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60 王太子、絶望を知る

 オレは王太子キストハルト。

 絶望のただ中にいる。


 彼女は言った。

『愛される者から拒絶される絶望を知ってしまったら、もう恐ろしくて人を愛することができなくなる』と。


 オレ自身がまさにそれを実感しているのだが。


 愛する人から拒絶される。


 まるで全身を粉々にされるかのようだ。それでいて呼吸もできなくなるほどに苦しい。

 視界のすべてが灰色で、輝きを失ったかのように思える。

 今まで生きてきた世界が、何の面白味もない、無味乾燥なるものへと変わってしまった。

 昨日まではそうでなかったはずなのに。


 それでもまだオレはエルトリーデを愛しているんだ。


 本人からあれだけハッキリと拒絶されたのに、想いを捨てきれないなんてまず男として見苦しい。

 今までも『フラれたのに諦めきれない』という他人を見てきて、未練がましいものだと呆れてきたが、オレにはもう彼らを嘲笑う資格もない。


 何より、この想いさえ捨ててしまえれば苦しみからも解放されるだろうに。

 わかっていても捨てることができない。


 抱えても意味がないものとわかっていながら抱え続けるしかない。

 それが苦痛でしかないとわかっていながら。


 何という業なのだ。



 オレの内面葛藤はともかくとして、王国としては見事侵略を防ぎ、平和を守ることができたのだから万々歳だ。


 率いた兵と共に王都へと戻ったが、その際は街中の民に歓迎されてまさに凱旋ムード。

 そして王城へと入り、戦果の報告も兼ねて改めて両親……国王とその妃へ拝謁する。


「王太子キストハルト。戦地より帰還しました」

「うむ!」


 国王こと父上はホクホク顔で玉座に座していた。

 その隣に座る母上も同じようにホクホク顔だった。


 あれで似たもの夫婦なのかもしれない。


「大雑把な報告は既に受けておる。……とにかく大勝利、まことめでたい! お前に任せておけば大丈夫だとは思ったが、まさに期待通りであったの!!」

「それはそうですよ陛下! だって私たちの子ですもの! 国外の愚か者など何万人束になって掛かろうとも魔法の前では塵芥ですわ!」


 夫婦揃って笑うが、まあのん気なものだな。

 実際のところはかなり危ういところまで追い込まれたというのに、終わってみれば被害ゼロの完全勝利なので、現場を見ずに結果だけ知らされればさぞや簡単だったように思えるだろう。


 しかしそうではなかったことを、現場指揮官として報告せねば。


「勝ったといえども浮かれるわけにはまいりません。こたびの戦闘、一歩でも間違えれば当方が壊滅的被害を受けていたやも知れぬ、危ういものでした」


 そしてそうならずに済んだ最大の要因は……。


「先触れにしたためた通り、エルトリーデ公爵令嬢の活躍によるものです」

「……」


 彼女の名が出ていた途端、父母の表情がスンと鎮まった。

 浮かれ切った表情から一転して。


「その件だが……本当なのか?」

「何がです?」

「いや、あの『魔力なし』令嬢が魔法を使ったなど……にわかに信じられずでのう……」

「チッ」


 父王の前であろうと知らずに舌打ちが出るのは勘弁願いたい。

 この人たちの頭の固さにはほとほと呆れかえったので。


「何が不満なのです? アナタたちはエルトリーデのことを散々こき下ろしてきた、『魔法が使えない』というたった一つの理由でもって。アナタたちにとっては欠点というなら、その欠点が失われたのは喜ぶべきでは?」

