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002 邪神スマイル、顕現す

 その男は幸運だった。

 先程、分殿に務める予定の神官が神託を賜ったと。

 なんでも筋肉神マルス様の分殿予定だったのが、

剣神スレイド様も合同で奉納する複合分殿なるものに変更されたらしい。

 大変不敬な話しではあるのだが、筋肉神マルス様は余り人気のある神ではない。

 ましてや魔領と呼ばれる危険な場所を開拓して、

人類の生活圏を広げるための楔に成らねばならない。

 当然の如く人気の無いマイナーな神よりも、信者も多く権威もあり人気な剣神スレイド様の神殿の方が好まれる。

 例え複合分殿だとしても、それは心の拠り所としてはそちらの方が良いだろう。

 分殿の計画変更なんて前例聞いたこともない、男は幸福だと心の中で小躍りした。


 その男は不幸だった。

 そんな分殿の知らせを受けてから、

暫くして自分が乗った馬車の車輪が故障してしまった。

 開拓予定地が近づいているのもあった。キャラバン全体の到着を急ぐ隊長は、止む無く男の馬車を一旦置いて、後から救援を開拓予定地から送り出すことにした。

 街道の近くに沿って広がる魔領の森林の横でキャラバン全体で夜を明かすことは危険すぎるので、当然の措置とも言えた。

 とはいえ、開拓地から故障した馬車はそう離れてはいない、ここまでなら不幸とは言えない。

 更に重なった不運が男を苦しめた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ちくしょう!寄るんじゃねぇ!、あっちいけクソゴブリンども!」


