67 死に戻り令嬢、奪われる
キストハルト様が求めていることはわかり切っていた。
でも私はそれに対策をとるとかいう動きを一切しなかった。
そしてある時決定的な一手を打たれてしまった。
王命。
――『エルデンヴァルク公爵令嬢エルトリーデは、王太子キストハルトに嫁して王太子妃となるべし』
王から……、国から命令されてしまった。
一貴族に過ぎない私がこの命令に逆らうには、相当な覚悟がいる。
「わかっていると思うが、拒否は許されない。王命の中でもっとも厳しい戦時下特例のレベルで出された」
キストハルト様が言う。
この王命を届けに来たのがキストハルト様本人というところが、また本気度を窺わせる。
「キミはまだ国外に逃亡したり修道院にでも入れば、かわせるとでも思っているのかもしれないが……」
「そんなこと思っておりませんわ」
「それでいい。国外に逃亡すれば、キミが逃げ込んだ国に我が国は戦争を仕掛けるだろう。修道院に入れば、そこを焼き払ってキミを奪還する」
キストハルト様の目にからかいの色は一切なかった。
要するに本気ってことだわ。
「王命に逆らった責めは、キミ個人のみに収まらない。当然キミの実家であるエルデンヴァルク公爵家も取り潰しの上領地没収。一族はことごとく斬刑に処されるだろう。キミには幼い弟がいたな? 当然彼も……」
「やめて!」
思わず大声を上げて遮った。
弟のアケロンを殺すなんて、たとえ想像でも聞きたくない。
「……すまない」
キストハルト様が申し訳なく言う。
「だが、オレもそれだけ必死ということをわかってほしい。もうキミのいない人生は考えられないんだ。どんなことをしてでもエルトリーデを手に入れてみせる。たとえこの手を血で汚そうとも……」
「私に、そのような価値は……!」
「いやある。ここまで狂おしく人を求めたことは生まれて初めてだ。それでも、キミが本当にオレを拒むなら身を引こう。愛する人の幸せがどうでもいいというならそれは愛じゃない、ただの執着だから」
だから自分が傍にいることで愛する人が幸せになれないなら、潔く身を引くことも一つの愛の形と言える。
でも……。
「でもキミだってオレを求めている。拒むのは口だけだ。違うか?」
「それは……」
「そうでなければオレの傍にいることもないし、命を懸けてオレを助けてくれることもない。『好き』や『愛している』という言葉も何度も聞かせてくれた。……そうだ、口先ですらキミはオレのことを拒みきれていないじゃないか」
自制心のなさに我ながら呆れるわね。
「それでもオレのことを拒む……その理由だけは何があろうと語ってくれない。ならばオレも力ずくでモノにするだけだ。愛されているという自信があるからこそ強引な手段も取れる」
「キストハルト様……!」
「オレはキミを略奪する。キミの意志を無視して奪う。その代わり必ずキミを幸せにする。オレは生涯をかけてキミのことだけを愛し抜くと誓う。それだけじゃなくキミは万人に愛され、そして尊敬される王妃にもなるだろう。オレと連れ添うことで、その地位も約束しよう」
だから……。
「オレと結婚してほしい。いや、オレと結婚するんだ。これは逆らうことを許さない命令だ」
この人は、私に逃げ道を作ってくれている。
罪深い私の事情を聴かず、有無を言わさず彼の下へ嫁ぐ言いわけを作ってくれる。
「……命令なら、仕方ありませんね」
かつて私は、この人の妃となるためにあらゆる汚い手段を尽くした。
それこそ結婚相手である彼の意志など無視して。
そして今、彼こそがまったく手段を問わずに私を掴み取った。
無理矢理引きちぎるように。
これが私の前世からの宿業に対する報いだとでも言うの?
運命による意趣返し?
