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001 脳筋脳剣、異世界へ旅立つ

 秋口の穏やかな昼下がり、御剣剣吾(みつるぎけんご)は田舎道を行く。

今日は父から剣吾へ「つばいへんだー」なる種類の剣が、

誕生日プレゼントで渡されるらしい。

るんるん気分で高校からの自宅への帰路を急いでいた。


 筋肉全開フルパワー疾走で帰りたい衝動に駆られたが、

そうするとおニューの剣を振る体力がなくなってしまう。

 流石にそれくらいは、いくら脳みそが筋肉と剣に

支配されてしまった剣吾でも判断できた。


「ぬぅ、父に選ばし剣ともなれば名剣に間違いない、早く手に取ってみたい物だ、ガッハッハ」


 漏れ出てしまった剣吾のクソデカ声量のガッハッハに驚いて、

前を歩いていた筋肉モリモリマッチョンマンと、

手を繋いでいた小さな女の子が思わず振り返る。

 剣吾はそんな親子へこんにちは!っとクソデカ声量で挨拶した。


「けんのおにいちゃん、こんにちは!」


 哀れにも剣に憑りつかれて過ぎてしまった剣吾と、

実用西洋剣術クラブという色物道場を営む父親という変人親子。

 そんな親子を人口の少ないこの田舎で見知らない者は少ない。

 女の子の可愛らしいご挨拶に剣吾は歩み寄って、

迫真の脳筋凶悪邪神スマイルでにっこりと微笑み返す。

 しかし、剣吾の目にそんな親子の背後に迫る来る青いトラックが目に入る。


「危ない!」


 親子を剣の稽古で鍛え上げた足腰肩の筋肉を総動員して道路わきの畑に向かって突き飛ばす。

 剣吾は視界一杯に広がった青い壁を最期に、意識は暗転する。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「グウッーーーッド!!!!」


