表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第1部勇者、汝の名は?
13/69

第12話:戦う意味

 ローブを纏った2人の男女が洞窟だった瓦礫を見下ろしている。赤い髪の少女がその様子に眉を寄せ、その足元でしゃがんでいる痩せた男は喉の奥でくつくつと笑い続けている。


「無事生還するなんて、運にだけは恵まれているようね……」

「ヒヒヒっ、貴方の爪の甘さが出ただけではないかね?」

「ふん、舐めた口を叩くのもそれぐらいにしておきなさい。痛い目に遭いたくないならね」

「あぁ、怖い怖い。これは失礼、我々は同じ目的を持つ仲間、同志であるというのに喧嘩はよろしくないからなぁ」

「どの口が言ってるのかしらね、まぁ今は良いわ。そんな事よりも、勇者が力に目覚めつつあるみたいね」

「完全に目覚める前に手を打たねばなぁ、今はまだただのひよっこも同然。どれ、貴方にもう一度譲ってやろうか?」

「譲られる必要はないわ、勇者を仕留めるのはどのみちアタシ。魔王様の手を煩わせたりしないわ」

「それは、使命感?それとも──」


 その先を言いかけた時には既に、男の側頭部の寸前で止められた足があった。風を切るような速度で同胞に向けられた未遂の攻撃には、確かにあとその一言とあと一歩で殺していたと警告するようですらあった。当の男は肩をすくめて骨ばった両の手を挙げる。


「失礼、口が滑った」

「なら2度と滑らせない事ね。アンタといいゼーベルアといい、くだらない上にどうしようもないクズね」

「非礼は詫びる、だがそんな寂しい事は言わないでおくれよ、“同胞”」


 その返事にようやく足を下ろす、だが睨みつける瞳には仲間意識なんてものはなかった。1人はデリカシーのない男に敵意を、1人は意識の甘い少女に嘲笑を。中でも相性の悪い2人がこうして組まざるを得ないのも同じ所属であるなら必然とも言える、故に少女はローブを翻しながら場所を変える為に移動を始める。遅れて男はその後を追う、足の弱い男に合わせるように、彼女なりに一応歩く速度を調整して。


「待っていなさい、勇者」


 勇者、その名を出した途端嫌味な背後の同胞なんて瞬く間に少女の中の憎悪で霞んでしまった。


「魔王様の使徒にして序列6位の、この飛鳥連理が必ず殺す……!」


 飛鳥連理という魔王の使徒は勇者への憎悪を剥き出しに、明確な殺意を持って戦うつもりでいる。ゼーベルアの時のよりも遊びもなく、情という制御の効かない行動をエネルギーにして立ち向かう。

 魔王、その使徒たち。葵はそれに苦しめられる事を、まだ知らない──



 方舟の一室、方舟に初めて来た時と同じように、今葵はベッドの上にいた。あの時と違うのは怪我した箇所に包帯が巻かれていたり、手首がギプスで固定されていたりと、見るからに傷だらけである点である事だろうか。


「こ、これ、治るのいつになるんだろう……」

「滝沢さんが思っているよりは治りは早いですよ。確かに血も出れば、骨だって折れますし、内臓も損傷しますが、この世界の人間の身体はやっぱり頑丈ですから。この世界の自分というものに慣れる程に身体はもっと強くなれますし」

「今のアオイは私達と違って空を飛べると感じられない人間なのよ、まぁ……常識から外れて新たな常識を自分の中に植え付けるのって至難の業なのはそうでしょうけれどね。ほら、貴方全身ボロボロでも意識保ったままでいられたし、戦えたでしょ?それが進歩ってもんよ」