「そうなのだが……、だが何かの間違いではないのか? 今まで魔法が使えなかった者が突然使えるようになるなど……」


 それでは、我が軍は『何かの間違い』で窮地を脱したことになりますが。


「オレもこの目で見たので間違いありません。エルトリーデはたしかに魔法を使い。その魔法でもって敵軍を粉砕しました。勝利の功績は丸々彼女一人のものと言っていい」

「そんな! 王太子であるアナタが出撃したのだから一番手柄はアナタでないと格好がつかないわ!」


 喧しいですよ母上。

 そんな些末なことよりも話し合うべきことは他にもあり……。


「さらにエルトリーデが使った魔法は、魔法の中でもとりわけ特殊なものでした。闇属性の魔法なのだそうです」

「闇属性……じゃと……!?」

「彼女がこれまで魔法を使えなかった理由もその辺にあるとのこと」


 そこからオレは戦場で見たままのことを、この魔法以外に判断基準のない夫婦へ伝えた。


 エルトリーデの生み出した闇が、敵の攻撃すべてを防ぎ切り、飲み込んで、何万という軍勢を瞬時に滅ぼしてしまったと。


 それほどに大規模、大威力の魔法は他に存在しない。


 恐らく他の全魔導士を相手取っても一薙ぎにできるその力、魔法王国たるウチの国王夫妻といえど……いや魔法国家の王者であるからこそ戦慄せずにはいられない。


「父上……。オレは闇魔法についてあれこれ尋ねられることを予想し、ここへまかり越す前に寄り道をいたしました」

「なんじゃと?」


 ここスピリナル王城の地下書庫。


 そこには遥か千年以上昔からの魔法の知識を収めた蔵書が山のように保存されている。

 中には二つとない一点ものまでが収蔵されていて、魔法知識を得たければもっとも確実にして『そこになければない』と断言できる場所だった。


「闇魔法など、これまでスピリナル王国の魔法史にも一言とて登場したことのない前代未聞。その実在をたしかめるには王城地下書庫を当たる以外にない、と思いまして」

「ふ、ふむ、もっともではあるが……?」

「そして実際見つかりましたよ。闇魔法を記した書物が」


 何とご丁寧に、地下書庫の最下層、さらにその隠し蔵に大事に保管されていた。


 王城地下書庫は、それ自体が何層にも区分けされていて、下層へ降りるほど厳しい立ち入り制限が課される。

 最下層などは直系王族しか立ち入れないように厳重な魔法封印が施されていた。


 しかもそのさらに奥底にあった隠し蔵は、光の魔力にのみ反応して開く仕組みになっていた。

 つまり光の魔力を操る国王か王太子でなければ、この本を発見することは不可能だった。


「それでいて光の魔力持ちが接近すると反応し、隠し扉が輝く仕組みにもなっていましたよ。要するに偶然見つかる可能性はゼロでありながら、資格ある者が求めればすぐさま手に取れるようになっていたわけです。見事な細工と褒めてやってもいいですな」

「そ、それでその書物には、闇の魔法とやらが……!?」

「しっかり記されていました」


 書に曰く……。


 闇の精霊は、全精霊の王。

 他のいかなる精霊も闇に逆らうことはできず、服従するしかない。

 もしも闇の精霊に反逆するならば、そのすべてが暗黒に飲み込まれ塵すらも残らぬだろう。

 それは精霊だろうと、他のいかなる骨肉を持ったモノたちであろうと変わりはない。

 闇の前では等しく塵芥に過ぎない、と。


「あまりにも大きすぎる力ゆえに、他の属性魔法のように人間に分け与えられることはなかった。人間ごときが扱うにはあまりに恐れ多い、……ということでしょうな」

「では何故あの小娘……いえエルデンヴァルク公爵令嬢が使えるというのよ?」


 母上が狼狽えながら尋ねる。

 かつて国内最高の女魔法使いとして王妃に擁立された母上だ。触れ込みだけでも自分を遥かに超える存在となったエルトリーデを、敵視すると同時に恐れているのだろう。


「それについても関係あると思しき記述を発見しました」


 この隠された書物から。


「精霊たちは人間に魔法を与えた。それは我らスピリナル王国の建国神話でも明らかなことですが、語られていないこともあります」

「語られておらぬこと?」

「精霊たちは危惧していたそうです。魔法を与えられた人間が道を間違えはしないかと。大きすぎる力を持ったがゆえに傲慢になり、他者へのいたわりを忘れ、邪悪な存在と成り果ててしまわぬかと」


