35話 助けた、助けたのに、どうしてだよぉ
どうして、どうして何処にもいないんだ。もう、残っているのは、…校舎の屋上。
何故、また繰り返す。汗だくになって、許を探す日が何故来るんだ。
それとも、最後はハッピーエンドなのか。
「ゆ~きっ」
許が向かいの壁側に立っている。ここには何もない。
汚れた灰色の床と壁があるだけ。直射の日差しに晒されたここにいると、輻射熱によって焼かれてしまう。
許は何も応えてくれない。こちらを見てもくれない。またこの光景。
僕は、ゆっくりと近付く。
「ゆ~き~」「近付かないで」
「どうして、ここは暑いよ、焼け死んじゃうよ」「そう、でも、ゆっくりは嫌っ」
「下に行こう、許」「あいちゃん、いる」僕はスマホを手にした。
あいちゃんが無音で入って来た。
「・・・」「どうして黙っているの、あいちゃん」
「そっちに行って良いよね」僕は近付く。
「・・・来ないで、汚いの」
「そんな訳ないよ、だから動かないで」何度このやり取りをしたのか。
「何しに来たの」
僕は右膝を床に突き、左膝を立て、ポケットから指輪を出た。そして許の前に。
今度こそ、もう障害は無い。
「許、結婚して、こっ、これ、5千円だけど、卒業して働いて、必ず本物渡すよ。今はこれで、・・・受け取って」
許は両手で口を押え、目からボロボロ、ボロボロ、涙を流している。
障害はない。僕が助けた、・・・きっとOKだよね。
「どうして、・・・私だけ、・・・幸せになっちゃいけないの、・・・どうしてよ」
嘘だろ、何故、そんな事を言うの、許が後ずさり、更に壁に近付く。
「望、私、・・・受け取る資格ないの、無いの、・・・ないのぉぉぉおおおおおっ」
「どっ、どうして、・・・いやいやいや、許、そんなはずないよ」
「・・・うぅっ、生理が来ないの」「僕達の子供」
「・・・御免なさい。うっわあーーーーーーーっ、御免なさい、御免なさい、迎えに来てくれるの、わあーがってだのにぃーーーーっ」
「許、落ち着て、ねっ、何があったの、全然分かんないよ」
「ぎだなぁいのぉーー、汚いのおおおおおおーーーーっ、皆皆皆、・・・全部中なのおおおおぉぉぉぉーーーっ」
パンパンパン。許が下腹を叩く。
「望以外の子供はいらない。いらなよぉぉぉーーっ」
「・・・僕、許がいれば」「私が無理、・・・くっ、ひっぐ」
「許、許っ」
「来ないで、私、幸せに、・・・なりたい」
許が後ずさる。
「神様に文句を言いに行ってくる」
「止めて、・・・待って、お願いだよ、待って、待って、待ってっ」
許が壁を乗り越え、後ろ向きに落ちた。どすん。
ドシャ。スマホから水風船が割れたような、嫌な音がした。
「きゃーーー」「人が落ちた」「救急車、救急車だっ、早くっ」
「マスターに会うですぅ」あいちゃんが全機能を停止した。
どたどたどた。「どうしたっ、何が起きた、瀬楠っ」
助けた、助けたのに、どうしてだよぉ。
何故、何故だ。僕は助ける事が出来たはずだろっ、何だよこれっ。
また、病院。
「お母さん、僕が、貯めた分を使いますから、心配しないで下さい」
「これ以上望君に迷惑を掛けれない」「僕のお嫁さんだから」
「御免なさい」許のお母さんは深々と、腰を折ってくれた。
やっと救いだせた、そのはずなのに、何て無力なんだ。
こうやって、項垂れていると。そう、ここで恋ちゃんが袖を引く。
「どうしたの、恋ちゃん」「お義兄ちゃん、こっちに来て」
「恋、何処行くの」「トイレ」「すみません、お母さん、僕もトイレに」
恋ちゃんは僕を非常階段に連れて行った。
「お義兄ちゃん、あいちゃんは」僕はスマホを見せた。
「まだ姿を見せない」スマホは、ごく普通のスマホのままだ。
「そう、あいちゃんから何か聞いた」「何も言ってくれなかった」
「お母さんは言わない方が良いって。恋は嫌なの、お義兄ちゃんには解って欲しい。うぅ~ん、違うかな。とにかく、お姉ちゃんは悪くないの、私の身代わり、私を助ける為にこうなったの」
「何が、あったの」「6月の始めに、パパが突然帰って来たの」
「お父さん、失踪していた」
「そう、パパが借金取りを連れて来たの」「それで、どうして許がこんな事に」
「パパのつくった借金を返せって、返せないなら、私を連れて行って働かせるって、金になる客を紹介してやるって。そしたらお姉ちゃんが、私の代わりに行くからって。お姉ちゃん、嫌いにならないで、私が行けばよかったのおおぉぉーっ」
「恋ちゃん、許の今までを、一生懸命を、無駄にしてしまう事は言わないで」
「僕は、許の事が今も、これからも、ずっと好きだよ。お父さんは、どうしたの」
「一緒に行って、帰って来たのは、お姉ちゃんだけ」
「お金、どの位、借りてたの」
「元は100万で、返すのは1000万ぐらい。お姉ちゃん、ひと月帰ってこなかった」
「許、・・・何も助けてあげられない。僕の事、嫌にならないかな」
「ない、絶対ない。今年の誕生日から、お姉ちゃん、毎日毎日、ずっとそわそわしているの、結婚出来る年になったから、お義兄ちゃん、望が必ず迎えに来てくれるって」
「恋ちゃん、有難う」僕は恋ちゃんを抱きしめた。
「あぁぁあぁぁぁぁぁーーーっ、ごめんね、ごめんねっ、のぞむぅ~~~~ぅ」
「・・・戻ろう」「うぅぅん」
許も、恋ちゃんも、僕が助けに行く。