「改めてとんでもない話だなぁ……」


 ベッドの横でリンゴを剥くミアと、それを見ながら切り方を手で真似しているリンド。どうやらリンドはそうした事柄は心得がないのか、子供のように興味深そうにしている。


「でも、身体がどれだけ強くなっても、戦う事に慣れても、人は傷つくと痛いものです。どうかそれを忘れないでくださいね、滝沢さんも、リンドさんも」

「ありがとう、これからもそれはちゃんと意識していくよ。今の時点だと、それを忘れるって想像はまだつかないけど、いつそうなるか分からないからね」

「その点貴方は危ういもの、自分にそうあるべきと強制するところがあるから」

「そんなところあったかな?」

「なかったとでも?」

「どちらかというと、ないかな?」

「もう、アンケートの中間寄りの答えみたいに言わないでください」


 口を尖らせたミアがリンゴで出来た兎の群れを乗せたお皿を葵に差し出す。それを受け取る葵は感謝の言葉を言いながら、その顔は申し訳なさそう、あるいは少し困ったように眉を八の字にしていた。

 食感の良さと口の中に広がる酸味と甘さの混ざった味が現実のお風呂上がりをふと思い出させる、お風呂上がりに家族で食べる為に母が剥いて冷やしてあったリンゴ、両親はあと2切れぐらいをいつも葵と紅音に譲っていた。その光景を思いながら、徐々にミアとリンドの心配に対しての不誠実さを自分の言葉に感じ始める。自分は生きてあの場所に帰らないといけないのに、確かにそう思われたならおかしい返事ではないか、と。無自覚であれ、人からそう見える自分という物に対しては思うところがあるから。


「……俺は、ただ俺がやらないといけない事なら、ちゃんと俺がやり遂げたいなって思ってるだけだよ。怪我も戦いも、縁遠い場所にいたとはいえ──」


 数度、色素の薄い青い瞳を彷徨わせる。言語化するにあたって、自分の伝えたい事と、実際にそれがどれだけ相手の望む返事となるかで迷うように。だが、ここで表情を伺うのも少しズルい気がし、息を吐いた後言葉を続ける。


「でも、俺は今ここにいて、地球の沢山の人もここにいて、地球に皆が帰る為に俺にしか出来ない役割があるなら、下手っぴでも怖くても頑張れそうだなって思えるから。そういう所がそう見えるのかもしれないなって、違うならごめん」


 その返事に対してミアはどこか悲しげな顔をして視線を足元に落としていた。


「……この世界では……そうするしか、ないですもんね」


 あまりまだ沢山関わったとは言えなくても、彼女が献身的かつ他者が傷つく事を望まない人なのは分かる。それ故に、恐らく彼女にとって今の返事は傷つく事に無頓着な返事に聞こえたのかもしれないと、葵は内心で焦りを覚えていた。

 だが、リンドは皿から兎を拉致して葵の前に突き出して小さく笑みを浮かべていた。


「手のかかる子ほど何と言ったかしら?ああ、教育(ちょうきょう)のし甲斐がある……とかだったわね。見るに耐えなくなったら嫌っていうぐらいに教育(ちょうきょう)してあげるから、楽しみに待っていなさい。アオイ」


 ポカンとする葵の額にコツンと兎をぶつけた後、それを自分の口の中に放り込む。指より痛いはずもなければ、攻撃性なんて感じられないのに、不思議と跡がつくような気がしていたのは彼女の宣言の印を押されたからと感じるからなのだろうか?

 その答えは既に彼女の口の中で咀嚼されているから分かったものではない。俯いていたミアもその様子を見て目を丸くしていたが、葵と再度目が合うとまだ少し悲しげではあったが笑みを浮かべた。


「ところで、ミア。貴方はリンゴでどんな動物でも作れるの?」

「限界はありますが、結構出来ますよ」

「じゃあキメラが見たいわ」

「何故に!?」

「顔は獅子のやつで構わないから、是非ともやり方を見てみたいわ」

「そんな最上級コースから始めようとしないでください!!」


 2人のやり取りの横で葵は外を眺めていた。ノイズがかかったように揺らぐ空、流れては元の位置に戻る欠けた雲、元の世界の自分を誰も知らない世界。後ろめたい事があるわけでもない、犯罪に手を染めてもいない。それでも、今無邪気に話している彼女達はゼロから接してくれている、それが気楽なのだと葵は今、実感し始めていた。


