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66 死に戻り令嬢、熱狂される

 冷や汗ビッショリで結局もう一度お風呂に入り直さなければならなくなった。


 随分とキストハルト様をお待たせしてしまったわ。

 ご気分を害していなければいいんだけど……。


「女の身支度に時間がかかるというのはよく聞く話だ。それに他の女性ならともかく、キミを待つ時間ならそれほど苦ではないね」


 私たちを乗せた馬車が街道を行く。


 城下の視察だと仰っていたけれど、一体どこまで行くのかしら?


「キミもよく知るあの場所さ。キミと一緒なのだから視察先も見合ったところを選びたい」


 私にピッタリの視察先ってこと?

 どこ?


 自身なかなか個性的な令嬢だって自覚はあるけど、視察先にまで影響を及ぼすような個性は持っていないはずだけれど?


「もうすぐ着く、キミもそろそろわかってきたんじゃないか?」

「ここは……!?」


 流れてくる街並みに記憶が照合する。


 この道順……まさか……。


「サザンランダ地区ですか?」

「その通り正解だ。私たちにとっては思い出深い場所だな」


 程なくして馬車が止まり、扉が開く。

 外に出て視界に広がる風景を、私は驚きをもって見ることしかできなかった。


 美しく、清潔で、街並みに太陽光が反射して煌めていたのだから。


「どういうこと!? ここが“掃き溜めスラム”と忌み嫌われたサザンランダ地区なの!?」

「いくらなんでも驚きすぎじゃないか。こうなるようにサザンランダ地区を変えたのは他ならぬキミだろう?」


 え?

 私が元凶ですって?

 そんな覚えないけど……あッ、まさか?


「街の再整備ですか? 下水道を通したり……!?」


 かつて私は、この地区の人々に約束したことがあった。


 私の手足になって働くことと引き換えに、街に下水を通し、産業を興し、住人に仕事を与え……。

 行政から見捨てられたスラムであったこの街を、人の住みよい場所に作り替えると。


 あれから帝国とのイザコザがあったり、キストハルト様に囲い込まれたりとバタバタでなかなか足を運べなかったけれど……。


「まさかここまで開発が進んでいたなんて……。短期間で変わりすぎでしょう!?」


 どうやら下水道の整備は既に完了しているらしい。

 かつては耐えきれないほど漂っていた悪臭は今では名残すらなく、建築物の荒れ果てた景観もすっかり綺麗になっている。

 割れた窓も朽ちかけの土壁もなくなって、まるで衛星都市のようだわ。


 舗装された道を行き交う人々の表情は明るく、身なりもキッチリしている。


 とてもこれが、つい数ヶ月前まで掃き溜めと呼ばれていたスラムとは思えないわ。


「見違えたでしょう? それもこれも皆お嬢のお陰ですぜ」

「え?」


 出迎えらしい街の関係者が、こちらへ歩み寄ってくる。

 身なりが小奇麗でさっぱりしていて、やはりかつてのサザンランダ地区には似つわしくない男性。


 今には充分溶け込んでいるけれど。

 知らない人かと思ったけど、知ってる人だわ。なので驚いた。


「ガトウ!? どうしたのその小役人みたいな!?」


 ガトウは私が、サザンランダ地区に踏み込んで最初に交渉したゴロツキどもの元締め。

 それなりの気力胆力を備え、力でなければ統率できない自分の縄張りを何とか法になじませようと必死だった。

 そこに私との利害の一致が発生した。


「へへへ、やっぱり似合いませんかね?『せめて公の場では儀礼に沿った身なりをすべきだ』……って王子様から注目されまして」

「王子!?」


 私はすぐさま心当たりへ視線を走らせる。といってもすぐ隣だけれども。

 キストハルト様は悪戯成功した子どものような嬉しげな顔をしていた。


「キストハルト様もしや……たびたびここに来ていたんですか? 私にも秘密で!?」

「だってここは面白いもので溢れかえっているからね。国内でもっとも先進的なエルデンヴァルク公爵家の技術と統治が王都の中で実践されようとしているんだ。これに学ばなければ王太子失敗と言えないか?」


 たしかに……そうだけれど……!?

 領内に港町を持ち、異国の様々な技術文明が入り込んでくるエルデンヴァルク領はむしろ王都よりも都市設備が進んでいる。


 王族にとっては、自分のお膝元より家臣の領地が先進的だなんて屈辱的だと思うはずなんだけど。

 プライドなんか二の次にして学ぶべきものをガンガン吸収していく、それもキストハルト様の英邁さの一面よね。

 ……好き。


「ガトウは近々、この地区の行政官に任命される予定だ。彼がこの地区を統べるにあたって、やはり表側にも通用する明確な権力があった方がいいと思ってな」

「それで今のうちに役人の練習だと、こんな格好をさせられている次第で……」


 苦笑するガトウ。


 ……なんだか私よりキストハルト様と仲よくなってない?

 ガトウは私の影働きとして仕えてもらってるんだから、なんかモヤモヤするんですけど?


