第11話:輝きは勝利の為に
──俺は、死んだ……のかな
浮遊感が身を支配している。不快感も冷たさも暖かさも感じられない、そんな彼には生きてると判断出来る材料は残されていないに等しかった。
──嫌だな、怖い事は好きじゃない。痛いのだってそうだ、だから……死にたくない
漠然とした感覚。ただ、人が死を忌避する事にもし理由を要求されるならそれだけで十分すぎる程だろう。それでも、彼は理由を羅列したかった。それを上回る負けたくない意地を保ちたいが為に、己の正気と意志を強固にする当たり前を巡らせて強く保とうとしていた。
それでも、身体がどうなっているのかすら最早分からない。身体が自分の物ではないようにその感覚すら得られない、
──腕は、足は、脳は、脈は、どこにいったのだろうか?消えてしまったのだろうか?何が起きて、どうして、どうして
「いいえ、もっと上手く意識を使いなさいな。本当に貴方はまだまだ下手くそね」
奏でるような透き通った声が、激励ではなく厳しい言葉を投げかけてくる。それはこの場所では聞こえないはずの声、もし彼女なら高濃度の魔力地帯では肉体を保てなかったから同行出来なかったはずである。だけど、こんな声は他に聞いた事はない。
「私の声すら分からないの?所有者のタキザワアオイ」
「──君は、リンド……?」
そう認識した瞬間に、暗闇の中に2人という存在だけがそこに灯りとして確かに浮かび上がっていた。手足と、見慣れた格好の葵という存在がいて、彼の視界には赤い瞳の美しい銀の少女がそこにいる。何も感じられない場所なのに、2人という概念を認知した事で情報量が一気に増えた、その分実際の状況という物との認識の次元も、ピントが合い始め、葵はより強く今を理解する。
「君が、どうしてここに!?身体は、またあんな風になってるんじゃ……」
「確かに、私の身体は現在完全に分解されている。でも、私を生成するものの一部として分解された粒子を、私は理解したのよ。粒子1つ1つが私を構成している要素だと理解したから、私はその状態で身体は保てずとも入り込んだのよ」
「つまり、バラバラのままでそれを全部自分と認知して動かせるからそのまま来てるという事?」
「そ、まぁ私がそれを可能にした事なんて当たり前だけれど。だから、今私は貴方の意識の中に、貴方の中にバラバラの私を忍び込ませてこうして対話をしているのよ。そんな事よりも──」
距離を詰めたリンドが葵の右の肩に手を置く。
「狩人は最後まで狩りを諦めてはいけないものではなくて?」
狩りをする為の道具を持つ手を彼女は塞ぐつもりはない。そして狩りをする為の技を使うその腕を妨害するつもりはない。彼女にとって葵は勇者であるか否か以上に、自分と対等である狩人であると一方的に感じている。
彼は自分の所有者、彼が戦いに対して物理的であろうとなかろうと、折られそうになる事を決して受容はしない。葵はそれに対して感謝や歓喜よりもやはり、彼女に対していつでも戸惑いから始まる。普通の男子高校生として生きてきた彼にそうある事を望む彼女は、歪んでいる様にすら思えるだろう。
それでも、葵に勇者となる事をエレン達が望むように、リンドは命を賭してでも葵にそうある事を託せる程の価値と意味がある。葵はそれに対して否定も裏切りも出来ない、したくなかった。そうしたら、拒んだことに対して一時の自分の感情と対話しきれない事が見えている。
「リンド、俺は狩人にはなりきれないかもしれない、なりきれていないかもしれない」
葵の返事として彼女の白い手に左手を重ねる。
「痛いのは嫌いだ、傷つけるのだって嫌いだ、死ぬのなんて論外だ、怖すぎて気が狂う」
