06 死に戻り令嬢、家族のために決断する
「我が家にも、王太子妃選びに参加せよと命令状が届いたのですね」
「……」
お父様たちの沈黙が何より雄弁な返答だった。
肯定の意味を含めた。
「わかります。王太子妃選びは原則、全員参加ですものね」
私に魔力がないことはもはや改めて語るまでもない。
そんな私が魔法至上主義のスピリナル王国の中枢に赴き、その頂点に寄り添う王太子妃に選ばれるなんて誰が思うかしら?
……思ったのよね前世の私は。
過去は振り返らずに前だけを向こう。
「私も今年で十八歳。二十三歳になられる王太子殿下とは年頃だけ見れば釣り合いますわ。可能性を論じられる程度ならありえるでしょう」
可能性だけはあるけど、確定にまで至ることは絶対にないだろうけれど。
「王太子妃選びには、それこそ国内の未婚女性貴族全員が召集されることでしょう。王族の血統を強化する、優れた魔力の持ち主を漏らさず見つけ出すために。だからかねてより『魔力なし』とわかっている私も、一応顔を出せ……ということなんでしょうね」
「そんなことのためにアナタを再び王都へ連れて来いというの……あんな魔法のことしか頭にない連中の吹き溜まりのような場所に……!」
お母様が震える声で言う。
「そしてまたエルトが笑いものにされると言うの、私の娘を! ねえアナタ、やはりやめましょう。王家には辞退の手紙を一通したためればいいことですわ!」
「うむ、たしかにそうだが……!」
「何を躊躇う必要があるのです!? どうせあちら側もわかっていて窺っているのですよ。王都で、エルトに魔力のない話は異常な速さで広まりましたからね!」
お母様、本気で怒ってらっしゃるわ。
領地に戻って変わったのはお母様もね。以前は弱々しく主張もしなかったけれど、ちょうどアケロンが生まれてからますます逞しくなったように見える。
「王都でのエルトは……本当に見ていてこちらが辛くなったわ。会う人間すべてから見下されて。そのせいでエルトはすっかりすさんで何にでも当たり散らすようになった……!」
私の幼少期ってそんな風に見られてたんだ。
「領地に戻って明るくなって、優しくなって……! ここにいる時のエルトこそが本物のエルトです。また王都なんかに行ってすさんだエルトの戻ってほしくないわ……!!」
そういいながらお母様、ハンカチで目じりを拭いた。
こんなに超え終わらげるのは私を想ってくれているからこそ、それが素直に嬉しかった。
お父様も、その想いを受けて……。
「そうだな。向こうだって魔力がないと判明しているエルトが王太子妃に選ばれるなど露も思っていまい。私たちとしては釈然としないが……」
「そうよ! エルトはそもそも魔力なんてなくとも充分王太子妃に相応しいわ! 教養もあって気立てのいい公爵令嬢なのよ!!」
「しかし、この国ではそれ以上に魔力の有無にしか価値が見いだされないということだ。私だってエルトの素晴らしさがわからない男へ嫁に出そうとも思わない。たとえそれが王太子であろうとも!!」
なんか二人とも興奮しだしたわ。
止めた方がいいのかしら?
「向こうも承知しているんなら無礼にもなるまい。我が家は王太子妃選びを辞退すると返答しよう」
「待ってください」
お父様たちが決めてしまおうというところへ私が留める。
「私、王太子妃選びには参加いたします。王家へはそのようにご返答ください」
「エルト!?」
私の宣言に、両親とも目を見開く。
「ど、どういうつもりだエルト!? まさか王太子妃になりたいのか? キストハルト殿下に懸想しているとでも!?」
「私は王太子殿下にお会いしたこともはありません」
今世では。
「ですからお顔も見たこともありませんし人となりも知りませんから、懸想するきっかけもありませんわ。王太子妃の地位にも……私には過分であることはわかっています」
前世での私は切望したけれど。
今世のように参加を求める書状が届いて、一も二もなく飛びついた。
同様に渋る両親を力任せに説得し、意気揚々と王城へと向かったのよね。
書状を受け取ったのも領地ではなく、王都の上屋敷でだったし。
今世でも同じことをする羽目になるとは思わなかった。でも同じなのは行動だけ。その理由も、説得の方法も違うわ。
「私は王太子妃にはなれません絶対に。でも、それでも王家からの召集を拒否するのは不敬に当たりますわ」
王家は、私に『来い』と命令している。
貴族とは王に仕えることが最大の使命なのだから、たとえ理由があろうと王家の命令を拒否することは自分自身の存在否定に繋がってしまう。
「ただでさえ我がエルデンヴァルク家は、立場を苦しくしています。私という『魔力なし』が生まれたことで」
「そんなこと気にすることでは……!」
「これ以上、私が原因でお家を追い詰めたくないのです」
さっきの話でも出たけれど、この国において爵位と魔力の強さはあまり関係がない。
そして爵位よりも魔力の強さこそが優先される社会だから、その時々の魔力関係で、爵位が簡単に上下してしまうこともある。
仮に男爵令嬢が魔力の強さでもって王太子妃に選ばれたら、その実家の男爵家は大魔力の令嬢を輩出した功で、最低でも伯爵ぐらいには格上げされるだろう。
では逆に、公爵家でありながら『魔力なし』が生まれてしまった我が家は?
