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第8話 咲季の代わりに

城ヶ崎(じょうがさき)舞花まいか

 それがチビの本名らしい。


 咲季の中学時代からの友達。

 何度か家の前まで来たことはあったと思うが、顔を見た事が無かったのでどんな見た目をしているのか知らなかった。

 咲季の話から、物怖じしない性格というのは分かっていたが、それだけ。

もうちょっとほわほわした子をイメージしていたが、そういう雰囲気は一ミリも無い。

 そんな事を思いながら、すっかり暗くなった田舎道じみた帰路を城ヶ崎と共に歩く。

 駅から少し離れただけで田畑やビニールハウスが多くなる俺の地元は、車か自転車が無いと生活が出来ないくらいに、近くに店がない。あるとすれば住宅くらいのもの。

 街灯も少ないため、不審者も中々多かったりする。

 少し周りに気を配りながら城ヶ崎の隣を歩き、


「ガサキちゃんは勉強とか大丈夫なの?」


 草木の生い茂った古い公園に差し掛かった時、打ち捨てられた教科書を横目に見つけ、なんとなしに声をかけた。


「は?急に何?ていうか城ヶ崎な」

「昨日、咲季が忙しいだろうって言ってたから。お見舞いに来る暇作れたのかなと」


 別に城ヶ崎がどうとは言っていなかったが、多分こいつの事を言っていたのだろう。

 俺の質問に城ヶ崎は「ふふん」と得意気に笑って、


「アタシは勉強とかしなくていーの」

「は?」

「だって行くの専門だし」

「あー」


 余裕顔の理由に納得。

 なるほど確かに専門学校ならちょっとした面接だけで入れる所もあると聞く。それなら学校の勉強なんてあって無いようなものだろう。赤点さえ気をつければ。


 しかし、そうなると咲季が言っていたのは別の友達の話だったんだろうか。


「ガサキちゃんが専門行くって咲季は…」

「……あのさ」

「ん?」

「その『ガサキちゃん』ってのやめてくんない?」

「周りからそう呼ばれてるんじゃないの?」

「アタシそのあだ名好きじゃないの」


 不貞腐れたように言う城ヶ崎に俺は首を傾げた。


「別に不快な言葉を連想させる単語じゃなくないか?」

「単純に可愛くない」

「……………」

「何その顔」

「いや」


 可愛い可愛くないを気にするキャラだったのかと思っただけである。


「ガッキーが専門行くって咲季は知ってんの?」

「……………」

「何ですかその顔」

「やっぱり兄妹だなって。発想が一緒」


 凄い呆れ顔。

 咲季が既に開拓済みのあだ名だったようだ。


 人気の全く無い交差点に差し掛かり、赤信号で止まる。

 待っている間、城ヶ崎は前を見たまま黙っていて、青信号になって歩き出した時に口を開いた。


「咲季は知らないと思う」


 専門学校に行くのを知っているかという質問の答えだろう。

 予想通りではあったけど、意外でもあった。

 咲季とはてっきり親友のような立ち位置にいると思っていたのだ。見舞いには来なくてもアプリでやり取りしていて、話しているのが自然じゃないだろうか。勝手な押し付けがましい想像だが。