先程の自分を思い出して下唇を少し噛んでから、小さく首を横に振る。
「でも、俺は見たよ。死にそうになりながらも、生きてくれていた人を」
自分がそれでも武器を手に取った理由はいつだって、そこに自分が頑張らないと尽きる命があるから、そして自分でも頑張れば守れる命がある。
彼にはそうした自分の意味、自分が何か出来て、それが確かな形となるという事の達成感と安堵の気持ち、それが大きな力となる。
「そんな人達が生きて帰る為にも、俺は諦めたいとは今は思ってなんかいないんだ」
その言葉に僅かな時、目を閉じたリンドはゆっくりとその赤い瞳を葵に向ける。
「なら、所有者は私に何と言って口説いてくれる?」
「君の力を貸して欲しい、リンド。俺と一緒にアレをやっつけてほしい」
「ああ、全く貴方ときたら……おねだりが下手くそね。でも──」
葵の手をそっと下ろした彼女は自分の胸に両の手をかざすと、銀の色の光が放たれる。包み込む様な優しい感覚からは程遠いが、目を焼くほどに美しい銀色が、光を反射した宝石の様に輝く。
「良いわ、美しい紛い物をぶち壊すのは私の望みだもの、アオイ」
葵に分け与えるように差し出された両の手とその光。思わずその眩しさに閉じそうになった瞳を、しっかりと正面のリンドに向け続けながら葵はそれに応える。
「ありがとう。俺は、もう一度戦うよ──」
その光に手をかざすと世界は上も下も分からない暗闇から一転、2人すらも覆い尽くすほどの光が広がり続け、その意識は今に帰還を果たす。
*
その獲物の生命活動の停止を視界から感じ取った結晶大蛇が、彼を真上から砂ごと口の中に迎え入れるように含んでしまう。
彼という魂、彼という魔力、その全てがこの生物にして、この生物達にとっては貴重で価値が大きい。生きている間は養分にし難いが、こうなっては自由自在。満足そうに大きな口の中で噛み砕こうと──
「蛇の餌にっ……!」
魔石で構成された固い口の中から声が響いてくる。しかし、ただそれだけではない。
「人間は、含まれてないだろ!!」
全身の力で口を無理やり持ち上げるように開いたのは、絶命したと思われた少年の姿だった。尾で痛めつけられた背中、脇腹の傷、表面を焼かれた左腕、霊体の反動を受けてヒビの入った片足、結晶の槍で出来た切り傷と火傷跡、こんな状態からと言えばやはり火事場の馬鹿力というものだろうか。事実としてまだ彼が死んでいなかったというのも大きい。
しかし、それ以上に大きな干渉がそこにあった。
【唄いましょう、我が所有者の追い風として】
銀色の光がオーラのように葵を覆っていた。それはリンドが葵の側にあるように、バラバラの彼女が葵を通して自分という形を力として放出するように。
身体のバネを利用して口を開き切った後は、背から飛び降りる。見据え、刀を手に握りながらも両の腕に自由を許し、もう一度葵の背後に展開される霊体の両腕は抗戦の意思。
【銀の風は世界を超えて、嵐は大いなる暴君、新しい光を届けましょう、キラキラ輝く千の災い】
追い風は脆い硝子を羽の様に送り出す詩を紡ぎ、辺りの独立した魔石が次々と輝き始めるのは言霊による共鳴。
【美しい物は愛おしい、偽りでも変わらない、それでも私は嵐となりたい、飽くなら壊してしまいましょう】
彼女の詠む唄を耳にしながら、落下する葵は静かに息を吐き──
【貴方は私の共犯者、準備は良いか鏡よ鏡】
彼女の術を阻止せんと分離された魔石の破壊の行動に出る結晶大蛇。まだ根として繋がっている部位があり、繋がっている本体の魔石の質量があれば、いまだに大規模な術を撃つ事に問題はなかった。
