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永劫の勇者  作者: 竹羽あづま
第1部勇者、汝の名は?
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第9話:リトープスは開く

「いってて……」


 数度の痙攣をした後に仰向けのまま動かなくなった大蛇の上で、葵は腰をさすりながら上半身を起こしていた。

 トドメを刺したところまでは良かったが、最後の最後でバランスを崩して大蛇の足にしがみついて凌ぐことになり、激突の衝撃の時に手が離れてしまった。クロエが宙で葵を抱き抱えに行ったが、急いで武器を置いて駆けつけたものだから少しだけ遅く、2人して尻から落ちる事となった。


「すみません、キャッチが遅れました」

「いや、むしろありがとう。ずっとその子を守ってくれた上に俺の事を助けてくれて」

「ふむぅ、ワタシもこの勝利に感謝をしたい限り……ですが、とりあえず今は魔石の確保を急ぎましょう。礼をし終えるにはまだ油断ならないから、満足に礼をしきれない気がします。ワタシの古今東西多種多様十人十色百発百中の礼をちゃんと帰ったらします」

「う、うん。楽しみにしてるよ」

「……ツッコミ辛いですか、そこをもう一息頑張ってください。先輩の1のボケは100の経験に勝りますから、世は大年功序列時代」

「悪いけどツッコミ辛いのそういうところかな!」


 冗談です、と一言付け加えて武器を持ち直そうとした時に葵が横から彼女に両腕を差し出す。

 一瞬、意図が分からなかったクロエは腕と武器を見比べて首を傾げていたが、葵が苦笑を浮かべた事で何か勘違いしていたのだと気付く。戦いの後で少々脳が疲労しているらしい、と己に呆れながら頭を掻く。


「この子ですか?」

「うん、俺の武器は出し入れ自由みたいなものだから手が空いてるし、それにクロエさんのこの後のやる事を考えたら俺に出来る事は、こうかなって。そもそも気になってたから」

「でも、腕の怪我が」

「これは、俺のミスだから。これも危惧して止めてくれたんだろうに強行したのは俺だし、大丈夫」

「えぇ、まったく無茶をしたもので……分かりました、お言葉に甘えましょう。でも、もし辛くなったら代わりますから、ちゃんと言ってくださいね」

「ありがとう、クロエさん」


 そうして、少女をおぶると背中を通して分かるまだ生きてくれているという感覚、それに対して安堵する。だが同時に今、道にしている騙る者のボロボロの肉体を見るとなんとも言えない気持ちが湧き上がる。一歩違えば自分がそうなっていたかもしれない、生きていて特別実感する事のなかった弱肉強食という言葉が浮かぶが、それで仕方なかったと思えるほどに強者の側ではない。

 思えばこの大蛇を象徴するような魔石だってそうだ。魔力とは削られ切った魂の欠片、壊す方が親和性を持つそれらに無念がないはずがない。今彼等は何かを思えるのか、負の感情以外はないのか、それらが1つに凝固した時彼等は別々に何か思えるのか。今自分がこうして1つの自我と肉体を持って歩けているのも奇跡と偶然の重なりに過ぎないのだろう、と。

 だが、深く息を吐いて視線を前に戻す、クロエが言っていた通り油断ならない事に変わりはない。毎回こうしてセンチメンタルになってもいられない世界なのは、身体の痛みが教えてくるから。


「むふふんふん、大きな魔石ですね、見立て通りこの大きさならいけそうです。持ち帰れないのが惜しまれます。勇者様、脱出する際に貴方ごと抱えますのでこちらへ」

「うん、お願いするよ」

「お任せください、ただ1つお願いしたい事がございます」

「お願い?何?」

「ワタシがこれを撃つ時に貴方には防護を担当して頂きたいのです。熱気だけでも構いません、防いで頂きたいのです」

「防護……?えっと、つまり俺が障壁みたいなのを張るって事かな?」

「はい、爆破直後の瞬間だけでも構わないです。魔術を初めて使うであろう事を思えば、無理なお願いだとは分かっているのですが、やってくれますね?」

「……うん、やってみるよ。出来るか出来ないかじゃなく、今頑張らないとだからね」

「ありがとうございます、では詠唱を教えますから耳を」


 その内容を耳に入れながら、不思議な感覚を覚える。葵がその言葉に最初に感じたのはデジャブだったのだ、その詠唱内容を以前どこかで口にした事がある気がしていた。

 しかし、これまでの日常の中でそうしたタイミングはなかっただけに、いつ、どこでなのかと巡るが、デジャブとはそうしたものではないかと自分自身に言い聞かせる。もっとも、初めて刀を持った時と同一のデジャブである事を思えばただそれだけと言えるかどうか。


「勇者様?」

「……いや、少し暗記に集中していただけ。ありがとう、覚えたよ。初めての魔術って、少しドキドキするね」

「分かります、ワタシも絵本の中の人間になれたような気がしてドキドキしました。もっと、貴方がこの世界の中でも楽しめる事を見つけられる様に、皆で無事な脱出をしましょうね」


