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69 死に戻り令嬢、強敵に出遭う

 これは何……?


 近衛騎士の足元からニュルリと立ち上る液体……透明な、水?


 それは鍛え抜かれた近衛騎士さんたちを丸々飲み込んでしまうほどの水量で、実際に足元から頭の上まですっぽり、成人男性一人を飲み込んでしまった。


「うがこッ!?」

「息がッ? ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ……!?」


 しかも一人だけでなく、シャンタル嬢を取り囲んでいた近衛全員が同じような状況に!?

 王族警護を使命にし、それゆえに徹底的に鍛えられているはずの近衛騎士たちが令嬢一人に敵わない!?


「くッ、魔法か!?」

「シャンタル・ウォルトー嬢は水魔法を得意とすると聞いた! ゆえにあの水牢の術だろうが……!」


 のん気に分析している場合じゃないわ。

 あの水の拘束……近衛騎士さんたちの頭まで覆っているじゃない。

 水の中では呼吸ができないというのは誰もが知ること。このままでは室内で溺れ死にとなってしまうわ。


「闇よッ!」


 私から放たれる暗黒物質が、水に拘束された近衛騎士全員に飛んでいく。

 砂より小さな粒子が無数に束なって一塊のように動く暗黒物質は、触れたものからどんな力も吸収して無効化してしまう。

 衝撃、温度、生命力……もちろん魔力も。


 魔法によって生み出された水は、暗黒物質によって魔力を吸い尽くされると存在そのものを消失してしまった。

 これが自然の水との違いね。


「近衛騎士たちは……息をしているわねよかった……!」

「あらエルトリーデ様ったら、そんなに覚えたての闇魔法をひけらかして。魔法を使えるようになったのがそんなに嬉しいのかしら?」

「なッ……!?」

「嬉しいですよねえ? かつては『魔力なし』と散々蔑まれ、家族すらもアナタを疎んじた。アナタは貴族の鼻つまみ者。だからこそ復讐と決めてかかれば、誰を傷つけるにも後悔はなかったでしょう?」


 それもまた、死に戻り前の一周目の私がもった感情。

 時間が戻り、一旦すべてが消え去ったはずの……、私しか知らないはずの感情。


 それを何故アナタが知っているの?

 シャンタル・ウォルトー公爵令嬢。


「一体アナタは、何者なの?」

「あらご存じないの? 私も排除すべき本命候補の一人だというのに、マークが甘いわね?」


 たしかにそうだ。

 シャンタル嬢を含めた四人の本命令嬢は、社交界の評判から挙がった四人。


 だからこそ前世の私は執拗に調べ上げて徹底的にマークした。

 その甲斐あってというか、アデリーナ嬢とファンソワーズ嬢については陥れることに成功し、その果てセリーヌ嬢に返り討ちに会って私の人生は終了した。


 でも……何故シャンタル嬢については何の印象も残っていないの?

 調べた記憶もなければ、当然入手できた情報にも思い当たる節がない?


 考えれば考えるほど彼女の得体の知れなさが浮き彫りになる!?


「……アナタは、思っている以上に危険な相手なのかもしれない。このまま野放しにはできないわ!」

「ならばどうします? 殺しますか? 動けないほどの大怪我をさせますか? それとも修道院へ送る? かつて邪魔な令嬢方を始末した時のようにね」

「お黙りなさい!」


 私は意識を集中し、さらなる暗黒物質を虚空から生み出す。

 すべてを飲み込む闇は、他属性の魔法に対しても絶対的な優位を得るわ。


 津波のように襲い掛かる暗黒物質を、シャンタル嬢は水の壁を興して遮る。

 まるで滝のような、直立した水。


 周りから悲鳴と喧騒が聞こえる。

 突然始まった魔法戦に参列者たちが驚き、混乱しているのだろう。


 今はそれにかまっている余裕はない。混乱を治めようというなら一瞬でも早く目の前にいるあの不気味なる令嬢を取り押さえなければ。


 暗黒物質と水の壁はいまだぶつかり合っている。


「さっきの水による拘束魔法と言い……シャンタル嬢、アナタの得意は水魔法のようね?」

「だったら何か?」

「鍛え抜かれた近衛騎士をまんまと無力化する手際。一時とはいえ暗黒物質を遮られる水勢。本命候補に挙がるだけのことはあります」


 でも、闇魔法を許された私だからこそわかる。

 あらゆる魔力を飲み込んでしまう暗黒物質の前に、他属性魔法はまったくの無力なのよ。


 さあその凄まじい勢いの水の壁も、暗黒物質に飲まれて消え去りなさい!


