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聖女を追放した国の物語  作者: 猫野 にくきゅう


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33/40

 処刑台の上で

 偽聖女の公開処刑は、五日かけて準備が整えられた。

 大勢の民衆から見えるように、高く組まれた処刑台の前方には、禍々しい存在感を放つ断頭台がそびえ立つ。



 処刑台の後方には、処刑を見物するローゼリアと聖女親衛隊、その更に後ろにダルフォルネと、警護の兵士が二百人ほど控えている。


 彼らの前で手かせを付けられて佇んでいるのは、本日の主役ともいえる偽聖女ソフィ。久しぶりに見た日の光と青空が眩しいのか、ずっと俯いている。




 処刑台の下で、歓声や罵倒の声を上げているのは、この催しの為に集められた、もしくは自ら参加した、ダルフォルネ領に住む十万を超す住人たちだ。


 彼らは自分たちを騙して、この国に不幸をまき散らした偽聖女の死を、今か今かと待ちわびている。




*************************



「中々に、壮観じゃない――」


 私は偽聖女の処刑を見物するために集まった、愚民どもを見下ろして独り言ちる。


 広間は雑然としていて、熱気に溢れている。

 人が集まるお祭りというものは、なぜかワクワクとするものだ。


「ねえ、偽聖女さん。あなたはこれから、死ぬわけだけれど――慈悲深い私は、あなたにチャンスを上げようと思っているの……」


 私は偽聖女から、少し距離を取って話しかける。

 近くによると、臭いからだ。


「…………」


 私の声に反応して、偽聖女はこちらを振り向く。

 返事は無いが、一応聞こえてはいるようだ。


「何のチャンスかって? それはもちろん、あなたが生き残るチャンスよ!! この国の愚民どもは、真の聖女であるこの私を追放したという罪を背負っているわ。だから天誅を下す必要があるの」


 わかるかしら? 

 と言って、私はこの醜女に、なるべく優しく語りかけてやる。


 これから、この馬鹿面を下げた木偶の棒を騙すために……

 精一杯、優しく話す。




 ダルフォルネと奴の兵士たちからは、距離がある。

 私は偽聖女と、私の周りの親衛隊にしか聞こえない程度の声で話し続ける。


「その罰をあなたが与えるのよ。そうすればあなたの罪は、特別に許してあげるわ」


 ほうら、とっても慈悲深い提案でしょ。

 きっとコイツは、ニンジンをぶら下げられた馬のように、食いついてくるわ。


 私はシュドナイに持たせている悪魔召喚の魔導書を、偽聖女に渡すように促す。

 偽聖女は手かせを付けられているので、腕で抱えるように魔導書を受け取る。


「その本は神様から力を貰える本よ。それを持って願いを込めれば、それだけで力を貰えるの――あなたはそれを持って、あの下にいる愚民どもを、沢山殺して欲しいと願いなさい」

 

 魔導書は強い願いさえあれば、悪魔を召喚できる。


 あの阿呆王子でさえ、使えるくらいだ。

 死にたくないという強い想いがあれば、この偽聖女にも使えるだろう。




 悪魔が召喚されれば――


 偽聖女に呼び出されたベルゼブブは、この下に集まった愚民どもを願い通りに殺して回る。そして――


 ある程度悪魔を泳がせて、人が沢山死んでから――

 私が聖女の力で、悪魔を滅するのだ。






 愚かな民衆は、悪魔を召喚して自分たちを虐殺した偽聖女をますます恨み、悪魔を倒して危機を救った聖女ローゼリアのことを、今まで以上に崇拝するようになる。


 その後で、悪魔召喚の罪も加えて、予定通りに偽聖女の処刑を執り行う。




 偽聖女の胴から離れて転がる頭を見れば、私の留飲も下がるでしょう。


 きっと、いい気分になれる。

 完璧な計画だわ。

 

 ウフッ、ウフフッ――

 私は心の中で、ほくそ笑む。






「あの……その、――私が断れば、どうする気ですか?」



「――は??」


 聖女であるこの私が良い気分に浸っているというのに、それに水を差すような疑問を、汚らしい小娘が投げかけてきた。


 生き残るチャンスを与えてあげたのよ?

 あんたには従う以外に、選択肢なんかないでしょ?



 しかし、言われてみれば――

 コイツが断ることを、想定していなかった。


 その場合は……

 どうしようかしら?


 そうだわ!


 ダルフォルネに命じて、やらせればいいのよ。

 あいつは何でも、言うことを聞くから――





「……そうですか。では、あの……私が、やります」


 私が何かを言う前に、臭くて汚くて不細工な糞女は、勝手に納得して愚民どもの方に向かって歩いていく――



 その姿を見て、私は――


 ぞわっ、と……

 一瞬だけ、胸がざわついた。


 それまでは取るに足りない小娘だと思っていた醜女が、なぜだかとても――


 不気味で、酷く……おぞましい存在のような気がした。



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