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聖女を追放した国の物語  作者: 猫野 にくきゅう
聖女を追放した国の物語

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34/45

 理由

 聖女の軍勢が自滅して、五日が過ぎた。


 降伏した敵兵の処遇や、近隣の地方領主に対して、こちらに付くように促す使者を送ったり、けが人の手当てや物資の補充と整理に、時間を費やしていた。


 邪竜王の呪いは……今のところは大丈夫だ。

 封呪の包帯で押さえられている。


 とはいえ――

 あの聖女とダルフォルネのことは、一刻も早く始末したい気持ちに変わりはない。


 それに、ダルフォルネ陣営に聖女がいると知れ渡れば、そちらに付く貴族も出てきかねない。味方を増やして、軍を揃えている暇はない。


 俺一人でも先行して、あの聖女を始末するか?




 そう考えていたところに、偽聖女の公開処刑日時が報告された。

 行方が明確ではなかったローゼリアの居場所も、同時に報告される。



「三日後か――」


 俺が今すぐ動かせる兵士は、この砦の五百人だ。

 敵の城を攻めるには、数が全然足りない。


 そのことは敵側も、解っているだろう。

 だとすると――

 

 ソフィの処刑は、俺をおびき寄せる為のエサだったはずだ。しかし、その日程だとこちらの準備が到底間に合わない。


 偽聖女の処刑自体に、敵の目的が変わったとみるべきか――

 まあ、相手の思惑がどうだろうと、俺はそれを止める立場であることに変わりは無い。




 ここから処刑場までは、馬を飛ばしても二日はかかる。

 全軍で向かっていては、到底間に合わない。


 騎馬隊だけを率いていくにしても、数が多ければそれだけ補給に時間を取られる。

 加えて広場の処刑場には、大勢の民衆が集まることになる。

 そんなところに騎馬隊で突っ込めば、どんなパニックになるかわからない。


 邪竜王の呪いもあるしな――

 あの黒い炎は、味方の近くでは出さない方が良いだろう。




 俺一人で行って処刑を中止させ、ダルフォルネとローゼリアを討伐する。

 やることは明確だが、細密な計画を立て実行する時間などない。

 

 とにかく行って、状況を見てから何とかするしかない――

 


 方針と呼ぶことが憚られるような、行き当たりばったりの計画を側近たちに伝えて、今後の指示を出してから旅の準備を整える。


 それで一日を費やした。

 

 処刑まで、残り二日。


 ――ギリギリ間に合うだろう。

 

 俺は反対意見を押し切り、馬を走らせて処刑場を目指した。



*************************




 私は聖女の部下の人から渡された、でっかい本を抱えて前へと歩く。


 この本は聖女が言うような神様から力を貰える本ではなく、悪魔を召喚する為の魔導書だということは、ディーから貰った力で、人の心を読める私には分かっている。


「困ったわ。どうすればいいのかしら?」



 私を処刑する為に作られた舞台の、その最前列にある断頭台の真横で、私は悪魔を召喚する為の魔導書を抱えながら途方に暮れていた。






 私の足元の、更に十メートルくらい下には――

 私の首が飛ぶ様子を、見物しに来た人たちがひしめいている。


 十万人くらいは、いるらしい。


 聖女の人は、この人たちを殺せと言うし、ディーも人を沢山殺せる力を与えると言って私を唆す。

 

 私は聖女ではなかったし、この国の皆も私のことを嫌っている。

 冥界神の誘いを断る理由は、無いのだが――

 