 謎のコールに剣吾は目覚めてガバッと身を起こす。


「ぬぅ、親子は無事か!」


 剣吾は辺りをキョロキョロ見渡すが、そこは何も無い真っ白な空間だった。

 いや、正確には目の前に腰巻だけを身につけた

ムキムキ巨体のツルピカ頭のおっさんだけが居た。


「オヌシのその生き様(きんにく)は見事だった!!!」


 ムキムキのおっさんは謎のポーズを決めながら、

キラっと眩しい筋肉スマイルを剣吾に向ける。


「故に、無情にもその筋肉がただ失われるのは虚しい、勿体ないではないか!!!」


 筋肉も余りの悲しさに震えておると言いながら、

胸筋をリズム良くピクピクさせる。

 ムキムキのおっさんは流れるように次のポーズを決めながら喋り続ける。


「よってオヌシを吾輩のいる世界に転生させようかと思う! その筋肉で迷える子羊達を導いてやってはくれまいか!」


 剣吾は唐突な提案に小さな脳みそをフル回転させるが、

秒でショートして煙を上げてしまったので尋ねてみることにした。


「残念ながら(おのれ)は余り頭のできが良くないので、何を言っているかサッパリわかりません。

剣の振り方なら良く知っているのですが」


「うむ、端折り過ぎたな失礼! まずオヌシの最期のことだが、トラックとやら名前の機械に轢かれて命を落としておる!」


「むむ、そうか、つばいへんだーを握ることは叶わなかったか、無念」


「まぁまぁそう悲しむでない、そんなオヌシを救うべく転生させるのだ」

「簡単に言うとオヌシの生きる世界から全く異なる世界に転生して新しい人生を謳歌して欲しい!」

「勿論、剣が好きということであるならばオヌシも大層気に入ると思うぞ!」


 ムキムキのおっさんがおもむろに手の平をかざす。

 すると、おっさんの背後に剣吾が見たことも無いような装飾が施された様々な剣が表れて、

おっさんの周囲を回りながら(きら)めいた。


「オヌシの世界では絶対に目にかかることはない業物だ!」


 おっさんは一つの剣を手に取って剣吾に見せつける。


「例えばこいつは魔剣と呼ばれるモノだ! こっちは聖剣! これは神剣だったかな?」


 おっさんが剣の見本市を始めながら提案を続ける。


「これらの剣をオヌシに直接渡すことはできんが、この剣たちが活躍したり、眠っている世界だ!」


 悲しいかな剣吾は脳を剣に支配されてしまっている。

 常人なら甘言にも成らぬような言葉でも、剣が関わっているとなると即答だ。


「行く行く! 転生する! 転生する! 早く転生させてくだされ!」


「ワハハ! 気に入ってくれたか! しかし、少し待たれよ!」


 おっさんが手をぎゅっと握ると、剣は瞬時に光の粒と成って立ち消える。


「吾輩は健康と肉体を司る筋肉神マルスだ! オヌシがこれから向かう世界の神の一柱を務めている!」


 おっさんが今度は地面に向けて手をかざすとその場にバランスボールが2個生えてくる。


「色々と説明せねばならぬことがある! まぁ座ってくれ!」


 おっさんはバランスボールに腰掛けて剣吾にも着ボールを促す。


「何と!神様であったか! これは失礼した! 名は御剣剣吾と申す!」


 剣吾は父との稽古で初めと終わりの礼で培った斜め四十五度のパーフェクトフォームなお辞儀を見せる。


「よいよい、行き過ぎた無礼は筋肉も好まぬところではあるが、吾輩は礼儀は気にせぬ方だ」


 筋肉神マルスは手をぶんぶんと振った後に再度着ボールを手で促す。


「ぬぅ、お言葉に甘えて失礼する!」


剣吾が着ボールを果たすと筋肉神マルスは語り始めた。


「まぁなんだ!簡単ではあるが転生について少し説明しておこう!」


筋肉神マルスを要約するとこうだ。

 此度(こたび)の転生は一方通行で、元の世界に戻るのは絶対に叶わぬこと。

 科学は未だに発展せず、剣や槍や弓に加えて魔法なるものが主力となる世界。

 言葉は全く異なるが、似ている部分は数多くあること。

 何でも剣吾の世界をある程度は似ている世界であるらしい。

それでその世界をかなりの数の神で管理していること。

 そんな世界に単身一つで渡っては苦労に耐えないであろうから、

少しだけ加護なるものを授けてくれるらしい。

 それで剣吾には、これからまさに開拓がスタートするところから始まる開拓村の手助けをして欲しいこと。

