63 死に戻り令嬢、最後の候補の噂を聞く
それからしばらく、元王太子妃候補のライバル令嬢同士によるお茶会は続いていた。
「はいッ」
ファンソワーズ嬢が私に向かって魔法の火球を投げつけてきた。
「何するのよ危ないわねッ!?」
私はすぐさま暗黒物質を発生させ、火球を防ぐ盾とした。
「なるほどこれが闇魔法ね。私の火炎魔法を完璧にガードするなんて興味深いわ」
「そんなことのために予告もなしで攻撃魔法放ってきたの!? ヤバいでしょうアナタッ!?」
「セリーヌ様はいつ頃、帝国へお発ちになるんですか?」
「ゴタゴタの後始末に手間取っているようで、それが済むまではこちらの話は動きそうにないの。今しばらくはこっちで、花嫁修業に精を出すつもり。帝国の作法を色々学んでおかないとね」
私たちが鉄火場になってる横でアデリーナ嬢とセリーヌ嬢は何を和やかに歓談しているのよッ?
スピリナル王国の令嬢ってホントに規格外だわ……。
「……話も弾んでいるところ悪いけれど、私そろそろ用事があって出かけなくちゃならないの。今日はお開きということでよろしいかしら?」
「あら、客を迎える日に別の予定を入れてるなんてスケジュール管理がなってないわね」
「アナタたちが予告もなしに押しかけたからでしょう!!」
言うに事欠いて何なのよコイツらは。
「でも意外ですわ。エルトリーデ様って今、社交界の注目の的でしょう? 騒がれる煩わしさを避けて、ずっと引きこもっているものと思っていましたわ」
「たしかに、この時期エルトリーデ様が外出される用件なんて想像つかないわね。よろしければ窺ってよろしいかしら?」
ヒトのプライベートにズカズカ踏み入ってくるわね……!
まあ秘密にすることでもないし聞かれたら答えてあげるけど。
「……キストハルト様よ」
「「「え?」」」
だから王太子キストハルト様。
「王城へ上がるように用命賜っているのよ。王太子殿下から名指しの呼び出しじゃ逆らうわけにもいかないでしょう」
これから王城へ向かうのよ。
そこまで鳩が豆鉄砲食らったような顔にならなくてもいいじゃない。
「だってキストハルト様って……!? アナタあの御方の求婚蹴ったんでしょう? なのになんでノコノコ会いに行ってるのよ?」
「呼ぶ方も、呼ばれて参る方も正気を疑いますわ」
そこまで言われる謂れある?
ただ、ここでやはりセリーヌ嬢だけが訳知り顔になって……。
「はあ、じゃああの噂も本当だったわけね。ここ最近、たびたび王城でエルトリーデ様の姿が目撃されてるっていう……」
「たびたび!?」「一度だけじゃなく何回も登城しているってことですの!?」
うぐッ。
……何よ悪い?
好きで王城に通ってるわけじゃなくて命令されたから仕方なくなのよ、わかる?
「そんなに通い詰めて一体何の用事なのよ!? アナタたち一応破局してるんでしょう!?」
「何をっていうか……、仕事のお手伝いよ。あの御方、今や政務を一手に引き受けているから……」
何やら国王陛下が、ショックを受けたやらなんやらで使い物にならないんですって。
元々現王様は政務に熱心な方ではなく、その分キストハルト様が王太子である今の時点から精力的に働いてくださっている。
既に押しも押されぬ国の牽引役。この分ならいつ王位継承が成っても問題ないとまで言われてるんだとか。
「まあエルトリーデ様なら政務の補佐は申し分ないわね。何しろ国内屈指の発展領を有するエルデンヴァルク家の御令嬢でもあるし、エルトリーデ様自身の知性と才覚はもはや多くが知るところだわ」
「たしかに小賢しいとこあるわよね」
言い方。
でもキストハルト様が私の能力を評価し、手足として使ってくださるなら無条件で従うつもりでいるの。
心を捧げることは拒否したのだから、それ以外なら何でもキストハルト様に捧げるのよ。
「ああ……、なるほど……」
「何よアナタ、また少ない言葉だけですべて察し切ったような顔をして……」
ファンソワーズ嬢もセリーヌ嬢のウザさがわかってきたみたいね。
「だってファンソワーズ様、アナタ疑問に思ったことはなくて? 何でも伝承が言うには闇の魔力を伴った令嬢と光の王子が結婚できなければ、この国から魔法は消え去るとのこと」
「ええ、だからみんな大騒ぎしてるんでしょう?」
「ならばエルトリーデ様が拒んだ時点で、誰も魔法が使えなくならなければおかしいのではありませんか? 光と闇が結ばれる可能性は潰えたのですから」
「あ」
何をゴチャゴチャと話しているのかしら?
