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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第1部勇者、汝の名は?
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第10話:騙り、踊れ

 魔石の一部で構成された追尾弾と黒曜石がぶつかっては弾け、散っていく光が火花のようにこの激戦を彩る。

 その宙で行っている攻防の横で着地の衝撃と同時に刀を突き立てて魔石の根を割る。本体から斬り離すように。


「やばっ……!!」


 一部が割れた瞬間、そこから反撃するように魔石の欠片を拡散させる爆発が発生、それに飛び退きながら受けたくない箇所を斬り払いつつ確信する。結晶大蛇にとって根を斬られるのは好ましくはないのだと。

 今、あの巨大な動く魔石という魂の欠片の寄せ集めは、結晶大蛇という存在を構成する肉体という形で指向性を与えられている。魔石をエネルギー源として使う事との差異は、その寄せ集め全てに新たな存在としての塗装をする事。

 よって起きる反発、自我もほとんど取り落とした彼等に残された反発心が魔石の強度の低下、そして物理的な分断により、塗装が剥がされる事で結晶大蛇は弱体化する。葵はそこまでを分かっての事ではないが、結果的に正しい選択をしていた。


「しかし……っ!くそっ、手数が多すぎる!」


 棘を生やして進路妨害を繰り返しながらそれを攻撃手段にする根に、魔力を豊富に使って自在に術を操って襲いくる結晶大蛇本体。全方位からの攻撃を警戒しなければならない、戦いに必要なのは集中力とはいえ、彼は今多勢を相手にしている気分だ。


「っ、少しは……!」


 刃を地面と水平にするように持ち直し、黒曜石の両腕の分も力を込め、脱出の際に使った魔術の感覚を思いだす。身体の中を這い、伝うように魔力を魔術として形成していく感覚。この武器は魔術によるものではなくとも、この武器の力を強く信じて想像する為にその時のことを葵は思い出し、そして──


「静かにしててくれぇ!!」


 狙いは葵の方に首を向けていた2本。

 逆袈裟斬りの軌道で刀を振り上げる、一瞬遅れて甲高く鳴り響く鋭い刃が空気に触れる音。風圧で葵の横で爆発しようとしていた魔石の欠片が吹き飛んでいく。

 真空の斬撃が銀色の光を放ちながら、斬撃が飛来し、直撃。1本を斬り離し、もう1本は顔の右半分を削り取る。


「や、やった……!っう!?」


 しかし、その最中に行われた魔法弾の発射と熱線の合わせ技は止まらない。横っ飛びに回避しようとするが、思ったよりも飛距離が稼げず、魔法弾の内3発、それが肩と横っ腹に直撃して吹き飛ばされる。


「っぐ、おぅゔっ……!」


 直撃から接近の瞬間だけ加速した魔法弾は、質量のある金属の塊が全速力でぶつけられた様な重みを葵に与えていた。横っ腹と肩が丸ごと抉られたんではないかという熱と、痛みと、痺れがそこに停滞し、しばらく蹲りたい程だった。

 だが、状況は動き続ける。腕も取れていなければ、横っ腹もそこにある、ならば動けると己を激励する。骨が嫌な音を立て隣接する内臓から嫌な熱さを感じている、ただそれだけではないかと無理やり言い聞かせて。


「ぐ、ぅ……!うん?」


 ふと、手元に落ちていた物達に視線を送り、分離された魔石を手に取る。結晶大蛇という自我の塗装を剥がされた、ただの単体の魔石になっているそれは使える状態という事だ。

 魔石を懐に即座に入れながら立ち上がり、魔法弾の迎撃に移る。痛みを少しずつ排出するように吐き出す細い息、痛覚を分散させるように強く噛む奥歯、戦いはまだまだ中途だ。

 その最中、葵は霊体の単純なようでいて、その特性を活かせる時を見出す。


「っふぅ、ふうぅ〜……っ!はぁ、成る程……なんとなく分かった」


 自分自身のリーチよりもまだ少しだけ距離のある段階で、残りの追尾する魔法弾に向けて刀で斬り払うように刀を振ると、霊体がこれまでのように同時にその爪を振るう。葵よりも体躯があり、葵よりも浮いた位置にあるその霊体の腕で攻撃行動が出来るなら遠距離の自動迎撃よりもタイムラグがなく迎撃が出来る。

