009 無明
呼び止められた三人はルオリ隊長のテントへと招かれる。
テントの中は用途が想像できない謎の道具や書物などが所狭しと押し込められている、雑多に印象を持つような景観に仕上がっていた。
辛うじて整理整頓が成されている大きめのテーブルと並んだ椅子へ誘導された三人は、ルオリ隊長手ずから淹れた紅茶の様な飲み物を受け取る。
三人の向かいに座ったルオリ隊長が神妙な面持ちで何か語りかけようとしているやや重い雰囲気の中、
コタローが紅茶の様な物を舌でピチャピチャと啜る音だけがテント内に響く。
剣吾はお行儀的にどうなのと思ったが、コタロー殿は犬っぽいからしょうがないのかな何て考えたりもしていたが。
ピチャピチャ音だけが満ちた謎の空間は呼び出した当本人のルオリ隊長によって破られた。
「ケンゴ殿、今回の魔獣との不意の遭遇戦の顛末は、メイスンから大体聞いている。初めての生命を賭してのやり取りだったとも」
「はい。己の剣が如何に未熟だったか痛感させられました」
「ふむ。君が以前過ごしていた世界の話しもいずれはちゃんと聞かせて貰いたいものだが。いかんせん渡り人の知識や存在は本当に繊細な問題でな。すまないが、基本的に最初の打ち合わせの様に海岸線沿いの遠い国からやって来たことにして欲しい」
「問題ありませんぞ。どうせ頭は良くないので知識なんぞ持っておりませんが。ワッハッハッ」
「そ、そうか。それで話しというのもその渡り人のことと近からずとも遠からずといった具合なんだが」
ルオリ隊長は一度言葉区切り、紅茶の様なもので喉を潤すして続ける。
「魔領に生息する魔獣を。実戦経験が無いものが。五体満足で仕留める。これはいくら幸運が重なったからといって簡単に成し遂げられるモノでは無い」
一呼吸置いて、より険しい表情に成るルオリ隊長。
実際、開拓村の選抜した男手は魔領以外で大なり小なり狩猟経験がある者でなるべく固めている。
せめて強力な魔獣との避けられぬ戦闘の際に、右往左往してただ命を落とすといった事態に成らないように、人集めで魔領の脅威に対して足掻いた結果だ。
「我ながら不甲斐ないことだが、すまない。これから行う簡易試験の結果によっては君を。いや君達を明確に戦力として扱うことに成るかもしれない」
「おお! ご期待に応えられるかはわかりませぬが、頑張ってみます!」
剣吾が胸をドンと叩く。
今朝の死闘の有り様が頭をよぎったのだろう。ゴロウとコタローは不安げな表情で、そんな安請け合いして大丈夫かよっといった視線を剣吾に投げかけるが、
等の本人はその胡乱げな視線に全く気が付いて居ないようだ。
そんなタイミングでテントの外から声がかかる。
「ルオリ、入るぞ」
家主の返事も待たずに入って来たのは何やら小さい黒色の箱を手に持ったメイスンだった。
「簡易検査セット持ってきたぞ。剣吾、さっき約束した簡易のランク検査ってのがこれだ」
メイスンは剣吾達に見せるようにテーブルの上に黒い箱と青黒い半透明の小石を六つ並べる。
「ああっと、まだ触るなよ。反応がおかしくなっちまう。」
剣吾は椅子から立ち上がり、それらに近付いて顔を寄せて覗き込む。
片手に収まるような黒い箱には、上面から短めの鉄棒が生えており、側面には小さい穴が三つ空いている。
石の方は、何だか剣吾の母が一時期ハマっていたパワーストーンにこんなのありそうといった見た目だ。形は不揃いで若干紫がかった青黒い小粒の石で、見た目からでは特に得れそうな情報は無い。
「これ何スカ?」
コタローが三人を代表する形で謎の小物達の正体について疑問を投げかける。
「これは魔輝石を加工してできる、ランク測定には必ず使われる魔測石。それの端材って奴だ。切れ端の屑石でも手順を踏んでから叩き潰すと光りを放つんだ」
この世界の人類の常識を知らない三人は揃って、とりあえず「はえー」っと何にもわかってないのが丸わかりの間抜けな声をあげた。
そんな剣吾達の様子に苦笑しながらもメイスンがより噛み砕いて説明する。
「まぁ、用途について凄いざっくり言うとだ。力量を測りたい奴にこれを握らせてえいって力を込めさせてからハンマーとかで割る。そうすると割れた時に出る光の明るさでそいつの力量を大体検討できるんだ。剣吾が気になってたランクって奴もこの光の明るさで一部は決まる訳だ」
メイスンは説明しながら、左手に石を一つ手に取り握りしめる。
「まぁ、例を見せてやるよ。ルオリ、灯りを夜灯にしてくれ。剣吾達はテントの入口から光が漏れないようにしっかり閉じてくれ」
メイスンの指示通りにすると、テント内はロウソクを一本だけ灯しているような、辛うじて行動に支障がない程度の暗さになる。