 ……。

 消え去り……。

 消えない!?


「浅はかな御方エルトリーデ様。たしかに闇魔法は無敵の力。火も水も風も土も、闇の前では飲み込まれてすべて消え去るしかありません」

「だったらなおさら……!?」


 何故あの水の壁は、暗黒物質を直接遮っておきながら消えないの!?


「簡単なことですよ。消えればまた生み出せばいいのです。暗黒物質が魔法の水を飲み込み、消滅させるよりも速く」

「そんなこと不可能だわ! それほど高速で大量の魔法水を生み出せば、あっと言う間に魔力が枯渇するはず……!?」

「でも事実として、生み出せているはずでしょう?」


 ありえない、ありえないわ。

 今なお拮抗している暗黒物質と水の壁、こんな状況を持続させるには何千リットルという魔法水を生み出さなければいけないのか。

 そんなこと不可能だわ。

 少なくとも人間にできるレベルじゃない。王太子妃候補とか、そんな次元を素っ飛ばして、人間に賄える魔力の限界量を超えているのよ!


「……あ」


 人間の限界量を超える魔力……。

 魔力とは、精霊から借り受けた力を制御するためのもの。


 それを無尽蔵に使えるってことは。


「シャンタル嬢……アナタは……いえアナタの正体は……!?」

「もうお気づきになったのね。聡い御方。その勘の鋭さがなおさら忌々しいわ。人生を二周もした成果かしら?」


 やはり彼女は知っている。

 だいぶ前から確定していたけれど、シャンタル嬢は私の人生が繰り返されていること。私だけが前世の記憶をもって死に戻りしたことをわかっているわ。

 いいえ、彼女自身前世からの記憶をここまで持ち越している。


 でもどうやって?

 私の場合、私に死に戻りの奇跡を与えてくれた闇の精霊が記憶を合わせてくれたもの。

 精霊が起こした奇跡には、精霊しか介入できない。


 だとすれば、シャンタル嬢の正体は……。


「アナタは、精霊ね?」

「……」


 私の突きつけた指摘に、シャンタル嬢は答えなかった。

 沈黙という雄弁な肯定。


「精霊が人に化けているのか、あるいは人に精霊が憑りついているのか。そこまで無尽蔵に精霊の力を引き出せるのは、精霊自身しか考えられないわ!」


 そして精霊だからこそ、死に戻り前の世界のことも知っている。

 使う魔法は水。

 だからアナタは水の精霊なのでしょう!?


『……クッ、くははははははは……!』


 声も、口調も大きく変わった。

 シャンタル嬢を通じて、別のナニカが話している。


『こんなにも早く正解に辿りつけるとは、恐れ入った。本当に人間というのは賢しい。一面で救いがたいほど愚かなくせに』

「やはりアナタは……! 何故こんなことを!? 精霊が人の営みに介入するというの!?」

『当然だ。そもそも貴様らに魔法を与えたこと自体、立派な人間への介入ではないか』


 うッ、たしかにそうだけど……!?


『しかし、私はこの愚かな関連性をいい加減に打ち切りたいと思っている。人間ごときに魔法を与えても、猫に金貨を持たせるようなもの。まともに使いきれるわけがない。だから一刻も早く取り上げねばならなかったのだ人間から。魔法を』

「だからさらに介入したというの? 人間に化けて? いや人間を……?」

『この体か? これは間違いなくウォルトー家に生まれた娘よ。あの家は私と特に深い契約をしている。より多く私の力を与える代わりに、何かあればこうして体を使わせるよう取り決めてあるのだ。今回それがとても役に立った』


 なんということを……!?

 それじゃあ今、正真正銘のシャンタル嬢はまるで水の精霊の操り人形になって……。自分の意識もなく……。


『一度は魔法を断つことに成功したが……。闇の精霊め、不要な繰り返しなど企ておって。六精霊の中でも特別なる存在ではあるが、やることが横暴すぎる。まあいいわ、繰り返すなら何度でも阻止するまでよ! 貴様ら人間どもに、魔法はもったいないのだ!』


 なッ!?

