003 邪神スマイル、隊長との邂逅
「ルオリ隊長、本当に隊長自ら救援に向かうのですか?」
ルオリと呼ばれた男はキャラバン全体へ荷解きや野営の大まかな指示を飛ばした後、
故障したミズルの馬車の救援に向かう隊を編成して出立しようとしていた。
確かに総責任者でもある自分が向かうのはよろしくないだろう。
だが、得も言われぬ不安に駆られ、自身の直感を信じての行動だった。
今は1分1秒でも惜しい、無用な問答をピシャりと終わらせる。
「俺にはキャラバンに携わる全員の安全を守る義務がある、行くぞ!」
農耕馬ではない、キャラバンにとって最大の財産とも言える軍馬四頭。
ルオリと護衛と開拓作業員を兼ねる三人の戦士は、
軍馬に跨り来た道の方角へと駆けた。
「大した距離じゃないが駆歩で行くぞ!」
本当なら自分の悪い予感を払拭するためにも、
全速力で向かいたかったが馬の体力がもたない。
逸る気持ちを抑え、四騎は街道を黙々と駆けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
開拓予定地から出立して十五分程度だろうか、
ルオリの視界にミズルの馬車が小さな点で映り始めた。
馬車が迫るが悪い予感に反して、
キャラバンから別れた時から光景はさほど変わってない。
心の中で胸をほっと撫でおろしつつ、
馬車の責任者であるミズルに声をかけようと近づいた。
「どういう状況なんだ…」
つい先ほど撫でおろした自分の胸をはたいてやりたい。
馬車の護衛の男二人は神妙な面持ちで街道のそばの石に腰掛けていて、
金属音を奏でる三人を見守っている。
その三人というのが、ゴブリンにコボルトに、
見たことこともない大男の後ろ姿だった。
「これは一体どういう状況だ、説明を頼めるか、それともまだ戦闘中なのか」
ルオリは傍観している護衛二人に視線を送りつつ問い詰めと、
護衛の一人がルオリの姿を見て驚き立ち上がって返答する。
「ルオリ隊長!、お早いお戻りで」
護衛の男は頭をポリポリと書きながら、
バツ悪そうに経緯を説明してきた。
「いやぁ、本隊から別れてちょいと経ってから、ゴブリンとコボルト十五体位の集団に囲まれてさぁ」
「ゴブリン殿、まだまだへばるには早いですぞ!」
「それでそこの魔人みてぇな大男が剣神スレイド様の信者だとか名乗って森から現れて」
「コボルト殿、さぁ剣を取って立ってもう一度!」
「ゴブリン共を蹴散らしたと思ったら、今度はゴブリンとコボルト相手に剣稽古を初めてさぁ」
「稽古を終えるにはまだまだ早いですぞ! もうひと頑張り!」
「俺にも何が何だか…、さっぱりですわ」
護衛の男から説明を受けたが、確かにさっぱりわからない。
しかも合いの手のように挟まる大男の声がうざすぎて脳の回転を著しく妨害してくる。
ルオリはとりあえず下馬して全ての元凶とも言える大男に声をかける。
念のため、腰の剣には手をかけたまま、警戒を緩めることはしなかった。
「おい、稽古とやらに夢中のあんた何者だ。名乗って貰おうか」
「む、飛び入りかな? 御二方、少しいんたーばるめを挟みましょう!」
ゴブリンとコボルトがほっとした表情を浮かべ、肩で息をしたまま地面にへたりこむ。
大男は手を止めて、剣を納刀するとこちらに振り返った。
「なっ!!」
先程、護衛の男は確かに魔人というワードを口にしていた。
ルオリは魔人など実際に見たことは無い。
しかし、キャラバンの隊長を務めるには当然、
危険に対する知識は保有しなくてはならない。
魔人
魔領そばの魔人の国だけではなく、
時折人族の領域にも出没して甚大な被害を及ぼす。
プライドと知能は極めて高く、魔術にも精通しており、戦闘力も尋常ではない。
必ずしも人族と敵対している訳では無いが、
油断は厳禁で基本的に敵対者を前提として対応すること。
戦一級クラスを一人、戦二級クラスを三人の、
四人パーティー以上の戦力で討伐に当たるのを推奨する。
再度確認しよう、ルオリは確かに魔人を見たことは無い。
が、振り返った大男は邪神の笑みとも思える凶悪な顔。
人族には殆ど見受けられない大きな図体に、
半袖から覗く太く引き締まった腕。
というか最早、顔だけで魔人だと思う。
そんなヤバい顔の人族、亜人を入れても見たことない。
「魔人様が俺らに何の用だ! 言っておくが、ここいらに大した物なんて無いぞ!」
大男の顔見てから冷や汗が止まらない。
震えそうになる足をこらえて、あくまでも堂々とした態度を崩さぬよう努める。
魔人相手に無駄な努力だろうが付け入る隙を与えたくない。
「ぬぅ、己は御剣剣吾と申す、マジンという名前では無いのだが」
ミツルギケンゴと名乗った男は邪神スマイルを引っ込めると、
一転して困った顔になる。
とりあえず見る者の心を震え上がらせる邪神スマイルが引っ込んで若干心に余裕ができた。