 その開拓村の心の拠り所として新たに建立(こんりゅう)予定の筋肉神マルスの分殿と呼ばれる小さな神殿をできれば祀って欲しいこと。

 開拓村は複数が計画されており、できればそれらも助力して欲しいこと。 


 剣吾はおバカ脳みそをフルパワーで回転させて、

以上のことをようやく理解して飲み込んだ上で質問した。


「ぬぅ、大変申し訳ないのだが、己は嘘だけはつきたくない」


剣吾が腕組して唸り続けた。


「己は剣に人生を捧げているし、剣の腕だけを磨いて生きて来たので頭は良くない! そんな己が開拓に神殿と言われても剣を振ることしかできん男で大丈夫だろうか!」

「それに失礼を承知で申す! できれば先程名前が挙がった開拓村の神殿の中でも剣神スレイド様が良いのだが!」


 剣吾の質問と申し出に筋肉神マルスは暫しうーむと声を漏らして考えこんだ。


「まぁ悪戯に科学とやらの力を持ち込まれた方が困るので、知識の方はむしろ好都合なので安心せい」


 とりあえず、剣吾の特製小さいおつむに太鼓判を貰う。


「まぁ、オヌシはやはりの剣の方よなぁ」


 筋肉神マルスは腰巻の中という、いと怪しげな空間から小さな水晶を取り出す。


「よかろう! 吾輩も信仰の無理強いは好まぬところ。相談してみよう!」


 筋肉神マルスは水晶に向かってクソデカボイスで呼びかけ始めた。


「もしもーし! スレイド! 聞こえておるか! 少し相談があるのだが!」


 少しの間を置いて水晶がチカチカ光ると、今度は水晶が声を返してきた。


「そのような大きな声を出さずとも聞こえておる、耳が爆発するかと思ったわ。して何用だ」


 筋肉神マルスは満足げに頷いて要請をする。


「いやなに良き筋肉を見つけてな、こちらの世界に転生させようと思うのだが、筋肉よりも剣の道を志しているらしい、それで相談に乗ってほしいことがあるのだ!」


 チカチカが消えてただの無色透明な水晶に戻ると、筋肉神マルスの横が淡く光り、

次の瞬間には金の装飾が施された荘厳な鎧を身に着け帯剣した男が現れた。

 頭には何も身に着けておらず、漆黒のロングヘアーに整った顔立ち。

 しかし、決して柔和顔立ちとは言えず、鋭い双眸で筋肉神マルスを睨みつける。


「全くお前は厄介毎ばかり持ちかけてくる。剣の道の者を導くのはやぶさかでないが。それよりも、そんなに転生で神力を振舞ってしまって大丈夫なのか、余裕は無いであろう」


 お前は人気無いからなと溢しながら、剣神スレイドと呼ばれた男性はやれやれと溜息を洩らした。


「ワハハ! 余裕は無いが善良な筋肉を見捨ててしまっては吾輩の名が廃るわ」


「それで相談の内容とやらは何だ」


「うむ、これから吾輩の分殿を作るにあたり、そこの剣吾を転生させて開拓の手伝いをして貰おうと思ったのだがな」


「ふむ」


「剣吾は筋肉よりも剣を信ずる道を歩んでおり、スレイドの分殿も構えてやりたいのだが」


「なるほどな、であれば複合神殿で良いのでは無いか」


「それは盲点だった、確かに前例は無いでも無いな! ではその案で行くか! 吾輩が手配した開拓者は吾輩を信奉して剣吾はスレイドを信奉すれば良い!」


 ワハハ、オヌシ天才では無いかと剣神スレイドの背中をバシバシ叩きながら豪快に笑う。普通に痛そう。

 そんなやり取りの中、剣吾は完全に置いてけぼりである、バランスボール上で行儀よく座って展開を見守った。


「鎧が歪んだらどうするつもりだええい止めよ!」


 剣神スレイドは筋肉神マルスの大木の様な腕を振り払い、

剣吾へと向きなおる。


「剣吾であったな、改めて自己紹介しよう。我は剣神スレイド、名の通り剣を司る神だ」


「己は御剣剣吾と申す。まさか剣の神様に出会えるとは父が知ったら嫉妬のあまりに地団太踏むであろうな!」


 剣吾はバランスボールから立ち上がり、四十五度礼でもって挨拶する。


「ふむ、我は佇まいを見るだけでどのような剣の道を歩んできたかわかる」


 剣神スレイドは剣吾を爪先から頭頂までひとしきり観察した後に告げる。


「よかろう、善き剣の若人は我も好むところだ。この脳筋バカだけではなく我も加護を授けてやろう」