 キャラバン本体と離れて少しした後、どうにかして手持ちの道具で破損をごまかして、一刻も早く先に進めないかと馬車に残された内の六人で議論を交わしてた時だった。

 議論は森から飛び出してきた、ゴブリンとコボルトの出現によって強制終了された。


「ミズルの旦那ぁ、こいつは不味いですぜ!、クソミドリにクソイヌが合わせて十五匹以上!」


 ミズルと呼ばれたこの馬車の責任者はパニックに成らないように、うるさいくらいに跳ねる心臓を何とか無理矢理落ち着けて状況を確認する。

 動けない馬車の中には女子供も居て離れる訳にも行かない。

 そんなこちらの事情を察知したのか、既にゴブリンとコボルトに完全に包囲されていた。

 六人は剣に槍に間に合わせの得物を持ってゴブリン達を牽制する。

 まだ、お互い睨み合っている段階だが、何かの拍子に戦闘が始まれば、男たちは数に物を言わせて袋叩きにされて直ぐに全滅するだろう。

 ミズルはそんな絶望しかない結論に至った。


「馬車を中心に守り堅める! そんで後は誰かが包囲を切り抜けて本隊に知らせるしかねぇな。クソったれが!」


 毒づきながらミズル自身も護衛用のショートソードを構えて、誰を行かせるか思案する。

 六人の中でも包囲を抜けられる可能性があるのは護衛の二人と乗り合わせ青年と自分。

ミズルの妻と子供は馬車の中に隠して置く他ない。

 消去法で青年を行かせるしかないか、そう結論づけた時だった。


 また、一つの影が少しだけ離れた森林から街道に飛び出して来た。

ゴブリンかコボルトか… まさかの救援かも知れない。

 とにかくミズルは包囲網に注意しながらもそちらに視線を向けた。


「ヒッ、ま、魔人か!?」


 ミズルは妻と子供を守るためにも必死だった、

ゴブリン達が出てきてからも何とか冷静に対処してきた。

 森から出て来た人物を見て今度こそ心が折れてしまいそうになった。


 真っ黒な髪をオールバックにして、

珍妙な衣装を着たガタイの良い男が歩み寄って来る。

 それだけならよい、見かけたことの無い人物だが、救援かたまたま近くに居た冒険者か。

しかし、その男は顔が凶悪過ぎた、切れ目の薄い双眸(そうぼう)は怪しくこちらを睨み、

顔は笑みを浮かべているのだろうが、邪悪にも程がある凶悪な笑顔。

 つまるところ、これは魔人がゴブリンのコボルトを従えての襲撃だったのだ。

もう手の打ちようが無い。

 ミズルの思考は完全に助かる道への模索を放棄して固まってしまった。


「カッハッハ、ようやく人に出会えたぞ! おーい、お聞きしたいことがある!」


  魔人が手を振りながら更に歩み寄って来る。

  人も魔物も全員もフリーズして固まる。

 フリーズ選手権からミズルはいち早く脱出し、苦しまぎれを吐いた。


「何が狙いだ魔人の野郎め! 妻と子供に手は出させねぇぞ! チクショウ!」


 ミズルは己の不幸を呪った。

 魔人というのは人間の戦士よりも遥かに強いと聞くし、

目をつけられれば言葉にもできぬような凄惨な最期を迎えるとも。

 そんな魔人と相対する自分は間違いなく不幸だと。

その男は不幸だった(と勘違いした)。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「オマエ魔人ナノカ!?、俺タチナンニモ聞イテ無ナイゾ、馬車ト女ハ俺ラノ獲物ダ!」


