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第6話 身内にバレませんように


「どうかしました?」

「は?」「あ?」


 ガラの悪い返事が双方から届いた。

 俺はあまり気が強い方じゃないので、その眼圧にかなり竦み上がった。

 しかしこれも咲季のためだと引き攣った顔に無理矢理笑顔を作る。


「君たちはあれかな、片桐咲季のお友達?」

「あんた誰?」


 ツーブロが警戒心露わに俺に問いかけた。


「片桐秋春です」

「は?知ら……ん、片桐?」

「兄。兄ちゃん。咲季の」


 自分を指差して弁明するように繰り返すと、今度はちっちゃい女の方が反応した。


「あー!どっかで見た事あるなって思ったら咲季のシスコン兄貴だ」

「え、待って何その不名誉な呼称」

「咲季ちゃんの兄貴?全然似てねぇウケる」


 やかましいわツーブロ。


「よく言われる。お前捨て子なんじゃねとかよく言われた。まあそれはともかくとしてなんで俺シスコン兄貴なの?ソースどこだよ」

「咲季が『毎日私の傍を離れてくれないし寝る時も一緒に寝たがるの困るわぁ』って」

「あの子は妄想と現実の区別がつかない新世代児だから本気で取り合わないように」


 後であいつのスマホの壁紙を節足動物の集合写真にしてやると心に決め、ちっちゃい女に向き直る。


「で、二人は咲季のお見舞い?」

「そうそう。あ、丁度いいや、案内してよ」


 尊大な態度のツーブロ。

 とりあえず無視。

 一瞬で咲季に会わせるべきじゃないと判断し、お帰り頂く口上を脳内で構成。


「えっと、せっかく来てもらって悪いんだけど、今丁度あいつ寝ちゃっててさ、また今度の機会にしてもらえる?」

「おー、じゃあ寝顔見に行く」


 ツーブロは日本語が不自由みたいだ。


「彼の母国語は?」

「ぷっ」


 ちっさい女に小声で訊いたら吹き出した。

 笑うとくしゃっとなる表情は中々愛嬌があり、そのギャップに少し驚く。


「話通り面白いね咲季の兄貴」

「どうも。それはそうともっと他に呼び方ない?」

「名前なんだっけ?」

「秋春」

「じゃあ秋春」


 貴様年上に対する一般的態度は身につけて無いのかと叱ってやりたくなったが、そもそも自分は大した人間じゃないから敬称とか要らないかと言葉を飲み込む。


「なぁ、早く案内してよ」


 ツーブロ君が苛立ちを再発させたのか足をタンタン鳴らしてこっちを見ている。

 俺はチビと顔を見合わせた。

 どうすればいいのコレ?という視線である。

 悩んでいるとチビが動いた。


「咲季が寝てるんだったら無理して会う必要無いから、物だけ渡して帰るぞ坂口。ていうか帰れ坂口」

「今行ったら目ぇ覚めてるかもしんねーじゃん。ていうか顔見るだけでもいいんだって」


 坂口と言うらしいツーブロ君はチビが正論を言ってもなお聞く耳を持たなかった。

 ていうかそもそもなんでこんな咲季に執着すんのこいつ。


「君、咲季の事好きとか?」


 わざとストレートに尋ねると、


「いや好きっつーか、可愛いじゃん?だから話してぇなーって」

「単純明快過ぎて逆に応援したくなる奴だな」

「ちょっと」


 チビが俺を睨んだ。

 ごめん。ここまで欲望に忠実な珍獣は初めて見たからついね。嫌いでは無いかもしれない。


「まあ、うん、とりあえずそういう理由ならお引き取り願う」

「あ?なんで?」

「遠回しに体調悪いって伝えたつもりだったんだけど、気づかなかった?」


 今度は強い口調で、できるだけ感情を込めず言う。

 別にそんな事は無いんだけど、こういうのはオーバーに言った方がいいだろう。


「行ったら体調良いかもしんねーじゃん。顔見るだけでいいんだって。邪魔すんの止めてくんね?」


 しかし、驚くべき事にこの珍獣は止まることを知らなかった。

 何をも恐れぬ猪突猛進。

 このツーブロはアレか、サイコパスの一種か?少子高齢化を止めるために彗星の如く現れた性の救世主なんだろうか。人類には貢献してくれるかもだが今はウルトラ迷惑である。


「この動物は人間に似てるけど何て動物なのかな?」

「ぶっ」


 チビは「いいね、そういうの好き」と笑いを堪えながら俯いた。

 いや、結構真剣に、コレはちゃんと意思疎通が可能な生き物なのかなと疑ったんだけど。


「なあ、おい」


 苛立たしげな声が間近で聴こえた。

 見ると、すぐ目の前にツーブロが立っていて、俺を見下ろしている。

 でかい。俺は平均より身長が少し高いはずなので、こいつはおそらく180を越えているのではないだろうか。何かスポーツをやっているのか、やたらガタイもいいし、かなりの威圧感だ。


