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08 死に戻り令嬢、絡まれる

 はあ、もう……。

 王城に辿りつく前から既に困難は始まっていたのね。


 この行く道を塞ぐ門番気取り令嬢たちを、どう切り抜けたものかしら。


 相手は三人。

 やはり王太子妃選びに招集された推測。


 彼女たちもまた王太子妃になろうという野望……もとい夢をもって乗り込んできたんでしょうけれど、それなら自分のことだけに集中して私みたいな木っ端など捨て置けばいいでしょうに。


 何よりの問題は、コイツら揃って下卑た表情で私を見下ろしていることね。

 こういう上から目線。浴びるのは随分久しぶりね。


「お嬢様、おさがりを……!」


 ノーアが果敢にも声を震わせて言う。

 でもやせ我慢なのがバレバレじゃない。一般的な女性が身分遥かに上な貴族令嬢から睨まれたら怖いのは仕方のないことだけれど。


「いいのよ、ノーアこそ私の後ろに」

「ですがお嬢様……!」

「この人たちは私に用があるそうよ。直接承らないと失礼に当たるわ」


 そう言うと眼前の貴族令嬢たち三人、ホホホ……と嘲りに満ちた笑いを漏らす。


「貴族としての最低限の礼節はあるようね。ニセモノ風情が生意気な」

「そう言うアナタたちは最低限の礼節すらもありませんわね。大勢で一人を取り囲んで威圧するなど淑女の風上にも置けませんわ」

「なんですって!?」


 挑発に挑発で返したら覿面に色をなしてきた。

 なんでこうやたら煽ってくる人ほど煽り返したらキレるのかしら。


 三人の貴族令嬢のうち、一人が率先してカッカしているのを他二人が諫める。


「キジナ様落ち着かれて! 私たちが何のためにここに来たのか思い出して!」

「私たちは、この『魔力なし』が恐れ多くも王太子妃の座を狙っていると聞きつけ、義憤に立ち上がったのではなくて!」

「そうよ! 呼ばれてもいないのにしゃしゃり出てくる悪女! ここはアナタのいていい場所ではなくてよ! 早々に立ち去りなさい!!」


 私だってできることならそうしたいわよ。

 アナタたちのような言葉の通じない人にも絡まれるし、本当に来て一つもいいことがないわ。


「私は、正式な王令を受けてこの場に召集されたのです。私は命令に従っただけ。文句があるのなら私ではなく、私の召集を決定した方に行ってほしいですわね」

「王家の裁決に異議があると!? どこまでも思い上がった御方!!」


 だから異議を唱えているのはアナタたちでしょう?

 どこまでも話の通じない人たちだわ。


「大体『魔力なし』のアナタが王太子妃の選択肢に上がること自体不敬なのよ! 身の程を弁え辞退しておけばいいのに!」

「我がスピリナル王国の誇りは魔法! その魔法の使えない貴族などあってはならないわ! その汚点が国家の頂点に寄り添う王太子妃に選ばれるって? 夢見るのも大概になさい!」


 好き勝手なことを言う人たちね。

 そんなこと、誰よりも私自身がわかっているのに。


「しかしエルデンヴァルク公爵様も愚かな御方。こんな家の恥さっさと処分してしまえばいいのに、無駄に飼い続けるから恥を上塗りすることになるのよ」

「名領主などと誉めそやされているけれど、所詮噂ね。『魔力なし』などを勘当せずにおくのが何より愚かな証拠」

「フン、無能ではあって見てくれだけはよろしいから。貢物としての価値ぐらいはあると踏んでいるんでしょう」


 令嬢たちの視線に、侮蔑だけでなく下卑の色まで宿りだす。


「たしかにお胸だけは無駄に大きいわねえ? それで王太子様まで惑わせると?」

「色仕掛け程度で王太子様を手玉にとれるとは恐れ多い。そんな傾国の女狐は我ら忠臣が成敗しなければ」

「ここで潔く身を引けば私たちから嫁ぎ先を紹介してあげてもよろしくてよ? 六十過ぎの老紳士の、四人目の後妻なんていかがかしら? ……ひッ!?」


 私の眼光一睨み。

 それだけでピーピー鳴き散らすスズメたちの喉が凍り付いて止まる。


「王都のレディはいつからこんなに下品になったのかしら? クズは伝染するといいますし私、領地で暮らしていて正解でしたわね」

「何ですって!?」

「たとえ魔力があろうがなかろうが、私はエルデンヴァルク公爵家の長女、れっきとした公爵令嬢よ。五爵の頂点に立つ公爵の愛娘を、爵位を賜った本人でもないドラ娘風情が侮辱できるなどと随分思い上がったわね」


