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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第3部泡沫アクアリウム
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第26話:各々の反省会

「風を操る飛鳥連理、重力を操るゼーベルア……取り逃がしこそしたけれど、彼等の能力を把握出来たのは不幸中の幸いと言えるわね」


 使徒との初交戦、使徒が魔物を操れる事、領域外での彼等の戦闘能力、それによって出た損害、エレン達にはまとめなければならない情報が多かった。仲間の弔いに感情を沈める事すら今は最優先にならない、彼等を死なせた者について考察をするのがこの世界から脱すると決めた者達の使命に繋がるのだから。

 エレンの元に集められたのはブラン、ダルガの2人だけだった。本来ここに呼ばれる人間であるミハエルはまだ断絶を使用した後遺症で意識が戻っていなかった。体力の消耗は勿論あるが、魔力の方がやはり問題だった。


「ミハエルの様子はどう?」

「ようやく血が止まったところだ。だが衰弱がひでぇし、すげぇうなされてる」


 魔術の行使の際に使用する魔力とは大気中の魔力を想像と詠唱によって結びつける為のエネルギー。それならば魔術の行使は肉体の外で発生させるものであって負担などは起きない様に思えるが、結びつける過程でその魔力が肉体を通る必要がある、そうでなければ外側だけで成立するものなら皆が同じ魔術を同じ完成度で使えるはずだから。何かを書く事、その発想の元が皆異なって、それが手からただ出力されるものではない様に。

 この世界における肉体とは、つまり剥き出しの精神そのものと言える。魔力の中身が負の感情の集合体である事を思えば、肉体とは隣人と言える程度には性質が近く、肉体を持つ者達はその肉体そのものもまたほとんど魔力と言える。故に、大気中の魔力と肉体の魔力、大気から使うコストを肉体の方で支払う振り分ける事も出来る。その分、自分の一部を魔術によって変質させてしまう事に等しく、大気から取り込む負の感情の奔流を受けるか、肉体で支払うかの違いに過ぎない。魔力の枯渇とは、肉体の消耗と同じなのだ。


「彼が復帰出来るまでは彼の助手が引き継いでくれているから技術班は問題ないわ。私のせいでかけてしまった負担だもの、ミハエルには万全になるまで休んでてもらわないと」

「気味は悪いが敵も追撃を加えてきていない。ミハエルだけじゃなく、休みと補給の時期がいるだろうな。私の部下も術をまとめて使い過ぎた影響で疲労が大きい」


 小さく頷くエレンには意外にも焦りはなかった。あの時、船と使徒の2択を迫られた時に出した決断。それを有効利用するためには船全体をまた万全の状態に戻す方が先決だった。再戦の日が分からないなら、その来るべき日までにこちらの状態を良くすれば単純に勝率が上がるからだ。

 そうして、彼女の肯定を受け取った後、ブランは咳払いの後に使徒の話へと内容を戻す。


「それで、だ。使徒の風に関してなんだが、領域外ならば相応の質量を盾にすればその威力は分散出来た。が、今回は場所に救われただけで、ゼロから構成する時はあの速度にどう対応するかだな」

「加えて、相手は空中を制する事が出来る。飛鳥連理は一方的な戦いだってやろうと思えば出来たんだろ?」

「そうね……今回はダルガ達の元の堅牢さと術師隊の防壁の合わせ技で防いだところもあったようだけれど……次は彼女の目的が変わらずアオイ君のみであるとは限らない以上、それじゃ足りない」

「展開する形の盾……とかも考えたが、機動力がどうにもな」

「それについては案は出ているのだけれどね、今使ってもらってる盾より強度はどうしても落ちるかもしれないのよね」

「変形、展開の構造につきものだ。だから想撃砲の刃も直接つける事になったからな。だが、私としては機動力を置いてもその装備に価値はあると想うがな。防御隊が本来走り回るもんでは普通はないんだから」

「本来、ならな。陣形崩してちゃあ防御隊の守りの硬さを活かせねぇし。だが、やっぱり強度は問題だぜ、ロナリスもやられた。盾をガラスでも割るみたいに容易くな。風だけではなく物理も怖い事を忘れちゃいかんぜ」

「そうだな……その辺りの話を進めるにもあたって、また採掘にも赴かないとなるまい。装備の見直しが必要だ」


 この世界にも鉱脈は存在する。この世界ならではの物から、鉄の様な一般的なものまで存在している。加工方法も確立はされているが、その素材の性質は自力で把握していくしかないのが頭を悩ませる。物によっては、解析していく最中でその人の精神を削る様な代物が出てくるから中身が分かっても扱いが難しいところだが、その分だけ魔術や使徒達の様に武器を持つ者達の言わば理不尽とすら言える攻撃にも順応出来る装備に繋がる。