 まあ、つまるところ……


「咲季と喧嘩中か」

「……何でそんなの分かるの」

「いや、さっき喧嘩してるみたいな事を言ってたじゃん、あのツーブロ」


 そう言うと、城ヶ崎は「あのチンパンジー……!」と忌々しげに呟いた。


「仲直りしないの?」

「それ秋春に関係あんの?」


 睨まれる。

 猫の威嚇のような眼圧に少したじろいだ。


「ていうか喧嘩じゃないし」

「そうなんだ」


 刺激すれば危険と判断し、流す。

 下手をするとさっきのツーブロみたいに足を執拗に踏まれる可能性がある。


「………………」

「………………」


 沈黙。

 薄暗い高架下を通り、そろそろ家が近くなってきた所で、城ヶ崎が不意に口を開く。


「あのさ」

「何?」

「咲季、なんか言ってた?」


 不安げな、縋るような声。

 顔は伏せられ、表情は見えない。

 だが、その姿はとても頼りなげで、


「私に友達なんていないの!と泣いていた」

「っ!」

「というのは俺の勝手な妄想で……っておい、ちょっと、鞄を振りかぶるの止めて。お願い。暴力は何も生まない」

「……真面目に答えろ」


 俺のお茶目なジョークはお気に召さなかったらしい。

 咲季の話題になると思いの外萎らしい態度を取るから、悪戯心が湧いてしまった。

 表情も分かりやすいし、からかうのは少し楽しいかも知れない。自分の身は犠牲になる可能性が高いが。

 とは言え、城ヶ崎は真剣そのものの顔をしていたので俺も気持ちを切り替えた。


「……特に何も言ってなかったよ。まぁ、週に一度は『ガサキちゃん』とか『マイマイ』とか『舞花』って言ってたのが最近無くなったって所から、色々と察せるけど」


 城ヶ崎は息が詰まったかのように黙りこくった。


「明日改めて見舞いに来れば?」

「はぁ?」

「何があったかは知らないけど、咲季なら面と向かって話せば何とかなるもんだよ」

「単細胞な男子の理論を当てはめないでくれる?」

咲季あいつはゾウリムシとかアメーバと同列の生き物だから大丈夫」

「アタシの咲季を悪く言うな」


 睨まれる。

 怖っ。

 親友なら知っているであろう事実を言っただけなのに。


「ていうか、そもそも今日だってお見舞いに来るつもりだったんだろ?」

「……それは、坂口が急に下心丸出しで見舞いに行くとか言い出したから……」

「守るためにって?」


 頷く。

 すげーな。騎士ナイトかよ。


「悪い?」

「いや?むしろこんなに想ってくれる人がいて咲季は幸せ者だなって」


 それだけに、仲違い(?)している理由が気になるが。


 ……しかし、どうしたものか。

 こういう問題は時間が解決してくれる場合も多い。普段なら一々首を突っ込まず、放っておく所だが、


「時間かけてもらいたくないよな……やっぱり」


 咲季には余計な悩みを抱えたまま半年を過ごして欲しくない。そんな思いが強かった。


 突然、理不尽にも未来を絶たれてしまったのだ。だったらせめて、その過程だけは良いものであるべきだろう。

 それに今日、咲季が言いかけた『やりたい事』。状況や言葉からして、恐らく……


「なあ、ガサキちゃん」

「なに?ていうか城ヶ崎だっつってんでしょ」

「君は咲季と仲直りしたいと思っている。これに間違いは無い?いや、間違いじゃないよね絶対そうだよね」

「勝手に納得すんな!」

「あー、うん、文句は後で聞く。今はとにかく手っ取り早く済ませたいから」


 ちょうど俺の家のすぐ近くまで来て、足を止めた。

 ()()()()()と思いつつ、


「咲季も仲直りしたいと思ってる。だから、さっさと仲直りだ」

「はぁ?何なの?」

「明日、病院の前で待ち合わせよう。16時半頃がいい。咲季に会いに行こう」

「ちょっ、何勝手に……」


 急に約束を取り付けてきた俺に不信感丸出しの城ヶ崎。気持ちは非常に分かるが、俺に細かな駆け引きをできるような器量は無い。ストレートに、強引に。

 気を使って探り探りで提案してたんじゃ、日が暮れてしまう。


「それで咲季に、その有り余る元気を分けてやってよ」


 頼む。と頭を下げた。

 前から戸惑っているような気配。

 他人から頭を下げられる経験なんて学生の内じゃほとんど巡り会えないだろうから、当然か。しかも相手は年上だし。


「…………咲季、そんなに元気無いの?」

「いや、ウザったいレベルでやかましいけど」

