62 死に戻り令嬢、女の友情を知る
「そんなことないわ!!」
ファンソワーズ嬢が厳しい声で反論する。
やっぱり性格的にも、この中で彼女が一番煩いわね。
「魔法はけっして負けはしないわ! たしかに現時点で大砲や銃の威力に敵わなくても、研究を進めて追いつけばいいだけのことよ! そうよ帝国が見せびらかしてきたアレは、さらなる魔法発展のきっかけと思えばいいのよ!!」
「ファンソワーズ嬢は、正式に王立の魔法研究所に所属したんですってね。未婚の貴族女性が研究員になるのはなかなか珍しいそうだけど」
セリーヌ嬢が注釈するように言う。
そういえば二次試験の終わり際にそんなこと言ってたような。
「そうよ! 王太子妃選びに参加したご褒美として入所を認めてもらったの! せっかく魔法の道を究める夢が開けたというのに魔法そのものがなくなったらぶち壊しじゃない!」
「要するに我欲ね」
「そうよ悪い!?」
開き直ったわね。
そりゃたしかに魔法がなくなれば魔法研究所なんて無用の長物すぎるけれど……。
「それにセリーヌ様こそ、この時点で魔法がなくなるのは困るんじゃなくて? わが国唯一の価値と言っていい魔法が失われれば、せっかく他国の皇太子様と婚約できたというのに支障がでるのでは?」
ファンソワーズ嬢からセリーヌ嬢へ、皮肉めいた視線が飛ぶ。
辺境伯令嬢として国外に接する機会があり、その機会から隣国の皇太子と恋路を結んだセリーヌ嬢。
彼女らしい思索と行動力で婚約を勝ち取った彼女に、私は以前からやられっぱなしだったわ。
そんな彼女は、ファンソワーズ嬢からの挑戦的な視線も涼しい顔で受け止めて……。
「ご心配ありがとう。でも私とフリード様は心から愛し合って結婚するの。最初から国同士の利害なんてどうでもいいことだから魔法が失せようとあったままでも、どっちでもいいのよ」
「くッ?」
「そもそも、アナタだって知っているでしょう。私たちスピリナルの魔法使いは国から出れば自然と魔法を失うわ。フリード様もそれを承知で私を迎えてくださるのだから、国全体から魔法が消え去ったところできっとかまいはしないわ」
そうね。
懸念としては、セリーヌ嬢個人に対してはそうかもしれないけどスピリナル王国への扱いはどうなるかということ。
でも先の騒動で帝国内の野心家は排除できたし、未来の両国主であるキストハルト様とフリード皇太子との間に深い友誼が結ばれたのだから……。
きっとあのヴィジョンのようなことにはならないわ。
「私はそれより、アナタの本心が気になるわ」
「え?」
「エルトリーデ様、アナタのことよ」
何よ。
相変わらず見透かしたようなことを言うわね……。
「先ほどはもっともらしい理由を並べおられましたが、キストハルト殿下を拒んだ理由は別にあるのではないですか? たとえば……『魔力なし』と呼ばれたアナタにとって、絶好の復讐の機会なのでは?」
また痛いところを突いてくるわね。
そう、本来誰もが魔法使いとして生まれてくるスピリナル貴族の中で、私だけが魔法を使えずに生まれた。
私はスピリナル王国の貴族の中でひたすら異質な存在で、常に疎外の対象になっていた。
人生を繰り返す、その前から。
それに対する復讐だというのなら、たしかにこれ以上有効な手段はないわね。
かつて私を『魔力なし』令嬢と蔑んだ人たち、その全員が私と同類になるんだから。
……もちろん今の私にそんな気持ちはない。
しかし、それをどうやって証明できるというのかしら。自分の心の内を確かな形で見せるなんて誰にもできないわ。
私が困ったような表情を浮かべると相手も察したのか……」
「ごめんなさい、冗談が過ぎたわね……」
「別にいいじゃないですか」
セリーヌ嬢の執り成しを遮るように聞こえたのは、誰の声?
アデリーナ嬢の声だった。
「仮にこれがエルトリーデ様による復讐だったとして、それの何が悪いというんです? スピリナルの貴族王族はずっと彼女を邪険にしてきたのです。復讐されるいわれは充分あると思いますわ」
アデリーナ嬢の言葉に、私を含めたほか全員が呆然とした。
だって控えめなはずの彼女が……王太子妃選びの際でも、彼女を出世の道具に仕様とする父親と、将来を誓い合った恋人との板挟みにあいながら、自分の意志を示すこともできず苦しんでいた。
そんな彼女が、こんなに強い言葉を吐き出すなんて……。
「大丈夫ですよエルトリーデ様、この魔法だけがすべての国を疎ましく思っているのはアナタだけではありません。私だって、魔法の才に恵まれたばかりに父から過剰な期待を受け、愛する人と引き離されるところでした」
「それは、まあ……」
そうだったわよね。
「エルトリーデ様から見れば贅沢な悩みと叱られるかもしれませんが、自分から魔法の力なんて消え去れば……と望んだのも一度きりではありません。そうすれば私を縛るあらゆるしがらみが一挙に消え去ると」
「アデリーナ様……」
「だから私はエルトリーデ様の気持ちを僅かばかりでも理解できると自負しております。それ以前にエルトリーデ様は私とベレムの仲を取り持ってくださった恩人です! いかなる場合でもお味方します! だからエルトリーデ様が王太子妃を御辞退なさるというなら、私は夫と共に支持いたしますわ!」
いやまさか。
あの気の弱かったアデリーナ嬢が、こんなに物事をハッキリ言うなんて……。
恋が彼女を強くしたということかしら?
