61 死に戻り令嬢、友だちができる
キストハルト様のプロポーズを拒絶して、私はエルデンヴァルク家の上屋敷に戻ってきた。
フリード皇太子の訪問から端を発したデスクローグ帝国とのイザコザは無事解決し、かつて闇の精霊に見せられたビジョンはもはや現実にはならないだろう。
少なくとも今回の生では。
私も安心して退場することができる。
あとは気配を見計らって領地に戻るだけ。
そう思っていたところへ、ある日我が屋敷に訪問者がやってきた。
意外な面子だったんだけど……。
◆
伯爵令嬢アデリーナ・フワンゼ。
侯爵令嬢ファンソワーズ・ボヌクート。
辺境伯令嬢セリーヌ・シュバリエス。
見知った顔が私の家でお茶しているんだけど。
なんでかって言うと、突然『お客様です』と執事から言われて対応に出てみれば彼女らだったから。
仮にもれっきとした貴族のお嬢様たちなんだから無下に追い返すわけにもいかない。
それで最低限の応対として客間に通し、お茶など振舞っているわけだけど……。
「……さすがエルデンヴァルク家の用意するお茶ね。香りも味も一級だわ」
「海外からの輸入品なんでしょう? 領地に港のあるお家は様々なものを取り寄せられて凄いですわ」
「フン、物持ち自慢が喧しいだけだわ。公爵家ならもっと慎ましやかに振舞えないものかしら」
好き放題抜かしているわね、予告もなく唐突に押しかけてきながら。
彼女たちこそ、かつて王太子妃選びでしのぎを削ったライバル令嬢たち。
アデリーナ嬢は第一審査で、かねてからの想い人と添い遂げるために戦線離脱。
ファンソワーズ嬢は第二審査で、『自分には王太子妃の心構えができていない』と言ってリタイヤした。
セリーヌ嬢は能力、家柄共に大本命と言われておきながら他国の皇太子へ嫁入りするために自動的に婚約者候補から外れた。
結果的に王太子妃になるのが皇太子妃になって、そこまで違いはないように思える。
袖にされたウチの王太子はいい面の皮でしょうけれど。
そんな彼女らが今さらウチの屋敷に訪ねてきて、一体何の用なのかしら?
そもそも貴族なら訪問に前もって先触れを出して相手の都合をたしかめておくべきでは?
そんな非難がましい視線を向けていると、この中で一番勘のいいセリーヌ嬢が気づいたのか……。
「そんな面倒なこと別にいいでしょう。どうせアナタ、この上屋敷に引きこもって外に出ることないんでしょうし」
「それはまあ、現状が現状だけにヘタに動けないから……」
どういうことかというと今スピリナル王国の貴族界で私への注目度がかつてないほど上がっているから。
キストハルト様からプロポーズされたのを私が拒否した……というのが広まったらしい。
何故そんなことになったのか皆目見当がつかないけれど、さらに意外なることに、私の闇魔法に関することまで今やスピリナル王国の全貴族が知っているのだとか。
なんで?
「キストハルト殿下が両陛下に報告したことが、どこからか漏れてあっと言う間に広まったのよ。王城の機密保持能力も大したものね」
「うわすっごい皮肉」
その時キストハルト様は、闇の精霊が関わる“あの秘密”まで一緒に解き明かした。
一体どこから情報をゲットしたのかしら? そういうソツのなさはさすがキストハルト様と思うけれど、それがタイムラグなしで全貴族に知れ渡るのはどうかと思うのよ。
お陰で私も今現在、肩身が狭いったらもう……。
「そうよ! あの噂は本当なの!? アナタのせいで魔法が使えなくなるていう!」
「別に私のせいではないけど……!」
闇の精霊が人間に与えた試練について、皆が知るところになってしまっているのよ。
『闇の巫女』が『光の御子』に娶られなかった場合、人は精霊から見捨てられて魔法を失う。
私が闇の精霊から直接伝えられたことは、王城地下書庫から発掘されたっていう古代書にも一字一句違わず記してあったという。
私自身、夢の中でしか見たことがないものだから幻か勘違いというセンを捨てきれなかったんだけど、皮肉にもこれで確信が持てた。
しかしキストハルト様から伝わっただけの他貴族さんたちは、それで心底信じられるものなのかしら?
「各貴族たちもそれぞれ受け止め方が異なるわ。キストハルト殿下は優秀で臣下受けもいいから、そんな殿下の言うことだからと無条件に信じる方も多いみたい」
「逆に頑なに信じない御方も一定数おられますわね。自分たちに都合の悪い事実を受け入れられない、というだけなんでしょうけど」
現実逃避ってことね。
そういう人たちがいるというのもわかるわ。
「そしてもちろん中間層もいるわ! 俄かに信じがたい事実でもあるけど、否定するにも信憑性が高すぎる。ならばより詳しい事情を知る人物にさらなる説明を求める! それが真に賢い美女がとるべき行動ではなくて!」
『賢い美女』って何?
もしかして自分のこと言ってる?
