難い。葵なりにそれを考慮した結果、いつでも刀を出せる様に構えながらゆっくりと川辺の方を振り向く。


「わたしは、敵ではありません……どうか、お助けください」


 水面の様に揺らめきながら煌めく水色の長髪、紫や白の花と貝殻が合わさった髪飾りはその髪を無駄なく彩り、濁りのない海の色をした青い瞳、透き通った白い肌、光に照らすと虹色に微かに輝く白い貝殻で豊かな胸を隠している。それ等が合わさった神秘的な美しさが印象的のようだが、それ以上にその下半身が衝撃を与えた。

 水の表面を定期的に叩き、水飛沫をあげているヒレ。そう、本来なら見えているべき人間の下半身ではなく、それは魚の形状をしていた。


「に、に、人魚!?本物!?」

「は、初めて見ました……異形、いや魔物、ですか?」

「いいえ、わたしは貴方達と同じ地球人です」

「え、君、地球人……?」


 しかし、地球上では人魚という生物は架空の生物であり、絵本の中や神話上には存在している物であって地球の生物として計上される物ではなかったはずである。可能性としてだけ言えば実は海のどこかに住んでいて、それをまだ発見出来ていないだけ、というのもあるかもしれないだろう。しかし、現時点では存在しない生物である事は紛れもない事実であるだけに、彼女の発言は尚更に混乱を呼ぶものとなった。

 無論、口にした当人とてこの姿を見て地球人と言われても信じられない事は承知の上だったらしく、傷ついた様な反応は見せていなかった。2人がそうして戸惑っている間に、人魚が現れてから腕を組んだまま黙していたリンドが口を開いた。


「ねぇ、貴方は私が見える?」


 一瞬、2人ともがその問いかけの意図を測りかねていたがそれは本当に一瞬のことで、彼女に意識を向けた証左である視線すらも即座に人魚の方へと戻していた。

 一方で、問われた当の人魚は何の反応も示さない。当然である、見えず、認識も出来ない存在に対して、返事という言葉は成立するはずもないのだから。


「……少なくとも彼女は邪神の手のかかってる存在ではないみたいね。後は貴方達の判断に委ねるけど、魔物とかではないわ」

「うん、ありがとう。すごく助かったよ」


 リンドのその判断基準を聞けば、逆に考えるとリンドを認識出来る条件にも繋がってくる事になる、それを言語化した彼女自身はそれ以上は何も言わず、人魚の話の続きを聞く様に顎で促している。そこに違和感を抱く事は分かっているかもしれないが、それは後回しで構わないというのが彼女の判断だろう。


「君が、敵じゃないって事は何となく分かったし、地球人であるっていうのも一旦納得するとして……助けてほしいって言ってたよね?何かあったの?」

「あぁ、お話を聞いてくださるんですね……ありがとうございます。わたし達、人魚の住む街で住人の行方不明者が増えているんです」

「行方不明……魔物とかの襲撃とかは関係なくですか?」

「はい、わたしの街は結界に包まれていて、魔物は寄り付かないと聞いています。実際、これまで魔物が襲撃したなんて話は一度も聞いておりません。それに、わたしは見てしまったんです……」


 辺りの様子を怯える様に見た後にゆっくりとまた人魚は口を開く。


「皆が寝入る時間帯ごろ、怪しい人達が大きなずた袋を担いでいる所を」

「まさか、攫われたのか!?」


 頷く人魚は弱々しく、歯痒さを感じられた。謎の危険を解決したいのに自分では力が不足している事と、知らない人達にこんな危険な事を頼む罪悪感があった。それでも、人魚はその為にここを訪れたのだ。


「お願いします、わたし達を助けてください」

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