「大河に向かうのは補給がメインだから丁度良いわ。その間に開発も進めていきましょう。想撃砲の量産で忙しい中だし、主任であるミハエルが抜けてる中だから彼等には申し訳ないけれど」

「想撃砲に関したら私達術師隊もフォロー出来る。弟子達にも手伝いに行かせよう」

「じゃあ、この会議が終わり次第顔出してくる、設計を正式に詰めて行かなけりゃだしな」


 そして、悩むべきはそれのみならず。もう1人の遭遇した使徒のこともある。


「ゼーベルア……彼の重力操作が彼にとって格が下だと思う相手ほどその負荷が強くなって立てなくなる。厄介な力だわ、しかもそれが人にだけ適用される物ではない事も含めて」

「奴はかなり自分に自信がある。そういう点からも恐ろしい事があるとすれば、実際の実力は関係なく、奴の視点で甘く見られていればその効力は発揮される……無論、奴の実力を甘く見ているわけではないがな」

「だがやっこさんがただの脳筋バトルジャンキーだったらよ、魔王の命令とはいえあんなまどろっこしい事するのかってところだなぁ」

「それはそうだな……」

「ダルガの言う通りで、問題なのは彼があの能力をまどろっこしい方法に使えるということ。手段を選ばないならどんな方法にも応用出来る。それこそ空中にある浮島とかもやろうと思えば私達を押し潰す為の道具に出来る」

「だが1番の対策が当たらない事、なんて言ってしまえば全てがそうだからな。強いて言うなら、非常識な貫通力を持たない点から、ありきたりな話になるが遮蔽物を利用する他ないだろう」

「あれは非常識な貫通力とかはなさそうだからな、あったら船を叩き落とすよりも、もっと確実に船を機能停止にも追い込める」


 人質の殺し方として船を何度も叩きつけるという行為である必要性よりも、手早く船を航行不能に追い込み、動ける戦闘員を能力で黙らせて制圧。使徒の奪還よりも、その方が効率が良いのにやらなかった。彼の武器の限界点は少なくともそうだったのかもしれない。だが、そうなった経緯を思えば浮かぶ疑問がある。


「我々にとってこの船が心臓にも等しい事は理解しているはずなのに、目的が使徒の奪還だけとはいえ不意をつけたのに船に打撃は与えなかった。彼等の動きは妙なのよ、もっと効率的に我々を倒せるはずなのにそうじゃない。彼等のリーダーは、魔王よ。でも、その魔王よりも上の邪神……それの盤面には既にどれだけ描かれているのか」

「邪神が我々が不利になりすぎない様に手を加えてる可能性、って事か。成る程、あるだろうな」

「いや、あっさり認めるんだな……」

「少なくとも、既に私達は奴の世界に迷い込んでいるのだから、言わば奴の体内で争ってるも同然だ。どこまで把握してるかまでは分からんが、奴の導きもあってもおかしくない。それでも、1人でも死者を減らすのが我々の仕事だ」

「……」


 邪神が矛盾を孕んだ行動を行なっている。使徒達が勇者の出現までは結界に阻まれていたというのも、勇者と戦う日まで保護する目的というよりも、勇者が彼等と戦わなければならないように仕組まれている様でもある。だが、どんな意図があれ、それが常人の理解の及ぶ物ではない可能性だってある。理解出来ない方が良い存在かもしれない。

 1人でも多く元の世界に帰還する為には、どのみち使徒と、魔王と戦わなければならないのは事実。邪神の思惑なんてものよりも、それこそが最優先事項ではないのだろうか?


「……アオイ君には、重い荷物を持たせる事になるわね」

「そうさ、俺達みてぇな大人が高校生の坊主に背負わせなけりゃならんのさ。情けねぇ話だ」

「そんな子供の代わりに戦おうとした大人ほど、先に死んでいった、それが今の結果になっている。それに、子供の方が大人よりも信じる能力が高い分、この世界では強くなりやすい。そう考えれば、私達はそれを理由に子供達に任せるわけではなくとも、私達が真に出来る事は子供達の人間性を守る事なのかもしれないな。その為に、我々が踏み外さない様にすること……殺し合いの中であってもな」


 ブランの自分自身にも戒める様に口にした言葉に、エレンは目をつぶり、ダルガは腕を組んだ。

 故郷での自分の姿を忘れない事と、この世界に順応していくことはどちらかにしか傾けられない天秤の様だ。前者の秤を重くし続ける方が良いのは確かであっても、この世界の方がまだ自由を感じる者もいるだろう。それでも、手の届く範囲の人間に使徒の様な事をさせてはならない。その為に、大人である彼等に何が出来るか──