口の中から光が見える、今までは葵の動きを制限する目的で使われる事も多かったからか熱線は、太さとしては細い物だった。だが、今からやるのは辺りを破壊する目的、自動的に大蛇から分断されていない箇所の安全は約束されるが、焦土と化される事以上に、その行動の目的である妨害が達成される事そのものが葵達にとっての障害となる。
「させない!!」
だが、こうなる事を見越していた。その術者は葵自身ではない以上、彼に対して物理の攻撃を仕掛けるよりも効率的に術者の妨害として対抗するのもまた魔術しかないはずだと踏んだ。それを潰すには単純、力には力で潰せば良い。術への干渉での妨害などという高度な技は今の葵には出来ないのだから。
霊体の黒曜石の鱗を刀身の増幅に使い、その霊体の腕に込められる力というリソースは全て葵に回す。左手首はもはや使い物ならないが、腕そのものはまだ使い物になる。指を動かし、物を握るという事すら躊躇われる痛みに歯を食いしばり──
「とべええぇぇぇぇぇ!!!」
上半身ごと刀を振るう、自分の刀はそこまで届く、到達させ、斬り砕く事が出来る。そう思えるのは、脳が高揚しているのだろうか?あるいは彼女がその背を押すからだろうか?どちらでも構わなかった、今なら出来るという自信こそが重要だった。
放たれた波動の斬撃は、銀の軌跡を描いて真っ直ぐ飛び立つ。結晶大蛇から見れば斜め下、瞬きをする暇もないままに抉り、斬り裂く。生物的ではなく、どちらかといえば無機物的な生物であったとしても、その形をしている以上はこれまで交戦した生物同様その形に逃れ切ることは出来ない。口から放つという事も、葵の走る位置を顔で追っていたのも、その証左だろう、そう考察をした葵は迷わずそこに向けた。
下顎に波動の初激の重みがかかり、そこから出来たヒビを本体の一撃が刃を深く押し込むように速度がかかり、下顎を貫いて上顎も一閃。大蛇自身が割った硝子が鋭い牙となって降りかかった。
「リンド!!!」
そこには居なくて、そこに居る少女に向けて叫びながら着地する。開かれた道、彼女の望んだ赤い絨毯へと招く。
【暴君の行進暴君の行進】
魔石の銀の輝きが最高潮に達した時、砕けた魔石達は辺りに散る。1粒1粒が光を反射し、内側で屈折し、雪のように舞う光景は暴君の名に相応しくない程に静かな光。
だが、それは瞬く間に姿を変える。その粒は吹雪のように結晶大蛇に一斉に襲い掛かり、その体内を食い破られた葉ように光の穴が開いていく。いや、それは光を通していくとも言えるだろうか。
「これは……」
【ここからがとても綺麗なのよ、アオイ】
葵の目に映った光景は途中まではダイヤモンドダストのようだったのに、紅色の結晶が内側から徐々に白銀の血管が走っていくように侵食が進んでいく。そこから始まる崩壊、無機物の壊死が見せつけられるような異様さ、道を開けない者は腐り落ちていく。
魂の欠片達、数多の自我にして共通の自我達、彼等が集められたこの魔物の中に伝播するリンドの自我という行進が、強いようで弱い自我達を侵食し、辛うじて保たれていた結晶大蛇の一部であるという強制にして共生がそうではないと突きつけられ、自壊する。彼女が崩壊を促しはしても、彼等は自力で崩壊するのだ、その心を乱すことで。
思わずそれが拷問めいて見えた葵は見据えながらも知らず知らずのうちに唾を飲み込んでいた。
【仕上げがまだ終わってないわよ、アオイ。前方に心臓部、1番大きな自我の元がある】
リンドの言葉に頷く。自壊をすると言ってもその全体に及んで終わりにはならない、伝播している事に気付いたのか結晶大蛇はその部位をわざと首を伸ばし、這いながら暴れるように削っている。その末に首で葵を叩き潰すように振り下ろしてくる、それを前進するようにスライディングして相手の懐に入り、足を滑らせながらも地に根を張る最も大きな幹の部位を前に左手で作った拳、それを叩きつけて幹にヒビを作り、手首まで埋め込む程の穴が生まれる。
