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008 驚愕の新事実

 剣吾達は手持ちで持ち帰った肉と皮の一部を指示された場所に下ろすと、

メイスンはルオリ隊長に顛末を報告するから、顔と剣でも洗ってなと布を適当に見繕って剣吾に手渡す。

 剣吾がそのくたびれた布を受け取った時だった。


「あのー」


 背後からの唐突な呼びかけに虚を突かれた剣吾は、ビックリして大袈裟な動きで振り返る。


「ひっ」


 返り血に塗れ、恵まれた肉体の巨漢の急動作に、声の主は思わず小さく悲鳴をあげる。


「あ、あの。ルオリ隊長から今回の戦闘で怪我をされた方がいらっしゃるなら、診るようにと指示を受けているのですが」


「あー、治癒師見習いのアウェイア殿か。俺含め二人を除いて他の奴らは問題無い。擦り傷一つ負っちゃいないし、魔猪に毒は無さそうだった。んでその二人というのがケンゴとゴロウだ。骨にひびくらいは入っててもおかしくねぇ。診てやってくんねぇか」


 メイスンにアウェイアと呼ばれた人物はわかりましたと頷くと、剣吾に向き直る。

 アウェイアは明るめの金髪にちょっとボサついたショートカットに童顔で小柄だ。パッと見だと少年にも見える。

 声は間違いなく女性なのだが。


「まずは全身の状態を確認したいので、あちらのテントに一緒に来て下さい」


アウェイアは、開拓村のテント群でもやや離れた位置にあるテントを指して歩み出す。


「じゃあ俺はルオリ隊長のとこに行くからな。アウェイア殿、よろしくな」


「お任せ下さい」


 道すがら、アウェイアが軽く自己紹介する。


「私は治癒師見習いのアウェイアと申します。この開拓村で正式な治癒師の方がいらっしゃるまで、怪我や病気の治療は私が全て担います」


「おお。己は御剣剣吾と申します。こちらの御仁は鍛錬で心を通わせた同志のゴロウ殿です」

 

 剣吾のお辞儀に合わせてゴロウも軽く会釈する。

 何ともまぁお行儀の良いゴブリンの様子に、アウェイアは思わず温和な笑みを漏らす。


「ふふっ、お二人とコボルトのコタローさんは有名人ですからね。色々とお聞きしてますよ」


 当たり障りのない挨拶を交わしながらアウェイアに連れられて剣吾とゴロウはテントに入ると、

衣服を脱いで身体の汚れを落とすようにと桶と布を手渡される。


「えーと、アウェイア殿。どこまで脱げば良いのだろうか」


「そ、そうですね…」


剣吾に尋ねられたアウェイアは、少しだけ頬を赤くした後に覚悟を決めたのか、姿勢を正して言う。


「おほん! 私も見習いとはいえ治癒師の端くれ。全て脱いで頂いても構いませんが、お恥ずかしい様でしたら下の下着は履いたままでも構いません」


 色々と鈍い剣吾でも流石に女性で間違いないと確信した。

 剣吾とゴロウは視線を交わして頷きあうと下側の下着を除いた全ての衣服を脱ぐ。

 今朝のエマ殿の機転が無ければゴロウとコタローはボロ切れのような粗衣のままだったので、

アウェイアがゴロウの男性を象徴する物を視認する羽目に成るところだった。

 せめて村に所属するならばと子供の服を譲り受けることができたのは幸いだった。


 殆ど全裸に近い大男とゴブリンの二人が全身をお互いにチェックしながら濡らした布で汚れをゴシゴシと落としていく。

 

