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65 死に戻り令嬢、もはや王妃のような扱いをされる

 気まずくなったので、どうにかして話題を変える。


「あの……よろしいのですか?」

「何が?」


 今話している内容。

 みだりに触れ回ってはいけないことなのでは?


「他国の要人の量刑なんて、判決が下される前なら知れていい事柄ではありませんわ。皇太子殿下も、キストハルト様なら迂闊に漏らさぬだろうと信じて伝えたのでしょうに、こんな簡単に私などに見せて……」

「もちろん何の関係もない輩に盗み見られては大問題だが、キミならば大丈夫だろう。キミは先のゴタゴタの当事者の一人でもあるんだから、顛末を聞く権利はある。それに……」


 そ、それに……。


「夫婦の間に隠し事はないだろう?」


 いやな予感的中!?

 キストハルト様まさか、王族以外が知ってはいけない機密情報を知らせることで、なし崩し的に私を王太子妃に据えようと!?


「身構えないでくれ。先に言った通りこの件に関してはキミも当事者だ。機密情報だったとしても知る権利はある。もし他の機密情報に触れたとしても、他言なしと誓ってもらえばそれで済む話だ」

「そ、そうですか……!」

「でもね」


 キストハルト様が手を回し、私の肩を抱く。


「こうやって椅子の上で、抱き合いながら政治の話をするなんて本当に国王夫婦のようじゃないか?」

「!?」


 そうよ、機密情報なんかでいちいちビビってる場合じゃないわ。

 ここに来て私の一挙手一投足がなし崩しなのよ。


 こんなズルズルと関係が進んでいったら、知らないうちに体まで通じ合って、しかるべき結果として二児三児と授かってキストハルト様と温かい家庭を築き上げているかもしれないわ!


 いつもの私なら、こんな風に流されるままじゃなく望まない流れはスパッと断ち切るんだけれど、しかしできない。

 心の底ではこうしていることに、人生これ以上ない喜びと満足感を覚えているから。


 ほんの数秒で一から、もう少しこのままでいたいという気持ちを、ここ何日もずっと引きずり続けている。


「書類仕事を希望でないというなら、別のことをしようか。体を動かすことなんてどうだ?」

「あ、ハイわかりました!」


 キストハルト様の提案に応じて、私は両手を広げる。

 最愛の男性を迎え入れんと。


「? どうした?」

「大分休憩しましたし、また始めようということなのでは?」


『体を動かす』なんて言うからそういうことかと。

 それを聞くとキストハルト様、一瞬だけキョトンとした表情になりすぐさまクツクツと笑い出す。


「なるほどそういう……! たしかにそういう体の動かし方は魅力的ではあるがな。しかしオレが言いたかったのはそういうことではなく、城下に視察に出かけようか、ということなんだが」

「へぅッ?」


 指摘されて両頬がカッと熱くなる。

 私ったら、いくら状況がそうだからってこんなはしたない予測を、はしたない! 本当にはしたないわ!


「魅力的すぎて引き込まれそうになるが、今は視察の方を優先だな。エルトリーデも供をしてくれ、充分にめかし込んでな」

「は、はい! お供します!」

「ベッドでの続きは戻ってからにしよう」

「それはやめておく方向で!」


 ダメだ、心が乱れて全然ペースを掴めない。

 それはきっと自分が、本当に心が望んでいるのとは別の向きへ進もうとしているからなんでしょうね。


 でもしょうがないじゃない。


 私にはそっちへ進む資格がないんだから。



 体を離しても私は揺さぶられっぱなしだった。


「外へ出るから、それ用のドレスに着替えるといい」と言われて半ば強制的に衣装替えする。

 しかもご丁寧にバスタイムも挟んで。


 殿下と二人きりの時間を過ごしたあとで湯を使おうとするんだから益々“そういうこと”をしたと思われてしまうわ。


 心底ではキストハルト様に愛されたい私は、拒絶すらもできずに流れに身を任せる。


 キストハルト様が用意してくださった侍女たち、さすがに城勤めだけあって手際がよく、動きもキビキビしている。

 私のこともすぐさまバスタブに放り込んで、恥ずかしがる暇も与えない。


「あら奥様、また殿下から愛された証が増えましたわね」

「そういうこと言わないでくれます!?」


 あと奥様呼びもやめてくださいますか!?


 抵抗してもスルリとかわされてご奉仕されてしまうから、いつ頃からかもうスッパリ抵抗を諦めて、なされるがままにお世話してもらっている私よ。

 これが城勤めの奉公人の実力……。


「あの、着替えは元から着てきたものでかまいませんから……!」

「何を仰います! 王太子妃ともあろう御方に一旦袖から抜いて、洗いもしないものを再び着させるなど不敬極まりませんわ!」

「安心ください! クローゼットには奥様用のドレスが取り揃えてありますので! すべて王太子殿下が自費で用意されたものですわ!」


 だからなんでそういうものがあるのよ……!?