「………………」

「ちょっと?無言で胸ぐら掴んでくんの止めよ?暴力が生むのは憎しみの連鎖だけ……ごめんなさい調子乗りましたグーパンはよして勘弁して」

「ホント兄妹だな!マジな空気の時に急にふざけるのマジ悪癖!兄妹揃って!」


 胸ぐらを掴まれたままブンブンと頭を揺すられる。

 すみません。からかいが過ぎました。

 普段咲季と逆のやり取りしてるから、ふざけてみたかったんです。


 # # #



 その後、俺の強引な誘いに渋々頷いた城ヶ崎をマンションまで送り(俺の家から徒歩三分程度の場所だ)、家に帰れたのは結局19時近くだった。


 家の前に立ち、少ない街灯に照らされた我が家を見上げる。

 二階建ての一軒家。物心ついた頃には既に住んでいた、俺たち家族の家。狭くもなく広くもない、至って普通の一軒家。

 しかし今は、何となく暗い。そんな雰囲気がする。

 俺はため息をつき、家の鍵を使って玄関の扉を開けた。


 暗闇。

 玄関に電気はついていない。恐らく家の中のどこにも。

 いつもの事だったので気にせず、電気をつけながら家の中に入っていった。


「…………………」


 廊下を進み、二階にある自室ではなく、そのままリビングへ。

 ドアを開ける。

 暗闇。

 だけど、確かな人の気配。


 電気をつけた。


「………ただいま、母さん」


 部屋の半分、テレビのある右半分の空間に置いてある白色のソファー。

 それを背もたれに、フローリングの床に腰を下ろしていたのは、俺の母親――片桐明菜かたぎりあきなだった。


 絶対に待っていると思ってた。


 俺の声に気づき、俯いていた顔を上げ、立ち上がる。やつれた顔。明るくて美人な事で近所で有名だった面影はもう無い。

 今まで気を配っていたミディアムの髪はボサボサで、化粧だってしてなかった。

 しかしその爛々とした瞳から放たれる悪意は、異様な力を放って俺へと向かい、


「――っ!!」


 ばしん!と。

 大きく乾いた音がリビングに響いた。


「いい加減にしなさいよ!!」


 頬が痛い。

 母さんに顔を叩かれたと気付いた時には、ヒステリックな声が俺の鼓膜を揺らしていた。


「あんた咲季が可哀想だと思わないの!?何とも思ってないんでしょ、どうでもいいんでしょ!ねぇ!」

「そんなわけ、ないだろ」

「じゃあ何?こんな大変な時期に女の子とデート!?おかしいじゃない!咲季が大切なら、そんな事してる暇ないわよ!!」


 母さんは髪を振り乱し、そばにあった丸机を蹴る。


 もはや俺の言葉など届かない。

 勘違いだろうがなんだろうが、今の母さんにとっては自分の思った事が全てなんだろう。


 城ヶ崎と俺の家の近くで話していた時、買い物袋を下げて家の前に立っていた母さんを見た瞬間、こうなる事は予想済みだった。

 何故ならその時、母さんの目に明らかな怒りが宿っていたから。


「母さん、今日は珍しく出かけてたんだね。何、一人楽しくショッピング?そりゃいいご身分だな」

「っっ!!」


 また顔を殴られる。


 咲季が余命を宣告されてから、母さんは段々とおかしくなっていった。

 家事も、近所との付き合いも止め、ただ家に引きこもるようになった。

 父さんとの喧嘩も増えた。

 些細な事で怒るようになって、特に咲季の話題になると敏感だった。


 今日のように暴力を振るうこともしばしば――これに関しては前々から兆しはあったけど。


 ……まあ、それだけなら、良かった。

 けど俺にはどうしても許せない事が一つあって。

 だから、母さんが精神的に追い込まれていようが、きつく当たってしまう。


「どうせ今日もまた、咲季に会ってないんだろ?いっつも咲季がどうこう言う癖に、『会うのが辛い』とかふざけた事言……っ」


 また殴られる。

 偶然にも、今日ツーブロに殴られた左肩に当たり、痛みでそのままうずくまった。


「うるさい!!うるさい!!うるさいッ!!」


 叫び、今日買ってきたであろう果物やパックに入った肉を投げてくる。

 まるで子供に戻ったみたいに、理性を無くした獣みたいに。


「あんたなんか、あんたなんか……!」


 ああ、どうしてこうなったのか。


「咲季の代わりに死ねばいい!!」


 やっぱり、神様はクソ野郎だ。




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