21話 言葉も想いも、無力なり
女の子は、その男が見えなくなるまで待って、入ろうとした時に僕に気付いた。
6時過ぎだけど、ここはまだ人の気配がない。
僕は恐る恐る近付いた。唇を震わせている。怒ってるのかな。
「酷い恰好、私をストーキングしているの。とにかく入って、トラブルはお断りよ」
僕は家の前に自転車を置き、女の子の後を追って中に入った。
女の子は、黙って階段を上って行く。
この建物は、各階毎に泊まる部屋が一つある作りの様だ。
僕は靴下までぐっしょりだ。階段に足跡が残る。
3階まで上がって、直ぐの突き当りに引き戸があった。
戸を潜ると廊下で、そこを左に、そして真っ直ぐ、正面と右手に扉がある。
正面の扉を開けて前に進む。洗面室、横に浴室。
ここまで女の子は、一言も発しない。ただ先へ進むだけ。
「あい、聞いてるんでしょう。約束、守らなかったのね。とにかく、そのみすぼらしいのを何とかして、汚いのは嫌よ。早く脱いで、チェックアウトまで4時間ぐらいしかないの、今から洗濯して、乾燥して、我慢すれば着れるぐらいには乾くわ、ぐずぐずしないで。私に触らないでね。替えの服がないから」
「許」「そこのタオルやバスタオルは汚れてないから」
「許」「早くして、一晩を一緒に過ごしたのだから、恥ずかしくは無いでしょう」
僕は黙って、服をぬぐ、許は洗濯機の蓋を開け、伏し目がちに僕の服を拾い上げ中に入れて行く。
「許」「早く、・・・お願い、ぉ願ぃだから」
僕は浴室に入り、シャワーを浴び、ボディーソープで体中を洗う。
汗が流れると、スッキリした。
僕が浴室から出ると洗濯機が、ゴーッ、ゴーッと動いてた。
そこに許はいなかった。
腰にバスタオルを巻いて洗面室を出ると左手に扉があり、開けて中に入る。
ベットの掛布団が綺麗に整えられ、その上に裸で許が女の子座りをしている。
「呆れたわ、そこまでして、ただでしたいの。まあいいわ、特別にさせてあげる。でも、これっきりにして頂戴」
「許」
「この布団の下は、とても汚れているの、寝かせてもらえないくらい激しかったから。・・・今更、一回や二回、増えても何も変わらないわ」
「ゆっ」
「私、汚い、汚いでしょう。それでもしたい、ねぇ、・・・答えなさいよぉ~」
ばふっ、枕が飛んできた。
「こんな事しなくてもいい、そんな方法がきっとあるよ」
「こんな事って何、汚いって事。皆こんな事してるから、人類はいるの。それに他に選択肢がないから、生きる為よ。他にあるなら教えて、私を、救って」
「生活を保護するのがあるって」
「パパがいなくなって、お金がなくて、ママについて妹と一緒に行ったわ。ママが40前半の時よ。『若いのだから働きなさい。お金は親戚の方をまず頼ってみて、それでだめなら考えましょう。お金が借りられるまで、これで何とかして下さい』だって、乾パンを二週間分渡されて、追い返されたわ。その乾パンを家族三人で、何時止められるか分からない、水道の水で食べたわ」
「でも弁護士さんに、お金がない人の、そう法寺、とか」
「借りられる親類なんていないわ。だからママは、電話を止められる前に、電話をして予約をしたわ。三週間後よ、食べ物が無いのに。通帳や保険証や色々お金にまつわる物はとにかく持って来る様に言われて、やっとその日が来て、一時間待たされて、30分で終わったわ、勝ち目がないそうよ。望、弁護士は正義の味方じゃ無いの、ビジネスなの。収益と労力を天秤にかけるの、利益の出ない仕事は断るの」
「お母さんはその間」
「私達を連れて、一生懸命仕事を探したわ。職業紹介所で、面接の約束をするの」
「ダメだったの」「そうよダメ」
「約束をする前からねっ、あの人達は自分の仕事をこなしているだけ」
「どう言う意味」
「求人を見て、紹介してもらうの。会社に電話をするわ、担当の人がでるわ、終わり。職業紹介所は紹介した。会社の担当者にして見れば、お得意様の応対をしただけ、最初から採用意思はないの。『貴重な時間を、雇う気のないお前の為に割いてやったんだ。ありがたく思え』こんな感じよ。ママ、よく泣いてたわ」
「辛かったんだね」
「悔し泣きよっ。履歴書もそこに貼る写真も、バスや電車のお金も、その人達にとっては、はした金でも、私達家族はそのお金があれば、2~3日食べれるの。雇う気が無いなら、私達のお金を奪わないでよ。それからママ、今45ぐらいよ、このぐらいの年齢の人を、職業紹介所では就職困難者って言うの、この意味わるでしょう。まだ何かある」
「・・・」
「そうでしょう。せっかくだから、もう一つ教えてあげる。望、病院、行くでしょう。健康保険の証を持って。仕事がない人は国民健康の証になるの、これね、ただじゃ無いの」
「知ってるよ。それぐらいは僕も、収入がないから免除されるんじゃない」
「ここは少数の人間の事は考えないの、しかも税金でもないのに義務なの。そしてね、税金じゃないから、免除は無いの、払わなければ借金になるの」
「そんな、バカなっ、収入が無いのに、どうやって支払うのさ」
「お金がないから、病院に行けないのに、使う事が出来ないのに、義務だから払えって、毎月来るの。そしてどんどん、どんどん、借金が膨らんで、利子まで付くのよ。ママ、死のうとしたの、私と妹を連れて。けど自分で死ぬのって簡単には出来ないの。だからママ、私達を食べさせるために、仕方なく始めたの。けど男の人って、ママじゃ、お金貰えなくて、逃げる人もいて。ある日、男の人の中に私に目を付けた人がいて、・・・お金いっぱい貰えて。・・・でも借金払ったら直ぐに無くなって、・・・これだって、・・・私の年が一つ増えると、お金が減って、・・・だからNNなの。・・・私、私達にどうしろって言うのっ」
僕は何しに来たんだろう。あいちゃんの言う通りだった。
「汚くて良いなら、何回でもして、・・・ねぇ、・・・ひぐ、うっ、ねっ、・・・なっがっ、・・・いっ、・・・でぇー、・・・うっ、うーうっ」
僕に出来る事は、何にもない。
何も応えてあげられない。ただ傷付けるだけの“ばか”だった。