 クロエは片膝をつき、想撃砲の側面にはめられた魔石を足元の魔石に接触させる。


「同調開始……同調を確認、魔力の抽出を開始」


 魔石同士が共鳴し、紅の光を放ち始める。

 機械的な言葉に反して、宝石が自力で強い光を放ち、眩しさよりも見惚れる方が上回って視線が思わず奪われる光景はまさに夢の中でしか見れないようなものだった。

 無論、その感想を口にする事はなかった。表情をこれまであまり変えなかったクロエが微かに眉間に皺を寄せていたからだ、それだけ慎重な作業なのだろう。それを少しでも乱すわけにはいかない。


「──完了、同調を切ります」


 暫くしてその言葉と共に消えて始めた光は打ち上がった花火のようにゆっくりと、静かだった。

 それを確認してから武器を持ち上げ砲身を足元に向けながら、葵を抱き抱える、いよいよ準備完了のようだ。


「勇者様、今です!」


 魔力というエネルギーに魔術という指向性を持たせる方法、信じさせる言霊、詠唱。教えてもらった事を思い出しながら片手を伸ばす。

 腕の中の衰弱している少女と、脱出する為に最善を尽くそうとしているクロエ。今葵は命を握る立場にある、リンドの時もそうだった、彼の傍らにはすぐに助けなければならない人がいた。

 勇者は想像する、勇者は信じる、人を救う為の力は起こるものなのだと、歌うのだ。


「折れし先で刻まれる物、その跡は不滅にして不治。欠け、削れ、果てに残るは新しき物、原点たる銘の亡失。拒む、抗え、その意志が私の盾となり、顕現する。“不変の殻”」


 手の平から流れ出る様に銀の光が一筋、3人の前方に伸びたそれは瞬く間に先端から広がり、銀のレンズ状の障壁がガラスの様に透明に変化する。

 魔力というものの感覚なのだろうか、葵の頭から腕を異物が高速で這っていった感覚は、魔術の行使への微かな高揚感以上に一瞬に凝縮された不快感と違和感を与えた、これも慣れていくしかないのかもしれない。


「ファイア!」


 防護の展開を認めたクロエはそれを信頼してトリガーを引く。

 騙る者を暴いた時とは比較にならない爆発。広さも高さもある部屋にも関わらず、部屋全体を揺るがさんばかりの衝撃が発生する。その衝撃はクロエ自身にも降りかかる、片腕と膝でこの武器のブレを制御し続けなければならず、葵と少女は絶対に死守せねばならない以上そのもう片手に加わる力も緩められない。


「っく!!」


 そして、上昇しながら防護を展開している葵の手はその術の強度を保ち続ける為の集中力と耐久を求められていた。術の受けている負荷が手に腕にかかり、手の平から皮が裂けて血飛沫が舞う。


「づあぁっ!!」

「あと、後少し……っ!耐えてください!!」


 痛いと叫びたい、痛みの持続に叫んでしまいたい。事実、叫んだって誰も怒らないだろう、辛いのは間違いない、苦しいのも間違いない、先程の戦いでの負傷だって軽傷ではないのだから。

 だが、葵もクロエも互いに片腕には守るべき命を持つ。自分よりもこの状況に抗えない存在がいる以上、この度重なった理不尽から守り抜いてみせたい、理不尽に勝ってみせたい意地もそこにはあった。意地が、その言葉を耐えさせていた。


「来ました!!地上です!!」


 光を灯していた穴は眼前、希望が見えたがこの爆発の推力だけで地上に転がり込めるかどうか、ギリギリまで予断が許されない事に葵は下唇を噛んで己をもう一度鼓舞をする。

 幸いな事に、そんな状況に光を灯していたのは外界の光だけではなかった。


「遅くなった!クロエと勇者さんよ!!」


 葵が聞いた事のない男性の声がしたと思えば、伸びてきた男性の手がクロエの襟首を掴んで地上に持ち上げた。


「勇者様、仲間が来てくれました!」

「本当!?良かった……!!」


 険しい表情がようやく和らいだ、その時だった──


「っぅくぁ!?」


 葵の防護を割って、クロエの左肩に何かが掠めた。何かは見抜けなかったが、だからこそ思い当たった、あの熱線だ。

 その一瞬の痛みによって緩んだ腕、葵自身に飛翔する力はない、故に必然的に──


──あ、まずい。これは確実にまずい、いけない


 混乱と駆け抜ける思考とで頭の中が回る、ずっと表情を変えなかったクロエがその身体を持ち上げられながら、驚嘆で目を見開いているのが見えた。それが本当にまずい事態なのだと葵をよく理解させた、身体を支えるものがなくなって落ちようとする。