 私は人を……殺したいとは思わなかった。


 では、どうしたいのかと言うと――

 聖女が殺そうとしているこの人たちを、逃がしたいと思った。


 それが私のやりたいことだった。





 私は大声を出すのが得意ではないので、どれだけの人に届くか分からないけれど、私の警告を聞いた人が周りにも伝えてくれれば、みんな逃げてくれるだろう。


 私は目の前の、なるべく多くの人に聞こえるように、祈りながら声を出す。



「あの、みなさん! 聖女はとっても嫌な人です。――ひどい悪口を、沢山言ってくる人なんです。悪者です。逃げて下さい!!」



 私が喋り終えると、それまで喧騒に包まれていた広間はシン、と静まり返った。


 ふぅ、言ってやったわ。


 私の声がどれだけ届くのか不安だったけれど、みんなに聞こえたようだ。


 あの聖女の人は、私のことを馬鹿にしていたけれど――

 私だって、やるときはやるのだ。




 私は大勢の人に向かってしゃべるのが苦手だ。

 まだ心臓がドキドキしてしている。


 こういうことは苦手なのだ。

 だが、あの嫌なことを言ってくる人を、出し抜いてやったという達成感があった。


 早くみんな自分の家に逃げてくれないかなと、思っていると――



 私の呼びかけに対して、返ってきたのは罵詈雑言だった。


 『死ね』とか、『早く殺されろ』とか、『聖女様を悪く言うな』とか、『詐欺師』だとかそんなことを沢山、言われた。

 死ねと殺されろは、酷いと思う。



 ただ、『意味の分からないことを言うな』と言われて、私はハッとなる。


 確かに私は、肝心なことを言っていない。

 私の訴えは、意味不明だったと思う。


 伝えなければいけないことを、ちゃんと言えていなかった。


「聞いてください。聖女の人は、私に悪魔を召喚して、皆を殺せって言うんです。ですから、危ないので家に、帰って下さい!! それと国の偉い人に伝えて下さい。聖女はこの国に、加護を与える気は無いんです」


 今度はちゃんと言えたと思うのだけれど、またしても返ってきたのは罵詈雑言だった。『何が悪魔だ』『悪魔はお前だろう』『聖女様を愚弄するな』『死ね』

 

 ああ、そうだ。

 私は昔から――

 私は人と話すことや、何かを説明することが苦手なのだ。


 私の言葉には、人を動かす力はない。


 

 ――どうしよう?





 私はこの広間に集まった、怒り狂った人たちを見渡す。


 そうか。


 大切なのは――

 人が求めているのは『力』なんだ。


 作物を育てる力、魔物を防ぐ力、傷を癒す力。

 聖女と言うのは、その力のことを言うのであって、心の持ちようではないのだ。


 どんな悪辣な人間であっても、力があれば『聖女』であり、力が無ければ『偽聖女』になる。だから私は偽聖女で、この人たちは私を嫌っている。

 

 そこまでは、理解できた。

 でも、私は……

 自分が嫌われているからと言って、人を殺したくはない。

 

 なんでだろう?






 私は小さなころからずっと、聖女教育を受けてきた。

 それは結局、まったく無意味なものだったけれども――


 怒りに任せて『沢山の人を殺す』選択をしてしまえば、ずっと人の幸せを祈ってきた自分のことを、これまでの自分を裏切ってしまうような――


 そんな気がする。


 だから私は、人を殺したくないのだ。

 と、思う……。


 たぶん……。





 でもそれだとあの聖女は、私以外の人に悪魔を召喚させるだけだし――


 だから、困っている。 



 冥界神の使いのディーによれば、私は心の奥底でこの人たちの死を望んでいるらしい。……そうかもしれない。

 私は皆から褒められる、いい子ではない。


 私の中に人を嫌ったりする気持ちは確かにある。




 けれど私は……


 私のこれまでの祈りを――

 最後に残った、それだけは裏切りたくはないのだ。


 だから――

 聖女の人から、悪魔を召喚して民衆に罰を与えろと言われた時に、みんなを逃がさなければと思ったのだ。




 聖女の人の心の声だって、私には聞こえていた。

 だから、あの人の企みも知っている。



 あいつはこの国に、加護を与える気などないことも知っている。


 あいつの望みは、この国に住む人たちの苦しみだけだ。



 国があるから、皆がちゃんと暮らしていける。

 国が無くなれば、みんなの生活は成り立たなくなる。


 あの聖女の人は、この国を滅ぼそうとしている。

 この国の人たちを、不幸にしたいのだ。



 私は――

 そのことを皆に知らせたいのだが、知らせる方法が無い。



 人を殺せる力をあげると言われても、受け取る理由はなく。

 人を殺せと言われても、助けたいと思ってしまう。

 やりたいことと言えば、聖女の企みをみんなに伝えて逃がしたいのだが、私にはその力はない。だから私は大観衆を前にして、途方に暮れていた。


 この状況で、身動きが取れない。

 私の思考は、堂々巡りをくり返す。


 昔から、よく言われていた。


 ――お前は頭が悪い。


 その通りだった。






 とりあえず……

 悪魔とやらを召喚して、聖女をやっつけて貰おうか?


