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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第2部鳥は哭く
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第14話:瞬間、デザート会議

「というわけで、クロエちゃん主催の第n回目のデザート会議を開きたいと思います」

「おーパチパチパチ〜因みに2回目な」

「というわけで、クロエちゃん主催の第2回目の」

「クロエさん、そこはもう通り過ぎようか」

「口惜しい」


 クロエがどこから出したのか分からない伊達眼鏡を得意げにクイ、と上げている様子。そして、ライはテーブルに両肘をついたまま手首の動きだけで器用に拍手をしている、やる気はいかほどなのだろうか。葵もまたワイシャツの袖をまくり、腰巻きエプロンを着用して完璧に参加する姿勢になっているが……しかし、何故こうなったのか、こめかみに指を当てて記憶を辿る。



 時は少しだけ遡り、リンドの件についてだ。出来ればエレンにのみ伝えておきたい事柄だと言えば、すぐにそれを理解したエレンは葵を自分の私室に通し、そして──


「うん、分かったわ。ひとまずこの件は後2人程にだけ共有化させてもらって、その2人にも箝口令を敷いておくわ。あと、そうする以上貴方にも人目が多そうな所ではその子との会話は控える事、リンドって子もそこにいるのよね、貴方も構わないわね?」


 いっそ拍子抜けする程にそうあっさりと言われた上に、特に驚かれる事もなかっただけに、思わず伝えた側である葵の方が目を丸くする事となっていた。そんな彼の肩を叩いてリンドは了承の旨を伝えてくれるよう葵に耳打ちをし、それでようやく彼も思考が戻ってきたのか頷く。


「何で驚いてないのかって顔をしているわね?」

「はい、まぁ……」

「ちゃんと驚いてはいるのよ。あちら側の存在がこちらに手を貸す理由は分からない、加えて騙る者の精神を壊死させたなんて聞けば、恐ろしくないと言えば嘘になるわ」

「だったら尚更ですよ、いや……自分としてはホッとしてるんですけど、動揺もしていて、それに信じてくれたのも……えぇと」

「落ち着きなさい落ち着きなさい、ほら飴ちゃんあげるから」

「そんな待合室で偶然一緒になった年上の人じゃないんですから……」

「あら、アオイ。地球には他にもそういう事例があるの?飴と鞭とは聞くけれど、飴玉1つで心身の安全と信頼を得られるのね」

「リンド、流石にそれは言葉の綾だからね!?」


 しかし、実際エレンは会った時から葵の話をいつもすんなりと聞いてくれている。この世界での経験の差を思えば、それに対して道理の合わなさに対する疑念をある程度抱かれてもおかしくはない……いや、むしろその方が納得出来たほどだろう。人を不安にさせるだけの妄言であれば、差し迫った状況下の中にある人に対しては単なる毒にしかならないであろうから。


「信じず本当だったという事で発生する損と、信じたけど嘘でしたという事で発生する損だと大きな差があるじゃない。それに、私なりの根拠があってそう言ってるだけ、私は無条件に貴方の言葉を信じるようにしてるってわけじゃない」


 そう言われて初めて自分の言葉に対して初めて恥じらいを理解した葵は頰を掻き、視線が膝へと逃げてしまう。自分の言う事を無条件で信じてくれているのかもしれない、と考えているような言い回しだった。その意図はなくともそう思われても仕方ない、会ってからそんなに時間が経ってない相手と考えれば、尚更になんと傲慢に聞こえる事だろうか。加えて、洞窟での一件などは他の証人がいたのだから成立していたに過ぎない事を忘れてはいけなかった。


「それは、確かに……すみません、気付かない間に自分の言葉に自惚れていたかもしれません」

「ふふ、貴方の性格的にそんなつもりじゃないのは分かっているわ。でもね、貴方も分かっているだろうけれど私達には私達なりの経験がある。だから、情報の仕分けとかも私達なりにやるから、遠慮なく色々相談して欲しいわ。そう言う点で、今回は早めに伝えてくれて助かったのよ、ありがとう」

