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75 死に戻り令嬢、夢にいる

 私は夢の中にあった。


『結婚おめでとうエルトリーデ』


 そう告げてきたのは闇の精霊。

 現と幻の間、曖昧なこの夢の世界だけが、あの御方と話のできる唯一の場所。


 わざわざ夢の世界に呼び出してきてお祝いの言葉ですか。

 ありがとうございます……と返していいのでしょうかね?


『含みがありますね。それも致し方のないことでしょうが』


 ここまでずっと音信不通であったのが、結婚式の前夜になって突然ですからね。


 何故今さら何です?

 私とキストハルト様はめでたく結婚と相成りました。アナタが望んだとおりに。それが決まったのはもう一年前だというのに何のリアクションもなかったので、てっきりもうこれで終わりかと思ったのですが。


『それでも、しっかりアナタたちが結ばれると決まるのは明日の結婚式をもってでしょう? 古の約束は果たされます。以降千年、新たな光と闇の愛し子が現れるまで人々は魔法を使い続けることができます』


 たしかにそうですね。


 そのことについて人々の受け入れ方は様々です。

 ホッと胸を撫で下ろす者、来るはずだった変革が通り過ぎ肩透かしに思う者、特に関係もなく何の感想も持たない者。


 安心したのは、主にスピリナル王国の貴族層。

 魔法を使えるのは彼らだけなのだからそれこそ直接関係ある話。自分たちの特権を支えるものである魔法が残ったのは命を拾った気分でしょうね。

 それに魔法が国防を支える面もあったので軍属の方々も冷えた肝が温まったとか。


 しかしそれが教訓になり、スピリナル王国は魔法ばかりに頼らない運営体制へと移行するように舵切りが成された。

 主にキストハルト様の牽引によって。


 デスクローク帝国から供給された重火器を研究し、自国で生産できる体制を整える。

 そうした銃や大砲が完成したら、民間から募集した兵士に持たせて砲兵隊を編成するのだそうだわ。


 そもそも魔法は貴族しか使えないのだから、その貴族が指揮して戦場に連れ出されていた民間兵には魔法の有無などまさしく関係ない話。

 そんな一般兵たちに魔法と同等の火力を持たせられれば外敵だって容易に侵攻できなくなるでしょう。

 ヴィジョンで見せられた結末は、実現しないと確信できるわ。


『アナタたちが、魔法を捨てないと決断してくれて本当によかった。いえ、アナタたちがそういう決断をする自由はある。それでも本当に魔法を捨ててしまったら、四元の彼らが可哀想になってしまうから』


 地水火風の四精霊。

 彼らは魔法を通して、人の祈りや畏敬を糧にすることで神格を形成できている。

 人が魔法を使わなくなれば、彼らはただの現象に成り下がり神格も失っていたことだろう。


『そんなことも知らずに水の精霊は好き放題してくれました。時を戻す前の話だけど、やはりあの時間軸でも彼らは消え去った。アナタが処刑されるのとほぼ同時にね』


 それなのに水の精霊は、魔法がなくなった際の自分の末路を知ることがなかったの?


 アイツは前世だけでなく今世でも精力的に邪魔をしていた。

 それに死に戻り前の記憶もあったようだから、精霊はそんなものだとばかり思っていたわ。


『四元の神格は、魔法という契約によって成り立つものだから。契約が破棄されればその瞬間に消え去る。時を戻す前アナタが処刑された瞬間に意識が途切れたのは、そこを契機に時が戻されたと思ったらしいですね。そして自分が間違っていたことにも気づけずに、同じ間違いを繰り返した』


 きっとこの闇の精霊にとって、自分以外の精霊すらも迷える下位存在に過ぎないんでしょう。


 火も水も風も地も、大いなる闇にとっては取るに足らない矮小であり、慈しむべき赤子に過ぎない。


 もしかしたら……いいえまず間違いなく、闇の精霊が与えたこの試練は人間だけを試すものではなく、闇以外の下位精霊にとっても試練だったのではあるまいか?