「面倒なカップルですわよねぇ……。くっつくか別れるかで回りを振り回して。でも、そういう男女は得てしてどこにでもいるものですわ」
「アナタたちねえ!」
姦しく噂し合う令嬢たちに私は口を挟んだ。
さすがに聞こえないふりをし続けるのも限界だわ。
「言っておくけれど、私はあくまで臣下としてキストハルト様のお手伝いをしているだけなんだからね。私は今でもスピリナル王国の一貴族として、王者にあらせられるキストハルト様を敬愛し、忠誠を捧げているの。他のすべての貴族と同様にね」
「はいはい」
くっそ、気の抜けたような返事してぇ!
「貴族としての模範的な返答をどうもエルトリーデ様。しかしね……」
セリーヌ嬢が面白げに言う。
「キスマークが隠しきれていませんわよ?」
「えッ?」
私はとっさに首筋を抑えた。
ウソよ、ちゃんと外から見えないように気を付けていたはずなのに。
……あ、ウソ?
「…………」
私は耳までカッと熱くなった。
三人の何とも言えない微妙な視線が集まる。
「なんか詰襟のドレス着ているなあと思ったけど、それで……?」
「情熱的ですわ……!」
ファンソワーズ嬢とアデリーナ嬢まで顔を真っ赤にして瞳を輝かせている。
本当に女性は他人の恋バナが大好物ね……!
「ま、私がお嫁に入ったあとも祖国は安泰そうで安心しました。訪問の成果はありましたわね」
「まったくよ、私も新しい研究テーマを探さないでよさそうね」
「実は私も心配だったんですよぉ。魔法がなくなるとべレムの出世にも影響出ますからぁ」
何よコイツら。
すべて決まったような言い方して。
「ではエルトリーデ様、王城でのお勤め頑張ってください。万歳三唱で送り出ししましょうか?」
「けっこうです」
ここに来て絶好調ね。
できればもう二度と会いたくないという気さえしてきたわ。
「ではせめて忠告を。もしやとは思いますが……お気をつけくださいまし」
「? 何をです?」
「公爵令嬢シャンタル・ウォルトー様です」
シャンタル嬢。
ウォルトー公爵家の御令嬢で、ご多分に漏れず王太子妃候補の一人。
いえそれどころか、周囲の評価では本命に数えられた才女であらせられたはずよ。
今私の目の前にいる三人の御令嬢たちと同様に。
「彼女もね、最近王城で見かけられているらしいのよ。アナタもそうだけれど、目撃例はアナタより多いくらい」
珍獣みたいな言い方やめてくださる?
「貴族とはいえ、当主でもない令嬢がようもなく王城をうろつくなんてありえないことよ。彼女が何のために出入りしているのか、噂を収集してもそこまではわからなかったわ」
「彼女も王太子妃候補なんでしょう? その関係では?」
「王太子妃選びは現状、凍結状態よ」
そうなのよね。
第二審査までが終わって、そのあともまだまだ令嬢のふるい落としが続くはずだったんだけれど。
その途中で皇太子が電撃訪問したことでいったん棚上げ。その挙句にキストハルト様が私一人を見初めたことで話題諸共吹き飛んだ感があるのよね。
「王太子妃選びは第二審査で、とりあえず魔法の資質は計り終えた感があるわ。あとは妃候補の実家の格、あとは当人の性格とかも加味して討議していく段階だったはずよ」
「それをキストハルト殿下が、エルトリーデ様を見初めたことでご破算になっちゃったのよね?」
「シャンタル嬢はしっかり第二審査までクリアされていたわ。もしエルトリーデ様が本当に拒否した場合、後釜に座るのはシャンタル嬢である可能性が非常に高いわ。というか百パーセントそうなるわね」
シャンタル嬢にとって、王太子妃になれるかどうか……自身の栄達の明暗が今にかかってるってわけよね。
ここにいる人たちは忘れかけているけれど、王太子妃っていずれは王妃となる究極のポジションなのよ。
女性にとって最高位というべき席。本来ならば血眼になって、手段を選ばず陰謀に走ってでも手にしようとするものだわ。
「シャンタル公爵令嬢の腹の内は私をもってしてもわかりません。でも、もし彼女が王太子妃となることを望むなら今一番目障りなのはエルトリーデ様、アナタに間違いない。ゆめゆめ御油断なされませぬよう」
「何かあったら私たちに言いなさい。一団ぐらいなら私の魔法でフッ飛ばしてあげるから!」
「アナタにお味方することはさっき言った通りですからね!」
セリーヌ嬢だけでなくファンソワーズ嬢やアデリーナ嬢まで勇み言う。
本当にこの人たちは……。
かつて私は、彼女たちを邪魔者としか見ずに、排除することしか考えなかった。
でも彼女たちは、心通じ合えばこんなにも思いやりのある、いい人たちだったのよね。
彼女たち三人の内なら誰が王太子妃になってもよかっただろうけれど、残念ながら運命は彼女たちに違う道筋を用意したみたい。
さて、私も出かけますか。
さっき言ったようにキストハルト様の申しつけで登城しなければいけないんですから。
……。
体洗っておくべきかしら?