 一度に放った残りの魔法弾が尽きる寸前に大蛇の首の1つが、葵が手前の方に来てるのを見逃さず首を伸ばして突進を仕掛けてくる。


「そっちから、来てくれたか!」


 激突する寸前に刀で刺突し、すかさずそこを軸に頭上に飛び上がる。残りの首がそれを振り落とさんと、熱線を放ってくるがスライディングで回避し、前転しながら立ち上がり滑るように移動する。

 それも無論、妨害は用意されていた。首達が意思を合わせ、葵の頭上の位置に瞬く間に結晶の球が生成され、弾けた結晶が槍の形状となり、炎を纏って雨の様に降り注ぐ。反撃が来ると察していたが、頭上は想定していなかった葵は急激に落ちてきた炎の槍に対して致命傷を避ける以上の対処は出来ない。

 頰を、首を掠め、身体に焼かれた鋭い切り傷が出来る度に、これまで受けたダメージ分の痛みが振り返そうとしてくるが、痛みに苦しむよりも手を動かす事を優先した。まだまだ戦える痛みだと堪えて。


「勝手に止血をしてくれてるんだから、むしろ温情!!」


 大雑把に直撃だけを斬り払い、もう片手は懐から魔石を取り出す、それも複数。

 魔力が漂う物であるという事に対しての実感がまだ足りていない葵にとって、魔力の塊だと言われている魔石の方が今は少なくとも攻撃手段に変換して考えやすい。集中力を迎撃と術の2つに分ける事なんて出来やしない、だから今はただ思い込む。今手に持っているのは爆弾だ、美しい色彩で、光の角度で際立ち、不思議な力が宿っているだけの爆弾。

 問題はどう詠むかだが──


──まただ


 クロエに教えられた時と同じ感覚が葵の脳内を巡る。


──あのデジャブが俺に語りかけてくる


 記憶の方から葵に話しかけて、お節介にもこれだと教えてくるように。


「死の淵を見よ、その内にある瞬き、狭間に触れて啓いた先の眩さ、お前は今輝きの中にある。決して逃れられず、それを知る時が来た。“閃き燃ゆる命”!!」


 その言葉を言い終えると同時に首と首の間にその魔石を投げると、目を開けていられないほどの閃光が放たれ、持っていた魔石の分だけ連鎖で発生する爆発は、身体を欠けさせ、脆弱さを引き出しそのまま破壊する

 巻き込まれた首から砕け散る魔石達、バラバラの大きさで弾けてはその美しさに反してダメージの大きさを物語る。先程の真空波と比べて凹凸のある断面を見せながら、重みに勝てない首は音を立てて落下していく。至近距離で放たれた凝縮された魔力による爆発、それも複数回数が行われた以上期待通りの効果でなければむしろ困る。


 だが、効果が出た喜びと並行して発生している事柄があった。熱気と共に飛び散る破片は投げた葵にもそれは降り掛かるという当たり前の問題だ。


「うわああぁぁっ!?」


 そのまま吹き飛ばされ、蛇の首から落ちて行く。着地のための一手を打たなければならない、なんとか宙で身を捻って先程落ちた蛇の皮の上に落ちなければ激突は避けられない。だが、ここでまた不幸は重なり、位置的に正反対の位置に現在いる。対策を少しでも急がねば、急がねばと焦っていた時1つの案が浮かぶ。


「そうだ、クロエさんに教えてもらった防護!」


 それを下に向けて使えばそれが一番重いタイミングの衝撃を受けてくれるはず、確実とは言えないが可能性に賭けなければいけない。

 まだ無事な最も奥の首の1本も首同士の激突で壁に顔を埋めていた様子が見えていた、恐らく今はまだ引き抜けていないはずだろう。


「チャンスは、一度!折れし先で刻まれる物、その跡は不滅にして不治!」


 地面の方に向けて救いの手を伸ばす様に片手を伸ばし、紡ぎ始める。


「欠け、削れ、果てに残るは新しき物、原点たる銘の亡失。拒む、抗え、その意志が私の盾となり、顕現する。“不変の殻”!!」


 集中力が乱れているからか、脱出時ほどの安定感はないが、展開する感覚は掴めた葵はその障壁をもう一度張る事に成功する。落下の風圧で手が逸れそうになるがその度にまた戻し直してを繰り返す。既に滅茶苦茶な行動を繰り返した後なのだから、これも可能な世界じゃなければおかしい、そう内でお守りの様に唱えながら落下していく。