 皮肉罵倒で私に勝てると思わないことね。

 今世で八年間、真っ当な貴族令嬢として育ってきたけど、それでも前世の悪行を忘れたわけではないのよ。


 口撃で相手を追い詰め、心を折るなんてかつての私がもっとも得意としたことなんだから。


「この……『魔力なし』が舐めた口を利くなんて……!?」

「もう許せませんわ! こうなったら私たちが王家に代わって無礼者に罰を与えます!!」


 三人組の一人が何事か呟いたと思ったらその手の平が盛大に燃え上がる。

 魔法使ったわねコイツ。


「爵位など関係ないわ! 魔法を使えるかどうかが貴族の価値よ! さあ『魔力なし』、その気取った顔を醜く焼き焦がしてあげるわ! それが嫌なら泣いて詫びることね!」

「短絡的ね」


 暴力に訴えかけるにしても、ただ魔法を使えば何とかなると思っているなんて。


 私は、予告もなく前動作さえ見せずに、いきなり両手を出してパンと手を鳴らした。

 相手の令嬢の鼻先で。


「きゃあッ!?」


 それに怯んだのだろう。

 集中を乱した貴族令嬢は簡単に魔力の放出を途切れさせ、炎は塵となって消えた。



 そして生じた隙を見逃さない。

 相手の手を取ると引っ張ってバランスを崩しつつ、腕を捻り上げて、関節とは逆に押し曲げる。


「ぎゃあああああああッ!? 痛い痛い痛い痛い痛いだだだだだッ!?」


 関節を極めると、淑女にあるまじき汚い悲鳴が上がった。

 さすが箱入り娘は痛みに弱いわね。


「たしかに私は魔法が使えないけれど、だからこそ備えを怠るわけがないでしょう?」


 領地で暮らしている間、多くの知識を学び取ってきたけれど、それと一緒に護身術だって習ってきたのよ。

 公爵家に仕える領兵たち直伝のね。


「魔法は精霊たちに捧げる呪文の詠唱、魔力を集めるための精神統一で必ず出すまでに最低一瞬の“間”がある。ここまで肉薄した間合いなら必ず殴りつけた方が早いのよ」

「ぐえええええッ!? 痛い痛い! 放してえええッ!?」

「そう痛いでしょう? この痛みの中で新たに呪文を唱える精神統一ができるかしら?」


 これで一人は無力化できたけど、問題はまだ二人いるってことなのよね。


 ヤツらも既に自分の得意らしい属性の魔力を発し、こちらに狙いを定めている。

 捕まえた令嬢を盾代わりにすることで封じているけれど、これって膠着状態よね。


 押すも引くもできなくなっちゃったわ。

 でもまあ、ここが王城の敷地内なのは変わりないし、睨み合っていたらそのうち誰か介入が入って状況が変わるかしら?


 その際『魔力なし』ってことで私が無条件に悪者にされかねないけれど……。


「そこまでだ」


 ……などと考えていたら案の定誰か来たわ。

 しかもそれは……。


「……キストハルト王太子!?」


 なんと今日の席の主役……王太子キストハルトではないか。


 見間違えるはずもない。

 前世で散々見惚れてきた輝く金髪、甘く整った美貌は今世でも健在なのね。


 しかしなんでこんなところに王太子殿下が?


 貴族令嬢の方も、自分らが仕えるべき最高権力者の登場に驚き慌てる。


「き、きききききキストハルト殿下!」

「お聞きください! この『魔力なし』がいきなり我々に狼藉を!」


 そして淀みなく私へすべての罪を着せようとする。

 呪文の詠唱よりずっとスムーズだわ。


「この女! 恐れ多くも『魔力なし』の分際で、殿下の妃に収まろうなどと分際を弁えませぬわ!」

「そのことを我らが注意すれば激情し、暴力に訴えかける! それでこのざまです! このような乱暴者に王太子妃が務めるわけがありません!」

「どうかこの女に退去をお命じください!」


 まあ『出て行け』と言われたら喜んで従いますけどね。


 王子様はどのように出るかしら?


「アーパン伯爵令嬢キジナ」

「は?」

「それにミトウェル伯爵家の次女サルシュワにセサミント伯爵の妹ビゼンスだね?」

「は、はい……!?」


 どうやらこの三人の貴族令嬢それぞれの名前らしい。

 まあさすがに自分らが招いた王太子妃選びの候補だし、名前を覚えているのは最低限の礼儀ね。


 普通ならば王族に名を覚えてもらえているなんて光栄の極みだけれど、この状況じゃそうも言っていられない。


「まずキミたちの誤解を解いておきたい。今日この夜会に集まった令嬢たちは全員みずからの意志で押し掛けたわけではない。王家からの命令で呼ばれたのだ。そこにいるエルデンヴァルク公爵令嬢エルトリーデも例外ではない」

「は、はい……!」

「よって彼女がここにいることに彼女の責任は一切ない。彼女は王家の命令に従った……むしろ貴族として当然の振舞いをしただけだ。文句があるなら彼女自身ではなく、命令を出した王家へ物申すべきだ。エルトリーデ嬢がさっきそう言っていたようにね」


 あら。

 それを知っているということは、けっこう前からこの揉め事に気づいて成り行きを見守っていたということかしら?


 いい性格をなさっているわ。


「そして王太子であるオレは、国王陛下に次いで王家そのもの。不満があるなら今ここで、キミたちの諫言を聞こうじゃないか」

「そんな……不満など滅相もない……!」

「では何故キミたちはエルトリーデ嬢を囲んで脅かしていたのかな? 彼女自身も名乗ったように公爵家の令嬢を、伯爵家の親族風情が揃いも揃って?」

「ひッ?」


 あら。

 何かしらこの流れ? むしろこの貴族令嬢たちが咎められている?

 せっかく自分が責められるのかと身構えていたのに肩透かしの流れだわ。

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