親子喧嘩
「殿下自ら救援に駆けつけて下さるとは――」
アルデラン伯爵は大仰な身振りで、俺の到着を歓迎してくれた。
敵将を打ち取った俺たちは、アルデラン伯爵の屋敷を訪れている。
統率者を失った敵の先遣隊は、蜘蛛の子を散らすようにあっという間に霧散した。
今はアルデラン領内から、騎士や傭兵を招集して残党狩りを行っている。
それと同時に王子の参戦とアルデラン領到着を、周辺貴族に触れ回りこちらに着くように呼び掛けている。
俺が少数を率いてゾポンドート軍を蹴散らした、という武勇伝を流布するのも忘れない。
初戦の勝利を最大限に利用しよう。
それから一か月。
東の地の領主たちに国王と敵対するか味方に付くかを迫り、味方に付いた領主には兵士を率いてはせ参じるように命じ、敵に回った貴族を討伐する準備を進める。
その期間に国王から、ゾポンドート討伐と領地平定の正式な委任状が届いた。
依頼していた王宮での政治工作は上手くいったようだ。
王国近衛騎士団長のオルボスが二千の兵を引き連れて援軍に駆けつけ、俺の指揮下に入った。
オルボスは到着するなり娘のリスティーヌに、アレス王子との間に子は出来たか、ちゃんと子種は貰えているのかと大声で問いかけて、着いて早々親子喧嘩を始めた。
デリカシーに欠けた男だが、剣の腕と軍の指揮は確かなので来てくれて心強い。
気になるのはこの間の、ゾポンドートの動きだが――
どうやら領内で農民の反乱が発生し、その対処に自領を駆けずり回る羽目に陥っているらしい。
自業自得とはいえ哀れな奴である。
だが、そのおかげでこっちは時間が稼げた。
敵が農民の反乱を押さえているうちに、こちらは敵に回った貴族を潰していく。
敵に回ったのは、ゾポンドートと元々仲の良かった三つの貴族と、時流を読み誤った貴族が一つだ。
――まあ、国王がゾポンドートに敗北すれば、そいつの方が正解だったということになるんだが……。
そうならないように、最善を尽くそう。
俺が王国の東の領域で指揮できる軍勢は、六千二百まで膨れ上がった。
それ以外に傭兵部隊も、必要に応じて参戦してくれるよう話は付けてある。
傭兵ギルドで動員できる数は、最大で五百になる。
後方支援や雑用中心に働いてもらうことになる。
この地域で敵対した四つの貴族の動員能力は、それぞれ五百、二百、三百、五百。
彼らは、ゾポンドート軍本隊の到着を心待ちにしていることだろう。
切実に、死ぬような思いで――
……そう思っていたのだが、どうやら俺の読み違いだったらしい。
ゾポンドート派の貴族の二つの勢力が結託して、俺が拠点としているアルデラン伯爵の屋敷へと軍を率いて討って出てきた。
兵数は合計で六百ほどだという。
「……血迷ったのか?」
「恐らくですが……アレス王子が少数で多勢を打ち破った、という武勇伝に触発されたのではないでしょうか?」
「それ以外だと、……単純に王子を子供だと見くびっているかですね」
俺のつぶやきに答えたのは、親衛隊長のリスティーヌと、傭兵ギルドのシーネだ。
シーネを呼んでいたのは、弓兵で斥候が得意な彼女に敵勢力の地形情報を聴いておこうと思ったからだが――
まさか敵が打って出てくるとは……
「一応確認するが、ゾポンドートの本隊が内乱を収めて、進軍してきたということは無いのか?」
「その報告は無い。奴はまだ農民の反乱に手こずってる。――あっちは今なら、暗殺できるかも? ――どうする?」
暗殺ギルドのリーナが答えて、提案してくれる。
「いや、差し迫った状況ならそれもありだが、勝ち筋があるなら――あいつの暗殺は無しだ。今回の騒乱の責任を取る首には、相応の舞台が必要だからな」
俺の答えにリーナは短く『了解』と言って引き下がった。
まあ今は、遠くのゾポンドートよりも近くの雑魚貴族だ。
籠城されると厄介だと思っていたが、打って出てくれたのなら好都合だ。
俺は動員できる六千二百の兵を率いて、敵軍六百を捻りつぶした。
ゾポンドートはまだ自領で農民の反乱に手をこまねいていて、こちらに出てこれない。野戦で敵を蹴散らした勢いで、籠城の構えを見せている残りの敵を掃討することにした。
まずはゾポンドート派の貴族の館を、包囲して火矢を放つ。
要塞としても使われるアルデランの屋敷とは違い、地方の田舎貴族の屋敷だ。大した防備があるわけでもない。この人数で攻めれば苦も無く潰せた。
降伏した敵の貴族が、俺の前に引っ立てられる。
そいつは、聖女を追放した国王のせいで苦労しているだの、今すぐ謝罪して賠償しろだのと喚きたててきた。
そんなこと、今言っても仕方ないだろう。
それに、だからといって反乱していい理由にはならない。
一応、敵の言い分も聞いてやった。
もういいだろう。
俺は捕らえた貴族一家の処刑を命じた。
死刑がつつがなく執行されたところに、白旗を掲げた騎馬が一騎、こちらに向かってまっすぐに駆けてきた。