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007 死闘の後、ルオリの苦悩

 剣吾は全身が鉛に成ってしまったような気怠さを振り払い、

猪の尻に突き刺さっていた愛剣ポチを引き抜く。

 湿っぽい嫌な音とともに剣の刃がお日様のもとに帰って来るが、ドス黒い血と脂と汚物が付着した全貌を剣吾に見せつける。


「うへっ、むぅ手持ちに布は無いなぁ」


 愛剣の凄惨な姿を嘆く剣吾は、

何とかしてやろうと先ほど伐採した木の枝から葉をもぎ取って、

一心不乱に剣を磨き始める


 そんな折、剣吾とゴロウのもとへと大地を蹴る軽快な足音と呼び声が、

馬に乗った男の姿が共に近付いてくる。


「大丈夫かー!」


己等(おのれら)はとりあえず無事ですぞー」


 ブンブンと手を振って答える剣吾の返事に安堵したのか、

やや馬の駆け足を緩めたメイスンは剣吾の傍へと近寄って下馬する。


「こいつぁ中々のもんだ、二人だけで良くやったな。」


 メイスンは猪の息の根が間違いなく止まっていることを慎重に確認すると、

剣吾の肩をバシバシと叩きながら褒めた。


「いやぁ、まぐれですな。運が味方しなかったら、己の力量だけでは地に伏していたかと」


「なんだ、随分しょんぼりしてるな。痛手も追わずに大物仕留めたんだ、男児たるもの多少は喜ぶもんだが… あれか? 実は狩り慣れてて対してこんな獣じゃ嬉しくもないって奴か?」


「いや、真剣を使って五体満足の相手と戦うのは初めてですな。罠にかかった猪を叔父さんと一緒に止め刺しをしたことならありますが」


「なんだって!? 剣神スレイド様の信徒なんだからてっきりある程度戦えるもんだとは思ってたんだが。ゴブリン共だって蹴散らしたって聞いたぜ?」


「集団戦や一対一の決闘の模擬戦なら経験はありますが、獣を相手に打ち合ったことは無いですなぁ」


 ずぶの素人が魔領の魔獣を討伐したという事実にメイスンは驚き目を見開く。

 そのまま暫し思考に耽ると、思い出したように猪の遺骸へと歩み寄る。


「とにもかくにもだ。新鮮な内に猪を処理しておかないと食えなく成っちまう。ケンゴ、何処を切って仕留めた?」


「前足と喉の辺りと肛門ですな」


 メイスンは剣吾の申告した箇所を一つずつ確認していき、

肛門の傷を見てから猪の腹を裂いて肩をすくめた。


「魔獣相手に戦ったんだ。気にすることじゃねぇが、糞袋がやぶれちまうとこりゃもう脚以外の肉は食えねぇな。幸い皮はほぼ無傷みてぇなもんだ。皮の方はありがたく頂戴するか。」


 剣吾は大の字のゴロウに手を貸して起こすと、メイスンへと助力を申し出た。


「我々もお手伝いしましょう。申し訳ないのだが、解体の経験は浅い故、指示して頂けるだろうか」


「こんだけの図体だ。吊るすこともできねぇし、男手ってだけでも助かるぜ」


 こうして、メイスンの指導のもとで剣吾と三人は解体を終え、

血まみれの状態で開拓地への帰路へと着いた。その道中。


「ケンゴ、ランク付けは済んでるのか?」


「ランク付けとははて?」


 剣吾は頭をかしげて顎に手を添えるが、乾いた血にまみれた手と相まって

中々の破壊力を誇る邪悪さだ。


「おいおいまじかよ。ランク付けも知らねぇ奴が魔領に来て魔獣を仕留めちまったのか。まぁいい、複雑な事情があるってルオリ隊長からは聞いてるからな」


「ランク付けとは一体どのような物なんだろうか」


 剣吾の悩ましフェイスを向けられたメイスンは未だ慣れないのか少しだけたじろぐ。


「その返り血はとっとと落とした方が良さそうだな。そうだな、そいつがどんだけ強くて戦えるのかってのを表す指標みたいなもんだ。ランクを名乗るだけで相手も実力を察してくれるし、鉄火場なんかじゃお互いの力量の即時把握に役立つんだよ」


「ほうほう。帯とか段位みたいなもんですな」


「正直、俺もケンゴは相当やれる奴なんだと勝手に勘違いしてたしな。後で簡易検査してやるよ」


「おお、かたじけない。良い結果だと嬉しいですぞ!」


 悩ましフェイスから喜色満面に切り替わった剣吾に、

メイスンは再度怯んだ後に一言添える。


「といっても簡易は簡易だ。期待すんなよ。どのみちこの皮とハイアンと俺で仕留めた魔獣の肉を処理して、ルオリ隊長に顛末を報告してからだ。夜に検査するから、晩飯の後に声かけるわ」


