第15話 城ヶ崎借りていってもいいかな
咲季の高校の校門前の高架下に俺は居た。
時折頭上を通る電車の音が煩わしかったが、数十分もそれを聞いていれば何とも思わなくなるもので。人間の慣れは凄いなと一人で感心し、スマホに目を落としているように見せつつ、チラチラと校門から出てくる顔ぶれを確認。
やっている事気持ち悪いなと思うが、仕方が無いのだと言い聞かせ、俺は城ヶ崎が出てきてくれるのを待っていた。
「咲季と何があったのか訊くだけ。変態じゃない。ストーカーじゃない」
なぜ校門で女子高生を出待ちするという不審な行為を俺がしているのかと言うと、城ヶ崎に昨日何があったのか問いただすためだ。
咲季に訊くのはストレス面を考えるともう出来ない。
だから選択肢はこれしかなかった。
しかし、下校する高校生から時折刺さる「なんだこいつ」みたいな視線が痛すぎる。
そのうち通報でもされるんじゃないかとびくびくしていると、
「あ」
目的の人物が視界に入った。
しかも、向こうも気付いたのか、足早に校門をくぐり、真っ直ぐにこちらへ向かってきた。
そして目の前に立ち、険のある表情で俺を見上げる。
相変わらずの色素の薄い髪に幸福の象徴である青い鳥のヘヤピンがとめられているが、本人の表情が幸せなんぞクソ喰らえといった具合なのだから、何ともアンバランスである。
隣には城ヶ崎の友達と思われる野暮ったいイメージの黒縁眼鏡の女子。身長は城ヶ崎より10センチ近くは上だろう。女子の中では身長が高い方の咲季(165センチ)よりかはいくらか低いものの、城ヶ崎の身長が低すぎるため、先輩後輩に見えなくもない。が、雰囲気的に友達で間違いないと予想。
こちらの女子も値踏みするような視線を向けてきていた。
初っ端からやたらと警戒されている事に焦りつつ、場を和ませようと口を開いた。
「やあ。よく会うね」
「……」
「奇遇だね」
「バカにしてる?」
城ヶ崎の表情がより険しくなった。
「少しだけ……いえ、ごめんなさい、冗談です。なんかやたら警戒されてるから空気を和ませようとねだから鞄振りかぶらないで下さいお願いします暴力は何も生まない」
キレ気味の城ヶ崎を手で制しつつ、隣の少女をチラリと見遣る。すると向こうと目が合った。
「あ、ウチはこの子の友達で凛って言います。どうも〜」
「あ、うん、どうも……」
やる気(と言うのも変だが)無しの声で自己紹介。
何故下の名前だけを?と疑問に思ったが、もしかしたらかなり警戒されてるのかも知れない。
…よく考えたらそうか。校門の前で男が待ち伏せるように待っていたら、少しは警戒もするだろう。城ヶ崎も少し警戒しているようだし。
「ところでお兄さんはどなた?この子の彼氏?」
フレンドリーに、しかし気怠げな声色で、少女――凛が訊く。
「いや違う。全然全く」
「うわ〜、結構バッサリ言い捨てますね」
「………」
城ヶ崎から何か言いたげな視線を頂戴するが、何だかよく分からないのでとりあえずスルー。
「俺は、」
「この人は咲季のお兄ちゃん。ほら、あの〝シスコン兄貴〟の」
俺が説明するより先、城ヶ崎が紹介してくれる。説得力が増すので助かったが、
「ん……?あ、あ〜!あの!あの〝シスコン兄貴〟!」
「ちょっと待って、何なの?君も知ってるのそれ?なんでそんな「お馴染みの」みたいな感じなの?そんなポピュラーなワードなのそれ?」
〝シスコン兄貴〟のワードが引っかかって突っ込む。
「確かに、言われてみれば送られてきた画像と同じ顔してる」
「ちょ、俺の画像拡散されてんの?」
聞き捨てならない新事実が飛び出した。
「咲季と交流ある子は大体? 話自体だったら学年の女子ほとんど知ってるんじゃないですか?」
なんてことも無いように言うが、単純に言うなら俺の事をある事無い事吹聴して校内をまわっていたって事だろう。
咲季にガチ切れしても問題無いレベルの案件じゃなかろうか。