条件が整ったことを確認したメイスンは石をより一層握りしめて「ふんっ」と軽く唸ると、素早くその石の箱の台座に置く。
そして、石を叩き潰す前に最後の説明を入れる。
「簡易測定用に自作した箱だから、明確な基準なんてねぇんだが。三つの穴の内、下から二つ目の穴まで光がハッキリ漏れればそこさこのランクって感じだ。行くぞ」
合図と共にメイスンが箱から飛び出た鉄棒の先端をハンマーで叩く。
パキンッという音と共に箱の三つの穴の内下から二つから光が洩れ出るのがハッキリとわかった。
体感で一秒程で光はスッとたち消える。
どうやらメイスンはそこそこのランクとやらに位置付けられるらしい。
剣吾とゴロウとコタローは「おおっ」と感嘆の声を出す。
「まぁ、そもそも魔領で戦力としてやっていくにはこれくらい光る奴じゃねぇと務まんねぇんだけどな」
メイスン自身には分かりきっていた結果だったのか、特に思うところもないといった感じだ。箱を分解して割れた石の破片を机に散らすと、石を一つ指差した。
「ケンゴ、やってみな」
剣吾は何だか良くわからないけど学校の理科の授業の小実験のようだとウキウキしながら石を手に取る。
「ふんがー!」
どの程度力を入れれば良いのかわからないので、とりあえず全力で石を握り締める。
「いや、そこまで気張らなくて良いぞ。じゃあその石をこの窪みに置いてくれ」
剣吾が箱の中の台座に石をころっと入れると、メイスンは箱を被せて閉じる。
「さぁて、剣神スレイド様の信徒さんの英雄譚はここから始まったり。何てな」
剣吾達は箱の穴を釘付けで見守る中、メイスンはニヤッと笑いハンマーを振り下ろす。
そして割れる音共に強烈な光が!とは成らず、むしろ一切の光りを観測できなかった。
「ありゃ、割れる音はしたんだがな。箱の不調かな。灯りを点けてくれ」
明るくなったところでメイスンが箱を開けると、途端に険しい表情になる。
「なんだ? そんな馬鹿な話しあるか。おい、ゴロウとコタローの二人もやって見てくれ」
険しい表情のまま、次の試験者を指名する。
結論から言うとゴロウもコタローも一つ目の穴からだけ少量の光が洩れた。
まぁ、ゴブリンとコボルトで歳を重ねていないとしたら、こんなもんだろうというメイスンは判定した。
「ケンゴ、もう一回やってくれ。光らねぇってのはおかしい。この世界で全く光ら無いのはまだ乳離れもできてねぇ赤子とか特別な病気の奴だけだ。ありえねぇんだ」
剣吾以外の三人が無事に測定できたことで、器具に不備が無いことが明らかとなり。
当初の空気は一変して少し重いものとなる。
剣吾本人にはどれだけの異常事態なのかわからないが、メイスンの先程の様子から只事でないのはわかる。
「わかりました…」
一回目よりもより一層の力を込めて石を握りしめ、測定に挑む。
しかし、そんな努力も虚しく割れた石が光ることは無かった。
「無明… 夜だと? 夜明けですらなく? 魔猪を仕留めた男が夜?」
メイスンは何やら立ち尽くして何事かをぶつぶつと呟いて考え込み始める。
ルオリ隊長も顎に手をあて神妙な面持ちで思考の海に沈んでいるようだ。
「心配スンナッテ、俺ヨリ強イノハ間違イ無イカラヨ」
そういってゴロウは剣吾の肩… は届かないので腰の辺りをポンと叩く。
「そうよボス。朝っぱらあんなに鬼鍛錬させる人が赤ちゃんと同レベル何て、ゴブリンが真面目に勉学に励むくらいあり得ないッスから」
コタローも反対側から腰をポンと叩く。
これが光りし者の余裕なのか、ちょっとだけ今回の測定にワクワクしていた剣吾はがっくりと肩を落とす。
しかし、剣吾はうじうじと悩んだり思い詰めたりする、そんな男では無い。
というよりも脳みそに些細な問題で悩むための思考領域が割り当てられてない。
「結果が思わしく無いらしいですが。なればこそより一層鍛錬せねば成りませぬ! じゃあ己はこの辺で失礼して剣の素振りにでも」
秒で立ち直った剣吾は、むしろ決意を新たにテントを足早に去ろうとする。
「ケンゴ殿、ちょっと待ってくれ。メイスンにケンゴ殿の出身などの詳細は明かして無いんだ。そういった面も含めて相談させてくれ」
ルオリ隊長は剣吾を呼び止める。
最早この問題は自分の判断だけでは手に余ることを認識したので、判断できる者を増やすことにした。
「ケンゴ殿。メイスンとサベージ、後はもう一人の護衛のゲイル。彼等にケンゴ殿のことを明かしても良いだろうか」
「んー。己などよりもルオリ殿の方が深く考えて行動されていると思います。なのでそこら辺の判断はお任せします!」
剣吾の思考放棄宣言を受けて、ルオリ隊長はこの場に居ない二人を呼んで、改めて議論することにした。