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70 王太子、臨死体験する

 オレは王太子キストハルト。


 オレは……死んだ?

 最後に色味のあった記憶は、あの水の精霊とやらが飛ばしてきた刃を正面から受けて……。


 何とかオレの身体に当たって本当によかったと思う。

 そうでなければ必ずエルトリーデに直撃するコースだったからな。


 水の精霊め、確実に暗黒物質を避けてエルトリーデ命中するよう軌道を複雑制御したな。

 しかも人間の目に追えないほどの高速で。


 精霊本人ならそこまで自然の力を操作可能なのか。


 咄嗟に、暗黒物質がカバーしきれていない範囲を読み取って、そこへ身を投げ出したが、半分は賭けのようなものだった。

 賭けが当たって、何とかエルトリーデだけは守ることができた。


 その代わりに我が身は両断されただろうか?……いやいや両断されてはダメだ、後ろにいるエルトリーデに刃が届いてしまう。

 上手いところオレの身体で刃が止まってくれたらいいが。


『そんなに女のことが心配か?』


 もちろんだ。

 エルトリーデこそオレの希望、彼女を失っては生きている意味はない。

 だからこそ我が身を投げ出してでも守って……。


 ……ん?

 誰だ今の?

 誰かがオレに話しかけてきた?


『私だ。随分と物思いが長いな』


 そう言って私を見下ろす……光り輝く人?

 なんだお前は!?


 いやそれ以前にここは?

 オレは精霊の攻撃からエルトリーデを庇って死んだ……はず?


 ではここは、死後の世界か?


『少しながら違う。ここはいわば……生と死の狭間の世界というところ。お前が死にかけることで肉体と魂の繋がりが極限まで薄まったことで、ようやくお前と交信することができた』


 そういうお前は、やはり何者?


 いや、わかってきたぞ。あのシャンタル・ウォルトー嬢に憑りついていたモノと似た気配。

 お前もまた精霊か?


『さすがに一国の王子だけあって頭の巡りが速い。そう、お前に力を与えてきた光の精霊だ』


 光の精霊……アナタが……。


 いや、礼など払う必要はないかな。

 オレはその精霊によって殺されたのだし。精霊が人間に恨みを向けていると、とうとう知ってしまった。


『誤解してほしくないが精霊が、人間に持っている感情はそれぞれだ。水の精霊のように人間たちに敵意を向けるようなヤツは、ホンの一部だと言っておこう』


 それを信じる理由が、オレにはないがな。


 しかし今の口ぶりで言うとオレは現実では、致命傷を受けて生死の境を彷徨っているといったところか。

 ならば両断されたってことはなさそうだな、それであれば即死だろうし。

 エルトリーデに刃は届かなかったということか……それならよかった……!


『女が大事か? 心底惚れ込んでいるようだな。闇の精霊が企てた通り、光と闇の番は見事惹かれ合ったか』


 何が言いたい?

 オレとエルトリーデが結ばれるのがお前たちの思惑通りだとでもいうのか?


 しかしそれは違う。

 オレはみずからの意志でエルトリーデに惚れ込んだのだ。

 けっしてお前たちの手の平で踊っていたわけではない。


『いかにもそうだ。お前たち人間はけっして精霊の思い通りにはならない。だからこそ水のヤツは、人に憑りついてまで闇の計画を邪魔し、闇のヤツは時間を戻してまで試練を受け直させようとする』


 ……どういう意味だ?

 水のヤツというのはわかるが、闇のヤツ? 闇の精霊のことか?

 闇の精霊が何をしたという? エルトリーデを見初め、他に二人といない加護を与えた存在だというが。


『お前が闇のいとし子を愛するのならば見ておかねばならないことがある。お前の知らないことを知り、それでも愛し続けることができるか。それをたしかめるためにこの僅かなチャンスを利用させてもらった』


 それは、俺が生死を彷徨っていることか?

 その時に限ってお前はオレと通じることができる?