「ちなみにどんな事吹聴してた?」
「………………」
「……なんで目を逸らす?」
「…………」
一向にこちらを見てくれない凛。
「あのー城ヶ崎さん、代わりに答えて。この沈黙の意味を教えて」
「…………………………前言ったじゃん「毎日私の傍を離れてくれない〜」みたいな事だって」
「おい、前半の間はなんだ。絶対他に何かあるだろ!」
城ヶ崎へ向き直って問い詰めようとすると、凛が「しょうがない」といった具合に息を吐き、
「一例としましてはうなじ」
「うな……じ? お、おう」
急に話してくれた事に驚きつつ、振り向いて続きを待つ。
「咲季のうなじを……あむあむ……」
「は?」
「がじがじしてくると…」
「は、はあっ!?」
とんでもない風評被害に今度は凛へ詰め寄った。
「あ、すみません、ちょっと、来ないでください」
素早く後退る凛。
「信じてんのか?そんなもん信じてんのか!?」
「あむあむされる〜。舞花、守って」
叫ぶ俺をするりと躱し、回り込んで城ヶ崎の後ろへ。
その様子を見た城ヶ崎は嘆息し、
「凛。いけそうだと思ったらすぐにからかうのやめなって」
「……はいは〜い」
「あは」と空気の抜けたような笑いと共に、城ヶ崎の背後からのろのろと出てくる。
「お兄さん、安心してください。冗談です」
凛はニヤけた顔を一転、真剣な表情へ。
「ネタでお兄さんがうなじをあむあむしていると吹聴されているのは事実ですし、そのせいであむあむ星人と呼ばれているのも事実ですけど、誰も本気にはしてませんから」
「安心出来る要素ほぼねーし!ていうか聞きたくなかったそんな事実!」
顔は真剣でも全然真剣じゃなかった。
でもまあ、こんなやり取りをしたおかげで城ヶ崎の張り詰めた空気が少し弛緩したみたいだから、よしとしよう。その点では凛に感謝だ。
俺は気持ちを切り替えるように一つ咳払いし、
「ところでなんだけど、城ヶ崎借りていってもいいかな。……もしかして遊ぶ約束でもしてた?」
「別に。大丈夫」
凛への言葉に、食い気味に答えてきた城ヶ崎。なんだか息巻いているように見える彼女を怪訝に思いながら、視線を凛へ。
「あ、ハイ。ウチも別に舞花に用事とか……あ〜、う〜ん」
凛は何を悩んでいるのか、視線をゆっくりと上へ下へ彷徨わせ、最後に俺を見る。
「やっぱり、ウチも一緒してもいいですか?」
「え?」「は?」
予想外の言葉に、俺と城ヶ崎が同時に驚きの声を上げた。
「もしかしなくても話って咲季の事ですよね。それも、明るくない話題」
どうやら咲季と城ヶ崎共通の友達らしいのは先の会話から分かっていたし、簡単に想像出来ることなので、隠さず頷き、先を促す。
「一応ウチ、これでも舞花と咲季で仲良し三人組やってたんで、ただの部外者って訳でも無いんですよ。だから咲季の事聞きたいです」
ついてきたい理由は城ヶ崎を心配してか、それともただの興味本位か。
表情を見る限りふざけているわけでは無さそうだが、凛の事をよく知らない俺には本当の所は判断がつかない。
しかしどちらにしても、今回は高確率で城ヶ崎にとって嫌な話になる。
「俺は良いけど、城ヶ崎は?多分俺が来た理由とか、察しがついてると思うけど」
ここは城ヶ崎に判断を委ねるべきだろう。咲季の事を大切に思っているのは分かっているし、あいつにとっても都合の悪い判断はしないはずだ。
上方で、電車が通る音。高架の隙間から漏れた光が遮られ、辺りが暗くなる。
光が元に戻った頃、城ヶ崎が静かに頷いた。
俺はそれに「分かった」と返し、
「かなり面白くない話なのは覚悟してね」
凛に忠告。
彼女も分かってるんだか無いんだかよく分からない間の抜けた声で「はい〜」と了承し、ゆっくりと話ができる場所へ移動した。
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