「さっきからコソコソ何だよ。おちょくってんの?」


 さっきから小馬鹿にしていたのに雰囲気で気付いたらしい。眉間に皺を寄せて凄まれる。


「滅相もございません」


 視線を逸らした。

 だってめちゃくちゃ怖いし。暴力を厭わないような荒くれ感出てるし。

 俺は痛いのは嫌だ。


「もういいわ、話しても無駄っぽいし、一人で行っから」


 不機嫌にそう言うと、ツーブロは何故か俺を突き飛ばし、病院内に入っていった。

 まずい。今、咲季はバリバリ元気なので、手続きしたら普通に入れてしまう。

 こういう手合いは苦手だろうから、入れてしまったら咲季が嫌な思いをするだろう。

 それに一回入れてしまったらまたノコノコとやって来そうである。


「ちょっと、坂口!」


 チビがツーブロを追いかけて行く。


「うわー」


 これは面倒臭い事になりそうだ。

 こうなったら覚悟を決め、俺も二人を追いかけた。



 #


「だから帰れっつってんだろ性欲バカ!」

「ああ?」


 院内に入ると早速、振り出しに戻ったような光景がそこにあった。

 険悪極まりない男女が二人。

 院内ロビーの視線がそこに集中し始めていて、一様に迷惑そうな表情をしている。

 無理もない。この二人は明らかに場違いだ。


 関わるのはめちゃくちゃ嫌だったが、仕方ないので近づく。

 それに、()()()()()()退()()()()()、こうやって言い争わせていた方が都合がよかった。


「何だよ、もしかしてお前嫉妬してんの?」

「は?何言ってんの?」

「俺が好きだから咲季ちゃんと会わせたくねーんだろ?」

「はぁ?」


 呆れてものも言えないといった様子のチビ。しかし、


「そう言えばオレが見舞いに行くって言ってからお前も行くって言い始めてたよな?」

「そんなのたまたまだから」

「そもそもお前、今咲季ちゃんと微妙な感じになってるって噂じゃん。それで見舞いなんて行くか?」

「っ……!」


 明らかな動揺と怒りがチビから発せられた。


「それで俺が咲季ちゃんに取られるってんで邪魔しようとしてんだろ?女の友情は脆いよなァ」


 小馬鹿にしたような声。

 完全な言いがかりで、誰が聞いても自意識過剰な暴論でしか無い言葉。

 だが、それはチビの怒りを大いに買ってしまったらしい。


「ふざっ、けんな!!」


 チビが腕を振りかぶり、


「っで!」


 ツーブロの足を思い切り踏んでいた。

 どうやら腕はフェイントだったみたいだ。さっき踏んだのと同じ右足を踏んでるあたり、性格の悪さが滲み出てる。しかしまあ、ナイスファイトと言っておきたいところ。


「ふざけてんのはお前の方だろうが!」


 ツーブロがキレる。

 まさにさっきの光景の繰り返し。だけど、さっきと違うのはツーブロが本気で腕を振りかぶって拳を作っているという事で……。


 少し離れて静観していた俺は急いでチビの前に割り込み、


 ゴッ!


 と、鈍い音が周囲に響いた。


 肩に鈍い痛み。

 チビを庇うように割り込んだため、左肩にツーブロの拳がもろにめり込んでいた。

 予想以上に痛い。

 へなへなと地面に膝をついてしまうくらいには痛い。

 もう少しオーバーに痛みを表現したかったので、左肩を押さえて蹲ってみる。


「え、ちょっ、何してんの!?」


 一拍遅れて状況を理解したチビがしゃがんで、顔色を窺うように覗き込んできた。


「大丈夫?ねぇ!?」


 単純に相手を想う心配げな表情。

 こんな表情出来るんだなと上から目線にちょっと感心。


 しかしながら、思い描いた通り、上手い具合に大きな騒ぎになってくれた。

 いつの間にか人だかりが俺達の周りに出来上がっている。

 老若男女問わず、心配そうに俺の方を見て、そして、避難するようにツーブロを見ている。


「な、んだよ、見てんじゃねーよ!」


 大声で凄むが、多勢に無勢。

 どんな時も、大抵多く味方をつけたやつが勝利を掴むものだ。


 大の男が暴力を振るうと、その時点で悪者になる。しかもそれが先に暴力を振るったチビに対してならともかく、何もしていなかった善良な一般人なら、尚更。しかも蹲るほどのダメージを与えたとあらば、傷害事件も必至。

 さらに反省が欠片も見られない態度。


 スリーカード。強制退場待った無し。

 人は弱き者の味方なのだ。


「どうされましたか!?」


 やがて看護師らしき人がやってきて、事態は一旦収束した。

 ツーブロは舌打ちして、そそくさと出口へ向かい、今度こそ消えてくれた。さすがに大人数からの非難の視線は堪えるようだ。

 肉を切らせて骨を断つ。まさにその言葉を体現した俺のファインプレーと言えよう。

 自己満足に浸りながら、段々と熱を帯び始めた左肩に一抹の不安を覚え、


「身内にバレませんように」


 一番面倒な問題へ思いを馳せた。



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