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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第2部鳥は哭く
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第16話:山々が見下ろす

「山岳の名の通りだ……!」


 砂漠地帯から山岳地帯は直接繋がっているのは分かっていたが、地面も境から大きく変わってそびえ立つ岩山同様に砂の見当たらない地形に変わっている。

 空飛ぶ船の甲板から見えるそんな滅茶苦茶な光景に、状況に合わない高揚感が思わず発生する。自分で気を紛らわせているに過ぎないのか、単に感情が同居しているのか分からないが。彼等は魔王の使徒との交戦を警戒し続けなければいけない状況に立たされているのだから──



 月の色が6回目の変化を終えた時、葵の傷も落ち着いてきた頃に改めて山岳地帯に向けての会議が行われた。集められた面々、エレン、グレム、ミハエル、エミナ、ファイナ、葵。そして、前回の会議の時や船内で顔を数度合わせた顔ぶれが数人。


「…………山岳地帯の進路について、説明する」


 グレムの見た目通りの低い声は想像通りとも言えたが、今まで彼の声を聞いた事がない葵は思わず目を見開いてしまう。驚きを表情に出さない様にすぐに表情を正す、真面目な場である上にシンプルに失礼だから。しかし、折角正した表情の横でそんな彼の挙動に笑いを堪えているファイナが台無しにしているが。


「……今回はこの渓谷を通る。魔石地帯は異形が多く、使徒と遭遇した際に混戦にはなりたくは、ない。渓谷なら……そうはなり辛い、見通しも良いからもしも使徒がいれば、先に手を打てる」

「それはつまり相手からしても通るルートを予測しやすいんじゃないのか?」

「渓谷地帯そのものが、入り組んでる。使徒とはいえ自在に空を飛び回れるわけではない……加えて、このノアの弱点の1つ。近付けない場所があるという事も……知られてはいない、大河に真っ直ぐ向かうより、良い」


 ミハエルはその説明に頷きながら腕を組み直す。

 この世界は魔力を介して様々な事が可能となるが、それでも空を自在に飛ぶ、人の身体の傷を一瞬で全て治す、その2つは中でも発動の例を見た事がない程に難解な物となっている。ある程度の高度の跳躍は可能だろう、ある程度の時間をかけた治癒は可能だろう、だがそこで留まり、それ以上はまさしく奇跡の産物のまま保たれている。


「異形達は……この魔石の方に大半は惹かれる。来るとすれば、魔物の方」

「この辺りだとあの骨達ね。ブラン、貴方とその弟子達に迎撃してもらいましょう」

「構わんよ、そこの勇者を含めた若造共も借りていくぞ」


 うんうん、と黙って話を聞くばかりだった葵が、突然自分に白羽の矢が立った事に首の動きが一度止まった。他に出来る事もなければ、使徒との交戦経験が何らかしらの役に立つかもしれないとは考えていた為、ブランと呼ばれた女性の指名に文句はなかったが。


「そういえば名乗っていなかったか。私はブラン・マイゼン、術師……と言っても術という物も多岐に渡る分類の関係で、一口に術師と名乗るのは適当とは言い難いが、まぁ良い。その時には私の指示に従ってもらうからな、勇者」

「よろしくお願いします、しっかり頑張ります!」

「頑張れずともこき使ってやるつもりだ、安心しろ」


 差し伸べられた手に応じて握手をしながら相手を見遣る。銀の糸で刺繍が施された白いローブ、腰に巻かれた茶色の布も飾り気はあまりなく、シンプルにまとめた服装だ。しかし、太い三つ編みで巻かれた色素の薄い金の髪、空色を思わせる青の混じった灰色の瞳、白い肌に自然な色をしたピンクの唇。その見目は聖女の様に思える程に清らかさと美しさを思わせる女性だった。

 一方、ブランの方も葵の顔を観察する様に見ていた。


「アンタ……男なんだね。随分と、可愛い顔をしているじゃないか。そんな風に、よく言われないか?」


 そう言われた瞬間、微かだが葵の眉が寄ったのを確認してから握手を解く。


「すまないね、だが分かりやすい弱点はあまり置くものじゃない」

「そんなんじゃ、ありません。いえ…………これはただの、クセのようなものなので。すみません」

「己を知るのが勝つ為の道だ、まぁ今は頭の端っこにでも片付けておく程度でも構わんよ。これはただの老婆心だからな」


 その言葉に対して数度視線を彷徨わせた後、ぎこちない笑みを浮かべながら会釈と共に軽い返事だけして済ませた。彼女が嫌味を言う為ではなく、彼女なりの忠告として言っていたのは理解は出来る、出来るが軽く頭が痛くなってしまう。せめてお互いしかいない時にそう言う事を言ってほしいという思いは、少なからず。

