73 死に戻り令嬢と王太子、四大精霊に出会う
様子から察するに……。
アデリーナ嬢には地の精霊が。
ファンソワーズ嬢には火の精霊が。
セリーヌ嬢には風の精霊が宿って、それぞれ当人の代わりに身体を操っている!?
『おお! 我が同族にして同胞たち! 私の窮地に駆けつけてくれたのだな!?』
暗黒物質に飲み込まれかける水の精霊が喜び勇んで言う。
『我ら四精霊が力を合わせれば、いかに闇の力を使えども人間ごときに後れを取るはずがない! さあ、そこの不遜なる小娘を吹き飛ばし私をここから解放してくれ!』
『黙れ阿呆が』
しかし同族であるはずの他精霊から返ってきたのは、拒絶すら超えた罵りの言葉だった。
『お前一人の不始末でどれだけの者が迷惑をこうむったかわかっているのか? それを言うに事欠いて助けてだと? どれほど厚顔無恥ならそのような戯言を吐ける?』
『なッ!?』
『我々がこうして現世に現れた目的は、まったく逆だ、お前の凶行を止めるためだ。お前がこれ以上人々らを脅かすならば、我ら三精霊の力を結集してでも阻止しようとな』
そのためにセリーヌ嬢たちの身体を借りて?
たしかにそれぞれの地、火、風の属性魔法を得意とした三人だったけれど、こんな簡単に体をホイホイ貸せるものなの?
『娘たちの方から許可をとっている。そなたたちを助けるためなら一時にしろ体を明け渡すことも厭わぬと』
『闇の令嬢への恩義に報い、友情に殉じ、そして光の王子への忠誠を示すための行為であると』
『まさしく貴族令嬢に相応しい振舞いであることよ』
そこまでしてアナタたちは水の精霊を止めたかったの?
たしかにアイツは誰も擁護できないレベルで酷いヤツだけれど、それでもアナタたちの同類でしょう?
そんな相手に初っ端から敵対ムードなんて、精霊には仲間意識事態がないのかしら?
『あのような愚を行うアホを仲間とは呼びたくないな』
『然り。超越者たる光と闇の精霊が課した試練に、力づくで介入しようなど無道に尽きる。その分際を超えた愚行、必ずや相応の報いを得るであろう』
『光と闇の御方たちが直接お出ましになられるのは恐れ多いゆえ、我々も慌てて対処しに来たというわけだ。もっとも駆けつけた時にはすべて終わっていたようだが』
そうね、私側の助太刀に来たというのが本当なら遅きに失しているわよねえ。
だったら、もうお引き取りになってよろしいのじゃなくて。
この水の精霊とかいう不届き者はこちらでキッチリ絞めておきますので。
『だがしかし、我々にはたった今別の用件ができた』
『「光の御子」と「闇の巫女」、そなたたち二人はついに結ばれ、闇より与えられた試練を果たした。これにより向こう千年は問題なく魔法は継続していくことだろう』
『しかしそなたらは、みずから魔法を放棄するという。その意志、今も変わりないか?』
精霊たちに問われ、私とキストハルト様は顔を見合わせる。
何か引っかかるところでもあるのかしら。
でも私たちにとっては心に決めたことだから、何度確認されても答えは同じだわ。
「はい、我々にもう魔法は必要ありません。オレたちは次世代の国王夫妻として力を合わせて、魔法がなかろうと安定した国家を一から作り直すつもりです」
ハッキリと言い切るキストハルト様カッコいい……!
私も同じ意志だわ。もうこうなったら迷ったりしない。キストハルト様の進むところなら地獄へだってご一緒するわ!
「私も同じ気持ちです。我らスピリナル以外の国家は、魔法がなくとも立派に国家運営を行っています。他国にできることを、キストハルト様が王となったスピリナル国にできないとは思えません。もし不足あれば、この私が王妃として全力で補完する覚悟です」
「エルトリーデ……」
私の覚悟表明にキストハルト様がときめいていた。
でも最初にアナタが私をときめかせたんですよ。二人見詰め合って周囲がまったく霞んできた。
『いやまだ二人だけの世界に入らんでおくれ?』
『そうか、二人の意志は固いか。これではただ気が変わるのを待つだけでは、どうにもならんな』
『それでは……』
え? 何?
三精霊の気配が変わるのが如実にわかったわ。
何をするつもり? まさか水の精霊みたいに襲い掛かってくるとか……!?
『お願いです! 魔法をやめるのやめてください!』
『これからも魔法を使い続けてください!』
『我々からのお願いです! どうか!』
と土下座して来たじゃない!
セリーヌ様たちの身体を使って!?
「な、何をしているの!? とにかく頭を上げてください! アナタたちが使っているのはセリーヌ様たちの身体なんですよ!?」
『そなたたちが応じてくれるまでは上げられん! 我々の存在……命がかかっているのだから!』
はあッ?
どういう意味!?