「あっ!そうです、忘れてました!」


 何かを思い出したミアが両の手を叩き、その音で肩を跳ねさせた葵の意識はこちらに戻ってきて、視線をミア達の方に移す。


「え、どうしたの?」

「エレンさんから言伝を預かっていたんです。もし、滝沢さんの身体が大丈夫なら、貴方に戦いの1番目的についてお話をするのも兼ねて、今後の方針について話し合いたいから会議室まで来てほしいと……でもでも、まだまだ身体はボロボロですし、欠席でも全然大丈夫ですし、私が代理で出てそのまとめをお伝えしますよ」


 思えば、具体的には何をしたら元の世界に戻れる可能性が生まれるのか、何と戦わないといけないのか、色々と分かっていない事は多い。だが、少なくともこれだけの規模の船と民間人を収容している場所が何の目的もなく、何の勝算もなく、この世界に存在出来るとは思えない。ましてや、勇者というものを求めていたのならば尚更。


「よし、出席するよ。会議室まで案内してくれるかな?」

「了解しました、肩をお貸ししましょうか?」

「ありがとう、でも大丈夫。歩くぐらいなら平気だから、足がこんなに動くんだ」

「あぁあぁ〜そんなにブンブンしてはいけません!それで悪くなったらダメなんですからね!……ふぅ、分かりました、では案内しますね」

「うん、頼むよ」


 そうして、移動を始めた2人の数歩後ろを追いながらリンドは1人、目を細めていた。何かを思うとしても、思っていたとしても、彼女はその時何も語る事はなかったが──



「失礼します」


 ノックと共にその言葉を添え、「どうぞ」の言葉を聞き届けてから会議室と呼ばれている場所の両扉を開く。長机に椅子、エレンの座っている1番奥の席の後ろには大きな地図が飾られている、少なくとも知ってる世界地図ではない。

 そして、知ってる顔と知らない顔の両方の何人かがこちらに視線を軽く向けた時に、思わず緊張感で肩を上げてしまい、どこか場違いなのではないかという不安感が強くなる。急いで一礼をするも、あまり良い感情ではなさそうな視線が一部混ざっている事と、顔が強張っている葵に気付いたのか、エレンが口を開く。


「ごめんなさい、身体もまだ悪い中来させて。ミアも看病に案内にご苦労様」


 座るよう促された葵の席は右列の1番端、列の中ではエレンに最も近い席だ、その隣はクロエ、その隣にはライが既に着席している。葵と目が合ったクロエが一礼をし、ライは小さく手を挙げている。


「では、私はこれで失礼します」


 会議室にいるメンバーと葵に一礼をしてからミアは退室し、葵も席に着き、その背後にリンドが立っている。彼女の椅子もなければ、彼女がここにいる事に何かを言う人もいない、それに強い違和感を覚えていた。思えば、この船のミア以外に彼女とやり取りをしていた様子は見られなかった。まるで幽霊みたいに、自分にだけ見える仮想映像の様に、彼女はそこにいる。ものすごく今更な事だが、今それが可視化された、1番聞けないタイミングで。

 リンドは何かを察したのか、口の前に指を立て、もう片手でエレンの方を指していた。


「じゃあ、皆揃ったから始めるわね」


 確かに、後でも聞けるだろうから今はこちらに集中しなければならない。少なくとも、葵は勇者という称号を与えられている以上、何らかの重要な役割を担っているのだろうから、話半分で聞く事は出来ない。


「まず、我々は勇者という大きな新戦力を迎える事が出来た。だけど、勇者がこの世界に出現したと同時にこの世界に様々な変化が起きているわ。大きな変化は、魔王の使徒達が動き始めた事」


 その言葉に会議室内を漂う緊張感が更に増した。魔王の使徒といえば、葵は1人だけ遭遇したがあの様な人間が他にも活動していて、敵対的な行動をしてくると思えば、確かに危険な事には違いない。


