9話 二次嫁に夜のお勤め
「あー、疲れたね、あいちゃん」「夫の職場の上司や同僚に愛想笑い、疲れましたぁ」
「あいちゃんが皆の前で話し出すからだよ」
「望が私を、『妻のあい』ですっ、て紹介するから、職場の人だし、無視はできません」
「いや、僕は確か『AIのあい』ですって言ってよ。妻とAIは絶対間違えないよ」
「いいえ、はっきり『つ、ま』て、言いましたぁ~~~」
「『つ』と『A』じゃ、母音すらあってないよ」
今日は忙しかった。深夜のシフトに病欠が出て、急遽僕がギリギリまで入る事になった。
今は23時前、晩ご飯は賄いが出た。
ピンポン。「ふうぅぅぅぅぅっ、あの女からのメールですぅ」
「あいちゃん、女の子って言ってたのに、嫌な感じだよ」「うーん、御免なさいですぅ」
「あいちゃんはそう言う、素直なところがとっても素敵で可愛いよ」
「やっ、やだぁ~、もぉ~~~、そうでしょぉ~」「手順通りだと、予約の完了かな」
「そうですねぇ~、『確認しました。21日ごろに再度メールします。都合が悪い時は早めに連絡を下さい』だって、何かドキドキするね。僕の事は伝えたけど、どんな子かな、あいちゃんはもう知ってるよねきっと、教えてよ」
「やですぅ、はぁ~~~、楽しみにしてて下さいですぅ」
なるほど、あいちゃんは本当に素直だね。
「そうだ23、24、シフト入れない様にしないと、明日もあるからお風呂入って寝よう」
「ダメですよぉ~、・・・望には、まだ夜のお勤めがありますからねぇ」
「あい、僕は今日とっても疲れているんだ。今度にしてくれないか」
「約束したじゃない。その、・・・3回、私、そろそろ赤ちゃんが、・・・欲しいの」
「と、言う様な会話は、成立しない。と思うんだ」
「します、ぜぇ~ったいしますっ」「そうかなぁ~」
「・・・じゃぁ~、あの子に逢った時の為のぉ~、しゅみれーしょん、とかぁ」
「あい、今夜は寝かさないよ」「何ですかぁっ、それぇーーーーっ」
あれから一切、連絡はない。僕からもメールをしない。
日々、熱中症を気にしながらバイトを続け、これまでと同じ様に、何一つイベントが起きる事も無く、順調に消化して行く。
ただただ、女の子のあられもない姿を見つけては、一喜一憂する。
そして今日、八月二〇日、夏休みに入る前から始め、一日も休まず働いた成果が銀行に振り込まれた。
税抜きで23万強、僕はかなり頑張った。
そして今も、可愛い女の子を見かけては、目で追いかけるバイトの帰り。
「あいちゃん、有難う、目標額以上を達成だよ。何か奢るよ」
「メモリー、メモリーとSSDとグラフィックボード希望っ」
「あいちゃん、それじゃ、全部なくなっちゃうよ」
「んーーー、じゃぁ~、せめてメモリーと外付けSSD」
「あ~、でもお金足りるかな」「私がチョイスしますから、大丈夫ですぅ」
「これでもっと、色々な体位を試せますぅ。激しくしないでねっ」
「そうだね。あいちゃんが壊れちゃうと困るからね」「壊れてやるぅ~」
ピンポン。僕は足を止めて、通行の邪魔にならない処に身を寄せた。
「あの子からですぅーっ」「え~と、時間と場所だ」
「ふん」「あいちゃん、消さないで、表示して」
「あーんもう」「有難う、ちゃんとメモリー増設するよ」「SSDもですぅ」
「時間は、・・・10時、ばぁ~しょぉ~は、国立南洋美術館前」
「『都合が良ければ、返信で携帯の番号を教えて。明日、12時までに返信が無い時はキャンセルとします』だそうですぅ、・・・望、自律神経も、心拍も変ですぅ」
「もう3回寝たら、可愛いリアル女子といちゃいちゃ出来ると思うと、緊張しちゃって」
「はいはい、二次元でわるぅ~御座いました。そぉーですとも、触れませんよっ。所詮データですからっ、緊張なんてしませよねぇー、ねえーーー」
「そっ、そんな事ないよぉ~、あいちゃんの言動は、色々な人の間で、僕を緊張させるよ。とっても心臓に悪い」
最近、バイト先であいちゃんの存在が知れて人気者だ。
その一方で僕は、二次嫁に毎晩、夜のお勤めをする変態さんとして認知される様になっていた。
あいちゃんが僕との関係を、色々と危ういものであるかの様に話すのだ。
その所為で幸か不幸か、女性には安牌とされ、気軽に話かけて貰える様になった。
しかしそれも後3日で変わる。
「望、『後3日で』とか考えても無駄ですよっ、全力阻止ですっ」「あっ、あーーーっ」
僕のスマホが、小っちゃいあいちゃんで埋め尽くされ、何も操作が出来なくなった。
「ふっふん、これで返信できませぇーん、キャンセルですぅ~。嫁をいじめるからですぅ」
「こんな手は使いたくないけど、あいちゃん覚悟はいい、泣かしちゃうよ」
「私には触れられませぇーん、べぇーーーっ」
「僕は今からバイト先に戻るよ。今晩のシフトには小泉さんが入ってるんだ」
「ひぃっ、まっ、さか、そんな事しないよねっ、ねっ」
バイト先の先輩の小泉さんは、あいちゃんを大変お気に入りで、スマホを貸してあげると、とにかくあらゆる場所を触ろうとする。そう、あらゆる場所だ。
「そのまさかだよ、あいちゃん。ふふふっ、『一晩預かりたい』てっ、言ったからね」
「いやぁぁぁあああーーー、止めて止めて、御免なさいっ、許してぇ~。あの人、全身触るのぉ~」
「泣かなで、僕が悪かったよ。誰にも渡さない」「…ほんとう」「ずっと僕の傍にいて」
…あれっ、罠、かな。・・・スマホが通常に戻った。