「っあぅ……くっ!!」
無論、左手首を更に痛めつける行為で自爆に近いが、唇の端から息を吐き出しながら突きの姿勢を作る。
「やれる、やれる!違う、もうお膳立てはしてもらったんだ!やる、やるんだあぁぁ!!」
穴の位置を完璧に突けなくても良い、脆くなった箇所に突き入れた刀が更なる鋭い穴を通し、追従する霊体も同様に。
そして、鱗達を合体させ刀の長さを変えた原理を利用する。先程の波動を放った時に鱗を集約させたままだった刀を今度は──
「弾けろ!!」
中から分解する、ゼーベルアの銃弾を弾いたり、結晶の魔法弾を弾き砕いた時のように、相応の質量と殺傷力を持つ鱗を内部で展開。破裂させた鱗は中で各々のルートで霊体の腕に戻る為に弧を描き、その結晶の幹を貫いていく。
手首を回して逆手に持った後斬り上げ、結晶から刀を取り出した後はやる事は簡単だ。空洞達によって脆くなった部位を斬りつけ、斬りつけ、とにかく目の前に破壊の限りを尽くせば良い。
ふと、先程の彼女の詠んだ共犯者という言葉を思い出す、自分もまたその行く先の為に道を開けさせる側になるのかもしれないのだという事を、刻みつけるのだろう。この時、これからも──
「おおおおおぉぉぉぉ!!!」
乱打、乱打、乱打、この武器がその素材通りであればとっくに耐えきれず壊れていたであろう程に、葵は連撃の手を止めなかった。その為にもう片手に時には投げ渡して斬り、パキリパキリと軽快な音が鳴るのはこの暴力的な破壊にふさわしくないほどだ。霊体の腕も合わせて叩き込み、その拳と爪が抉り、殴り潰し、その度に脆い箇所は増えていく。
型にも沿っていなければ、斬り方は滅茶苦茶だ。だが、今の彼にはこれ以上がなくて、これが最善。ゆえに、ただその武器で破壊する。その出来た新たな空洞から鱗を幾つも送り込み、体内に刃を走らせていく。
しかし、大蛇の辛うじて残っている口からはまだ術を放つだけの余力があった。魔力を練り上げる音、その気配が背後から感じられる事に鳥肌が立つ。
【アオイ、後ろから来るわよ】
「くそ!このまま押し切るしか──」
その時、遠くから爆音が聞こえた。
「!?」
通路側からだろう、駆け抜けてきた誰かが銃声と共にここへ入ってくる。背後で首の意識を割いてくれている誰かが来てくれている、クロエが来てくれたのだろうか?あの爆音は聞き覚えがある、想撃砲の音だ。ともあれ、理不尽の続いたこの場所で、最後の最後に運が気まぐれにこちらに転がってくれたらしい。
ならば、もはや心配する事は何もない。
【見えた!葵、その1番眩しい場所、あそこが自我の心臓よ!】
「分かった!!」
両の手で握りしめた刀、この痛みの分をぶつけるように、この戦いを終わらせるという意思を込めるように。それでも、これまでの部位と違って硬い。人間の心臓を骨が覆って守るように。
それでも止められはしない。1度で砕けないとしても、手数がそこにはある、
「これで、今度こそ終わりだああぁぁぁぁ!!!」
霊体との同時攻撃が露出した心臓部目掛けて力の限り振り下ろされ、砕く。ヒビが広がっていき、絶命の時を告げる。
【アオイ!下がりなさい!】
その声と共に飛び退いた直後に、根付いた魔石達と繋がる首が震え、ほんの一瞬の間を置いてから一斉に割れる。無機質な断末魔、しかし確かに何らかの自我を持っていた生物の最期だ。葵はその様子を尻餅をつきながら見送るのみだった、何かを思う思わないよりも、本当に終わったのだろうかという不安が杞憂だったと分かるまで、今の葵にはそれを終わりだと認識出来ないから。