 ここに来て水の勢いが増した!?

 精霊め、もう正体を隠す必要もなくなったから全力出してきたわね!


『闇がすべてを滅する究極だろうと、所詮人間が預かった力よ! 精霊自身が放つ絶対の量に抗うことはできない!』


 けた外れの量で、質の差を覆すつもりね。

 ごり押しにすぎるけど有効な手段だわ。まるで海に沈められるかのような膨大な水量に、さすがの暗黒物質も支えきれずに漏れ出してくる。


「エルトリーデ危ない!」


 しかしどこからか私を伸びてきた腕が私をかっさらって別の場所へと飛ぶ。

 お陰で水流に飲まれることはなかったわ。


「キストハルト様!?」

「すまない、参列者の避難で送れた。キミが対峙してくれたおかげで、全員を無事逃すことができたが」


 しかし今はもう婚約式の会場全体が水に覆われて水槽のようになっている。

 出入り口から水が漏れ出ないのは精霊の魔力によるものかしら?


 どっちみち全方向を水に囲まれて逃げ場はないわ。


 シャンタル嬢の姿のまま、水の精霊がいやらしく笑う。


『「光の御子」まで出てきたか。しかし好都合、光と闇の申し子どちらが消えても試練は不達成となり魔法は消える』


 コイツ……やはり直接私たちの命をとることが狙いだったのね。

 力ずくすぎるわ!


 キストハルト様が杖をかまえたまま問う。


「水の精霊よ、何故このような暴挙に出る? われわれ人間と精霊は、魔法を通して寄り添い合ってきたのではないのか?」

『そう思っているのは貴様ら人間だけだ。寄り添う? 一方だけがただ利益をむしり取る状況を“寄り添う”というのか? お前たち人間は魔法を通して我ら精霊の力を使いたい放題で、我らに報いるところなど欠片もないだろう?』

「それは……!?」


 言われてみれば確かにそうだった。

 では水の精霊は、その状況に憤慨して影響を及ぼしたというの?


『他の精霊どもは知らんが、少なくとも私はこの間違った状況を是正すべきと考えている。我ら四元の精霊より上位存在である光と闇の精霊が取り決めたこの試練こそが、契約を断ち切る絶好の機会。ゆえに死ぬがいい光と闇の番ども。貴様らの命と共に人と精霊の関係も終わるのだ!!』

「お逃げくださいキストハルト様! アナタも精霊の標的に入っています!」


 水の精霊の目的は、試練の履行者である『光の御子』か『闇の巫女』を殺すことで試練を達成不可能にすること。

 目的を果たす条件に入るならキストハルト様にも殺意を向ける。


「できない相談だ。オレが離れればそれこそヤツは標的をキミに絞る。愛する女を守れない男など生きる価値はない」

『よい覚悟だ。では惚れた女を庇って死ぬがいい。その心意気は魔法に変わって千年後まで語り継がれるかもしれんな』


 シャンタル嬢が……いいえシャンタル嬢の身体を乗っ取った水の精霊が中空に水を集める。

 薄く平らに伸ばし……、まるで一振りの水の刃のように。


『超圧縮した上で高速にて飛ばす水の刃。人間の身体ぐらい簡単に斬り裂くし、人間の反射神経では対応できない速度で飛ぶ。暗黒物質で防御することも不可能だ』

「……」


 人間では対抗できない攻撃。

 たとえ属性で優っていてもどうにもならない、これが人間と精霊の差なの?


『さらばだ光と闇の申し子たち。魔法という悪しきシステムと共に息絶えるがいい!!』


 飛ばされる水刃。

 目で追えないほどの速さな上に、滅茶苦茶な軌道で飛んでくる?

 あれじゃあ暗黒物質で盾を作ってもすり抜けられる!?


 どうする!? こうなったら……、せめて我が身を盾にしてキストハルト様を……!


 そう思うよりも早く水刃は私たちの下へ到達した。

 正確には、水刃と私との間に割って入ったキストハルト様が、その身で刃を受けた。


「き、キストハルト様……!?」


 深く食い込む刃。

 キストハルト様の胸に……骨や内臓まで軽々と達した傷の深さは、間違いなく致命傷……!?


「キストハルト様ぁあああああッッ!!」


 前世では、愛する人の前で命を失った私が……、今世では目の前で愛する人を失った。

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