第11話 キミにお客様が来ている
赤坂さんが去った後、入れ違いで城ヶ崎がやって来た。
病院手前の横断歩道でキョロキョロと辺りを見回し、視線が俺の所で止まると、小走りでこちらに向かって来る。
昨日と同じく学校の夏服姿。手にはコンビニのビニール袋があった。
ショートカットの髪が動きに合わせてさらりと揺れ、太陽の光を青い鳥を模したヘヤピンが反射している。
場所が場所なら放課後デートに見えなくもないななんて下らない事を考えながら、俺は缶ジュースを飲み干して空き缶入れへ。
「その頬どうしたの?」
開口一番、城ヶ崎が俺の顔を見るなり言った。目ざとい。
「テニス部の流れ弾が当たった」
やっぱり目立つよなと、少し腫れた頬を撫でる。
「大丈夫?冷やした方がいいよ」
心配そうに見上げる城ヶ崎。
表情から、彼女が本当に心配しているんだろうという事が伝わってくる。
本当に、中身だけ見たら良い奴なのに、なんで態度とか口調が失礼極まりないんだろう。もったいない。
「後でやっとく。ありがとう」
「坂口に殴られたとこは?まだ痛む?」
「あー、強めに触られると痛い程度かな」
実際は、昨日母さんに殴られまくったから痛みが強くなってる感がある。だが、それをわざわざ言う必要もないだろう。
「もし悪化したらあの猿ぶん殴ってやっから!」
腕を正拳突きのように突き出す城ヶ崎。
「やめてやめて絶対色々面倒なことになる」
「大丈夫。あいつほとんどの女子グループから嫌われてるから。何かしたら殺す」
「そ、それは頼もしい限りで」
咲季と仲良かった事から察するに、城ヶ崎は上位グループの一人だと思う。その一人がこうまで言っているのだから、相当疎外されているのだろう。
最初の印象では上位グループに属していると思ったが、もしかしたら「男子の中では」という制限がついてるのかも知れない。
「まあ、あのツーブロの話はここまでにして……準備はいい?」
どうでもいい人間の話を聞いていても時間の無駄だと思ったので、早めに切り上げようとしてみた。
すると、今しがたまで元気いっぱいだった城ヶ崎の表情が固くなっていき、
「まだ、早くない?」
「さっきまでの威勢はどうしたんだ」
「だって、微妙な感じの時にいきなり会いに行くって……」
「咲季は単細胞だから、会って話してる内にどうにかなるって」
昨日の気性の激しさはどこへやら、女子らしい不安げな表情へ。
もじもじと指を絡ませている姿は華奢で愛らしい矮躯と相まって可憐に見えなくもない。
確かにそうなるのも分かる。喧嘩したその後、二人(俺もいるが)で会うというのはハードルが高いし、気まずくなること間違い無しだ。だけど咲季に関してそれは杞憂だと俺は思う。
あいつは身内――つまり一度受け入れた相手には甘い。喧嘩しても「絶対に許さない」とまではいかないのだ。
むしろ喧嘩していても会いに来てくれた事を喜ぶタイプ。
友情や愛情に関して咲季はまっすぐで、恨みつらみは残さない。
負の感情よりも正の感情の方が強いのだ。
「ていうか咲季にアタシ来ること伝えてあんだよね?」
「伝えてないけど」
「は?なんで?」
「共通の知り合いでもないのに急に「お前の友達連れてくわ」って言っても戸惑うだろ。だから途中で偶然会ったことにしようかなって」
「昨日の事件話せばいいじゃん」
城ヶ崎は不満げに俺を睨む。
「めんどくさい。それに今身内に刺激を与えたくないんだよ」
ツーブロとの一件が咲季から父さんに伝わり、母さんに伝わったらどんな化学変化を起こすか分かったもんじゃないからな。
今の俺の行動はどんなものでも癇癪を起こさせる原因になりかねない。
「はぁ?なんでよ。それじゃアタシ、アポ無しで急に来た迷惑なやつになっちゃうじゃん!」
「そんな細かい事気にしてたんだ」
「気にする!」
そんなに気にするんだったら勇気出してメッセージ送れば良かったのに。
ていうかこのチビ変に繊細な所あるな。
「咲季なら大丈夫だって。ほら、行くよ」
ここにきてお見舞いを渋られても困るので多少強引だが手首を軽く掴んで引っ張って進む。
「わ、ちょ、まっ」
苛立ちの混じったような声。
いつもの俺ならこんな事はしないが、咲季のためだ。多少嫌われようが構わない。
「やめてって!分かった行く!行くからっ」
すぐに手を振り払われた。
城ヶ崎は掴まれていた左手をさすり、
「…………セクハラロリコン兄貴」
顔を僅かに赤らめ、じろりとこちらを睨めつけた。
「え、ちょっと待って?もしかして俺の事言ってる?」
「アンタ以外いないでしょーが!」
声を荒らげられる。
「腕を少し引っ張っただけだろ」
「そういうのもセクハラに入んだよっ!」
「えぇ……」
そんなもんだろうか。
しかしそれにしても反応が過剰な気がする。
「そんな、男に触れられた事の無い箱入りお嬢様じゃあるまい……」
言っててなんだかセクハラオヤジの言い訳みたいだなと感じ、セルフで落ち込んだ。
だが、そんな俺の言葉になんの反応も返ってこない事に気づき、怪訝に思って城ヶ崎を見ると、
「……それ、咲季から聞いたの?」
「ん?」
「………………」
俯いて、黙りこくる城ヶ崎。
うん、と?