「い、いえ……色々と礼を言うのは自分の方です。エレンさんがこの船に自分を受け入れてくれたから、今もこうして過ごせています」

「それこそ礼を言うのは私がってなるから、キリがないわね、どういたしまして♪」


 少し照れくさそうにしている葵は掻く場所が頰から後頭部へと移動していた。こういう時はどんな反応をするのが正解なのか、いつも分からずにこんなリアクションになってしまう。

 だが、そんな少年の反応に対して暫くしてから笑みこそ絶やしてはいないが、少し、ほんの少しエレンの表情が読み取りにくくなる。目元が笑っていない、嫌悪や憎悪や怒りを押し殺す為のものとは思えなかった、だが殺す必要のある感情は確かに潜んでいるらしい。


「ただ、心して欲しいことがあるの」


 その言葉の空気感の変化、そして表情の様子に姿勢が自然と正される。


「──何でしょうか」

「“我々”は貴方に敵対をする事は決してない。でもね」


 膝の上で指を組み直しながら、あえて強調される我々という文言は、エレン個人ではなくエレンを含むこの方舟という組織を指す為にあった。あるいは、もっと大きい主語を指すのかもしれない。


「我々は勇者を求めていた人々だという事を決して忘れないで」


 そして、葵はその中の重要な立ち位置に立たされている。彼女の言葉がそれに対する自覚を持てというだけならば、どれだけ良かったのだろうか。間違いなくその意味合いも含まれているのだが、同時に今の彼にそれ以上を知る術はない。その言葉の詳細を言語化したところで、実感が伴う様になるまでは意味を持たないだろうから──



「そして、俺は今に至る」

「全然補完出来てないわよ、そしての3文字は圧縮装置ではないのよアオイ。ていうか何に言ってるの?」


 身体がある程度動くようになった葵は、エレンの私室から出た後の予定に悩んでいた。まだ船内を把握しきれていない以上目的を持ってどこかに足を伸ばす事すら出来ず、何か手伝える事はないか聞きに行こうかと悩んでいた。まだ、脇腹と片腕の包帯は当然取れていないが、ひび割れた足は綺麗になり、手首もリハビリとして物を握る事が出来るぐらいになっていただけに、安静にする期間から飛び出したくなっていた。

 月の色の変化、それは地球基準で言えばどれ程の時間の経過なのかも分かっていない以上、微かな焦りに近いものもあった。そんな時に突然クロエとライに捕獲され、食堂まで連行され、今に至る。


「ところで、デザート会議って何?初めてじゃないみたいだけれど」

「食堂のゴッドマダム部隊は料理慣れしているので色々作れはするのですが、食堂のメニューにはない甘味を無性に欲しくなる時っていうのが船員にはありまして」

「でも船員の数に加えてこの多国籍っぷりだろ?俺等3人で見ても全員出身違うし。だから、たまには自分達で考えて自分達で作ってみようぜってわけ、食堂のおばちゃんの負担を減らす為にな」

「成る程……ちなみに、2人はお菓子作りってどうなの?」

「ワタシはお任せください、パワフルでマッスルなデザートを作れます」

「小麦粉の代わりにプロテインでも入れる気か?あ、俺は滅茶苦茶限定的になら作れるぜ。アオイは?」

「頑張る」

「意気込みは良しってとこかぁ」


 しかし、この船が山岳地帯に向けて動き出せばそこからはもう使徒の待ち伏せている場所。そんな状況下にある思うほどに葵としては、こんな風に過ごしていて良いのだろうかという戸惑いはどうしてもある。

 戦闘、命の取り合い、それに対する実感云々に関して、まだないと言うには身をもって実感したと言える程には短い間に色々あった。だが、実感がある事とまだ慣れていない事はまた別であり、眼前に迫ってる出来事がある中でどんな感情で過ごせば良いの、そうした悩みで脳は支配されている。それが顔に出ていたのだろうか、クロエがわざと両の手を音が出る様に叩き、葵の視線は彼女の方に戻る。


