さあ、戦争を始めよう
白旗を掲げた騎士は、年若い女性だった。
ゾポンドート側についた地方領主の娘で、名前はシェルシー。
前当主が隠居して退き、後継者に推挙されて新たに当主になったそうだ。
彼女は全面降伏を申し出てきた。
処罰は全て、受け入れるそうだ。
俺の女好きな性格は、情報として出回っている。
そこで父親を飛び越して、俺が気に入りそうな彼女を当主に据えて、寛大な処置を期待したのだろう。
――甘く見られたものだ。
俺は必要とあらば、非情で冷酷な決断を下せる男である。
……しかし、今は早急に、地方領主をまとめ上げなければいけない。
ゾポンドートがいつ領内を安定させて、西進してくるか分からないからだ。
それにおそらく、彼女はお飾りの当主だ。
俺が厳しい条件を出せば、方針を変えて徹底抗戦してくるかもしれない。
これから籠城する敵と戦って戦力を減らすよりも、降伏した敵を吸収して戦力を拡大した方がいい。
俺は隠居した前当主を罪人として処刑すれば、それ以上の咎めは無いと彼女に伝えて、彼女もそれを受け入れた。
数日後――
俺はシェルシーが率いてきた四百の兵と、新たに募集した人員を軍に吸収して、約七千の兵でゾポンドート領へと進軍を開始した。
攻撃目標は、ゾポンドート領西端にある砦。
砦の守備隊は籠城を選択し、こちらは砦を包囲する。
ゾポンドートはまだ農民の反乱に足を取られている。
ならば、その隙に敵の領内で防衛拠点を確保しておこうというわけだ。
作戦は、砦を包囲しての兵糧攻め。
しかし、あまり時間をかけると、ゾポンドートが農民の反乱を収めて、こちらに兵を割いてくる可能性もある。
そうなると最悪、挟み撃ちに近い状態になってしまう。
それまでには砦を落としたいが、籠城戦は時間がかかる。
ゾポンドートが本体の戦力の一部を割いて、こちらに救援の遊撃部隊を送ることもありうる。戦力の逐次投入は下策とされているが、敵を挟み撃ちに出来るのであればやる価値はあるだろう。
その場合は、ゾポンドートがどのくらいの兵をこちらに差し向けてくるのかで、迎え撃つか一旦アルデラン領まで引くか――
対応を変えなければならない。
そう考えて、敵本隊の出方に注意を払っていたが、先に動きがあったのは包囲している砦の方だった。
ゾポンドート領は食料の生産減から、税収減、流通の混乱と立て続けに負の連鎖が進行していた。加えて、自分から王都に打って出る気でいたゾポンドートは、この砦の食糧備蓄など気にもしていなかったのだろう。
想定していたよりもずっと早く食料不足に陥り、一か八かの攻撃に出てきた。
包囲を突破して、とにかく食料のある場所へ――
食料が尽きて背水の陣で突撃してくる敵を、盾と槍を敷き詰めた防御特化部隊で受け止めて、逆に押し返す。
しばらく戦闘が続いていたが、こちらの防衛網を突破できないと諦めたようで、砦に白旗が上がった。
砦の責任者は処刑して、投降した敵兵は捕虜として扱う。
それから数日が過ぎた。
もういい加減に、ゾポンドートの奴も王都に向けて進軍してくるだろう。
それをこの砦で、迎え撃つ。
俺は砦の修繕と、砦周囲の防御陣地の構築に取り掛かった。
ゾポンドートの反乱が発覚してから約二か月で、俺は地方領主をまとめ約七千の軍を揃えて、砦を整えて敵軍との対決に備えた。
俺は出来るだけの準備をした。
後は――
「さあ、雌雄を決しようではなか――ゾポンドートよ」
周囲の地形を見渡しながら、砦の最上階の自分の部屋で戦国武将ごっこをしていた俺のところに、情報ギルドの伝書鳥が火急の知らせを持って舞い降りた。
なんでも、ゾポンドートが農民の反乱軍に討ち取られたらしい。
「…………は?」
マジかよ、あいつ……。