その余裕をとっかかりに男の素性について問答を始めた。
「どこから来た」
「福島県から来ました!」
「フクシマ剣?流派の名前?いや道場の名前か?」
「確かに父は道場をやっていて、実用西洋剣術クラブに所属しておりますぞ!」
「そのような道場は聞いたことが無いが、まぁいい、ここへは何しに来た」
「筋肉神マルス様と剣神スレイド様に転生させて貰って、開拓村の助けになってくれと!」
「転生とはなんだ? もしかしてお前は流れの者なのか?」
「流れの者とは、はて?」
こういった嚙み合わない受け答えを繰り返すこと一時間、ルオリの心は完全に折れていた。
一つだけ確信を持てたことがある。
魔人の説明を再度確認。
プライドと知能は極めて高く、魔術にも精通しており、戦闘力も尋常ではない。
必ずしも人族と敵対している訳では無いが、
油断は厳禁で基本的に敵対者を前提として対応すること。
ミツルギケンゴなる男が魔人からかけ離れている部分。
男から滲み出るアホの子オーラ。
これが魔人の知能から来る腹芸だったとしたら大したモノだが、
アホの子オーラにやられ過ぎて折れてしまったのだ。
というか話しが噛み合わな過ぎて、早朝からキャラバンの強行軍の疲労も重なり、
もういいかなというキャラバンの責任者にあるまじき思考放棄へと至ってしまった。
「もういいもういい、わかった、日が完全に落ちてしまう前に開拓予定地に向かいたい」
もうすでに太陽が水平線の向こう側に片足を突っ込もうかという時間、
魔領の森の傍で夜を明かすことは危険だ。
幸い馬車の応急修理も、問答の最中に後続の救援隊が来て済んだ。
ここから開拓予定地までは馬車の足では二時間程度かかる。
その道中でこのしんどい問答を何とか終わらせれば良い。
ルオリは算段をつけるとミズルの馬車達に移動を指示した。
「ミズル、今から直ぐに出立すれば夜でもまだマシな時間には到着できる、走らせてくれ」
「ルオリ殿、できればゴブリン殿とコボルト殿を馬車に乗せて貰えないだろうか」
しんどい、止めてくれ。
何でゴブリンとゴブリンに飼われたコボルトを馬車に乗せなくては成らないのか、
というか何で殺してないのか、連れて帰るつもりなのか。
「ミツルギ殿、ゴブリンは基本的に人族とは敵対している種族だ。コボルトは確かに友好的な部族も居るし、人族や亜人とも交流を持つが、そいつはゴブリンの手下だ。馬車を襲ってきたそいつも漏れなく敵対者だ。そんで一体その2体をどうするつもりなんだ」
「む、ゴブリン殿とコボルト殿は稽古を共にした仲間、敵ではござらんよ。稽古を頑張り過ぎてしまって、疲れ切ったお二人を休ませたいのだ!」
しんどいの波状攻撃。
「いや、俺の心が完全に瓦解する前に手短に終わらせよう。おい、ゴブリンとコボルト、お前らには選択肢をやろう。一つ目、ここで朽ち果てて森の肥やしになる。二つ目、とりあえず大人しくそいつ傍に居る。不審な動きは即昇天の条件が付くが」
問いかけられたミツルギの小脇に抱えられた二匹は息絶え絶えに答える。
「コイツカラ、助ケテクレルナラ、ナンデモ良イ、稽古ハモウイヤダ…」
「くぅんくぅ~ん…」
問いに対する回答には成っていない、いやゴブリン等に使役されるコボルトは、
基本的に人語を話さないが。
稽古とやらで完全に身も心も疲れ切ってしまっているようだ。
この大所帯で二匹では大した脅威にも成らないだろうし、
アホの子ミツルギを刺激してしまうと何が起こるかわからない。
「はぁ~~、ミツルギにそこの二匹もとりあえず馬車の適当な所に何とか座れ。まだ素性や諸々について聞きたいことがある」
「おお、かたじけない。さぁゴブリン殿、コボルト殿! 稽古は毎日やるもの、休憩も必要です!
剣の道を歩むためにもここは馬車で休んで明日に備えましょうぞ、ガッハッハ」
毎日の稽古というワードに、ゴブリンとコボルトは既に疲弊して死にそうな顔だったのに、
人族の自分にもわかる位の絶望に顔を染められていた。
魔物と魔物の手下に何故か同情心が芽生えてしまった。
そのままミツルギは二人を抱えたまま、ノシノシと歩いて馬車に乗り込んでいった。
というか、他人事のように考えたが、
明日からは開拓の指揮をしなくては成らない。
冬が三ヶ月後に到来する。冬が来る前に開拓地を整えて越冬の準備の必要がある。
鬼のように多忙な日々が確定している。
そんな状態なのに、このよくわからない、
邪神スマイルにも対応しなくれは成らない。絶望だ。
ルオリは絶望に負けて逃げようとする心を叱咤激励して、
何とか再起動を果たして顔を上げるとミツルギの後を追って馬車に乗り込んだ。
初作品なので、拙い文になるかも知れません。
それでもお付き合い頂ければ幸いです。
週一の週末に1話ずつ更新を目安に頑張ってみます。