精霊たちの発言が一向に理解しがたかったので、よくよく詳しく話を聞くと以下のようなことがわかった。
曰く、魔法というシステムは人間側にだけ一方的に利益があるわけではなかった。
精霊側にも多分に利点の……というかもはや必要不可欠なものだった。
『本来自然は融通無碍。あるがまま流れのままに揺蕩い、人格的な意思など生まれようがない』
『しかしそのままでは自然はただの現象であり、自然の運行を司る「神」ともいうべき存在は生まれない』
『そこですべての超越者である闇の精霊が動き、人との契約により自然運行に神格を与えるシステムが確立された』
それが魔法。
「では……人々が魔法を使うことにより、アナタたち精霊は存在をたしかにできるのですね?」
『人が魔法を使うことで精霊の存在を確かめ、崇拝し、祈りを送ることで我々は人の心を接し、みずからにも心を作り上げることができる』
『もし魔法がなくなれば人々から送られる崇拝も断たれ、我々は神格を失い、最後にはただの現象と戻り果てるであろう』
『我々精霊だけでなく、我らの眷属である妖精もまた存在を失って消失するであろう』
それは死と同義語と言っていいわ。
精霊たちがそれを避けたくなる理由もわかる。
でも何故、そんな大変なことになるなら水の精霊は試練を邪魔しようとしたのかしら?
試練が達成できなければ精霊たちが滅ぶというなら、ヤツが仕様としていたのは遠回しな自殺じゃないの?
『そこがあのアホのアホたるゆえんでして……!』
『悠久の時を過ごし、水の精霊は自分の成り立ちすら忘れてしまったようなのだ。自分が人の信仰に支えられて生きていると。そのための魔法だと。長く存在しているうちに記憶からすっぽり抜け落ちたらしい』
『そして魔法さえなくなれば、自分らは果たす義務もなく、ただ一方的に人間たちからの崇拝を受けて楽ができると。……そんなわけがないであろうにあの阿呆が』
それは、アホと言われてもしょうがないわねえ。
一見、精霊たちが人間を守護するだけの仕組みであった魔法だけれど、しっかり精霊だってえるところがあったんじゃない。
ん? だとするともう一つ疑問が出てくるわね?
「では光の精霊と闇の精霊は? 特にエルトリーデに力を与え、この試練とやらを発起したのは闇の精霊なのだろう?」
すかさずキストハルト様が私の考えていたことと同じ疑問を発した。
『光と闇はすべての超越者。あの御方々だけは我ら四精霊も超越すれば人も超越する』
『恐らくあの方々だけは自然の脅威も人の思惟も、双方最初から持ち合わせているのだろう』
そう、あくまであの方々は特別なのね。
特別の中の特別……と言っても足りないくらいかしら。
ともかく。
「もう一度言います頭をお上げください。アナタ方が借りているのは誇り高き貴族令嬢の身体です。彼女たちに無様な体勢をとらせないでください」
『は、はいッッ!』
即座に従う地と火と風の精霊たち。
震えるほど素直ね。それだけに彼らの本気ぶりが伝わってくるけれども。
……。
私は深いため息をついてから、キストハルト様に話を振った。
「どういたしましょうキストハルト様?」
「判断をオレに委ねてくれるのかい?」
「それはもう、私はキストハルト様の妻ですから。妻は、夫を立てるものでしょう?」
「オレの妻として前向きに振舞ってくれることがオレは何より嬉しいな」
もう、それよりも今は精霊たちの懇願を聞き入れるか否か、でしょう。
『……あの、恐縮ながらいま一つのお願いが』
「何です?」
『あそこで潰されかけている阿呆のことだが』
ああ。
水の精霊のこと? そう言えばまだ暗黒物質で潰されかかっていたわね。しぶとい。
『助けてぇええええッッ!! このままでは本当に消されてしまうぅううううッ!』
煩いわね。
そのつもりで抑え込んでいるんだから異常事態みたいに騒がないでよ・
『あの、我々としても大変業腹なのだが……。我ら四精霊は自然を形成する四要素として密接な繋がりがある』
『たとえばテーブルには四本の足があるだろう? そのうち一本がなくなると想像してみてくれ。三本残っていればまだまだ安定するだろうが、ふとした拍子に転倒してしまうリスクは確実に上がる』
『それと同じようにバランスを欠いた我々の関係は、容易に崩壊しやすくなるのだ』
なるほど、四精霊同士は密接に繋がっていて、どれか一つが消失したら巻き添えで他も消滅しかねないって言いたいのね。
「だから、あの水の精霊も許せと?」
『聞き届けてくれれば、ヤツは我々から充分に叱っておく。今後二度と不用な干渉を現世にかけないと誓約させよう! それでどうか許していただけまいか!』
精霊も大変ね、出来の悪い仲間の代わりにヘコヘコ頭を下げなきゃいけないなんて。
その辺は人とあんまり変わりないわね。
「仮にここで水の精霊を殺して、アナタたちも一緒に消えてしまえばどうなるの? やはり魔法は使えなくなる?」
『魔法が使えなくなることは、ない。一時的に四精霊は不在になるが、人の崇拝祈りを糧に新しい精霊が生まれることだろう。長い年月をかけて』
だったらなおさら、ここで水の精霊を許すことにリスクは伴わないわけね。
さてどうするべきかしら?
私個人としては、この精霊に飽き足らないほどの恨みを持って然るべきなんだけど。
さあ、どうしようかしら?





