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76 王太子妃、結ばれる

 私とキストハルト様の結婚式は、婚約式からピッタリ一年後に執り行われる。


 その一年間も様々なことがあった。


 私は婚約中ながらも王太子妃としての確固たる立場を確立し、社交や人脈作りに忙殺されることとなった。


 ただででさえ『魔力なし』令嬢として黙殺されてきた社交界だから、人の顔も覚える機会がなくて覚えるのに大変だった。

 ……なんて言っておきながら実は前世で大方の貴族たちの名も顔も頭に叩き込んであるんですけれどね。


 それでもかつては魔法を使えない私を見下しておきながら、手のひらを返してすり寄ってくる様子には人間不信に陥りそうだったけれど。


 こうして国内の掌握に務める傍ら、隣国であるデスクローグ帝国との関係も良好に向かいつつあるわ。


 デスクローク皇帝は、みずからの弟である将軍の暴走を正式に謝罪。それを受け入れ国交を結ぶように運んだのは王太子であるキストハルト様だった。


 その一環としてセリーヌ嬢を皇太子の元へ嫁入りさせるのは、政略的な判断ではなく未来の皇帝への個人的な友誼に応えるため。


 セリーヌ嬢は幸せいっぱいの表情で旅立っていった。

『これからは国母同士なお一層仲よくしていきましょうね』と言い残して。彼女への苦手意識が一生消えることはないであろう私にとっては背筋が寒くなる言葉だった。


 私たちは結局何者も切り捨てることなく一緒に生きていく道を選んだ。

 魔法についてもそう。


 それを受けて国営の魔法研究所では依然変わらず魔法の研究を進めるのに並行し、デスクローグ帝国から輸入された近代機器の研究。またスピリナル王国以外でも魔法が使える可能性の模索も、王太子からの勅命で発足した。


 そうした新体制の発足に伴って、新たな所長が就任した。

『魔法学の寵児』と讃えられるワンゲル侯爵。若くして魔法の知を極めたと言われる彼は所長就任と同時に妻を娶り、その美しさと知性の高さにも注目が集まった。

 それが……、そう。

 ファンソワーズ・ワンゲル侯爵夫人。かつてのファンソワーズ・ボヌクート侯爵令嬢よ。


 結局彼女『結婚になんて興味がない』みたいなそぶりをしながら仲間内で一番最初に結婚したわね。

 地位ゆえに準備期間がかかる私を出し抜いて。それでもあそこまでスピード挙式する必要があったのかしら? と思ったけれど、既にお腹に子どもがいるかららしい。


 研究者夫妻は探求に余念がいないのかしら?


 ここまで友人たちの動向を紹介したからには最後の一人にも言及しておくと、アデリーナ嬢も無事幼馴染の男性と結婚。

 ファンソワーズ嬢に一歩遅れてのタイミングであったが、かねてからの悲願がついに実を結んだ。


 夫となったベレト氏は当初、庶子として継承する爵位を持たなかったが、キストハルト様の側近として召し抱えられ、かつ目覚ましい活躍をしたおかげでトントン拍子の叙爵の栄誉を賜る。


 愛する人のために名誉を求め、必死になった結果だと思われる。

 慎ましやかでも夫婦仲はよく、貴族たちが手本にすべきおしどり夫婦と呼ばれているわ。


 これらの人々、皆すべて死に戻りの前では好いた人と結ばれることもなく幸薄い生涯を送った。

 その理由に私が少なからず関わっていたことは目を背けようもない。


 私が新しい生を与えられ、新しい結末を模索して足掻いた結果、彼女たちが幸せを掴めたというなら私にとってはこの上ない喜び。

 彼女らの喜びがこれからも続くように、これからは王太子妃の立場でできることを押し進めていきたいと思う。


 ……。

 あ、そうそう。

 水の精霊に利用され続けたシャンタル・ウォルトー嬢だけれど。彼女も苦労しつつ元気にやっているみたい。


 当初は精霊との追加契約を解消された影響で領地経営に行き詰っていたが、私のお父様から協力の申し出があり、最新技術を多く取り入れることで農地が増え、税収も上がっているという。


 これまでは難しい立場で縁談もなかったが、そろそろほとぼりも冷ましていい嫁入り先を見繕う頃合いかもしれないわね。


 ……とにかく多くの人々が新しい道を、新しい意気込みと共に進んでいる。


 私も、新たな道を真っ直ぐ見つめなければいけない。

 この真っ直ぐに伸びるヴァージンロードを。



「エルトリーデ、綺麗だよ」


 式場で合流したキストハルト様も、日頃の五割増しで凛々しかった。

 お互いにとっての晴れの日。

 キストハルト様は王太子としての正装に身を包み、胸元に輝く勲章は数多く、キラキラと輝く。


「ついに今日から、キミは正式な王太子妃だな。法の上での立場も、皆からの呼び名も。誰も異論を挟むことはできない。もっとも……キミが王太子妃でいられるのは、そう長い期間じゃないかもしれないが」