「──終わっ……た?」
無論、彼が懸念するような事態は発生せずに砕けた魔石達がそこにあるのみ、先程までの戦いの激しさを瞬く間に掃除したよな静けさが残されていた。葵という戦いの当事者だけを残して、その部屋は静寂をようやく取り戻したのだ。
それを認識してからようやく大きく息を吐く。呼吸を制限したまま走り続けたのだろうか、そう勘違いするほどの息苦しさが唐突に襲いかかる。
「っはぁ……は、はぁ、ふうぅ……終わったんだ……よ、ようやく……」
【貴方はまたボロボロになってるのね】
「仕方ないよ、そうじゃないと勝てなかったし……」
【そうね、貴方はまだまだ強くはないもの。でも、毎回こうでは私もたまったものじゃないわ】
「もしかして、今俺怒られてるのかな……?」
【まだ怒ってはいないけど、貴方は私の所有者だもの、許してあげない】
「前にも言われたね、許してあげないって言葉」
【何度でも言うわよ、貴方の物分かりが悪い限りは、貴方が嫌になるぐらいに何度でもね】
「何度も指摘するのって、嫌になったりはしない?」
【理解してもらう為に言うんだから、嫌にならないわよ。でも、理解する努力は見せてほしいわね、アオイ】
自分の内側から聞こえてくるその言葉に反して、とても慈愛に満ちた声をしていた。彼女の気質は不思議だった、破壊と混沌を好むようでいて、どこか献身的なところもあって、そんな言葉と声に安堵するように小さく葵は笑みを浮かべていた。
「おーーーーい」
そんな中、自分とリンド以外の男性の声が聞こえてくる。先程援護を行ってくれた人間としか思えない、葵はまだ聞き慣れてなくともクロエと脱出する寸前の声の事をふと思い出していた。彼女の言っていた仲間だろうか。
「生きてるかーーー勇者さんよーーーー」
「な、なんとか!!!」
「おーー運が良いなぁお前さん」
返事が聞こえたのか足音が近付いてくる、魔石が落ちた衝撃で出来た砂煙の中から徐々にその姿は鮮明になる。
10代後半の葵と同世代ぐらいの男性の姿。背丈は葵より少し背が高く、灰色混じりの水色をした首までの長さの髪に濃い灰色の陽気さと鋭さを両立したような瞳。髪の色と同じ色をしたマフラーの下は、ボタンや服の装飾は金で飾られ、柄の色は青に彩られた、ベースが黒の軍服を模した服。
何より、最初に目についたのはその肩に担いでいる狙撃銃、アレもまた彼が今もう片手に持ってる想撃砲と同じ汎用武器なのだろうかと思わず凝視をしてしまう。
「ミリタリーはお好きかい?それなら帰ってからいっぱい見せてやんよ」
「あ、ごめん。ついういジロジロ見て……助けに来てくれてありがとう、お陰で勝てたよ」
「そうかしこまる事はねぇって、クロエの頼みでもあったからな」
「クロエさんの?」
「ああ、本人と子供自体の魔力での衰弱もあったし、お前さんから子供を託されたってのもあってクロエは帰還を優先したんだよ。その分俺に代わりにコイツを持って救援に行ってほしいっつってな」
「そうだったんだ……クロエさんにも沢山感謝しないとだね」
「んま、謝罪も感謝も歓喜も生きてりゃやり放題だからな。そういう点でお前さんもよく頑張ったよ、お疲れさん」
「ははっ、ありが──」
安堵も束の間、置き土産が待っていた。地面が、いや……その洞窟自体が揺れていた。
「……え?」
「…………あ、あーー……この洞窟自体、コイツで保たれてたんじゃね?ほら、滅茶苦茶魔石を張り巡らせてたわけだし、この高濃度の魔力的にも……いわゆる、時限式の置き土産?」