「ワハハ、吾輩の選ぶ筋肉に間違いなどあるわけ無かろう! そうだな、吾輩は正直に申すと余り人気のある神ではない。つまり加護も大したモノは与えられぬが」


 筋肉神マルスはバランスボールから立ち上がり、

右手をむんっと握って開くと手の平に光が集う。


「ささやかではあるが言葉に不自由せぬよう、言語の加護と健康な肉体の加護を授けよう。受け取れ。」


 光を持ったまま、筋肉神マルスが握手のポーズをして剣吾に手を差し出す。


「宜しくお願いします!」


良くわからないが、握手を求められていることだけは判断できた剣吾をその握手に両手で掴んで答えると、光は剣吾の掌に吸い込まれた。


「では我はそこの筋肉ダルマと違って神力にはあまり困っておらぬ故に、加護と加護が宿った剣を授けよう。まぁ世界のバランスを崩さぬ程度のモノしか渡せぬが」


 剣神スレイドは虚空から剣を取り出すと、手をかざして剣に加護を与える。

 加護を刀身に宿して光り輝く剣の柄を剣吾に差し出す。


「こ、これは己の愛剣ポチでは!?」


 剣吾は誕生日プレゼントとして毎年模造刀を貰うが、中でもこよなく愛したのが何の飾り気もない無骨なロングソードだ。

 まぁ、研ぐと刃になる模造刀は銃刀法違反に当たるので鉛を仕込んだジュラルミン製の剣だか、剣吾の半生を共にしている。


「うむ、剣吾も手になじんだ剣が良かろう。決して折れぬどころか手入れも研ぎも要らぬ不滅の名剣の加護を与えて生まれ変わらせた。しかも使い手と共に成長して、剣吾の最期のその時まで支える相棒となろう」


 剣吾はサッと片膝を膝をついて剣を恭しく受け取ると、剣の発光が収まる。


「そして我の加護は剣吾が誠心誠意をもって剣の道を歩むのであれば、剣でもって全ての障害を切り払い道を拓くだろう。剣導の加護だ」


「はわわわ、己は何も返せるものは無いし良いのだろうか」


 慌てふためく剣吾、可愛らしい子供であれば微笑ましい光景だが、

 剣吾は身長193cmに体重100kgの恵まれた身体に、

邪神スマイルと同級生にあだ名される位に凶悪な顔つきだ、笑うと犯罪級となる。

 そんな剣吾が慌てふためくと、最早それは呪いをかけるが如し怪しい儀式の踊りにも見える。


「剣吾であれば道を誤ることは無いだろう、その加護をもってして魔を存分に打ち払うがよい。我はそれだけで満足だ」


 剣神スレイドは紛れもなく神だ。

 そんな邪神の踊りも善き剣の若人が踊っているのであれば、我が子のような使徒の微笑ましい光景でしかない。

 二柱の神は剣吾の様子にうんうんと小さく微笑んだ。


「さて、もう少しオヌシに色々世界の事情について話してやりたいところだが、吾輩もそろそろ眠りにつかねばならぬ」


「今回の休眠は長く成りそうだな。よかろう、マルスに代わり我が剣吾を誘導して顕界(げんかい)させよう」


「うむ、スレイドよ頼んだぞ! 剣吾よ次に会えるかもわからぬが達者でな! 複合神殿もとい複合分殿の旨を神託しとくゆえ、お主は開拓の助力だけ気にしてくれれば良いぞ」


 筋肉神マルスは白い歯を見せてニカっと笑いながらグッドポーズを取る。


「そして、開拓の助けだけに縛りつけるつもりは無い。開拓が軌道に乗れば筋肉、もとい剣が導くままに己の人生を歩むのを止めはせん。目指せ! グッドニューライフ!」


 剣吾は改めて姿勢を正し、必殺四十五度になおる。


「筋肉神マルス様! ありがとうございました」


 筋肉神マルス様はむんっ唸りながらポーズをとって、

胸筋をピクピクとさせて返答すると、光の粒子と成ってサアッとその場から消える。


「さて、目を瞑るがよい、我が剣吾を開拓村に向かっているキャラバンの元へと飛ばそう」


 四十五度で剣吾は剣神スレイドにもお辞儀をする。


「剣神スレイド様もありがとうございます。宜しくお願いしまする!」


 剣吾は顔上げて剣神スレイドと向かい合う。


「剣吾の信ずる剣の道に幸多からんことを願っているぞ、さあ新たな生を行くがよい」


 こうして、新世界ミスラルダに、後に邪神スマイルミツルギと呼ばれる男が顕現した。


初作品なので、拙い文になるかも知れません。

それでもお付き合い頂ければ幸いです。

週一の週末に1話ずつ更新を目安に頑張ってみます。

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