でも罪から生じる罰だというには、あまりにも幸せすぎるわ。
「私はアナタの妻になります……。愛している、アナタのことを愛しているの、本当に……!!」
「知っている。だからオレも悪逆になれる。キミに愛してもらえるならばオレは暴君にでもなろう」
何て罪深いプロポーズ。
でも、キストハルト様にそんなことをさせる私がもっとも悪逆なのよね。
私はこうして至福の下に、キストハルト様によって奪い去られた。
◆
キストハルト王太子の妃選びは終結となった。
栄えある王太子妃に選ばれたのはエルデンヴァルク公爵が長女エルトリーデ。
私のことだ。
国内有数の財力を持ち、位も人臣極める公爵家の御令嬢ということで立場的には申し分ない。
唯一のネックとされてきた魔法も、過去にも類を見ない闇魔法の覚醒に誰もが認めざるを得なくなった。
いまやエルトリーデ公爵令嬢は、王太子妃ひいては未来の王妃として完全無欠となった。
……からにはもはや、私自身に選択権はないらしい。
その資格ある者は、みずからの意思に関係なくもっとも気高い貴公子に嫁がなければならない。
ほどなく私とキストハルト様の結婚は王都中に布告され、次いで国中へと伝播していった。
その様子を見守りながら『これでもう逃げ場わないわね』と思ってしまった。悲しくはないけれど。
キストハルト様を受け入れて、私は正式な婚約者として城に移り住むこととなった。
城内外の様子を覗いても、誰一人として婚儀に異論をはさまないのが逆に恐ろしい。
王太子妃という権力の座だからこそ妬む人が一人や二人いてもいいだろうに。
しかし、平民層においては皆諸手を上げて私のことを支持してくれている模様。サザンランダ地区の再開発が余程功を奏したようで、それにも飽き足らず貴族層も概ね私のことを歓迎しているのは、デスクローグ帝国による侵略を私一人が跳ねのけたことと、その直後に広まった伝文が全貴族たちの知るところとなったから。
『光の御子』と『闇の巫女』が番わなかった時、この国から魔法が消え去るとか何とか。
その『光の御子』『闇の巫女』であるところの私たちの結婚は、スピリナル王侯が何より大事にする魔法の保存にも繋がるために大歓迎とのこと。
現スピリナル国王、王妃夫妻も余程魔法がなくなるのを恐れたのか、私たちの婚約を聞いて胸を撫で下ろした。
私も実際見たけど、喜び方が半端ではなかったわ。
かつては魔法の使えない私を虫けらのように見ていたらしいが、こないだお目通りしてみたら全力での歓迎。
――『よくキストハルトに嫁してくれた! お前こそ次なる王妃に相応しい!』
――『「お義母様」と呼んでいただいてかまわないのよ! 私もアナタの用に可愛らしい娘が欲しいと思っていたのですから! オホホホホホホ!』
などと調子のいいことを言っていた。
とにかくまあ、ビックリするぐらい私たちの結婚について何の障害もないということ。
まったく不思議なものね。
前世では、どれほど壁を払いのけても、払いのけても次なる障害が湧いて出て際限がなかったのに。
流れに身を任せればこんなにトントン拍子で進むものなのか。
そうこうしている間にとりあえずキストハルト様との婚約が成立した。
◆
今日は、私とキストハルト様との婚約式。
結婚の前に婚約……というのは貴族においての規定順序ね。
貴族の結婚式には何かと手間がかかるから、準備期間に一年とかはざらにある。王族であればなおさら。
それまで何の繋がりもないのは格好がつかないからと結婚準備の間は婚約を結ぶのよ。
派手に行うのは本番の結婚式ということで、その前段階の婚約式は幾分ひそやかに行われる。
できる限り身内のみで。国王夫妻も参列しているけれど、私側の両親は領地が遠いということで参列していない。
それでも一国の王太子の婚約ということで、一見無関係と思われる顔ぶれまで並んでいる。
大臣や将軍……あと私の友人枠でアデリーナ嬢、ファンソワーズ嬢、セリーヌ嬢まで。
やっぱりある程度身分のある成婚は面倒がかかるわね。
「これからキミも彼らを使って政を行わねばならない。ここで顔を覚えてくれればいい機会だ」
隣に立つキストハルト様が言う。
「今日もまた一際綺麗だなエルトリーデ。この日のためにまた一段とめかし込んでくれたのが嬉しい」
キストハルト様の指摘通り、今日の私は実家から送られてきた異国の流行最先端ドレスをまとっていた。
私のお父様お母様は、この結婚に対してどう受け止めているのかわからないけれど、『公の場に出るならそれに相応しい堂々たる姿で』という貴族の矜持を示してもらえた気がする。
「……これで本当に、私はキストハルト様の妻になるのですね」
「そうだ、もう嫌だと言っても絶対に逃さない」
嫌だなんて、もう言いませんわ。
アナタは、私の心の奥底に封じ込めていた願いを無理矢理叶えてくださったのだから。
私もまた叶えられた願いに責任を持たなくてはならない。
婚約式は、本番のような神への誓いや指輪交換もないけれど、とりあえず宣誓書にサインして二人の関係の法的拘束力を持たせる。
国王立会いの下に作成された公式文書。
それに自分の名前を書いて、正式な……。
「お待ちください」
式場に響く、大きな声。
鋭くはないけれど、全体で圧してくるような大きな響きがあった。
「キストハルト王太子殿下と、エルトリーデ様との御婚約に異議を申し立てます。そのサイン、私の主張をお聞きになるまでお止めくださいますでしょうか?」
そう言って現れたのは……
シャンタル・ウォルトー公爵令嬢?