 人も霊もすべてをひっくるめて。


 その証拠に、自分の在り方すら忘れてしまった水の精霊の暴走によって、最初の試練は滅茶苦茶になってしまったのだから。


『そう、この試練を通じて、すべての存在に思い出してほしかった。魔法が何故あるのか。魔法を通して互いを敬い合うことを』


 しかし事態は、闇の精霊の思惑通りにはまったく進まなかった。


 精霊も人もまったく傲慢で自分たちのことばかりに執着し、他人を見下すことしかしなかった。

 その結果での、皆殺し。

 誰も生き残ることはなかった。


 そりゃ主催した側も一回ぐらいやり直ししたくなる。


 ……。

 人も精霊も……アナタが思うより遥かに愚かだったというわけね。


『それでもエルトリーデ、アナタは与えられたチャンスをしっかり掴んで、かつて踏み外した道を真っ直ぐに進んでくれました。アナタのお陰で人々は救われ、精霊も救われ、そして私をも救ってくれました』


 アナタも……、ですか?

 全知全能であるアナタにとっては、人間や他の精霊が生き延びようと滅し去ろうとどうでもいいことでは?


『そんなことはありません。人も霊も、この世界にあまねく神羅万象は我が子ども。我が子たちがわい繁栄することが私にとっての救い』


 そう、この世のすべての生き物は、親の慈愛を知らないバカ者どもね。

 私も含めて。


 それならば光の精霊はどうなのです?

 人も、地水火風の精霊たちもアナタの支配下に収まるのだが、光の精霊だけはその外にあるような気がする。


『時空を支配するのが私……闇の精霊なれば、光の精霊は時空を超越するモノ。私が支配するすべてのものから光の御方は自由です。しかしそれゆえに光と闇はけっして分かたれず、密接に結びつき合う。それはアナタたち人間における男女の関係に似ているかもしれません』


 まったく関係ないようでいて、けっして分かたれない。


 光の精霊が介入した理由がそれなの?


 あの婚約式の日、致命傷を負ったキストハルト様を救ったのは光の精霊であったという。

 それはそれで本当に助かったけれど、光の精霊が何故そんなことをしたのか理由がまったく思い当たらない。


 だけでなく、キストハルト様に死に戻り以前の記憶を見せたことはまったく余計なお世話だし、そんなことをする必要はあったの?


 闇の精霊は答える。


『光の精霊が思うことは私には測りかねます。しかしあの御方がなしたからには、その必要があったのでしょう。アナタの心の傷を知ることなく、アナタを愛することはできなかった、……とか』


 そんなことはないでしょう。

 ……多分。


 アレ以来キストハルト様の様子は変わった。


 私に対して優しくなった、以前よりもさらに。少しの間傍を離れると使いを出して探しにくるし、どこか壊れものを扱うような素振りもある。


 夜中にうなされることも多くなった。

 全身汗だくになって私に起こされると、私の顔を見てやっと悪夢から解放されたようになる。


『みずからの愛する女性をみずからの手で殺めることは、思った以上に彼のトラウマになったようですね』


 そんなアッサリ言われても……!?


 直後はもっと酷かったのですよ。一日も私と離れては平静を保てず、結局婚約期間中自領に里帰りもできませんでした。

 多くの時間を一緒に過ごすことで、やっと落ち着きを取り戻して。それでやっと結婚式を上げる目途も最近になってやっとついた。


 婚約式から一年。

 王族の挙式には相応の準備期間があるのは常識ながら、それも併せてキストハルト様の心情を落ち着かせるためにも期間が費やされた。


 それも必要なことだったというの?


『すべての人々……いえ精霊にも必要だったのでしょう。己の罪と向き合うことが。アナタだけが間違いを正すだけでは不足だったのです。あるいは不平等というべきかもしれませんが』


 私は、別に私だけが罪を背負うままでもよかったのに。


 本当にお節介なのね精霊って。そして勝手でもある。

 結局、人も精霊もそう変わらないのかもしれないわね。


『そんなアナタだからこそ、これからの千年を任せるに足るのでしょう。これからの人と精霊の関わりはアナタにかかっています』


 千年なんて、そんな長くは生きられませんよ。


 人の世界は、そこにいるすべての人々が作っていくのです。精霊との関係性も、その時々の人間たちが変えていくことでしょう。


 私はこの時代に生きる一人として、できるだけの義務を果たしていきます。


 そして私の周りにいるできる限り多くの人を幸せにしていきたい。


『それでいいわ。本来アナタにはそれだけの義務しかなかった。アナタに必要以上のものを背負わせてしまったのは私です。ですからこれからは、アナタの幸せを私から祈らせてください』


 世界を統べる精霊王からの祈り。

 それだけで何か実質的なご利益がありそうね。


『これからはアナタの愛する人に愛される人生が、できる限り長く続きますように。アナタは多くの苦難を乗り越えてきました。あとは幸せに包まれる資格があります。アナタのこれからの人生に、幸多からんことを』

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