「……ふぅ、俺は元々ただのいち社会人だったってのによ」

「私だって先生だったわけではない」

「子持ちのダルガ先生、教えてくれるかしら?」

「おいおい、手加減してくれよ姐さん達よぉ。話も脱線しちまってるし……」

「とりあえず、使徒に関しては他の地域の調査に出てる部隊からの報告待ちなところもあるんじゃないか?今回みたいに突然遭遇というばかりでは心臓に悪い」

「そのつもりよ。彼等も彼等なりに行動を始めている以上、動きを掴めないなんて事は有り得ないもの」

「大河の補給後の方針はそれ次第だな……」


 2人の使徒、魔王の存在、邪神の思惑。それに対してどう立ち向かうか、考える事は多いが、今の時点では暗闇の中に手を入れる様に見えない事柄の方が多く、その結果不安のみを与える。

 滝沢葵は勇者としてその不安を払う側にならなければならないが、当の彼自身の不安はどうなるのか、どう超えるのか。彼の天秤は、どう維持するのか。エレンは胸の内でそう問いかけていた。彼という人間の過程を今度こそ知る事が出来るから──


「ふぅ、ひとまず……私が皆に言い渡せる事があるわ」



 大河、その名前相応の川の幅を持つ場所。この大河の特徴としては浮島達とそれに向かって逆流する川。緑も多く、浮島にも大きな湖がそれぞれあり、分類としては魔物であっても比較的安全な動物達も生息している。当然、そこには普通の魚も生息していれば、普通ではない魚も生息している。それでも、海と比べればまだ比較的安全な方ではある事から、食料の補給ポイントとしてよく使われているのがこの場所だった。


「んで、俺達はそんな場所で釣りをしていると」

「ノアの釣り大会です、喜びなさいライさん。1位を取ればあの、その、まぁ良い感じの事があります」

「せめて中身を考えてから言わないか?」

「クロエちゃんテヘペロー」

「せめて中身を考えてからオチをつけてくれないか?」


 大河に到着した一行は食料の確保や採掘等の仕事に振り分けられたが、戦闘部隊はその分少しの休暇となった。無論、ノアや補給班の護衛や防衛に努めなければならないのも事実だから全員が出払う事は出来ない。だから、休暇というよりもそうした業務が回ってきていない時間帯に少し羽を伸ばすという方が近いだろう。


「次の月の色が変わる時間帯からは防衛に回らないとだから今の間に釣り進めないとだなぁ」

「焦る事はないですよ。果物らしき物とかは安定して取れますし。ライさんは不満ですか?」

「いんや、ないさ。食い物があるだけ幸せ幸せ、そういう点ではこの世界も悪くはねぇよ」


 ボヤきながらも釣り上げた物に一瞬期待をしたが、釣れた物がうねうねと蠢く木の枝だった事が分かれば犬にでも投げつける様に投擲をした。それはとても良い曲線だった。


「あれね、滅茶苦茶腹壊しますよ」

「食った事あんのかよ!!」

「あれも、殺せる生物なので。沈静化させてしまえば食べ物です」

「そりゃあそうだけどさぁ」

「サクッとやれるなら、見た目はどうあれ生物という点では同様なのかもしれませんね、地球上の生物と」

「まぁな、地球上にもおっかねぇ生物なんて幾らでもいるし」

「熊とか、ワニとか、それも加工出来ちゃいますからね。ただ……この根っこには難点があります」

「うん?」

「ゲロマズなので食べ物ではないなってとこです」

「そりゃそうだよ」

「そうそう、あの枝の事は置いといて……タキザワさんは?我々仲良し10代sのメンバーが欠けてますが」

「テンポ悪くなるからあえてもうツッコミ入れねぇぞ……アイツなら魚を捌く方やってる。多分なぁ、アイツの性格的に今頃苦戦してんじゃねぇの?」

「それはそうですね、物によってはヤバいですから」


 様々な形で大物も多い影響で、そのまま積み込むと調理隊の負担が大きく、全てを捌くわけでなくともその半分ぐらいは他の人員にも出来る様になってもらって負担を軽減させなければならなかった。

 だが、捌く事そのものも技術と経験が必要だから容易ではないものの、初見の人間の1番の問題は様々な形で、という点だ。例えば魚人の様な形状の物など──


「こ、これ、アリなの?あの、倫理的に」


 息の根を止められた魚人がまな板というには大きさのある木製の板の上に横たわっていた。魚ではあるが、二足歩行かつ両腕があるのだ。その両手両足にはヒレがあって、青い肌も鱗で覆われているが、頭以外がかなり人間の様な形状をしている。