「わかりませんか、お嬢? そういうことだから王子様はオレのことを取り込みたいんですよ。男の嫉妬も女の嫉妬も怖いのには変わりないねえ」

「煩いぞガトウ。ただでさえお前には一行政官を超える多大な権力を与えている。それがあれば伯爵までならお前一人の力ではね返すことができるだろう。受けた恩恵の分だけキリキリ働いてもらうぞ」


 軽口の応酬に聞こえたものの、ある一フレーズに不審を感じて私は口を挟んだ。


「ちょっとすみません。『伯爵までならはね返せる』って言葉どういう意味ですの? ガトウが一人で伯爵クラスの貴族なんかに立ち向かわなければいけない事態が起こりますの?」


 そこを指摘すると、二人は俄然バツの悪そうな顔になり……。


「実を言いますと……立ち退き要求なんかがありまして」

「立ち退き!? まさかこの土地から!?」


 つい最近まで貧民以外は誰も寄り付かないスラムだったのに何故よ?

 いや、再整備によって地価が上がったから?


「エルトリーデの推測通り、キミが発端となって起こった土地の再整備のお陰で今やサザンランダ地区は王都でもっとも住みよい環境となった。そうしたら途端に欲深い虫どもがたかってくる段となったわけだ」

「地上げの類なら、同じ穴のムジナなんだからオレにいくらでも対処のしようがあるんですがね。上位貴族の頭ごなしの権力にはさすがに抗えませんや。泣く子と地頭には勝てぬってヤツで」

「そこでオレが口添えすることにした。日頃から平民を見下しておきながら、その平民から取り上げようなど恥知らずにもほどがある。貴い血筋に生まれた者たちに心構えを叩き込んでやることもまた王族の役目だ」


 そこまで聞き終わり、私は沈痛な気持ちになった。


 まずガトウへ向かって頭を下げる。


「ごめんなさいガトウ。アナタと契約を交わしたのは私だというのに、アナタたちに何かあった時後ろ盾となるべきは私だったのに、アナタたちが大変だったことにまったく気づかなかったなんて……。しかもその尻拭いをキストハルト様にさせてしまうなんて……!」

「いえいえとんでもない! お嬢はその時、自分のことで手一杯だったんですから気づかないのも仕方ありません! こっちからハッキリ助けを求めることもしませんでしたし……!」


 そう言えばそうよね。

 ガトウ、私とアナタは相互扶助の契約を交わしたんだからなんでピンチの時に言ってくれなかったの?


「それが……いざお嬢の下に駆けこもうと思った矢先にこちらの方が訪問してきまして……!」


 そのこちらの方というのがキストハルト様。

 キストハルト様?


「いやまあ……きっと何か起こるだろうと思って監視をつけていてな。それで先手を取ることができた」

「何故そんな……私に相談もなく……!?」

「エルトリーデが心血を注いでいる再整備に、オレも何かしら手伝いをしたかったのさ。無理難題を振り回す貴族どもの相手はオレの方が弁えている」


 たしかに……。

 いくら公爵令嬢といえども、真に権力を有しているのは公爵本人であるお父様で、私はその娘に過ぎない。

 爵位持ちとぶつかったとして、私にはお父様に泣きつくことから始める以外にない。


 それならばキストハルト様に出張っていただいた方がずっと簡単に事が済むわ。


「私自身は、無力な娘に過ぎないのですね……」

「そんなことはない! エルトリーデは才知に満ち溢れて良識的だ! この地区の再整備を進めたのもキミこそが発端じゃないか! そんなキミが無力でないわけがない!」


 キストハルト様が取りなすように言う。

 本当にこの人は、私の機嫌を治すために必死なのね。


「そうですよお嬢。仮に御令嬢のお嬢が無力だったとしても、もうすぐ無力じゃなくなるじゃないですか」


 同じようにフォローに回るガトウのセリフに引っかかった。

 もうすぐ無力じゃなくなる?

 どういうこと?


「だってお嬢はもうすぐそこの王子様と結婚して、王妃様になられるんでしょう? だったらアナタ自身が自由に扱える権力も得られるじゃないですか!」


 えッ? それは……!?

 思ってもみなかった指摘に、心が一瞬止まる。


「お嬢のようにお心の広い御方が王妃様になってくれたら、オレたち庶民は大歓迎でさぁ! 王子様もいずれは、庶民のことを考えてくれるいい王様になってくれそうだし、この国の未来は明るいぜ! なあ!」


 いつの間にかガトウの後ろに、たくさんの人々が集まってきた。

 ここがかつてスラムだった頃から住人だった人々……。


「新しい国王、王妃陛下バンザイ!」

「お二人こそ国の希望です!」

「どこまでもついていきます!!」


 皆が私たちに歓声を送る。

 祝福と、自分たちの喜びの声を。


 鳴り響く拍手。この人たちが私に求めていること、如実にわかる。

 皆が私の背中を押している。


 そんな感覚がヒシヒシと伝わってきた。

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