 一度首を横に小さく振ってから口を開く。


「ところで、来るとしたら魔物って空から来るんですよね?」

「そうね、身軽な分今回のノアの高度よりも上から平気で来れるような奴らよ。自分の骨から生成した槍を投げてくるし、尻尾も毒性のある鉤爪で離れていても近付いても厄介な相手よ」

「クロエから話は聞いている、お前のような素人でも魔術を使う素養はあるのだろ。引き寄せて迎撃するなんて考えよりも、飛んでいる間に叩き落とした方がよほど楽だ」

「狙って、当てるんですよね」


 祭りでやった射的を思い出す。対象の重量的にコルクで撃ち落とすのに苦労した事と、対象のサイズに反して予想以上に当たらなかった事、それを思い出すとどんな風にやれば良いのか想像がつかなかった。ましてや、相手は動き、こっちに牙を向けて来るのだから尚更その難度は計り知れない。ミハエルが言う程に簡単に出来はしない様なと汗が伝う。


「魔力量はあるのだろう、百発百中でやれとは一言も言ってない。出来るなら敵の移動方向を予想してそこに向けて放ち、それが出来なくとも他の術師や遠距離を得意とする奴が撃ちやすい位置に誘導する様にばら撒くだけでも構わん。ブラン達の様に腕の立つ者達が今回はついている、思い上がるな」

「それも、そうですね。ありがとうございます、その日まで術の特訓をしておきます」

「ふん、当たり前だ」

「そ、うですよねぇ」


 助言自体は分かりやすければ、言っている事に対して特別反感を抱くわけではないが、無言で睨まれていた時然り、妙に自分にだけ感じる刺々しさに喉が引き攣る。葵が悪かろうがミハエルの個人的な理由であろうが、どちらにせよ理由が分かっていれば良いのだが分からないままこんな風に接されるのは、慣れてはいてもストレスは感じる。

 この場に勇者である事以外の理由で呼ばれてるとも思えない場違い感がまず疲れやすいというのに。


「ミハミハ〜アンタ若いんだからそんな風に眉間に皺ばっか寄せてたら眉間の皺の鋳型が出来ちゃうからやめときなって〜」

「その呼び方をやめろといつも言っているだろう……」

「ごめんねぇ?でも、萎縮させるのって教育に良くないじゃん?私がピアノ習ってた時の先生とかマジやばかったからね!少しでも間違えたら悪魔の角がニョキニョキするのよ!いや〜お陰で私はピアノを触るとサブイボが出来る身体に……ヨヨヨ。それに、勇者である彼を疲れさせるのはオススメしないな、言い方を私の部屋の枕ぐらいソフトに、ね?」

「あの子供が勇者という事が、くだらんと言いたいのだ」


 ファイナは冗談めかして言っているが、葵を庇ってくれているのは間違いない。わざわざふざけているのだって悪くなった空気を緩和する為なのだろう、エレンやブランも彼女がそうした役割に徹するのを知っているからこそ、あえて何も言わなかったのだろう。そんな中で小動物の様に慌てふためているエミナが最も気の毒な事になっているが。

 一先ず口を閉ざしたミハエルを見てからエレンは小さく手を叩いて自分に意識を向けさせる。使徒を前にしているのに和が乱れるのは実際困るだろうから、今目前にあるものを思い出させる。


「使徒との交戦状態になった際の事について話しておくわ。まず、使徒の領域外だから倒すとしても今回がチャンスなのは間違いない、でも相手がわざわざそんな場所で私達に対する挑発をして来るのは相応の準備があるから。既に後手に回っているスタートである以上、遭遇したなら今の間に叩かないといけないし、遭遇は避けるのが前提。あの挑発も目的は勇者を呼ぶ事だろうから、手の内を見せて帰らせる事はしたくないわ」


 遭遇をしないのが1番である事に変わりはないが、場合によっては人間同士での殺し合いにまた発展する。葵は自分の手を見つめ、この世界に来てから唯一人間と戦ったあの時の感覚を想起する。皮を裂き、肉を抉り、骨に当たる固い感触、鉄の臭い、向けられる害意、殺せる意思を持つ人間の眼光。またアレがあるのかと思えば鼓動が自然と落ち着かなくなる。

 だが、やらねば帰るべき故郷である国が、地球が滅びる。使徒と戦う事というのを身体に理解させなければならない。地球に帰る為に、地球の為に出来る事をやる程に日常から自分が遠ざかる、そんな矛盾に対して鈍化していかねばならない。


「防壁だけでは破られる可能性がある。そもそも、相手が本気で風を起こした際の反動も計り知れないわ、身体を浮かせられたらどうしようもないし。だから、ダルガの防御隊に受けてもらってその後ろから術師達に攻撃を仕掛けてもらうしかないわ。相手に攻撃の隙を与えない様にすること、どのみちいずれは戦う相手よ、気を引き締めていきましょう」