 これはいいアイデアに思えた。

 長いトンネルからやっと、抜け出せたような思いがする。


 私が魔導書から悪魔を召喚しようとすると――



 『あー、そいつは止めときなさい。その悪魔じゃあ、あの聖女は倒せないのよ。相性が悪すぎるわ』


 ディーからの制止が入る。

 でも……だからと言って、他にやれることもない。


 『んー、まあ、これまでずっと意味不明だったけれど、やっとあんたのことが理解できたわ』


 ディーの説明は難しくて、私にちゃんと理解できたかは自信が無いが、こういうことらしい。




 冥界神ハーデースが、話の通じない私とコミュニケーションを取るために、自分の体の一部から、ディーを作り出して使いに出した。


 神様や精霊には、人間の心や思考が理解できない。


 ディーが私と意思疎通が出来るように、私の精神と自分を繋げ、私の精神を写し取って自分の中に取り入れた。  


 それからずっと――

 冥界神の巫女となり、その力で人を殺そうとしない私のことを、なんとか理解しようとしていたらしい。

 私を説得する為に――

 そして、さっきやっと、私の心を把握できたらしい。


 こんな感じの説明を受けた。



 『悪かったわね。願いというのは、押し付けるものではなかったわ。あんたが必要としない力を渡しても、意味が無いものね……お詫びと言ってはなんだけど――あんたの望みを、叶えてあげましょうか?』


「……えっ? いいの!!」


 ディーからの申し出に、私は驚く。


 『ええ。あんたは、この国を――助けてあげたいんでしょ?』


「う、うん!」


 『あんたの心の中にあった――降り積もった雪が踏み固められたような、冷たく凍った怒りは本物だったけれど……あんたがバカみたいに祈り続けた――人の幸せを願う想い、他人を思いやる優しさも、それもまた、本物だったのね』


「あ、あの、じゃあ――本当に、この国を助けてくれるの?」



 『まあ――ね。ただし、その代償として、あんたの存在の力。あんたの『記憶』や『心』『精神』といったモノを、私が喰らうわ。そのエネルギーを使って、この国がこのまま、破滅に向かって行かない様に、してあげることが出来るわ』


 この国を救う代償として、私の記憶や心が無くなってしまうらしい。


 それは死ぬのと変わりがない。





 私のこれまでの人生は、どうしようもなく下らない、空っぽなものだった。

 それでも、その記憶が無くなってしまうということは……恐ろしい。

 

 私は恐怖を感じている。



 でも、それでも――


 私の心が、死ぬことで――

 それでこの国に住む人たちが、この先を幸せに生きていけるのなら、ずっと祈り続けた私の想いが叶うのなら――


 私がこの世に生まれた、生きてきた意味があったと言える。




 私には――

 ディーに指摘されたような、冥界神に目を付けられる、暗い感情も確かにある。


 けれど、人の幸せを想う――

 この気持だって……本物なのだ。



「わかったわ、ディー。それでこの国が、助かるのなら――」


 『そう、わかってくれて嬉しいわ。ソフィ……』


 初めてディーが、私の名前を呼んでくれた。

 ちょっとだけ、嬉しいなと思った。







「わたしは、これから消えるのね?」


 『…………ええ、でも……少しだけ、あなたの心を残してあげる……』


「……少しだけ?」


 『そうよ。死ぬことに変わりは無いけれど、あの世には持って行けるわ――何を残したい?』


 そんなのは、考えるまでもない。


 『ええ、そうね。まあ、あんたは、それでしょうね』


 ディーは呆れたように、苦笑いする。

 

 『さんざん悩みまくって、それでも何にも決められないあんたが、それは即断するなんてね……』



 今になって、恥ずかしさが込み上げてきた。

 でも、後悔はない。




 最後に――


 私の存在には、ちゃんと意味があったんだ。

 そう思い……少しだけ心が満たされてから、私の意識は薄れて消えた――



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