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71 死に戻り令嬢、逆襲する

 キストハルト様……!?


 あんなに血を吹き出して……!?


「いやッ、キストハルト様! キストハルト様ぁああああああッッ!?」


 ウソよ……! 死? ウソ!


 肩から脇腹へ、一直線に引いたような斬傷。

 しかも深い。骨を断って内臓に達しているわ。


 素人の私でも一目でわかる、致命傷。


「誰か! 誰か医者を! 治癒術師でもいいわ! 早くして! 早く!」

『チッ、みずから盾になるとは小賢しいマネを……!』


 シャンタル嬢の姿を借りた水の精霊が独り言ちる。


『まあいい、闇の精霊から課せられた試練は光と闇が合わさって初めて達成可能となる。どちらか一人でも消えてくれれば失敗は確定だ。これで魔法はこの世から消え去る! 人間風情への無駄な助勢も、これでもうやらずに済む! ははははははははははは!!』


 何がおかしいというの……?

 ヒトを傷つけておいて、何がおかしいというの!?


「許さなぁい!!」


 発生した暗黒物質……部屋を覆い尽くすほど大量の暗黒が、シャンタル嬢を取り囲む。


「アナタだけは絶対に許さない!! 暗黒の闇に塗りつぶしてあげるわ!!」

『なんだと? 何故いまだ魔法が使える!? 光のいとし子が死んだ今、不合格は決定ではないか?……闇の精霊め、ここまで来て贔屓の引き倒しか!』


 シャンタル嬢の中にいる水の精霊は、その万能の力で魔法の水を生み出す。


 でも遅いわ。

 一瞬の油断が祟って、暗黒物質は充分にアナタを取り囲んでいる。

 いくらアナタが無限に水を生み出せるとしても、そのまま押し潰せるわ。


「アナタがどんな形でシャンタル嬢を操っているか知らないけれど、暗黒物質なら彼女の身体は安全に、アナタにまつわるモノだけを徹底的に塗りつぶして消し去れる! 一片残さずこの世界から消滅するがいいわ!」

『やめろ! たかが人間ごときが、精霊を滅するというのか!? 世界の遥か高き次元に立ち、貴様ら人間を見下ろす精霊を! 人間ごときが消し去っていいと思うのかぁああああああ!?』

「いいに決まっているでしょう! 人間を舐めるんじゃないわ!!」

『何故だ闇の精霊よ!? この時間軸でも、人間どもはアナタに憐れまれる資格を失ったのです! なのになぜ執拗にこの娘に肩入れする!? 前の時間軸でもそうでした! この娘はチャンスを与えられるような上等な者ではなかった!』

「……ッ!」


 そうよ。

 アナタの言う通り私は愚かだった。


 自分のことにばかり固執し、他を押し退け、その報いをもって殺された。

 こんな私に、誰からも顧みられる資格も、憐れまれる資格も、愛される資格もない!!


『前の時間軸でさえ、私が苦労を重ねて陥れたというのに! アナタが仕掛けた「やり直し」のせいで台無しとなってしまった! だから私は何度でもコイツを陥れるのです! それの何が悪い!?』

「!?」


 何、今の言葉、どういう意味!?


「アナタまさか……死に戻りの前から暗躍していたとでも言うの?」

『なんだ今頃気づいたか? 愚かしくも能天気な娘だ……!』


 暗黒物質に取り囲まれた絶望的な状況でも、水の精霊はいやらしく笑う。

 みずからが発生させる魔法水との均衡が少しでも崩れれば、一句に暗黒物質に飲み込まれてしまうというのに。


『そもそも疑問に思わなかったか? アデリーナの恋人騒ぎ、「フェアリー・パニック」の密輸。セリーヌ暗殺計画……。前の時間軸ではすべてお前が企てたこと。今回のお前は小賢しくも大人しくなり、あらゆる犯罪から手を引いたな……!』


 でも同じことは今世でも起った。

 疑問には思っていた。


 私が何もしなくてもアデリーナ嬢は恋人を夜会に招き入れ、妖精から正気を奪う違法薬物『フェアリー・パニック』は何者かによって国内へ持ち込まれた。さらには前世で私が計画したはずのセリーヌ嬢暗殺が、何故かデスクローグ帝国の反動一派によって遂行された。


「その裏には全部アナタがいたのね? 前世での私の行いを参考にして、精霊ともあろうものが人間の計画を丸パクリですか?」

『つけあがるな人間風情が。高次の精霊たるこの私が人間ごときに倣うなどあるわけがなかろう!』


 ?

 どういうこと?


『ここまで言ってもまだわからんか? 貴様ごとき小娘に綿密な悪事を計画できる上等な頭脳など持ち合わせているわけがあるまい。誰かから知恵を授らねばな』

「まさか……アナタが……!?」

『そうとも! 前の時間軸でもこの娘の身体を借り、貴様に知恵を授けてやった者こそこの水の精霊だ! もっとも、私の囁きを受けた者はそうと気づけぬがな!』


 ……水の精霊の特性ね。

『霧の晦まし』。水魔法の一つにそういう術があったはず。

 対象の感覚に作用し、まるで霧にでも覆われたかのように術者を認識できなくしてしまう。

 とはいっても人間の緻密な認識能力を騙しきることはできず『誰かに会った』こと自体は記憶されてしまう。誤魔化しきれるのは精々『誰か』の部分ぐらい。


 しかし人間の使う魔法ですら、それぐらいの誤魔化しは効くんだから精霊自身が行えば『会った』事実そのものまで霧に覆ってしまうことは可能かも。


 だとしたら……!?