 そして、月の色が7回の変化を終えた今、ブランの部下の1人として現在葵は待機していたのだった。


「アンタ達のやる事は簡単だ、飛んでる虫共を叩き落とすだけ。だがダルガの防御隊より前に出ようとするな、自分の有利な位置を見誤るんじゃないぞ」

「つまり俺達の背中ををいつでも見られる様にしていたら良いってだけだ。よろしく頼む」


 ダルガと呼ばれた防御隊のリーダーの男性、髪は白髪の混じった黒髪のオールバック、琥珀色の目、そして目立つのは眉間にある大きな傷跡がこの世界での苛烈さを際立たせている。加えて、その存在感の理由は190近いほどもあろう身体、それに負けない筋肉量、健康的な肌の色もあるだろう。肩当ても胸当ても特に装飾が施されていない鋼製の物で、大盾も同様のシンプルなタワーシールドだ。ダルガの部下である他のメンバーも似た格好しているからか、絵面的な意味でまさしく防御隊という力強い分厚さを思わせる。


「勇者の坊主、どうだ。あんだけの怪我をしていたが、戦えそうか?」

「はい、大丈夫です。手首もすっかり元気ですし、この世界の身体の仕組みってすごいですよね」

「そうだな、そうじゃなかったら俺達だっておっかない化け物共相手に盾なんて構えられないからな」

「この身体であったとしても自分なら出来ません、防壁で受ける時だってあんなに大変だったんですから」

「はっはっは!これはまぁ、将来的にはあまり慣れない方が良いからな、元の世界にこんな経験持ち帰ったって疲れるばかりだ」

「それは、そうですね。あまり慣れる前に帰りたいものですね」


 楽観的な発言をしている自覚はある、だが今だって勇者と呼ばれた以上は希望のない事を言うよりも、舐めてると思われようとも希望のある事を言う方がマシと考えて言葉を選ぶ。彼が甲板の側に今いるのは魔術の適性云々よりも、実際は勇者という存在で士気を上げる為だろうから、その役割だけでも成し遂げなければならない。それで相手が騙されてくれるとは思っていない、人生経験の差がある。しかし、それに縋りたい人も相応にいるのは間違いない。


「勇者ってのも大変だなぁ、アオイ」

「ライ……大変じゃないよ、全然。まだまだらしい事も出来てないし、勇者らしいって事が分かってないし」

「そりゃあ、勇者ってフィクションのもんだろ?それらしさってどんな感じか誰も知りはしないんだ。お前が1番最初の例になる、勇者の代名詞にお前がなるチャンスだぜ、またとない機会だ」

「確かにそう考えたら……面白いかも」

「だろ?だから、お前の作りたい勇者像を作れば良いんだ」

「…………ヤバい、俺みたいなのが勇者像になるとかマジか。すごく照れてきちゃったよ」

「うーん小心者な勇者だなぁ」


 仲間の言葉に少しでも勇気付けられる。先人に倣うとするならばそのハードルは葵の中でどこまでも上がるが、その前例がないならば少なくとも模範解答への暗記に頭を悩ませる必要はない。


「じゃ、勇者として早速ひと仕事してもらおうじゃないか。お客さんが来たよ」


 ブランが木製の杖を握りながらそう口にしたと同時に、魔石で構成された通信用の魔道具が反応を示す。


『2時の方向から魔物の群れ接近!迎撃お願いします!』


 その方角を向けば、山の向こうから蝙蝠のような翼を持った魔物の群れ。まるで雲だ、肉の色をした雲のようにその群れはこちらへ向かってくる。


「この距離だ、まずは挨拶をしてやれ」

「了解、っと」


 そうして、ライは肩に担いでいた狙撃銃を下ろし、木箱の上に銃を置いて構える。砲身についた溝、その長さ、対象が人ではない物に思える見た目だ。

 しかし、追尾性のある術と違って動き続ける船と、動き続ける敵に当てるのはとても困難に思えた。ましてや普段からこんな武器を扱う身分ではないだろうから──


「今っ」


 ライの呟きと同時に引き金が引かれる。反動で微かに彼の身体が下がり、決して小さくない音が響き渡る。だが、その放たれた物の方に視線を向けてみれば、その先で群れの中の1体の首が弾け飛ぶのが見えた。いや、正しくはその瞬間が見えたというより、何かが落ちていくのが見えたという方が正しいだろう。

 葵がそれに驚いている間もなく、ライは小さな魔石を取り出し、それを握り潰したと思えばまた銃を構え直し、撃つ。それは先程と違って敵に着弾した瞬間に拡散、周囲にいた魔物達がその破片にぶつかって姿勢を崩す。


「よし、挨拶はライが済ませた。射程範囲内に入った、我々が直々に歓迎をしてやるぞ!」


 ブランの号令と共に防御隊が術師達の前に立ち、術師は一斉に詠唱を始める。

 山岳地帯での戦闘が始まった──

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