「あ、いや、待って、何でそんなラスボスを倒した後の爆破脱出みたいな事をさせられそうになって……?え?」
「ラスボスにしちゃあ、役者が不足してんだろ。毎回爆破ミッション付きのボス戦なんてあってたまるかい」
「日本のゲームにはそういう例もあったよ」
「大人しく見せかけてジャパンもド派手な花火は好きなのかい?いや、人の事言えねぇや。うーーん、こりゃあ俺達もハリウッド級の爆破と対面する事になりそうだ……やる事は1つだな」
「うん」
そうして、2人は同時に洞窟の出口に向けて走り始めていた。
「逃げろおおぉぉぉぉ!!!」
「死ぬ!!!流石に今度こそ死んでしまう!!」
【この速度を維持して走れば大丈夫よ、ほら頑張りなさいな】
「さっきの言葉はどこいったの!?驚くほど他人事!!」
【貴方を信じてるって事よ】
「もっと良い場面で言って!!!」
道中にまだ残っていた岩魚もいたが、それらを何体か踏み抜いて、時には乱雑に払って2人は駆け抜けていった。
「見えた!!出口だぞ!!」
「うわあぁぁぁぁあああ!!!」
爆風と共に出口から転がり出た2人はまさしくハリウッドさながら。大きな違いがあるとすれば、ハリウッド映画のように爆風を背にしながらも格好良く飛び出すという事は出来ないという点だろう。こけてるのか走ってるのか分からない脱出の仕方をする羽目になった。
「も、も、もう、もう、俺、走れないよ……次走ったら足もげるよ……」
「こいつぁ金メダルもんだぜ……だが今は金よりも一杯の水が愛おしい……」
「げほっ……ど、同感……表彰してもらえるならその後でって感じ……」
【表彰式はないけれど、ある意味ではそういうのが待ってるかもしれないわね】
「え?」
【ほら、帰りましょう。仕事は報告まで済ませるものよ】
その意味がよく分からず目を丸くしていたが、帰還したいというのは葵自身もその気持ちだった為重い腰を上げる。来る時よりも帰路は長く感じていた、だが幸い間で仲間に肩を貸してもらったのもあってその足を止める事はなかった。
*
「タキザワさん、ライ」
「おかえりなさい、アオイ君、ライ」
「クロエさん、エレンさん!」
「あいよ、ひと仕事終えてきたぜ」
葵達を出迎えたのはクロエとエレンだった、クロエの表情はいつもと変わらないようでいて、今ようやく葵の無事を知ったからなのだろうか、動揺のせいか瞬きが多い。クロエ自身も肩に包帯が巻かれている、葵から手を離した熱線が原因だろう。エレンはそんな様子を見ながら少し困ったように微笑んでいる。
「ただいま……えっと、この通り無事帰還しました」
「満身創痍で、の間違いだろ」
「そうね、確かに無事と言って良いのか分からないけれど……ふふ、よく頑張ってくれたわね、アオイ君。おかえりなさい」
「た、ただいま……で良いんでしょうか?」
「おかえりなさい、にはそう返すものでしょう?良いのよ、ここがこの世界の拠点なんだもの、家に帰ったらちゃんと挨拶するものよ」
地球での当たり前、ここに来る前は特別な感情を抱かずに言っていた言葉の重みを感じる。今ようやく、無事に帰ってきたのだという気持ちが込み上げてくる。
「……はい!」
絞り出した返事が微かに震えた。それがバレるのが恥ずかしいから咳払いを最後に入れてしまう、まだ葵の中にいるリンドも別に笑ったりする事もなく見守っているようだ。
エレンの方をチラリと見やった後、クロエが1歩前に出てから会釈をする。
「タキザワさん、ワタシは困っています。謝らないといけないのですが、良かったという言葉が口から出そうになって止まりません」
「助けてくれたのに心配かけちゃったから、俺も何て言えば良いかって思ってるところだよクロエさん」
