13話 チェックイン
臨海公園の駅から2回乗り継いで、一時間強、次が目的の駅だ。
電車に乗った時は、三人共(男女各一名、AI一名)、色々話していた。
そこで判明したのが名前だった。三人共、呼び名は分かっていたが、字は知らなかった。
ゆきは、許す、と書いて許と読むらしい。
僕ののぞむは、そのまま望むと書いて望と読む。
僕は苗字も教えたが、許は教えてくれなかった。
あいちゃんの呼び名は僕が決めたけど、特に字は決めていなかった。
そこで三人で協議の結果、めでたく、ひらがなで“あい”と決まった。
あいちゃんは愛を頑強に主張したが、二対一で却下となった。
こうして、始めはよもやま話をしていたが、目的の駅が近付くにつれて口数が減り、今は誰も話さなくなっていた。
僕は許を意識して、どんどん緊張が増してゆき、手の平に汗を掻いては、ズボンで拭っていた。
許は暑いのか、手にハンカチを握っている。
当初、僕等は空いた席に座っていた。
でも許は、体の不自由な人やお年寄り、辛そうな人を見かけると、必ず席を譲るのだ。
僕だけ座っている訳にも行かないので、二回目の乗り継ぎでは、座らずに二人とも立っていた。
そして僕等は、駅に降り立った。
「望、こっち来て」許が腕を引っ張って、他の人の邪魔にならない処へ移動させた。
「何、許」許はリュックを肩から下ろすと、器用にファスナーを開いて、一枚のメモを取り出した。
「私とあいは先に行ってエアコンを点けとくから、この買い物をして来て欲しいの。簡単な夕食を作るつもり。もし嫌なら、何か飲み物と食べる物を買ってきて頂戴」
許はメモと五千円を渡してきたけど、僕はメモだけを受け取った。
「必要なら後で清算しよう」「そう、なら絶対、絶対そうしてね」
僕等は改札を出てそれぞれ反対に歩き出した。
僕は駅前のスーパーへ、許はチェックインをして、湿気で咽ているだろう部屋の温度と湿度を下げるために先に行く。
「ゆ~き~、直ぐに行くからねぇ~」「ゆっくり買い物をして来て頂戴」
「何で」「いいから、ゆっくり来てね。チャイムは二回鳴らして」
「納得いかない」「女の子は色々あるんですぅ」「とにかくゆっくりね。ねっ」
ゆっくりと言われたが、そうはさせないぞ。速攻で買い物をして、早く行こう。
スーパーは5分ぐらいの所にあった。
最近は、バイト先で緊急の買い物に行く事もあるので、結構得意だ。
店内に入り、買い物かごを持つ。
「ん~と、使い切りの野菜(キャベツ、もやし、ニンジン等)を二つ、と」
「牛切り落とし、脂身の多い物、これは野菜炒めだね。油を買うと余るからかな」
僕は選ぼうとした。でもだいたいどれも同じだ。何とかなるでしょう。
「ご飯かパン、朝食用に菓子パンか調理パン、これは菓子パンを4つ買おう」
「飲み物は、お茶と、・・・オレンジジュースにしよう」
「後はゴミ袋小とキッチンペーパー。これは良く分からない。まぁ適当にと」
「洗濯洗剤、液体タイプ。何でもいいのかな、じゃこれで」
これで全部、早くレジに行こう、わくわく、あれー、15時なのに混んでる。
終わった。結局40分ぐらいかかってる。ゆ~き~、今いっくよぉ~。
駅まで引き返して真っ直ぐ、道なりに進む。大きい道を渡った時に注意。
Y字になっている右側を進む。右手にあるはず。
あった。見た目は普通の賃貸マンション。7階建て、民泊だ。
その6階、601号が予約の部屋だ。
玄関は郵便受け、更に奥の壁に呼び出しがある。
僕は、両手に持っていた荷物を片手にまとめ、部屋番号を押し、呼び出しボタンを押す。
ピンポン、ピンポン。
一回目は出ない約束、もう一度、601、呼び出し。
ピンポン、ピンポン。
「はいですぅ」「あっ、あいちゃん、望、開けて」「そんな人は知りません」がちゃ。