 緑色のちょっと変わった顔のちっさい人に声をかけられるも、

剣吾のおつむは良い方ではない、端的に言うと馬鹿だ。

 状況が全く理解できない。

穏やかな雰囲気でないのだけは辛うじてわかるが。

 何はともあれ全ては自己紹介から、剣吾はとりあえず名乗り出た。


「己は御剣剣吾という、剣神スレイド様の指示に従ってこちらに来たのだが」


 剣吾の自己紹介を聞いた馬車の前に立っていた男が、

ハッとして顔を幾らか緩めると悪態をつかれた。


「アンタ顔つき悪すぎんだろ!紛らわしいわ!、スレイド様の信者なら助けてくれ!」

「味方ジャネーナラ一緒ニヤッチマエ!」


 馬車を囲んでた緑の人と二足歩行するちょっと小汚いわんわんに今度は剣吾が囲まれた。

何人かは未だに馬車の男の傍にいるが。


「ぬぅ、すまない。こちらの世界には来たばかりなので何が何だかサッパリなのだが」


 とりあえず緑の人とわんわんは槍とか剣と辛うじて呼べるようなボロ剣を構えているので、

武器の披露会かも知れないと思い、剣吾も自慢の愛剣ポチを抜刀してみた。

 愛剣ポチ、自分にとって愛すべき自慢の三代目のロングソードを見せつける。


「囲ンデ、イッキニブッコロセ!」


 緑の人とわんわんが武器を構えてわっと群がって襲い掛かってきた。

もしかしたら稽古の最中だったのかも知れない。

 稽古であれば剣吾も望むところである、

剣神様から加護を頂いた愛剣ポチの初披露もできる。


「ガッハッハ! 稽古の最中だったか、胸をお借りしていざ参る!」


 剣吾は愛剣ポチを流れるように振るって、

とりあえず目前に迫った槍先を三本程まとめて切り払う。

 木製の槍は途中から切れて穂先を失い、

中途半端長さの棒に成ってしまった、むぅ申し訳ない。

 横から迫る錆剣を勢いのまま打ち払って空間を作ると、

錆剣の緑の人にショルダータックルをかます。

 とりあえず包囲網から飛び出して、次の打ち合いに備えるべく間合いを調整する。

緑の人と汚いわんわん合わせて九人と向き合う。

 緑の人とわんわんのペアが二組ほど左右に広がり、再度包囲しようと動き出す。

合わせて正面の五人も距離を一気に詰めてくる。

 剣吾は父の指導を思い出す、囲まれては成らぬと、包囲は許容すべきでは無いと。


「きえー! チェストォー!」


 迫真の掛け声とともに右手のペアの足を剣の腹で打ち払ってまとめてすっ転がす。

 また再構築されつつある包囲網から間合いを調整すべく、

転がした二人の方へと軽く跳躍し身体を向き直す。

 むぅ、具足をつけてない素足に剣の腹を本気当ててしまったが大丈夫であろうか。


 裸の脛を強打されて痛みに溺れる二人を尻目に、

迫る三人の武器を、再度大ぶりな横切りで打ち払う。

 またしても槍は棒に変わり、錆剣はへし折れ、

そもそも最初から折れていた剣は緑の人の手からすっ飛んで森の中に。

 武器が無力化されて体制が整わない三人の内、一人は足をかけて手前に引いて転がし、

そのまま前傾姿勢へと移行して残る二人をショルダータックルで強引に吹き飛ばす。

 左から迫っていたペアと残った二人の計四人には、

剣先の腹で小手を打って武器を叩き落とし、

胴体を峰で撃ち、蹴りで吹き飛ばし、

裏拳で肩を叩いて打ち払う。

 剣吾は父とその門下生とともに日々磨いた実用西洋剣術の一端を披露した。

 とはいえ普段は稽古でも当然フル装備で行うのが普通だ、

結構強めに打ってしまったことが急に心配に成って来た。


「ぬぅ、すまない、お前は手加減が下手くそだと父にも言われていたのだった、怪我は無いだろうか」


「コイツヤベーゾ! オマエラ逃ゲルゾ!」


 緑の人とわんわん達は脛を抑えて未だに藻掻くペアを置いて脱兎の如く引き上げてしまった。

むぅ、稽古は終わってしまって帰宅してまった。

 剣吾はとりあえず残された二人に声をかける。


「いやぁすまなかった、久しぶりの大人数での稽古に力が入ってしまったようだ。足は折れてないかね」


 ようやく立ち上がった二人の足の具合を確かめようと歩み寄る。


「テメェコノヤロウ!、近付ンジャネェ!」


 緑の人とわんわんは鬼気迫る顔で錆剣と折れ剣を自分に向けてくる。

稽古続行だろうか、とにもかくにも先程から気に成っていることもある。

 とりあえず二人の剣を素早く打ち払って手から取り除く。


「むぅ、剣は己の魂、折れた剣に錆びてしまった剣、名残り惜しいのかも知れぬが、破傷風とやらが危ないらしいし剣を新調した方が良いだろう」


 まだ足の具合の確認ができていないが、

戦闘を継続しようとする二人の稽古への意欲の高さに感動した。

 何とかこの稽古欲を解消してやれぬだろうかと馬車の人たちに声をかけてみる。


「おーい、すまんが剣を二本ほど貸して貰えぬだろうか!」


「俺の名前はミズルだ、勘違いしちまって悪かったな。助かったぜ。危うく開拓前にくたばるとこだった。もうこいつらしか居ねぇけど剣何てどうすんだ?」


 駆けよって来たミズルと名乗る男性から剣を借りた剣吾は具合を確かめて満足した。

うむ、この剣なら打ち合っても問題ないだろう。

 緑の人とわんわんのそれぞれに剣を差し出す。


「まだ打ち足りないだろう! 剣をお借りした! これで存分に稽古しよう!」


 剣を貸してくれたミズル殿が急に怒り始めてしまった。

もしかして貸せるような剣では無かったのだろうか、失敗したか。


「なに考えてんだお前!、ゴブリンとコボルトにどうして武器を与える!頭腐ってんのか!」


 むむ、この二人はゴブリン殿とコボルト殿というのか。

しかし、同じ稽古仲間としてこの事態は見過ごせない、仲裁せねば。


「ミズル殿、剣の稽古たるもの、やはり剣が無くては始まらぬではありませんか。他流派同士の稽古だったのかも知れませぬが、この二人はまだ稽古を終えたくない様子です。剣の道を行く同志としてここは一つ剣を貸してやって下さらぬか!」


 ミズル殿と交渉している間に、ゴブリン殿とコボルト殿を剣吾から渡された剣を構えていた。

 ミズル殿も険しい顔で身構えて黙ってしまった。

ふふ、これはあれだ、口では厳しいことを言いつつやぶさかでもないという奴だ。

高校の同級生いわく、つんでれというのだとか。


「うむうむ!やはり剣士たるもの剣が無くてはな! ゴブリン殿とコボルト殿! さぁ参ろうぞ!」


 何かぎゃーぎゃー喚きながらも、戦意高々な二人に向き合って剣吾は稽古を再開した。

その後、救援隊と呼ばれる人達が駆けつけるまで、

剣吾と二人はそれはそれはたっぷりと稽古に打ち込むことができた。

初作品なので、拙い文になるかも知れません。

それでもお付き合い頂ければ幸いです。

週一の週末に1話ずつ更新を目安に頑張ってみます。

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