「アオイ君はまだ、魔王達の事をよく知らないだろうから、教えるわね。我々の目下の目標である倒すべき敵の大将、魔王は使徒達を率いてこの世界に迷い込んだ人間を各々の手段で手にかけていってる集団よ」


 この世界でも人は殺されたら死ぬ、現実から切り離された意識が2度と身体に戻らなくなるとリンドから聞いた事を思い出しながら、眉を寄せる。まさしく、ゲームの魔王の様ではないか。それを同じ地球人が模倣して、実際に人を手にかけているというのは、いざ言われてみると、にわかには信じ難い。だが、実際に仕事という名目で葵は襲われた、その使徒に。

 彼等にどんな目的があろうとも、罪のない人達が犠牲になって良いはずがないのは必然。例えば、葵の家族がこの世界に来てしまったとして、魔王や使徒の標的になればきっと殺される。そう考えた途端に背筋が凍るようだった、何も知らないまま、あの日常の象徴が欠けていくのだと思うと、恐怖すら覚える。


「魔王達は親玉のお陰でこの世界の中で主導権を握りやすい。だけれど、それ以上に彼等はしばらく結界に阻まれて自分達の領域から出られなかった。そんな彼等が勇者の出現に呼応するように結界の外でも徘徊するようになった、最も……彼等にとっても領域外での戦闘は好ましくないのだけど」


 魔王達の持つ領域とは、この世界の中で彼等自身の生み出したフィールドと言っても良いだろう。この世界からすれば、葵達と同じ地球人である魔王達も異物に他ならないが、それでも彼等がこの世界で十全、それ以上に動けるのは彼等自身の場所を持つから。魚が水の中では自在に動けるように、人間が陸地を走れるように。彼等はそれを生み出し、持つ事が出来ていて、その権限を持つ。だからこそ、その外で戦う事は彼等にとってもあまり好ましくはないらしく、慎重な者はそこから出ないだろうとの事だった。

 だが、そんな彼等はその領域から外には出られない結界に阻まれていた。そのままならば被害も出ずに済んで良かったかもしれないが、重要な事柄があった。


「彼等そのものが親玉への道の鍵になってる、親玉を守る為の守護者でもあるの、1人でも多く打倒してその道への壁を弱くしていかない限り、この世界という異変は終わらない」


 領域の外であっても決して弱いとか、脆いとかは感じなかったような相手が他にもいて、それを倒さねばならないという事実。気の遠くなるような話に思えた、使徒ですらない化け物にこれだけ傷を負わされたというのに、それが人間相手になるのならば──


──打倒……?倒すって、それは


 ふと浮かんだ発想、恐らくあえて濁された言葉に対して想像が働いた事に後悔しながら首を横に振る。この場にいる人は皆表情は変えていない、葵よりも早くこの世界に来ていた彼等は受け入れているのだろうか、それすらも安易に聞けない気がしていた。覚悟なんて、まだ何も知らない子供から問われる事はきっと気分が良くないだろうから。


「そして、勇者はその親玉への道を開ける存在。勇者がいて初めて我々はこの世界に戦いを挑める」


 そんな特別な力があるのか、と自分の事ではないように聞いていた。自分にそんな自覚はなく、自分の使える武器以上の自分の不思議があるとは思えなかった。勇者として頑張るつもりはあれど、特別な存在なのだと自分を定義出来るかと言えば、まだ実感が追いついてくれはしない。

 そして、そもそもの話。


「エレンさん、1つ良いですか?」

「何かしら、アオイ君」

「魔王がこの世界を作り出した元凶でないなら、最終的には何と戦わないといけないのですか?」


 突飛な事はこれ以上ないだろうと思っては、この世界で何度その予想を上回られた事だろう。


「魔王と違って人ではないとても大きく、恐ろしい存在」


 笑い話にも出来ない、出来るならこんな世界は存在しないだろう。


「邪神よ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