「お手伝い頑張りますぞ!」


「でかいのを二頭も仕留めたんだ、頑張って貰うぜぇ」


 メイスンはニヤッと笑って続ける。


「新鮮な魔猪の肉はそれなりに美味いから今晩の飯も期待してていいぞ。流石に少しは貯蓄に回さずに振舞ってくれるだろうからな」


 メイスンのそんな甘言に剣吾の横を歩いていたゴロウの方が反応する。


「滅多ニアリツケナイ、マチョノニクガ喰エル!」


 ゴロウは思わずじゅるりと涎を啜った。


「肉だけじゃねぇ。魔猪の皮は丁寧に加工すれば、それなりのハードレザーアーマーができる。ケンゴ達は鎧は持ってるのか?」


「いや、普通の服だけですな」


「もう戦い何てコリゴリだ。俺は二度と剣は握らねぇ何て思ってたりするか?」


「なんのなんの、これしきで剣の道は諦めたりしません!」


「そうか、なら開拓村にも職人は居るし俺の素材とお金を少し融通して魔猪の皮でレザーアーマーをプレゼントしてやるよ」


「本当ですか! 何から何までかたじけない!」


 メイスンからのありがたい提案に剣吾は神との会合で見せた必殺四十五度礼をメイスンに見舞う。


「気にすんなよ。これから頑張る後輩にこれくらいの先輩風を吹かせられなきゃ、いっぱしの対魔獣組合員として男が廃るってもんよ」


 こんな調子で和やかな会話は続きながらも開拓村へと足を運び入れる。

 すると、討伐の報告を受けていた開拓村の人々に賞賛を受けたり、

初日からの騒動に不安がる人。様々な反応を貰ってルオリが待つ中央へと辿り着いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 剣吾達が帰って来る少し前のこと。

 先程、伐採班が魔猪と遭遇。後に死傷者ゼロ人で討伐の報告を先に受けていたルオリは、

自分のテントの中で一人苦悶していた。


「やはり、魔領は魔領か…」


 ボソッと苦悩を独り言に乗せて漏らす。

 自分の方針をまとめて、これから中央広場に全員を集めて説明をしなくてはならない。

 ルオリはそもそもの開拓村の興すことと隊長を務めること自体に対して激しく苦悩していた。

 記憶の中の隊長を拝命した時の場面を思い起こす。


「魔領を切り開き、交易都市を建設。それの先遣隊とも言える開拓村設置キャラバンの隊長ですか?」


 計画書の一部を片手にルオリは父へと訪ねる。


「そうだ。人域から枯渇しつつある魔輝石の確保。また、魔領によって大陸の上下で分断された人域の現状を打破すべく長年練られてきた計画だ。領主連盟と領主長からの命令でもある。拒否権は無い」


「父のご命令とあらば、勿論従います。しかし、この計画書を読み解くと、この先遣隊は死地に赴く鳴子ではありませんか!」


「お前の考えは間違っていない。四つの開拓村の中央に交易都市を建設するが、先だって開拓地を切り拓き、魔領を大胆に踏み荒らしても生き延びれるのかの調査も兼ねている」


「キャラバンの人員の大半は一般人の募集をかけて募ると書いてありますが… 加えて護衛の戦力は最低限。回復術師も無し。無謀にも程があります」


「そうだろうな。だからこそ無謀とも言える挑戦に騎士団や対魔獣組合に大手を振って頼ることはできぬのだ」


 ルオリは怒りに拳をぎゅっと握って震える。


「私は構いません。領主長の命令に逆らえる立場ではないですし、国の肝いりの計画にある程度の身分の者が先頭に立つ必要があることはわかります。ですが、無辜(むこ)に人々を巻き込むことは納得できません」


「そこまで理解しているのなら聞き分けろ。私も間接的にでも言え人殺しに喜んで加担する趣味は無い。が、このままでは人類に待っているのは緩慢(かんまん)な死だ。全て言わずともお前ならわかるな?」


「対魔獣組合に所属している人間で伝手があります。せめて信頼できる少数の戦力を雇うのと、軍馬を支給して下さい」


「ふむ」


 白髪に立派な髭を蓄えた父は、あごひげを撫でて少し考えている様子。


「もともと少人数なら護衛は着ける予定はある。軍馬は… ちと値ははるが問題無い。お前の知人とやらも、数人で個人的な依頼なら、まぁ問題にはならんだろう」


「早速、声をかけに行きます。失礼します」


 善は急げとばかりに席から立ち上がるが、

父から静止される。


「まぁ待て、そう急くな。私もお前が四男とはいえ無為に命を落として欲しい訳では無い。領主として根回しはするし、資金も多めに支援してやる。もう少し打合せて行け」


 父はそう言って手をパンパンと叩くと、メイドがワゴンに茶菓子を持って入って来る。


「府には落ちませんが、わかりました」


 ルオリは立ち上がった席へと再度座ると、メイドがお茶を淹れて二人の前へと置く。


「もう読み込んだとは思うが、この計画にはいくつかの段階がある。お前は一番最初の現地調査隊の結果をもとに、開拓キャラバンを率いて冬前に現地入りして本隊の足掛かりを作ることだ。冬を越してしまえば本格的な物資も戦力も送るし魔導道具も送られる。それまで凌げば良いのだ」


「魔領に秋に入って冬を凌ぎ、春先まで生き延びる。フッ 言葉だけならどんなに簡単なことでしょうか。巻き込んでしまう人々のためにも死力は尽くしましょう」


 父から隊長を任命された時の回想を得て、

ルオリの意識は急速に現実に向けて収束する。


「そうだ、このキャラバンの人々を守る責務が俺にはある。今でもできることはきっとあるはずだ。まずは各種物資を見直して開拓体制を考え直さねば」


 決心を改たにしたルオリは貴重な紙ではなく、

砂文字盤に向かい合って今後についての思案を書き殴り始めた。

すみません、リアルが多忙過ぎて不定期執筆が限界です。

お許し下さい。

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