「それこそが私たちの訪問の理由よ! わかったらさっさと答えなさい! いまスピリナル社交界で囁かれている噂の真偽は!?」
ズビシと指さしてくるファンソワーズ嬢。
相変わらずこの子はゴリゴリ推してくるわね。
「社交界で噂し合っても埒が明かないから私たちが代表して来たんじゃない! 王太子妃の座を巡って切磋琢磨し合った仲間でしょう! そんな私たちになら事情を明かしてくれてもいいんじゃない!?」
仲間って……!
私たちってそんな上等な間柄だったかしら?
なんだか彼女の脳内で、私の知らない物語が成立しているような気がするわ。
まあ別にそれが悪いとも思わないし、私とキストハルト様の間柄に関することが社交界を困惑させているのもわかっている。
事ここに至って、別に誤魔化す必要性もないだろうからハッキリ答えてあげるとしますか。
「ええ、事実よ」
「「「……!!」」」
私の語句アッサリとした回答に、三者一様の息を飲む気配が伝わってきた。
「いつだったか夢の中で、闇の精霊が直接教えてくれたわ。『闇の巫女』である私と『光の御子』であるキストハルト様が結婚できなかったら、人間は魔法を使えなくなるって」
「はあ、なんでよ!? しかもアナタどうしてそんな重要なことを今まで隠していたのよ!? すぐにでも広めて皆で対策を練るべきでしょう!?」
「信じた?」
「!?」
私の問い返しにファンソワーズ嬢は、言葉を詰まらせた。
「ど、どういう意味よ?」
「私が闇の精霊から得た言葉を触れ回ったとして、それを素直に信じたかって聞いているのよ」
信じるわけがないでしょう。
『魔力なし』令嬢である私の言葉に信じる価値など一粒たりともありはしない。
頭がおかしくなったかと思われて、そこで終わりでしょう。
いえ、それどころか……。
「王太子妃選びで優位に立とうと放言している……って思われる可能性もあったわね。そう思われた場合、最悪王家の神聖な儀式を妨害したとか言われて牢屋行きになりかねなかったでしょう」
「ぬっ」
ファンソワーズ嬢も私の主張が正しいと思ったのか、反論することはなかった。
実際キストハルト様が由緒ある古代書を引っ張り出してくれたおかげで皆、私に耳を傾けてくれるようになったというだけで。
……そういう意味ではキストハルト様は、私のために行動してくれたと思っていいのかしら?
「ならばやはり、私たちはもうすぐ魔法を使えなくなる……ということですね」
それまで沈黙を守っていたアデリーナ嬢が言う。
「だってエルトリーデ様は、殿下の求婚を辞退されたのでしょう? ならば『光の御子』と『闇の巫女』は結ばれることがなくなり、精霊様が求める条件を満たせませんわ。さすれば精霊様は私たちから魔法を取り上げるんですよね?」
「そうよ! そんなことになったらメチャクチャ困るじゃない! アナタ今からでも殿下の求婚を受け入れてきなさい! そうすれば万事解決よ!」
それはファンソワーズさんにとっての万事解決よねえ?
さすが魔法至上主義。かつて魔力の強さだけで王太子妃になろうと自信満々だったファンソワーズ嬢にとっては魔法がなくなるかどうかは生死を左右するぐらいの重要問題なんでしょうね。
しかしだからと言って私の都合をガン無視なのも困るんだけれど。
「嫌よ、私だって意味もなくキストハルト様を受け入れなかったわけじゃないわ。私には私なりの考えがあるのよ」
「どういう考えよ!? 言ってみなさい!!」
食い下がってくるわね、この子。
とはいっても……、馬鹿正直に答えるのはあまりに私の本心を晒すことになるからあんまり気が進まないわ。
適当に常識的なことを言って誤魔化しておくとしますか。
「魔法が本当に必要かものかどうか、一から考え直してほしかったからよ」
「はあ!?」
「本当に魔法が……いえ魔法だけが、私たちの生活に幸せをもたらすものなのかしら?」
この国は魔法という価値観にどっぷり沈みすぎている。
いいえ『この国』という主語すら大きすぎるわ。魔法を使い、魔法をすべての価値基準としているのは貴族王族という限られた層だけなんだから。
「この国の貴族たちは魔法だけを有難がるあまり、他の技術や文明を低く見すぎるわ。それが祟って兵器技術で他国に大きな後れを取り、デスクローグ帝国の軍事力を目の当たりに度肝を抜かされたのは記憶に新しいでしょう?」
「ま、まあ……!」
ファンソワーズ嬢もどこかで式典を見ていたのでしょうね。
フリード皇太子が披露した銃や大砲の威力を目の当たりにし、自分たちの攻撃魔法では決して敵わないことを思い知ったでしょう。
心から魔法にのめり込み、だからこそ造詣の深いファンソワーズ嬢だからこそ、その思いは人一倍大きいはずだわ。
「このままでは、魔法はこの国の人々の害にしかならないわ。だったら一度魔法から離れ、自分自身を見直すべきではないのかしら」