やはり愛の力は偉大ね。
「驚嘆すべき決意ですわアデリーナ様。この辺境伯令嬢セリーヌ、同じ貴族の女としてアナタの決断を称賛いたします」
「セリーヌ様はもうする皇太子妃となられる御体ではありませんか。私などとは比べようがありませんわ」
「報恩の志は、貴族のプライドに欠くべからざるもの。帝国に嫁いでもアナタを見習い、気高い心を失わぬようにいたしますわ」
「こちらこそ光栄です!」
なんだかアデリーナ嬢とセリーヌ嬢の間に絆が生まれているわ。
「さあファンソワーズさん、これでもアナタはエルトリーデ様に気持ちを強いろうというのですの?」
「そ、それは……!?」
いけない、このままではファンソワーズ嬢が一人悪役にされてしまうわ。
何らかフォローを入れなければ。
「そんなに彼女をお責めにならないで。ファンソワーズ様も、ご自分の将来に必死なだけですわ。それはアデリーナ様もセリーヌ様も、誰も変わりません」
「たしかに魔法研究員になったファンソワーズ様にとっては魔法が消えるかどうかは大問題でしょうが」
「そうです、ですがそれだけじゃないのですよ?」
「?」
私が仄めかすと、即座にファンソワーズ嬢の目の色が変わった。
「流れてくる噂話は私に関することだけじゃありませんよ。新進気鋭の魔法研究員であるファンソワーズ嬢と、とある古参の魔法研究員との仲が取り沙汰されているそうではありませんか」
「アナタッ!?」
「たしかワンゲル侯爵でしたっけ? 様々な研究成果を発表し、『魔法学の寵児』と誉めそやされる天才。それでいて研究熱心なあまり女性を歯牙にもかけず、三十代の今をもって独身を貫く変わり者でもある……」
気の強いファンソワーズは、入所直後に彼とやり合って以来互いに意識し合う仲になったんだとか。
まさか本当に『おもしれー女』を現実にやるなんて、侮れないわねファンソワーズ嬢。
「魔法研究に人生を懸けるワンゲル侯爵にとって、魔法が消失するかどうかは大問題ですものね。アナタは自分のことだけでなく、想い人の人生のためにも私に頼みに来たってことよね」
「まあファンソワーズ様ったら、そんな事情があったなんて!」「私誤解していましたわ! 申し訳ありません!」
アデリーナ嬢もセリーヌ嬢も、好いた殿方のためと言えば何でも許す。
この子らも大概恋愛脳ね
「……そこまでわかっていても、アナタは殿下と結婚しないのね」
ファンソワーズ嬢が真っ直ぐ見つめる。
挑むような視線ではあったが、恨みがましさのような感情は含まれていない。
「………………ごめんなさい」
「いいのよ、私たちがそうであるようにアナタにだって譲れないものがあるんでしょう? アナタにはアナタの人生があって、それに他人である私たちに口出しする権利はないわよね」
ファンソワーズ嬢は肩をすくめて言った。
自分の意地を通すためにヒトの夢を踏みにじるなんて、いい気分じゃないわね。
「そんなに後ろめたくならなくてもいいわよ。実は今ね、彼、重火器の研究で忙しいの、デスクローグの皇太子が、こないだの慰謝料替わりって例の大砲やら銃やら置いていってね。火薬の原理やら銃の機械構造やら解き明かすのに夢中みたい」
「それは、まあ……!」
「結局彼は研究さえできれば対象は何でもいいみたい。探求心の塊なのよね。だからアナタが後ろめたくなる必要はないのよ」
この子から慰められるって変な感覚ね……!
散々罵られたり陥れられたり、彼女とは大概因縁が深かったから……。
「エルトリーデ様。ここにいる私たち三人は、経緯に違いこそあれアナタがいてくれたおかげで幸福を掴み取ることができました。私たちはアナタに大恩があります。だから何があろうと私たちはアナタ様にお味方しますわ」
一同を代表するようにセリーヌ嬢が言う。
「でもエルトリーデ様、アナタの真のお心はどこにあるのでしょう?」
また彼女はヒトを見透かしたようなことを言う。
「先日、アナタは私との問答でキストハルト殿下への好意を自覚したと思いました。あのまま二人結ばれるものとばかり思っていたのに、アナタは殿下から差し伸べられた手を取らなかった。その理由は何?」
「だから、魔法という価値観からの解放を……」
「それはこの国から魔法が消え去ることへの見解でしょう? キストハルト殿下を拒否することとは別問題のはずよ」
この人は、本当に私の心の奥底を見透かしてくる。
「エルトリーデ様、アナタは私がこれまで出会った中で一番難解な方ですわ。性根が真っ直ぐなのに、その奥にさらなる何かを隠している。アナタはその深淵な心の奥底に何を隠しているのですか? ……いいえ、何を恐れているのですか?」
本当にセリーヌ嬢のことは苦手だわ。
いつだって私の胸の内の見たくないところを的確に突きつけてくるんですから。
きっとこの苦手意識は、何度生まれ変わろうと消えることはないんでしょうね。