「何が?」
話が見えず聞き返すと、城ヶ崎は顔を勢いよく上げて、
「アタシが男子とまともに付き合ったことも無いって事!」
「……へ?」
城ヶ崎の言葉に固まった。
とんでもなく想像の埒外な言葉だった気がする。
えっと?
つまり?
「……もしかして、まじで男に触られたことなくて免疫無いの?」
「キモイ言い方すんな!」
否定が入らないあたり、正解らしい。
いや、免疫無いって……その臆さない態度で?
「いやー、妹からは全く聞いてないですー……」
「は、はあっ!?」
「さっきのは適当に言っただけで、今のは完全にガサキちゃんの自爆……というより本当に男に免疫無いの?」
城ヶ崎は自爆したという事実を突きつけられたからか、顔を真っ赤に染め、
「わ、悪い!?悪いか!?ていうか城ヶ崎な!」
「いや、悪いっていうか、昨日ツーブロ君キミの手握ってたけどあの時普通だったよね?」
「アレは人類に含まれないの!!」
「あ、そうなんだ」
どうやら彼の人間としての存在は容認されていないらしい。
頑張れツーブロ。
「てかなに!?秋春は女の子にいつもあんな事してるわけっ!?」
「あんな事?」
「強引に手を繋ぐとか!強引に誘ったりとか!あと、王子様みたいに助けたりとか!」
「お、王子様ぁ……?」
普段聞き慣れない小っ恥ずかしい単語に顔を顰めた。
なんだろう、昨日城ヶ崎を庇った件だろうか。
だけどこいつ凄い冷めた対応してきた気がするけどな。
「王子は知らんけど、多少強引だったのは悪いと思ってる」
「そ、そうだよ!気を付けろ!」
気を付けろと言われても、咲季に関する事なら今後もそうなるだろうと思うので、無理だと思うが。
しかし、まあ、あれだ。
こんな風に言われるって事は、俺は城ヶ崎から男として意識されているって事で、
「なんか、ありがとう」
「何がだよ!!」
#
興奮した城ヶ崎をなだめ、病院に入り、ロビーの受付けで手続きを済ませ、咲季の病室の前に来た。
そしてさっきから一気に大人しくなった隣を見下ろす。
「どんだけ緊張してんの?」
石化したように固まっている城ヶ崎を見て、苦笑。
「うっさい」
不貞腐れたように目を逸らす。
「今まで喧嘩とかは?」
「今も今までも喧嘩なんてしてないし」
じゃあ何があったらそんなに怖気付く事になるんだと突っ込んでやりたかった。
まあ、今まで険悪な雰囲気になった事など無かったんだろうな。咲季はそういう雰囲気が嫌いだし、自分が何か不満でも押し隠すタイプだ。
そんな咲季をどうやってマジギレさせたのか気になるが、それは追々聞くとして、
「ま、何でもいいけど、とりあえず入るぞ」
城ヶ崎の制止を無視し、ノックを三回。病室のスライド式の扉を引いた。
城ヶ崎は慌てて俺の後に続く。
簡素な室内が顕になり、後ろの少女の緊張が高まったのが分かった。
白いカーテンが風に揺られて、その隙間から陽の光が白の室内を明るく照らしている。
雑音の少ない真っ白の部屋は、どこか異世界を思わせて神秘的と錯覚しそうになる程。
が、
「さあ、ここに膝ぷりーず!お兄ちゃん!」
聞こえてきたのはそんな雰囲気をぶち壊すテンションの高い声。
「あ」
満面の笑みを浮かべてベッドに腰掛け、ばしばしとベッドを叩くアホの子。もとい咲季を発見。
そうだった。
まずい、膝枕のくだりすっかり忘れていた。
「はーやーく!はーやくっ!」
キラキラと瞳を輝かせて、甘えた声を出す咲季。
うわぁ。こりゃ、友達には見せちゃいけないやつだわ。
もし俺が同じ状況になったら家に引きこもって出てこなくなるレベル。
誰であろうと、自分がデレデレと甘えた態度を取っている所を友人に見せたくはないだろう。
端的に言って恥ずか死ぬ。
しかしそれは既に手遅れ。
「耳掻きもちゃんと持ってきた?んー、けど時間的に買ってきてなさそう」
「あのー、咲季さんや」
「しょーがない、今回はなでなで膝枕で我慢してあげましょう!耳掻きはまた次回に持ち越しという事で……」
「咲季さーん」
「うん?」
大きめに声を出すと、異世界にトリップしていた咲季の目が焦点を現実へ戻した。
「実は今日、キミにお客様が来ている」
「……うん?」
首を傾げる咲季へ、後ろに控えていた城ヶ崎が見えるように横に移動した。
「友達の城ヶ崎さん」
ぎこちない笑顔で「ひ、久しぶり……」とビニール袋を掲げる城ヶ崎。
さっきとは違う意味で非常に気まずそうだ。
正直、ドン引きを絵に描いたような反応である。
「………………う、ん?」
目を点にする咲季。
「あ、こ、これ、咲季の好きな『オレンジーノ』」
ベッドテーブルの上にビニール袋に入ったジュースを置く城ヶ崎。
「う……ん……」
からくり人形のようにその動作を目で追う咲季。
「えっと」
目線を上げ、城ヶ崎と視線がかち合う。
「……………え、えへへ……?」
「……………あ、あはは……?」
意味不明な、愛想笑いのような曖昧な笑いが二人の間で漏れた。
やがて、やっと状況を理解出来てきたのか、咲季の顔面がみるみる内に真っ赤に染まり、
「うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
悲鳴が爆発した。
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