『闇の精霊は時空を支配するが、光の精霊である私は時空を超越する。時間も空間も私に影響を与えることができないが、その分私も現世に影響する手段が限られている、だからお前の方からここまで近づいてもらう必要があった』


 わかりにくいが精霊にも色々制約があるということなんだな。


 いいだろう、どうせ死にかけの今現世に戻る糸口も見つからん。ジタバタしてもしょうがないならお前の話とやらを聞こうじゃないか。



 光の精霊から伝えられた事実は、まとめると概ねこのような内容だった。


 オレたちが生きているこの世界は一度、繰り返されている世界。

 闇の精霊がその全能なる力でもって時を戻したという。

 そのお陰で我々は、十年ほどの時間をもう一度体験し直しているというのだ。


 そんなことを言われても自覚はまったくない。

 当然だ、時が戻れば、その間体験した記憶だって当然消え去る。戻る前の時のことを覚えているはずがないのだから。


 しかし例外がいるという。

 それがエルトリーデだ。


 エルトリーデだけが時が戻る前の、いわば前世の記憶をもって十年前に逆行した。

 それは彼女が、闇の精霊から愛されている存在であることが理由だが、さらに言えば時間逆行自体が、エルトリーデのために行われたという。


 それは何故?


 その理由を、オレは光の精霊によって映像で見せられた。


「……なんだこれは?」


 それは、時間逆行によって消し去られたもう一つの世界。

 ありえたかもしれない……いや実際たしかにあった世界。


 処刑場に引きずり出される、ボロをまとった女……あれがエルトリーデなのか?

 見物人たちから罵倒され、石を投げられ、そんな彼女の表情には何も宿っていない。ただ絶望の空虚な瞳。


 それを一段高い座から見下ろす者がいる。

 アレは……オレか?


 何をしている? やめさせろ! エルトリーデが処刑されてしまうんだぞ! なんで!?


 そうこうしている間にもエルトリーデは斬首台に上げられ……大鉈を持った処刑人が近づいてくる。


「待て! やめろ! やめさせるんだ!! エルトリーデが! エルトリーデが!! バカ、やめ……」


 叫びも虚しい。

 既に起こってしまった映像は誰に止められようとも影響なく淡々と進み、振り上げられた大鉈は非常にも振り下ろされた。


 同時に女の首が一つ落ちた。


「――――――――――ッ!!」


 声にならない声。

 今のはオレの口から出たものなのか? わからない、何もかもがわからなかった。


 映像の中で見物人どもはまだバカ騒ぎをしていた。

 耳障りな、騒ぐことしかできないケダモノどもめ……!


 そして映像の中のオレは眉一つ動かすことなく冷静に、見届けは終わったとばかりに席を立った。

 自分自身に殺意が湧いたのは初めてだった。


 殺してやりたい!

 この冷血で愚かなゴミクズを、散々に苦しめて殺してやりたい!!


『お前は、正しい判断をした』


 光の精霊が言う。


『この時間軸でのエルトリーデは、王太子妃となるために非道なことも様々やった。彼女の行いによって人生を壊された者は数多くいる』


 違う! オレの知っているエルトリーデはそんな卑劣な女性じゃない!


 彼女は芯が強く、思いやりがあり、正しいことのために恐れず前進できる……!


『それは前世での反省を踏まえて形成された人格だろう。時間逆行前における自分の行いが間違っていると気づけたから、違う道を模索できたのだ』


 そうかもしれない。

 だが悪に走って破滅したことを顧みられるのは、そもそもエルトリーデの奥底に善性が眠っていたからではないのか。

 もし彼女が心底から悪人だったのなら、やり直しを受けて今度は失敗しまいとより悪辣に狡猾になることだろう。


 エルトリーデが悪だったわけではない。

 彼女がそうなったのは周囲が彼女を歪めたせいだ。


 魔法が使えない……たったそれだけの理由で疎外し、罵り、嘲り、エルトリーデを苦しめた連中が悪い。

 そう、オレたちが悪いんだ……!


『これでお前は知ることができた。お前の愛する女に巣食う闇に。お前が女を愛し、幸せにするためには避けて通れぬ。これを知った上で、お前はこれからどうする?』


 決まっている!

 オレは現世に戻るぞ! そしてエルトリーデに伝えてやらねば……!


 彼女は罪など犯していない……、彼女の周囲のすべてが犯した罪なのだと。


『そうか、ならば行くがいい。既にお前の傷は光の力で癒しておいた。いつでも目覚めることができるだろう』


 何故そこまで親切にしてくれる?


 いや、今は理由などどうでもいい。

 一刻も早く戻るべき場所に戻り、伝えるべきことを伝えなければ。


 そう思うと瞬間に意識が遠のき、生とも死とも判然としないこの場所から解け去っていった。

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