 キストハルト様がそうおっしゃるのは、ご自分が即位されることを見通してのことだろう。


 キストハルト様のお父上……現スピリナル国王はお世辞にも名君とはいいがたいお人。

 魔法の優秀さだけで王座につき、魔法以外で自分の価値を示す手段を持たないお人。


 そんな御方だから、キストハルト様が次々打ち出す融和政策に同調的ではなかった。気に入らない……と言った方が正しいか。


 しかしながら『闇の巫女』の予言。婚約式で引き起こされた精霊の騒動で、社会の潮目は変わった。

 貴族も民衆も今はキストハルト様こそが正しいと考えていて、現国王の意思はことごとく通りづらくなっている。


 そのことに嫌気が差したのだろう。現国王は今では政のほとんど全部をキストハルト様に任せきりにして、もはやキストハルト様が国政を担っているような状況。


 この分では正式な譲位も遠からずということで、今や多くの人々がキストハルト新王を待ち望んでいる。


「オレが王となれば、キミもいよいよ王妃だ。この国は、史上もっとも賢明な王妃を迎えることになるだろうな」

「大袈裟な言い方ですわ」

「そんなことはない。何しろそれ以前の王妃と言ったら、魔法ができるだけの頭カラッポ女ばかりだったのだから」


 そういう辛辣な物言いは、キストハルト様の本領ね。


 たしかに魔法使いとしての優秀さを最高基準にされてきた王太子妃選びは、次世代からは様相を変えるだろう。

 目の前にいるキストハルト様が変えるから。

 国王として、より王太子妃に必要な教養、知識、誠実さを、ご自身の息子の伴侶に求めていくことだろう。

 恐らくは魔法の上手さも基準の一つに挙げられて。


「とにかく次の王太子妃になる御令嬢は大変だな。偉大な先代と嫌でも比べられることになるんだろうから」


 偉大な先代って……やっぱり私のことよね。


「来月にまた早速、新しい地区の下水施設の工事が始まるそうだな。去年サザンランダ地区の設置が完了したばかりだというのに。凄まじい速さだ」


『掃き溜め』とまで言われたサザンランダ地区に下水施設ができ、清潔さが格段に上がるようになってから他地区からも下水設置の嘆願が数多く上ってきた。


 誰だって悪臭のない生活な場所に住みたいものね。

 しかし王宮に訴えてもノウハウはなく、私も公爵令嬢の分際では対応範囲に限度があった。


 私が正式に婚約を結び、実質上の王太子妃になったからこそ公爵家の技術と、王家の強権双方を動員し王都全体の再開発に取り組めた。

 もちろん計画を主導したのはキストハルト様だけれど……。


「キミが協力してくれたことの大きさは王都中に人間が知るところだ。王都を生まれ変わらせた史上最高の賢妃は、歴史に長く語り継がれることだろう」

「本当に大袈裟ですわ。私の王太子妃生活は、今日これから始まるというのに」

「そう、始まるんだ」


 私たちの一緒の生活が、これから正式に始まる。


 私たちはまだ控室で式場へと入るタイミングを伺っていたが、キストハルト様がヴェールを上げて唇を重ねてきた。


 私は当然とそれを受け入れる。

 時間をかけて唇が離れてから……。


「もう、誓いのキスは祭壇でしないといけないのに。フライングですよ」

「祭壇でもするさ。愛する人とのキスだ、何度慕って咎められる謂れはない」


 本当に自信たっぷりな御方。

 婚約式から一年を置いてやっと、いつものキストハルト様を取り戻せた気がするわ。


 光の精霊に死に戻り前の記憶を見せられた直後は、本当に酷いものだったから。


 でもきっとキストハルト様も、心の傷を乗り越えられたのね。


 誰もがそうして、犯してしまった罪を、抱えてしまった負債を、思い出したくない嫌な記憶を、葛藤の末に乗り越えていくのだろう。


 私も、彼も。


 今日は私もお式の主役だけあって、真っ白なウェディングドレスを着ている。

 まっさらなレースを何重にもふんだんにあしらった、王太子妃に相応しい特注品。


 今日私はこれを着て、世界でもっとも幸福な女になるんだわ。


 でも今の私にはわかっている。

 このドレスの純白の中に、様々な感情や記憶が溶け込んでいることを。


 過去に得たそれらを全部抱えて、私たちは未来へ進んでいく。

 それが人としてのあるべき姿だと思うから。


「エルトリーデ、そろそろ時間だ。行こう」

「はい、キストハルト様」


 私はキストハルト様と腕を組んで、並んで前に歩き出す。


 もはや一度体験した過去のような未来は終わった。


 新たな白紙の未来へ、私は愛する人と共に進んでいく。

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