 最初は遠慮がちに顔を伏せながらその様子を眺めていたアウェイアだったが、

己の職務は何たるかを思い出したのか、今度は逆に剣吾とゴロウの傍に歩み寄ってジーっと観察を始める。


 剣吾は至って健康な高校生男児だ。見た目は少年ぽくてもでも同い年くらいではなかろうかという女性にガン見されて猛烈に居心地の悪さを感じる。

 しかし、アウェイアの真剣な様子に気が付き、まぁ健康診断だと思えばなんということもないでろうと思いなおすことにした。


 二人が汚れを粗方落とし終わると、今度は背もたれの無い丸い椅子に腰かけるように指示される。

 やや高い椅子にゴロウが苦戦しながらも剣吾の補助を受けて座ると、アウェイアは二人の細かい擦り傷や打撲を受けたと思わしき痣が着いた場所を念入りにチェックする。

 戦闘の様子を剣吾から聞き取りながらぐっと押した時に痛みは無いかなど細かい部分にも抜け目は無い。


「お二人とも本格的な治療が必要な怪我は無いようですね。良かったです」


 比較的大きな擦り傷に軟膏と思わしき物を塗り込みながら、アウェイアはほっと息を漏らす。


「昔から頑丈さは取柄でしたからな。とはいえ本当にこの程度の傷で済んだのは幸運と呼ぶほかありません」


「本当ですよ。魔領に居る魔獣は凶悪で狡猾と聞いています。無理をするなとは言えませんが、お身体を大事にして下さいね。怪我をしてしまった時は迷わず私を訪ねて下さいね」


「かたじけない」


 剣吾は椅子から立ち上がって深々とお辞儀をする。


「あ、いえいえ。私は見習いです。治癒師としての先鋭化も果たしていませんし。大した治療もできません。そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ」


「ご面倒を見て頂いた方には敬意を払えと両親に厳命されておりますゆえ、そうも行きません」


「そ、そうですか。何だか一人前に成ったみたいで気恥ずかしいですね」


 アウェイアは恥ずかしさを誤魔化すように頬をぽりぽりと掻く。

 

「今回の治療はこれで終わりですが、何か身体に異変を感じたら夜でも朝でも絶対にお知らせ下さい。後から怪我が悪化した何て事例は事欠かないです」


「ありがとうございました」

「アリガトウゴザイマシタ」


 衣服を纏い直した二人は最後に改めてお礼をしてアウェイアのテントを後にする。


 そういえば剣もまだ綺麗にできていなかったと思い立った剣吾は、喉の渇きも解消するため、

開拓村中央の井戸に向かう。

 井水が枯れると困るから、洗濯などは川で行うようにとエマ殿から指導されていたが、口に含む水は必ず井水からとも言われている。

 剣吾とゴロウは井戸から水を汲んで喉を潤す。

 そのまま剣を水洗いして布で水分を拭き取りがてら磨き始める。

 本当は油も差してやりたい所だか、手持ちに無いので諦めた。

 ゴロウも剣吾の見様見真似で剣の手入れをする。


 手入れを初めて半刻もしない内に、ルオリ隊長とメイスンが村でも一番大きなテントから出て来る。

 メイスンは剣吾の姿を見つけると歩み寄った。


「ケンゴ、悪いがちと手伝ってくれるか。みんなに声をかけてこの中央広場に集まるように伝えて回って来て欲しいんだ。外を出歩いてる見かけた奴にだけで良いぞ」


「お安い御用ですぞ! 行ってきます!」


 二つ返事で快諾して快諾した剣吾は開拓村の住人に声をかけて回る。といっても開拓村の規模は決して大きくない。直ぐに大まかに声をかけ終わる。

 小さいコミュニティの中では情報の伝播は早い、魔獣の出没を知らない者はそもそも居ないのだろう。何が発端で集められるのかわかっているだけに声をかけられた者の表情は優れなかった。