エルデンヴァルク家がいまだに公爵を名乗れるのは、まずお父様お母様それぞれが国内指折りの高位魔法使いであること。
そしてこの豊かな港町を何の問題もなく運営しているどころか、それ以上に上手く治めて過去最高の収益を出していること。
そうすることで私が生まれてから十八年変わらず公爵の地位を守っている。
貿易によって莫大な富を生み出す港町は誰だって欲しがる。周囲の領地を治める貴族たちは隙あらばこの街を、エルデンヴァルク家から掠め取ろうとしている。
それができないのは当主であるエルデンヴァルク公爵……お父様が能力も実力も完璧だから。
その完璧なお父様の唯一付け入る隙が、魔力のない娘。
この私。
「私はエルデンヴァルク家の弱点になりたくありません。だから王家の命に従い、王都へ行きます。そして王太子妃選びに参加します」
もちろん魔力のない私はすぐさま不合格になるだろう。
前世のように乱暴卑劣な手を使ってのし上がりでもしない限り。
「すぐに脱落し、ここへ帰ってきますわ。それで義理は果たせます。王家にきっちり従ったと。それで誰からも文句は言われませんわ」
「だからそんなことは気にしなくていいんだ。家などよりエルト、私たちはお前の方が大事なんだ」
「そうよ、たとえすぐ選抜に弾かれて帰るにしても、王都の貴族たちはまたそれをネタにしてアナタを嘲笑うわ! アナタはそれに耐えられるの!?」
お父様もお母様も揃って翻意を促す。
「私にプライドなんて……」
「いいえアナタは賢い娘です。賢明な者は望む望まざるに関わらず自分を律して、プライドを備えていくことになります。そうまで勉強し、自分を高めてきたアナタが言われない嘲笑を受けるなんて……私も耐えられない……!」
ありがとうお母様。
私が侮られるのを自分のことのように思ってくれるのね。
でも大丈夫。
笑われることにはもう慣れています。
何しろ前世分の経験が加味されていますから。
「私は、このエルデンヴァルク家の領地でたっぷりと愛情を注いで育てていただきました。この地に住む多くの人々に教えを受け、海の向こうから渡ってくる様々な考えに触れて、一人の人間として成熟したと思います」
だから子どもの頃のように、見下されたり笑われたりしたぐらいで自分を見失ったりはしません。
前世のように暴走をしません。
エルデンヴァルク家はお父様の代では終わらない。
お父様の次をアケロンが継承して、さらに未来へと続いていくわ。その未来を守るためなら、私のできることは何でもやりたいの。
今世の私は両親も弟も、家族が大好きだから。
「王都へ行ってきますわ。ちょっとした旅行気分で、そして王子様にすぐフラれて帰ってまいります」
それで我が家への瑕疵が少しでも小さくなるなら、私は喜んで笑い者になって来ましょう。
自分のプライドより大事なものを、私は今世で見つけたのですから。
「エルト……いつの間にそんな考え方ができるように……!」
「アナタも立派なレディになったのね……!」
両親は揃って泣いてくれたが、それが悲しみの涙ではなく私の成長を認めるうれし涙だということが嬉しい。
◆
こうして色々揉めた末に私の王都行きは決まった。
考えてみると数奇なことだと思う。二度目の人生を始めて、魔法が使えない自分を吹っ切ったはずなのに。
それなのにかつての自分がプライドを懸けて掴み取ろうとした王太子妃に再び挑もうとしている。
まあ今回は目的がまったく違うけれど。
かつての私は勝って王太子妃になるために挑んだけれど、今回の私は不合格になるために王城へ向かう。
王家への義理立てのために。
だから今回の方が断然気楽よね。
まあ王城へいくまでの道程に関してだけは、終生王都で暮らしていた前世より、領地から何日もかけて旅しなければならない。
最初はお父様やお母様も同行すると言っていたが、お父様は領主としてのお仕事を急に休むわけにもいかず、お母様もアケロンから離れてほしくないので何とか説得しとどまってもらった。
アケロンも当然領地に残るわ。
弟と長く離れ離れになるのは初めてのことで、旅立ちの際は嫌だと泣かれてしまった。
それが身を切るように辛い。
ごめんなさいねアケロン。
姉さん、可及的速やかに王子様にフラれて、すぐ帰ってくるからね。