「前世で、シャンタル嬢のことがまったく印象に残っていなかったのも……! 会って話した記憶すらないのも……!」

『我が術中というわけだ! 哀れだな! 誑かされた記憶すらなく、貴様は与えられた脚本通りに悪女を演じきった末に刑死した! よく出来た役者であったよ! ハハハハハハハハ!』


 バカみたいに大笑いする水の精霊。


『しかし新たなこの時間軸では、どういうわけか私の晦ましは貴様に効かなくなった! 貴様自身にも覚えがあるだろう、私が近づけば激烈な違和感を持ったはず! 闇の精霊が何かしたかわからんが、まったく余計なことをしてくれる!!』


 たしかに……。

 先日、シャンタル嬢に初めて面と向かった時、気が遠くなるほどに濃密な不気味さを感じた。

 あれを感じたおかげでシャンタル嬢に『気安く近付いてはいけない』とすぐにわかったし、次いで『何故ここまで不気味な相手に今まで気づかなかったのか?』という疑問も湧いた。


『おかげで私は、もっと迂遠な手段で貴様を陥れるしかなくなった! 貴様には通じなくてもまだ他の人間どもにはまだ晦ましは効く! だからちょうどいい立ち位置にいて騙しやすいヤツをけしかけてやったのよ! あとは悪事を実行させ、貴様に濡れ衣を着せてやれば結果は同じだとな!』


 アデリーナ嬢の恋人。

 第二審査の差配人。

 帝国の反動勢力。


 今世では彼らが水の精霊の駒として仕立て上げられて動かされた。

 すべては私を、キストハルト様から遠ざけるために……!?


『なのに! 貴様は逆に率先して騒動を治め、巧者として名を馳せる始末! 今さら善人ぶって白々しい! 前世での罪滅ぼしのつもりか!? 本性を覆い隠しての偽善行為、虫唾が走る!!』


 知るもんですか。

 私が行いを改めたのは、自分自身が間違っていると気づいたからよ。

 間違っているとわかって行動を変えなきゃそれこそバカじゃない。


 それなのにアナタなんかに責められる謂れなんてないわ。

 いいえ……それ以前に……。


「かつての私は……悪人ですらなかったのね……!」


 あの水の精霊の言うことが本当なら、私はただヤツの言われるままに悪事を行ったに過ぎない。

 利用されただけのただの駒。


「本当に救いようがないわね、私は……!」


 利用された自分の愚かさを嘆くべきなのに、自分が主犯出なかったことに安堵を覚えるなんて。

 本当に救いようがないわね。


『おかげで、この水の精霊みずからが直接手を下さなければならなくなった! いや、最初からこうしていればよかった! 貴様に貸し与えられるはずの闇の力など恐れず、真正面から叩き潰せばよかったのだ! この先、闇の精霊が何度時間を戻そうと! 何度でも何度でも何度でも! 私は貴様を叩き潰してやろう!』

「その前にアナタはここで消えるのよ」


 わかっていないようね。

 過去も未来も関係ない、今のアナタは私の暗黒物質でガッチリと捕らえられている。

 精霊全力の魔法水噴出で何とか拮抗を保っているけれど、いずれ暗黒物質はそれらも削り進んでアナタ自身に食い込むわ。

 いくらアナタが自然力の根源である精霊だとしても、人が自然に立ち向かえるわけがないとしても……。

 これは量ではなく質の差の問題よ。

 水ごときが闇に勝てるわけがないでしょう?


『とことん愚かだな娘……。たとえこの時間軸で私を滅しても、時間を戻せば私もまた復活する。そしてまた何度でも貴様らの邪魔をしてやるのだ。すべてをなかったことにするとは、そういうことだ!!』

「御心配なく、死に戻りはもうありえないわ」

『は?』


 闇の精霊も言っていたもの、これがたった一度のチャンスだって。

 時間を戻すなんて大掛かりなやり直し、そう何度もあっていいことじゃないのよ。


「キストハルト様が亡くなられた以上、試練の達成は不可能。アナタの見立ては正しいわ。現時点でどうして私にまだ魔法が使えるかわからない。でもきっと程なく薄れて使えなくなるでしょう」


 この世から魔法が消えてなくなる。

 アナタにとっても本望でしょう? 何度時間が戻ろうとも何度だって邪魔してやるなんて、偏執的に言ってくるんだから。


「だから自分の存在と引き換えだって少しも悔いがないわよね? 魔法のない世界を実現させて、アナタは満足してあの世に行けるでしょう? 精霊があの世に行くのかどうかは知りませんけれど」

『うおおおおおおおッッ!? バカなバカな!? 精霊の私が消滅!? そんなバカな! そんなバカな話があってたまるかぁああああッッ!?』


 狼狽えすぎて語彙が消滅していますわよ。

 いい気味。


 私の愛しいキストハルト様を殺めてくれたのですから、それぐらいのたうち回ってくれなければ報いになりませんもの。


「安心して、アナタが消え去ったら私もすぐにこの命を絶つわ。キストハルト様のいない人生なんて考えられないもの」


 そして『光の御子』も『闇の巫女』も消え去り、この世界からすべての神秘は消え去る。

 アナタの望んだ結末よ。喜びながら終わりを迎えなさい。


「……それは困るな」

「え?」


 後ろを振り返る。

 もはや聞き慣れた、何よりも聞きたかった声が。


「エルトリーデに死なれるのは困るな。キミとはこれから何十年も共に過ごしていく予定なのだから。何よりオレは死んでない、前提がおかしいな」


 キストハルト様が元気に立ち上がっていた。

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