 その一瞬の間に葵には何が出来るか、何をしなければならないか、葵は決断をするしか出来る事はない。


「クロエさん!!!」


 葵が両腕を力一杯振り切って少女をクロエに向けて投げる事、それが彼に出来る事だった。それはしっかりと抱き留められ、それと同時に地上にクロエは今度こそ上げられる。だが、穴の方をすぐに振り返っていた。


「勇者様!!!」


 普段は意識する事はないが、人間の身体はこんなにも重いのかと実感する。先程までは様々な難しい条件が重なり、苦労の末ではあれど軽々と身体が浮いていただけにそうした思いが浮かぶ。

 しかし、彼はこの世界に毒されているのだろうか。この時に走馬灯よりもこの後の事を考え始めている、死ぬかもしれないというのに。


「全くもう、世話が焼けるわね」


 一瞬聞こえたその声を聞いた瞬間、世界の速度が元に戻った気がして、それと同時に葵の身体を支えるように何かが包んだ。



「っぐ……!」


 直接落ちてしまわないように身を捻って壁に刀を擦り付けて勢いを殺し、落ちた先は地面ではなかったから最悪の事態は避けられたが、骨が嫌な感覚を呼びかけてくる。

 加えて、落ちた先であるクッションになった何かの正体が一目瞭然だったのが一種の不幸ともいえば、これからを思えば幸いだったのかもしれない。


「蛇の、皮……」


 古い皮を捨てて、大蛇は隠していたその輝きを見せていた。いや、むしろ先程までの姿がまだ騙っていた姿だったという事か。百足のような足は木の根のように地面に埋め込まれ、張り巡らされていく。身体は螺旋を作るようにうねっていき、その首が2本、3本と増えていき、5本にまで増殖。

 なにより、その身体を構成する全てが魔石で出来ていた事が葵を驚かせた。最初からこの中身である眩い美しさの魔石が本体だったのだ、これが騙る者の姿なのだ。


「大きい魔石……どころの騒ぎじゃないなぁ、これ」


 この室内全体がまさしくこの生物の部屋そのものと化した、張られた根からこの洞窟の魔力は自分が親なのだと植え付けるかのよう。

 今となっては事実なのかもしれない、この洞窟に入った時の重圧を今は更に重く感じている。


「っ……!」


 刀を両の手で握り直す、白旗なんて通用もしない、退路は今のところない。それならば次の最善を尽くさねばならない、この世界に来てからいつもそうだった。ゼーベルア、岩魚、蠍、そしてこの騙る者、何故生きてるのか分からない戦いばかりだった。それどころか、リンドの話からすればゼーベルアの後はほぼ瀕死だったと聞く、思い出していくほどに葵は腕を震わせ、刀を握る力は強くなって──


「こんなの、理不尽だ……!」


 形を成した、騙る者は複数ある首から一斉に直線上に撃たれるのは熱戦。逃げ場を奪う目的で放たれたそれは葵にその場に留まる選択を強制し、足元の露出した根から鋭い棘が貫かんとしてくる。

 間一髪でそれを前転して回避するが、足取りを追う様に次から次へとその棘が生えてくる。行く手を阻むように現れた棘を刀で叩き斬り、足元から出る分への対処が遅れそうになるが辛うじて、側面を蹴り加速する。無論その対処をする度に脳内で隣り合う想像は串刺しになる自分という姿、本音を言えばその可能性に対して彼が恐れていないわけがない。

 だが──


「戦い慣れしてない人間に地の利がない状態でこんな戦いばかりさせて!天の時ぐらい俺に分けてくれよ!8割ぐらいのハンデを寄越せ!1発当てたら勝ちぐらいのハンデを寄越せ!俺はビギナーだ!!」


 理不尽に対して子供じみた叫びをする事こそが今の彼自身の鼓舞。ああ、全く好き勝手に命を弄べる相手ばかりで腹が立ってばかりなのだ。

 だから、許してはおけない。ここにまた誰か来てしまったらどうするつもりか、放っておいたらきっと被害は広がる。そうではなかったとしても、そうである保証もない。倒さねば安心出来ない、使命感なのかヤケクソなのか最早判別不可能な感情だが、確かなのは怯える時間は通り越したという事。


「殺そうとするって、死ぬほど痛い目に遭う事だから!!」


 その時、ゼーベルア相手の時のように葵の動きに追従するようについてくる大きな硝子の腕、だが今度は片腕だけではなく両腕が現れる。黒曜石の腕、脆くとも輝き鋭い、葵の刀デザイアの真の力。

 自分もまた傲慢になるのだろうかという問いかけも、何もかも今は振り払って戦う時なのだと。それこそあの男と戦った時のように自分自身の今本当にやるべき事が明確になる感覚。漠然としていた日々とは違う、単純な目標。霧のかからない道をただ行くように。


「それを知る事がないお前を、怪我しようがなんであろうが倒してやる!!」

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