「私も最初は結構躊躇しましたけれど……物は慣れですよ、滝沢さん」

「食材ってやつは、なんだかんだどれも目が合うって点では同じダヨ、勇者さん!ここはざっくりバッサリいってあげるのが慈悲ってものヨネ!」

「み、ミアもリーメイさんも乗り越えてるんだ……こ、ここここれぐらい!!やってみせ、ゔ」

「思い切って開く方が良いヨー。その方が骨も取りやすいし、可食部位が分かりやすいからネ!ほら、男の子はチャレンジ!ウチが教えた通りにやってもらうからネ!」


 リーメイと呼ばれた女性はケラケラと笑いながらも自分の作業を進めていた。分厚い包丁で部位ごとに分けつつ、不要な部位を撤去してと、調理隊の人員だけあって手際が中でも良かった。しかしその顔立ちを見ると、魚人を捌くのに慣れてるとは思い難い。


「リーメイさんって、綺麗な顔をしてるけれど意外とたくましいっていうか……」

「んま!勇者様ったらお世辞が上手ネ!でも、たくましいは女に言う褒め言葉じゃないヨ、失礼半分お上手半分ってところダヨ!ウチは許すけどネ」

「ご、ごめん。でも、お世辞ではないんだけれど……」


 長い艶やかな紫の髪を両側で団子型にくくり、首元と腰の位置で2回紅色のリボンで結んだ髪。ライム色の瞳はパッチリとしていて、本人の明るい性格を見せる様だ。ミアよりも高く葵よりは低いぐらいの背丈、年齢もあまり変わらないだろう。

 紅色のつけ襟と、ベストは花弁を思わせる様な形でスカートの様に伸び、その下から見える前掛けもベストやつけ襟とお揃いの色彩で、金の糸で花の柄が刺繍されている。胸元の上半分は惜しみなく見せる形状の白いレオタードを下に着ている様だ。


「でもウチも最初は、かなりびっくりしたヨ〜頭の部分だけならまだしもダヨ。首から下が生々しすぎるから直視出来なかったモン」

「私もノコギリとか使わないといけないかなって、かなり迷いましたぁ……」

「使う道具がどれかの問題じゃなくない!?」


 そう言いながらも葵の視線はずっと手元にあり、捌く方にも意識を集中させていた。中身の構造はどうやら人間の類ではない様だが、魚らしいとも言い難い。葵からすれば──


「お、おぉ……!地上波で放送出来ないぐらいの絵面になってきたよ」

「これって規制に引っかからないんでしょうか……」

「何の話をしているのか分からないケド、事細かに中身を解説しなかったら大丈夫じゃナイ?」

「お前等さっきからどの次元の話をしてんだよ」


 釣ったばかりの魚を入れた桶を持ってきながら呆れた顔をしているライを見て、目を見合わせた3人は一斉に肩をすくめた。


「リーメイの姉さん、これ置いとくぜ」

「分かったヨ!こっちは厨房に持って行かないとだネ、ウチにお任せ!」

「いやいや、女性に1人で荷物持たせるわけにはいかねぇだろ」

「そう?じゃあライ坊はこっちの切り身達を持ってほしいネ、こっちのが重いヨ!バシバシ持っていってちょうだいネ!」

「はいはい……っと、悪い。その前に、軽くアオイ借りるぜ」

「いいヨ〜でも今こっちの班だからとっとと勇者様返却してヨネ」

「……うん?え、俺?」

「そ、お前」


 不思議そうな顔をしている葵の肩に手をかけて連行していく。ミア達も首を傾げてはいたが、リーメイが両手を叩いて作業を再開する様に呼びかけたからか、視線は外れた。そうして、ミア達に声が聞こえない程度の少し離れた位置で動きを止める。


「ど、どうしたの?いきなり」

「まぁ、一応言っておいた方が良いと思ってよ」

「お、俺は、何か粗相を?」

「お前なぁ……人から話しかけられる度にそんな風にオドオドするつもりかよ。故郷にいた頃の俺ならぶん殴ってた所だぜ」

「おっかないんだけど」

「俺ぁ育ちが悪いんだ、これでもかなり丸くなったモンだぜ。ま、それは置いといてよ」


 言及する事で空気が悪化する可能性を感じたのか、それ以上はあえて言わず。葵も同じ予感を覚えたのか、そちらの方の続きを促す事はなく、ただ頷くだけだった。それを見やり、ライは本題の方の続きを口にする。