 剣吾が広間に戻ると、まばらに集まりつつある人集りの中から、いつの間にか帰ってきていたコタロウとエマが剣吾の元へと駆けよって来る。


「ケンゴさん、知らせを聞いた時は冷やっとしましたよ。お怪我は無いですか?」


「何とかかんとか。怪我といえるような大怪我もなく、アウェイア殿に診察を受けて大丈夫だと言われてますぞ」


「良かったわ。流石に同居人が初日から何かあったんじゃ目覚めが悪いからね」


「いやぁ、流石にあたいももう終わったかなと思ったッス」


 コタローが腕を組みながらうんうんと唸る。


「なんと! コタロー殿は喋れたのでござったか」


「オマエ喋レタノカヨ!」


 驚愕の事実に思わず、剣吾は変ちくりんなポースを取って固まる。

 ゴロウは大口をあんぐりと開けて固まった。


「いやぁ、無害で可愛いコボルトの振りをして乗り切るつもりだったんスけど。魔猪が出た時に救援を呼ぶのに諦めてゲロたッス」


「戻って来てからちょっとだけお話したけど、因みに女の子だそうよ」


「え!」


 エマの追撃に変ちくりんポーズ第二弾で固まる剣吾。

 当人からの申告が無かったし、雌雄の確認などしなかったので思いっきり雄前提で名前を着けてしまった。


「名前を着け直した方が良いだろうか」


 剣吾は人でも殺しそうな程に思いつめた顔に成ると顎に手を当てて唸り始まる。

 そんな表情にやや引きながらコタローが助け舟を出す。


「いや、コタローのままで良いッスよ。響きが可愛いし、結構気に入ってるんで」


「そ、そうですか。まぁ、ご本人がそうおっしゃるなら…」


 名前センス一級無能士の剣吾に女の子の名前などハードルが天上知らずだ。

 剣吾は名付けのやり直しが無いとわかって内心でほっとする。


「みんな聞いてくれ!」


 剣吾とゴロウの新事実の驚きが頭から抜け切る間もなく、ルオリ隊長が中央で声を上げる。

 周囲の人々もルオリ隊長の近くに歩み寄り、次の言葉を待つ。


「魔獣出現の知らせは既に聞いている思う。正直に言うと私も認識が甘かったと言わざる得ない」


 ルオリは沈痛な面持ちで拳を握る。


「なるべく開拓地のテント群から離れなくて済むように、開拓作業の規模を縮小する。それと大変心苦しいのだが、作業の縮小に伴って得られる物資が少なくなる。みんなには冬を乗り切るために物資の節約で迷惑をかけると思う。不甲斐ない指導者で本当に申し訳ない」


 言い終えたルオリは大きく頭を下げる。

 しーんと静まり帰った場を打ち破ったのは、先日馬車で不幸に見舞われたミズルだった。


「よして下さいよ隊長。みんな一発逆転できるかもって覚悟の上で魔領なんていう地に来てるんです。それに、隊長が人一倍頑張ってるのはみんな知ってます。頭を上げて下さい」


 ミズルの台詞を皮切りに、男が同調して声を上げる。


「むしろ、新鮮な魔猪の肉何て金持ちだって滅多に食えないもんが初日に獲れる何て最高じゃないっすか。気楽に行きましょうや」


 そうだそうだ、とルオリ隊長への激励の言葉が多数飛び交う感動の場面となる。


「みんな… ありがとう… ありがとう…!」


 剣吾も男の友情とも近いような尊い光景に剣吾は胸が熱くなる。


「私はそんなに危険だなんて知らなかったけどね…」


 横で白けた様子のエマ殿はどうも胸が冷えて行ってるようだが。

 隣のゴロウとコタローも来たばかりの部外者でしかないので無表情だ。むしろ節約と聞いて飯の心配をしているのかも知れない。


 そんな感動の場面が徐々に収まり、ルオリ隊長から今後の予定についてなどの細かい指示や説明が入る。

 それも終わると最後にメイスンに目配せする。

 メイスンは無言で頷くと、大きな盆に山盛り肉を持ってくる。


「今日仕留めた魔猪だが、大半は燻製の後に干し肉にしてしまうが、ケンゴ殿が仕留めた分はみんなに振舞おうと思う。今晩の支給食は楽しんでくれ」


「流石は剣神スレイド様の信徒様だぜ!」

「美味い飯をありがとー!」

「これからも頑張ってくれー」


 褒め殺しの強襲に剣吾は後頭部をポリポリ掻きながら照れることしかできなかった。

 邪神の照れ姿に一部の子供は親の後ろに隠れてしまった。


 剣吾の褒め殺しタイムも落ち着いて来ると、ルオリ隊長は解散を告げる。

 人々も少しはその場の面子と雑談に興じたりしていたが、仕事は事情など関係なく迫ってくるのだろう。そんなに時間が経たずとも直ぐに散って行った。


 剣吾達も一旦テントに引き返して身なりを整えたりしようと動き出した時だった。


「あぁ、ケンゴ殿。それにゴロウ殿とコタロー殿もお疲れのこと悪いが私のテントに一緒に来てくれ」


 剣吾達の背後からルオリ隊長に呼び止められた。

執筆が遅くて本当に申し訳ないです。


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