「はい、何というのが正しいのか。いや、危険な目に遭わせてしまったのでここは謝罪から──」
「回りっくどいぞ〜お前ら。横から口出しする立場じゃねぇけど、お互いの無事を良かったって思ってんならまずそれを言えば良いだろ?」
「……そうだね、クロエさんもそれで良い?」
「……当の貴方がそう言うなら、分かりました。反省は今は一旦置いておきます」
「うん、じゃあ……クロエさん、ありがとう。そして、無事で良かった」
「こちらこそ、ありがとうございました。よく帰ってきてくれましたね」
その言葉と共に両手を挙げるクロエのその手を見比べながら首を傾げる葵、その横でライがクロエの手の前で片手を挙げて葵を横目に見る。それでようやく意図を察し、笑みを浮かべて頷く。
「お疲れ様!」
「イェイ、ミッションコンプリート」
「お疲れさん」
3人でハイタッチをすると乾いた音が鳴り響く。何気ないやり取りのようで、その何気ない事が仲間なんだと思わせてくれる。名前も顔も、今日会ったばかりなのに、もう彼等とこんな風に出来る、それがただ、ただ葵は嬉しかった。
「そうそう、アオイ君」
「はい?」
「ミアもお出迎えしたかったみたいなんだけれど、貴方とクロエが救出してくれた子の処置で今忙しくて来れなかったの。貴方に感謝を伝えてほしいって言われたけど、多分後で本人が言いに来るとと思うわ」
「じゃあ、俺の方からも後で会いに行ってみますね、多分不安に思ってるかもしれませんから」
「うん、そうしてあげ……いや、貴方も治療をすぐにでも受けないといけないんだけれど──」
「勇者様ーーーー!!!」
エレンの言葉の途中で大きな声と足音が近付いてくる、それも複数。
「み、皆さん!?」
「おう!帰ってきたらって聞いてな!」
「ゆーしゃ様おかえりなさい!!」
「聞いたよ、地球の人を助けてくれたんだってね!」
緊急事態と聞いて不安そうにしていた人々は出る前から一転、明るい顔と安心を両立させた顔で葵を迎えに来ていた。無理もない、彼等にとって緊急事態とは彼等に太刀打ち出来るものではなく、それを何とか出来る象徴的存在の勇者がそれを達成させて帰還した、その希望を与える力はきっと彼等の言葉以上の思いだろう。
「やっぱり、勇者様は勇者様なのね!百合香、信じてた!すごい人なんだよね!」
「だから言っただろ!ゆーしゃ様がいれば、僕達きっとちきゅーに帰れるって!」
子供達の言葉に肯定する人や、笑う人、その様子を見ながらその当の勇者である葵は戸惑うように辺りを見た後視線を足元に向けそうになる。達成感はあれど、自分1人で出来たわけでもなければ、こんな風に人に褒められる事もあまり慣れておらず、正面からそれを受け止めるのに少しの間が必要になる。
【良いのよ】
「リンド……?」
【調子に乗るのは許さないけれど、自分のやった事の報酬を受け取るのは成し遂げた人間の特権よ】
「報酬、報酬か……」
【少なくとも、私は私の所有者の大怪我の分は受け取ってもらわないと割に合わないと思うけれど?そうじゃないと、無駄に危険に身を投じたみたいじゃない】
「無駄、とは思わないけれど。でも……」
【でも?】
「不思議なんだ、俺」
見返りが欲しかったわけでも、賞賛が欲しかったわけでもない、ただ放っておけなかった、だけれど事実として、かけられる言葉のお陰でこの傷も、痛みも、無意味ではなく勲章のように感じられる。自分は、頑張ったんだという実感として褒められて嬉しいのかもしれない、リンドに言われてようやくそんな自分に気付き──
「俺は、勇者ですから!」
達成感を胸に、笑顔でそう改めて宣言をするのだった。