 抵抗する間もなく着付けされて、出来上がったのはこれから舞踏会へでも上がろうかというめかし込まれた自分だった。


「これでどこに行くって言うのよ? 城下視察だって言ってなかった?」

「だからこそでございます! 王太子妃たる者、これからはどこに行くにももっとも美しい女でなくてはなりませんから!」


 それにこのドレス、センスのいい輸入ものだわ。

 貿易で財を成すウチの家と遜色ないドレスを用意できるなんて、やっぱり本気を出した王家は凄まじいわね。


「殿下が別室でお待ちになっております。まずはそちらへ向かいましょう」


 とても嫌とは言えない空気。

 どんなに心地悪くて、こんな王族の一人としてみたいな扱いを受けて、私は王城の廊下を進む。


 そこで私は、なんとも名状しがたい相手と邂逅を果たした。


 何が名状しがたいかというと……発する気配がなんとも言えないのよ。


 どこぞの英雄のように漲る気力でもなく、キストハルト様のような輝かしい覇気でもない。

 一見すると凡人と変わらない静けさであるのに、その奥底はどこまでも深い……見通せないほどに。


 そんな不気味な気配を発する……あの淑女は誰?


 私が戸惑っていると、侍女の一人が耳打ちしてくれる。


「ウォルトー公爵家のシャンタル嬢様ですわ」


 あれが……!?


 教えられるまでわからなかった。今生では、こうやって向き合うのは初めてかしら。

 前の生でも関わりは薄く、話し合うことなんてほとんどなかったかもしれない。


 だからこそ印象もなく顔も思い出すのに時間もかかってしまったけれど……でも今日会ってみて驚いた、こんなに不気味な気配をした令嬢だった。


 そんなシャンタル嬢だけれど、貴族令嬢に相応しい優雅さと可憐さで、私の前にお辞儀する。


「ごきげんようエルトリーデ公爵令嬢。こうして面と向かって話すのは初めてですわよね」

「ご、ごきげんよう……!」


 気配こそ不可解で息を飲むが、私に付き従う侍女たちは警戒もせず普通にシャンタル嬢と向かい合っている。


 彼女の異様さに気づいてない……?

 ある程度カンのよさでもないと気づけないとでも言うの?


「私、ウォルトー公爵家のシャンタルと申します。これまで機会に恵まれず、自己紹介が遅れに遅れてしまったことをお詫びいたしますわ」

「それはこちらも同様ですわ。エルデンヴァルク家のエルトリーデと申します。ご挨拶が遅れ失礼いたしました。」


 シャンタル嬢は容貌容姿も十人並みといったところで、セリーヌ嬢やファンソワーズ嬢と比べても全然見劣りする。


 だからこそ有力候補の中ではこれといって目立たず、ここまでも名が挙がらなかった。


 前世でもすっかりノーマークで、より手強い障害と見做していたセリーヌ嬢に全神経を集中させていたものだわ。


「あの……せっかくですからお茶など飲んで交誼を深めたいところですが生憎、人を待たせておりますの。これにて失礼いたしますわ」

「キストハルト王太子殿下でございますわね」


 うっぐ。

 図星を突かれてしまったわ。二の句がつけない。


「あら、そんなに驚くことですかしら? 王太子殿下のエルトリーデ様への溺愛ぶりは王城では知らぬ者なきほど。この分であれば王太子妃はエルトリーデ様で決まりそうかしら?」

「いえあの、それは……」

「アデリーナ様も、ファンソワーズ様も、セリーヌ様も候補から降りてライバルももうおりませんもの。今回はよほど上手く事を運ばれましたね」

「!?」


 今の言葉……、どうい意味?

『今回は』?

 それは何と比べて『今回』と言っているの?


 戸惑う私を無視し、一会釈して脇をすり抜けていくシャンタル令嬢。


 しかしすれ違いざま、他の誰にも聞こえないほどの小声で、耳元へ囁く。


「時を遡ってまで願いを叶えて満足ですか?」


 えッ!?

 何を言ったの彼女!?


 驚いて振り返ったが、そこにはもう誰もいなかった。


 消えた?

 いえ、すぐ先に曲がり角があるから、そこに入っていったのかしら?


 どちらにしろ私は生きた心地がしなかった。

 ついさっきお風呂に入ったばかりだというのに、頭から冷や汗がいっぱいに流れ出た。

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