29話 ラベンダーではなく、ラフレシアの臭い
僕は翌日、一先輩の家に行った。
その建物は三角形の敷地に建てられた、築30年ぐらいのマンション、その3階。
ピンポン、ピンポン、ガチャガチャ。
「あっ、望君、何故、私達の愛の巣を知ってるの」
「天羽君、ここが何時、愛の巣になった。とにかく、中に入れてくれたまへ」
「一緒に暮らしてたんですか、先輩達」
「許ちゃんの容体は、…とにかく上がって」「邪魔します」
「天羽君、御茶を入れてくれないか」「はいはい、ちょっと待ってて」
「こっちだ、瀬楠」玄関を上がって直ぐ右の奥に引き戸がある。
「手狭だが入ってくれ」「広いですね」
「う~ん、壁があったんだが、とっぱらった。それと隣が天羽君の部屋だ」
「同棲ですか」「いや、経済的な理由だ」「まぁ、そう言う事にしときましょう」
こんこん。「はいるわよ」 ゴロゴロ。彩先輩は紅茶をワゴンに乗せて持ってきてくれた。
「で、許ちゃんはどんな様子」「ここに来る前に寄って来たんですが、まだICUに」
「そう」「それで自称天才の知恵を借りたくて」
「瀬楠、自称は余分だ。吾輩は天才。天羽君、悪いが席を外してくれないか」
「分かったわ。なんの用事も無くても呼んで、直ぐくるから」
彩先輩は、以外をあっさり出ていた。
「あっさり出ていってくれましたね」「彼女は、弁えているからね」
「いい加減、言ってあげたらどうですか」
「無駄話をしている暇はない。瀬楠、時間跳躍について、どの程度知っている」
「過去や未来に行く」「なるほど、瀬楠、時間跳躍の特性について、学ぶ必要がある」
「違うと言う事ですか」
「いや、知らないと言う事だ。知らずに跳ぶのは危険だ。仮にこの試みが成功したとしよう。しかし、何処まで戻れるのか。条件は、事象の改変に失敗した時、この時点に戻れるのか。戻れない時はそこで終わりだ」
「でも一先輩、一つ疑問があります」「何かな、瀬楠」
「バックトゥザ未来で、過去を変えてはいけない。宇宙が爆発する。見たいな事言ってました。大丈夫なんですか」
「問題ない。あれ変えてただろう。それに時間転移できる時点で、宇宙はそれを容認してる。もっと言えばだな、この宇宙の始まりと終わりに、人類の歴史など何の影響も及ぼさん。好きなだけ変えればいい」
「じゃ、変えてもいいんですね」
「跳べたらな。但し、さっきも言ったが、事象を改変する事で、その本人が困る事になるかもしれない。それに私と同じ事を考えている者がいて、同じ事をしていて、妨害してしまったら、吾輩等とその者達とで不毛な戦争になる。だから知らねばならない」
「どうやって知るんです」「・・・試すしかない」「早く試しましょう」
「跳べると仮定して瀬楠。君は何度もこの時点に戻らねばならない。この意味が分かるか」
「・・・つまり、許を救えない」
「能力がはっきりするまで、何もするな、同じ事を繰り返せ、そして吾輩に教えろ。この時点の吾輩は常に初回なのだ。何一つ情報を持っていない。だから君は毎回全ての結果を記憶して、毎回吾輩に全ての結果を教えるのだ」
「・・・」「出来るか。何十回、何百回、何千回と神楽坂君が落ちるのを見るんだ」
「・・・正直、耐えられるか」
「耐えるんだ。跳躍距離が事件発生前まで無いと、どのみち救えない」
「地獄ですね」「決めるのは瀬楠だ、吾輩ではない」「やります」
「うん、まぁ~このくらい時間が空けば大丈夫だろう。吾輩は毎回初回だ、合言葉を決めよう。吾輩がこれを言い出す前に、決めた合言葉を言うんだ。そうすれば、聡明な吾輩は必ず気付く、瀬楠が跳躍をして、戻って来た事を」
「自分で聡明いいますか」「事実だ」「それで、どんな合言葉を」
「んーーー、言葉というより、現時点で私以外の者が知らない事実だ。絶対に他言無用だ」
「OKです」
「うむ。では、天羽君の恥ずかしい処と、お尻の狭い領域に、縦並びにホクロが二つある。おそらく本人も知らないはずだ」
「一先輩、…その情報、どうやって入手したんです。あっ、いいです」
「勘違いするな。あいだっ、瀬楠の前に出る為に、手近にいる女子のデータを片っ端から集めていてな、その中に有ったんだ。吾輩もどうやって集めたかは分からん。いいか」
「まぁ、いいです。そう言う事で」
「では始めよう。初めは単純に飛べるかどうか。それが確認出来たら、次は条件だ」
そう言うと一先輩は、クローゼットを開けた。そこには2ドアの冷蔵庫が一台。
そこから茶色いドリンクの瓶を取りだす。
「3年前の物だ」「ラベンダーじゃ、ないですよね」「ラフレシアだ。覚悟を決めろ」
「立っていたら危険だ。床に座るんだ。吾輩も何度となく倒れた」
「耐えてみせます。許、助けに行くよ」「まだ我慢しろ、特性が分かるまで改変するな」
僕は床に座り、気を失った時の為に、頭の位置にクッションを配置した。
一先輩は防毒マスクをし、部屋中に目張りをした。
「許」僕は口の辺りで、瓶のキャップを回し、外しきる前に、強烈な異臭で気が遠のいた。