「俺さ、耳が良いんだよな」

「良さそうな雰囲気あるよね」

「だろ?なので、まぁ聞こえたわけよ」

「何が?」

「見張りの時に甲板で話してたやつ」


 あまりにも、あまりにもアッサリと言われたからだろう。一瞬、葵は何の事を言われているのか考える為の間が生まれてしまった。その思考の時間に記憶が追いついた頃、徐々に彼の顔色は青に変わっていき、思わず半歩後ずさる。


「──そう」

「そういう反応に、なるわなぁ。大丈夫か?」

「別に……聞かれたら死ぬってわけでもないから」

「だろうな。死ねるって顔してねぇし……でもま、聞いた以上は俺は何事もなかった顔をしても良いし、お前のメンタル状態を共有する事も出来るか。医者にかかれって域だぜお前」

「出来れば、前者であってほしいかな」

「そう言うと思ったぜ、なんとなく」


 軽いため息の後の表情は少し厳しさを含んでいる様に思えた、彼があの甲板での事を聞いていたという事を知ったから、そう感じる様にバイアスがかかっているだけなのかもしれないが。


「ここは何でもアリな夢の世界だ。地球からランダム選抜されて箱庭でバカンス、お互いに初めましてってとこでな。そりゃあ、知ってる奴も中にはいるだけろうけどな」

「いたいた、すごくびっくりしたよ」

「でもま、それでも知らない奴だらけなんだ。しかも、バカンス中に平気でサメよりヤベェ奴が数え切れないぐらい暴れ回る、映画に出来そうな異常事態の中だ。ここでは皆は同じ視線、同じ極限状態の同士でしかない。その中で、お前はその処世術を扱って今まで通りのお前でいるか、お前のなりたいお前になるか、選ぶ権利を持つのはお前自身だ。お前の事を選べるのはお前自身のみだ」

「……」

「空飛ぶ風船より、もっと愉快なモンを目指してみても良いんじゃねぇの。空よりも高いところまでいける様な、すっげぇの」

「ライ──」

「あっ、念の為に言っておくけどよ、これはあくまで俺の主観だから。俺に言われたからってんで道を定めんじゃねぇぞ。他人の人生を左右するなんて事はガラじゃねぇし、俺のせいになるのもお陰になるのもゴメンだからな」


 思い上がりかつ、ものすごい驕りかもしれないが、と付け足して肩をすくめる。しかし、葵はそれを聞いて萎縮などよりも困った様な笑顔が浮かんだ。


「……そう言う割には、わざわざそう言ってくれるのって結構親切なんじゃないかな?」

「俺もお節介の自覚はある、ったく……俺には似合わんよ、そういうのは。気の迷いだ、あんま間に受けんなよ」


 葵の背中を叩いてから、離れた所からリーメイが急かしていたのもあってか、ライは作業の方に戻っていった。ガラじゃないから、似合わないと思っているから、葵の返事を待ちたくはなかったのだろう。

 ノイズで先端が欠けてはジリジリと変化を続ける草を見ながら、それが何かに変わろうとしても、元の形状に縋る自分に重なって見えた。だが、そもそも本当の自分の形すら迷走していると言うのに、本当にそれは重なっているのだろうか?


「空飛ぶ風船よりも、もっと愉快なものか……」

『私も賛成よ』

「リンド!?」

『そろそろ慣れなさい』

「すみません」

『んもぅ、まぁ良いわ。それよりも、彼に乗じて私も1つお節介といきましょうか。良い事を教えてあげる』

「良い事……?」

『やりたい事を、なりたい物を、よく定めておきなさい。貴方が何でそうなりたいのかも含めて、ね』

「何で、か……」


 勇者になりたい理由、人々を救いたい理由、何故と問われると上手く言語化出来ない。彼は言葉にするのが苦手だった、自分の言葉を口にした時点で自分の我儘の様に錯覚してしまうから、それを人に押し付けてしまう気がしたから。故に、葵は理由をいざ考えろと言われたら言葉に出来なくなってしまう。

 ライの言葉と、リンドの言葉で、自分を手繰る。自分は何を思っているのだろうか、と──


「滝沢さーん、もう大丈夫ですかー?」

『ミアが呼んでるわ、今のは宿題として置いてあげるから目の前の課題に今は向き合うとしましょうか』


 まだ実体化していないはずのリンドに、手を引かれる気がした。そうだ、少なくとも今葵がやるべき事があって、自分の役割がある事、それに対して多少なりとも嬉しさを覚えていると言う事実はある。例え危険な戦いであろうとも、魚を捌く作業であっても、同じ様に。その為にも、今は行こう。


「……うん、そうだね。ミア、すぐ行くよー!」

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