「考えてくれている様なので、ほんなら早速タキザワさんにクエスチョン」

「ほんなら!?え、うーーん……」

「え、思いついてたって顔してたか?本当に?」


 突然振られてすぐに浮かぶほどに作り慣れているわけではなく眉間に皺を寄せていたが、姉である紅音が作ってくれた物を思い出す。


「卵を殻ごと使ったプリン……とか?」

「ああ、シャレオツで良いですね。プリンなら色んな人に覚えのある味を提供出来そうですし、クレームブリュレを家で作った事があるのでワタシはそれでいきましょうかね」

「俺はすっげぇ普通のやつしか作れねぇけど良いのか?それなら食堂のおばちゃんなら多分チャチャっと作れるぐらいの」

「良いんですよ、女は愛嬌、男はとりあえず料理って言うじゃないですか」

「いや聞いた事ねぇよ」

「大丈夫だと思うよ、ライ……さん?と同じで俺も作った事ないし。調理実習でぐらいしか料理なんてやってないよ」

「調理実習……ここで順位がついちまったな。お前さんに2番は貸しておいてやろう」

「貸されてしまった……返却に焦ってしまう」

「あとさ、ライで良いって。俺等多分年齢的にためだろ?」

「え、あ、うん。分かったよ、努力する」

「努力を要するのかよ」

「よーし、親睦も深まったところで早速レッツクッキングしましょう。えいえいおー」


 その後、3人は食堂の厨房の一角を借りて各々のプリン作りをする事となった。クロエは鍋に入れた牛乳と生クリームを温めながらバニラの種を取り出し、さやと一緒に入れている。


「さやの段階、初めて見たよ」

「こうやって種を出した後のさやも乾燥させた後に使ったりとか色々使えるんですよ」

「そうなの?捨てるんだと思ってた……乾燥して、食べるのかな?」

「そのままいっちゃいます?お主もワイルドよのぅ。ですが惜しい、ハズレです。ワタシの場合はお砂糖に入れてバニラシュガーを作るんです、色んな物に使えるんですよ」

「へえぇ、クロエさんって普段から結構お菓子とか作ってるの?」

「嫌いではありません。でも、だからってあまりハードルは上げないでくださいね」

「どうして?すごいなぁってなるけど」

「ワタシの中のハードルが爆上げになってしまう、そんな風に言われると伸びますよ、ハードルの下を潜れそうなほどに。ワタシは伸ばせますよ」

「それハードルじゃなくてただのゲートじゃないかな?」

「実際ワタシの中のやらなければの精神が高まるのでいけません、褒め殺しはいけませんよ」


 いつも通りの何を考えているのか読み辛い言い回しだったが、しかし軽口めいたものではなく、自分への戒めの様ですらあった。


「クロエちゃんは天才美少女ファイターですが、ワタシはもっと高めなければなりませんから」


 己へのハードルを上げすぎているわけではない様だが、ナルシストめいた言葉は一種の鼓舞なのかもしれない、そんな風に葵は思えた。だが、それは葵自身の自分を褒めるという発想からの遠さ故のフィルターがある可能性もある。彼女とは洞窟で初めて会っただけである以上は推し量るにしても材料も多くはない。加えて、それが失礼にも思えた、勝手に思考の中で装飾された物が知られるか否かは置くとしても、考えている彼自身がまず嫌だから。


「やめておこう、かな?その方が良いのかな?」

「はい、ですが……ありがとうございます。すごいと言う3文字はシンプルかつ端的な良い褒め言葉でしたよ、弟分よ」


 少なくともこっそりと作られたピースサインがそれを本音だと裏付けてくれた。その後、話をしながらも作業を続けていたクロエは、混ぜた物を濾し始めていた。

 そして、一方でライは食堂の料理長からわざわざ固くなったパンを貰ってきた後にそれを千切ってから、卵と砂糖と牛乳で作った卵液にパンを浸した物を冷やしている最中だった。