「ちょっと、あいちゃん、何でそんな事するの」
僕は仕方なく、もう一度、601、呼び出し。
ピンポン、ピンポン。
「はい」許だ。「許、僕、望、開けて」「そんな人は知りません」
「ちょっと冗談は止めて、荷物もあるんだから」ジ~カシャ。
「早く上がって来て、玄関を入ったらカギを閉めて、鎖もかけてね」がちゃ。
エレベーターに乗った。何故二人してこんな事するんだろう。酷いな。
扉が開く、端の部屋だ、やっと着いた、チャイムを押す。
ピンポン。がちゃ。「開いてるわ、入ったら絶対、鍵と鎖をしてね」「はぁ~い」
僕はやっと部屋に入った。玄関に一端荷物を置き、施錠をし、鎖を掛ける。
「完了、ゆ~き~」迎えてくれてもいいのに。
うん、奥の部屋の扉からこちらを見ている目がある。
「望、鍵をした」「したよ」「鎖は」「ちゃんとした」一様、振り返って確認、OK。
ガラガラ。引き戸が開いて、許が出て来た。
「なっ、・・・んだと、・・・はっ、は、だ、か、エプロン」
アニメ、漫画、ネット、最近は3Dもあるが、とにかく、僕の目の前に、あの都市伝説が再現されている。
これのシチュエーションに付随する、有名且つ、甘美な台詞。
『お風呂、お食事、…それとも、わ、た、し』、選択肢はただ一つだっ。
僕は靴を脱いで、ゆっくりと廊下を前に進む。
シュシュで束ねて前に垂らした綺麗な黒髪、白い肌。
チキンではないすらりと伸びた素敵な足、エプロンで腰の括れが協調されている。
これをターゲットとしてロックオン、言葉を待つ。
「望、お風呂」キターーーーーー、ダッシュ、目標捕捉、かっさらえーーーーー。
「きゃーーー」ドサ。大きなベットの上に捕獲成功。
「もうぉ、誰にも止められないぜぇ~」
「止めて止めて、痛い痛い痛い痛い痛い、髪の毛、髪の毛引っ張ってるっ」「あっ、御免」
我を忘れ、部屋にある二つの大きなベットの内、手前にある方に許を抱えて飛び込んだ。
その時許の長い髪を、ベットと僕の手平の間に挟み込み、僕が許に伸し掛かった事でマットが沈み込み、髪の毛を強く引っ張ってしまった。
慌てて手を退ける。
ばちん。「痛っ」背中を思いっきり叩かれた。「ばかっ」
許が両腕で押し退け様とする。名残惜しいけど、ベットを降りた。
許が体を起こす。これはこれで萌える。
違う、次世代の言葉、蕩れ、ベットの上に女の子座りをする裸エプロン。
天使降臨、ゆき蕩れ~。
「どうしてこんな事するの」「そうですぅ、これは酷いですぅ」
「だって」「『だって』何、どんな言い訳があるのかしら」「そうですぅ」
「だって、許が裸エプロンで出て来るから、こんなの誰だって一つしか選ばないよ。普通の服を着てても、女の子のエプロン姿は攻撃力が大きいのに」
「…裸じゃないわ。ちゃんと下着は着てる」「ちゃんと定番の縞パンですぅ」
「それは男の狩猟本能を掻き立てる悪魔の所業で、裸と同じだよ」
「・・・そうなの」僕は黙って頷く。
「あい、そうなの」「私にはわかりませぇ~ん、女の子ですからぁ~」
「しっ、仕方ないの。潮風と汗でベタベタだったからシャワーを浴びて、…一泊だから、・・・下着しか替えを持て来てないの」
「だからカーテン閉めてるんだね」
「とにかく、望もお風呂に行って来て、せっかくシャワーしたのに、ベタベタにして」
「なら、許も」
「嫌っ、早く行って、お洗濯するから、・・・そこのバスローブに着替えて、しっ、下着も洗うから。食材は冷蔵庫に入れて、夕食の用意をするから、洗剤買って来てくれた」
「うん、買って来た」「なら、そのベタベタしたのを落として来て、キレイにしてね」
「じゃぁ、行ってくる」僕は背中のリュックを部屋の隅に置いた。
荷物を背負っているのも忘れていた。そしてバスローブを持って浴室へ向かった。