「っく……ッ!」


 防護の受ける負荷はそれを維持している手にもかかる、理解しているからこそこの後の事に歯を食いしばる。覚悟し切れるか否かの時に訪れる、激突。


「ッぁ、がぁああ゛あ゛ああぁ!!?」


 障壁の割れる音と共に、葵の手首、肉の内側から鈍く嫌な音が響き、その痛みが葵の痛覚を呼び起こす。なんたる現実感の告げ方だろうか、だが同時に手首だけで済んだのは非現実を伝える要素とも言えるだろう。


「お、折れ!?ぁあぁ、ぐ……ぅあゔっ!?!?」


 だが、無事で済んだことよりも痛みが、脳を支配する様に叫び続ける。冷や汗と制御出来ない呼吸、押さえようと触れただけでもう一度叫びたくなるほどのズキズキとした痛み、その代弁たる熱。今制服の袖を捲れば炎症し、腫れ上がった手首を見る事になるかもしれない、それを見たら尚更痛くなりそうでとてもそれは出来なかった、そんな彼には応急処置なんて無論やり方が浮かびすらしない。


「は、ひゅぅっ!は、はひ、うぅ……ッく、くそっもう、少し待って、くれよ!!」


 固い壁から解放された音が聞こえた葵は、左手をブラリと力を入れない様にしながら大きく横っ飛びに回避する。先程いた場所を熱線が通り過ぎて肝が冷えていた、痛みにうめく短い時間が命取りになる事へのようやくの理解に。

 だが、この状況下でも回避は出来たのだ。彼の戦意までは削げていないらしい。刀を片手で握り込みながら睨みつける。


「ま、まだ、まだ!!」


 しかし、想定外は続く──


「ぅあっ……!?」


 何かの衝撃が身体に走った事の理解、その後に爆破した首のもう片方がようやく砂煙を立てながら地に落ちた音が地響きを鳴らす。つまり、1つはまだ首の皮一枚で稼働していた。相討ち前提で葵を殺しに来ていたのだ、痛みや死を恐れる必要もなければ続く兵力とも言える首もまだ辛うじて残っている、やはり理不尽だとどこか冷静にそう感じるところが葵にあった。

 それを分かってから視線を下ろすと結晶で出来た槍が葵の脇腹を貫通しているのが見えた。じわり、じわりとシャツが赤黒く染色されていく。


「は、はは……流石に、これ、俺、死……」


 言葉は口内に広がる鉄の味の不快感と、口から出しきれない分の鼻から出る小さくも嫌な痛みを前に止められ、その身を地面に投げ出した。広がる自身の血液の海の実感すら遠ざかる事よりも、急速に遠ざかろうとする意識がそれを上回っていく。手は武器から離れないが、霊体が音を立てて消え去って行く、こうなってようやく葵は分かった、先程追尾弾を避けきれなかったのは真空波を放った際の反動に霊体が耐えられていなかったからだと、その結果霊体の受けた損傷を葵も受けた。そのせいなのだと、使いこなすにはまだ難しいらしいと自嘲気味に思う。

 こうして、関係がある様でない事に脳を使っているのも、それしかもはや出来ないからだろう。何か違う形でこの世界に囚われ、死なない身体なのだとしても、死の感覚と痛みに対してやめてほしいと懇願すらしたい程だ、身体が上手く動かない、それが怖かった。


──目を瞑りたくない、瞑れば戦えない。これを倒すって決めたのに、このまま終わりたくない


 意地っ張りな渇望、それでもそう感じる事すらも奪われていく。道理に合わない世界のくせに、悔しくても、惜しくても、後も一歩を願っても、勇者であろうと思っても、道理から逃れてくれない肉体の限界によって。彼はまだこの世界に馴染みきれていない、身体はこれでもまだまだ常人に近い。

 そして、葵の思いに反して目蓋が下りていく。景色が暗く、ゼーベルアとの戦いの後の様に──


『私を見て』


 上も下も分からなくなりそうな暗闇の中で、声が聞こえた気がした。

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