「どうして固いパンを?」

「固いパンだから、だぜ。これを柔らかく食えるようにするってわけだ」

「フレンチトーストみたいな?」

「ちと違う、ブレッドプディングだ。母さんの味みたいには中々出来ねぇけどな。俺には後ひと味が足りねぇのかもしんねぇな」

「ひと味?」

「愛情とか」

「食べさせたい人を思い浮かべるとかどう?」

「食わせたい人は亡くなってるからなぁ」

「え?」

「母さんと父さん、車ってまじ即死トラップだわ。簡単に命とか持っていくんだもんなぁ」

「そうだったんだ……うん、ごめん」

「あぁ、そう言う反応させる事言っちまった、俺のミスだ。ま、ここでは誰かを亡くした経験なんて珍しくねぇってわけで、俺でリアクション練習したって事でここはひとつ」

「そう言ってくれて幸いだけれど、でも申し訳ないなってなるよ。どうしても」

「でもよでもよ?ミハエル……えーと、会議の時お前を睨んでた奴な、覚えてるか分かんねぇけど。アイツ辺りとか今の反応で通常の100倍睨んでくるかもしんねぇんだわ」

「それも、そうだよね。皆色んな経験をしてるんだよね、亡くした経験や他の辛い経験も、だから知る瞬間があって、その度に謝ってたらいつか怒られる時がある……気がする」

「気難しい奴はいるからなぁ、どっちかっつーとその謝罪はモラルの点からってのは俺は分かるけど。俺が最初は初回ボーナスってとこかね」


 事実として、彼の生き方から思えば安易にそれを聞いてしまったことや、一種の地雷を踏んだ可能性に対して謝罪をしないという方が難しかった。それこそ、ライはそこも含めて汲んだ上でこう返事はしてくれたが、他はどうなのか、それとも皆それも含めていつも通りに過ごせるのか、葵に見分けはつかない。


「ま、お前にだってそうした経験は少なからずあるんだろうし。そんなお前には母直伝のお菓子を知ってもらう事で謝罪の分のお詫びをもらうとするかね」

「楽しみだ、特大サービスのお詫びだよ」

「じゃあ量も特大にしておいてやるかぁ〜」

「大食いは僕のキャラ付けにはないジャンルだから勘弁して!?」

「お前のキャラ付けのジャンルって概念はむしろ何なんだ」


 各々のプリンやそれに連なるデザートに付随した話や思考に触れ、この場所にいる人達という生きた人々について思いを馳せる。食とは生きる事であり、五感の中の大切な記憶の1つ、悩みや考える事が増えたりした部分はあるが、同時に食べる楽しみが増えた気がした。味覚で思い出の共有を出来るのだから。

 そして、当の葵は──


「ところでタキザワさん、先程から少々手が空いてる様ですが今の工程は何をしているのですか?」

「俺は……」


 沸騰したお湯の入った鍋に塩を入れた後に卵を入れ、腕を組んで見守っていた。


「プリン」

「いや、これ100%プリンにならねぇだろ」

「プリン」

「ワタシの目から見てもプリンになる確率は小数点以下の確率になりますがその点はいかがでしょうか」

「されどプリン」

「お前卵から直にプリンが生誕すると思ってね?」

「ひよこ、プリン、鶏」

「お前突然脳みそプリンになったか?」

「さっきまでワタシ達とあんなに正常に会話していたのに」


 2人の指摘に対して、しばらくの間を置いてから返答の代わりに卵を取り出して殻を剥き始める。爪で抉れる事もなく、ツルツルな表面をした卵が姿を現し、それをしげしげと眺め──


「茹で卵」

「オチが見えてるのに何故茹でた」

「黄身が固くなってしまった……」

「責任取ってそこは半熟にするぐらいの気を利かせろ」

「俺の家は大体これぐらい」

「なら何故やっちまったみたいなテンションで言った?」

「食べる?」

「しかも食うの俺かよ」

「殻を剥くのは完璧だよ」

「そうかよ」


 地球の味という点においては、これも思い出の共有という観点から言えば正解かもしれない。なお、結局葵の横で口の中の水分を持っていかれながらも茹で卵を咀嚼をするライという図が出来たのは言うまでもない。当然不味いわけではない、甘味の口になっていた時に突然出現した固ゆで卵に口が追いついてないのである。


「デザート会議より前にデザート講習会もありだったかもしれません」

「そもそも会議っつーか単に集まって共通のテーマで作ってるだけじゃね?」

「根幹を揺るがしてはなりません、その体を保って下さい」

「手遅れだろ」


 前途多難であろう事は予感していたが、壊滅的な料理を披露されるわけでもない範囲なだけに、逆にどこから手を貸して良いのかを悩ませた。

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