 それをたしかめるために精霊は千年に一度、『闇の巫女』を遣わすという。

 闇の精霊に愛された、人間において唯一の闇魔法を扱える女。


「『闇の巫女』は、ただそれだけでは魔法を使えません。『光の御子』に愛されることで初めて己の魔力を自在にできるのだとか」

「『光の御子』とな?」

「光の魔法に長けた貴公子を指しているのかと。たとえばこのオレのような」


 光魔法を使う王太子たるこのオレが『光の御子』。

 闇魔法を秘した令嬢たるエルトリーデが『闇の巫女』。


 この符丁はこの上なくシックリくるし、エルトリーデ本人の証言とも一致する。


「『闇の巫女』は、魔法に慣れた人間たちを試すために送り込まれるのだそうです。『闇の巫女』は、光からの愛を得なければ闇魔法を使えず、一見すればただの人。それを、魔法使いの中でもっとも高貴な『光の御子』に娶せることを周囲が認めるか、どうか」


 何ともよくできた、そして人の悪い仕掛けだと思う。


 魔法に驕り、『魔法使いでなければ人にあらず』と思うような世の中であれば、一見『魔力なし』である『闇の巫女』が『光の御子』と結婚できることなど万に一つもないだろうから。


 魔法使いの社会が、魔法が使えない者を受け入れることができるか。

 人間全体の寛容さが試される試練の合否は、人が魔法に相応しいかの合否でもある。


「書物によれば、『闇の巫女』を受け入れなかった人間は魔法を取り上げられるのだそうです」

「なんだとッ!?」


 初めて父上の声が悲鳴になった。

 それもそうだろう。彼らにとってはもっとも大事なことだ。


「何を驚くことがありましょう、当然かと。魔力のない者を見下し、驕り高ぶる者に力は相応しくありません。精霊たちも、そんな愚か者たちからは一度与えたものでも取り上げることでしょう」

「で、では、この場合……キストハルト、アナタとエルデンヴァルク家の令嬢が結婚できなければ……?」


 母上にしては察しがよろしい。


「ご想像の通り、この国から一切の魔法は消え失せるものかと」

「王太子キストハルトとエルトリーデ公爵令嬢との結婚を認める!」


 何と早きご決断か。

 今まで散々ゴネていたオレとエルトリーデとの結婚を、こうも簡単に決めてしまうとは。


「そりゃあ魔法の使えない娘との結婚など何があっても認めませんが、エルトリーデ嬢は魔法が使えるようになったのでしょう? ならば問題ないじゃない」

「王妃の言う通り! 我らはあくまで『魔力なし』との結婚を認められなかっただけ。しかしエルトリーデ嬢は、世にも貴重な闇魔法の使い手とあれば王太子妃に相応しいではないか! 侯爵令嬢という身分も加われば非の打ちどころもない!」


 わかっておられんな、この夫婦は。

『魔力なし』など絶対に王太子妃に認められない、それこそ精霊に見捨てられる要因であるというのに。


「エルトリーデ嬢は我が子キストハルトと結婚し、魔法は残る! 我が国は未来永劫安泰ということよ! ホホホホホホホ!」

「お言葉ながら……」


 もう既に救われている気になっている両親へ、執行の言葉を放つ。


「エルトリーデは、オレの妻になることを拒否しました」

「は?」「え?」


 揃って間抜けな声を上げる両親。

 どうした、もっと喜ぶがいい。お前たちが断固反対していたことがご破算になったのだから。


「オレはエルトリーデにプロポーズしましたが、素気無く断られました。『闇の巫女』は『光の御子』に娶られることはありません。これでめでたくスピリナル王国から魔法は去っていくことかと」

「ば、バカな……!?」


 戦争勝利にホクホク顔だった二人の表情が、見る間に青ざめていく。


「魔法が……なくなる!? そんなの嫌よ! 魔法は我が国の……私のすべてなのよ! それがなくなったら何も残らないじゃない!」

「信じぬぞ余は信じぬ! そのような世迷言、書庫に紛れ込んだニセモノ書物のデタラメよ! ……しかし直系王族しか入りえぬ最下層の、しかも特別処置が施された区画に……!?」

「嫌ぁ! 嫌! 魔法を失うなんて絶対いやぁああああッッ!!」


 見苦しいことだ。

 魔法だけを価値としてきた両親にとって魔法の消失は、自分たちを含めた世界の崩壊に他ならない。


 本当なら信じたくないところだろうが、由緒正しき王城地下書庫から出てきた情報を頭ごなしに否定もできず、不安と疑心暗鬼に恐れおののいた。


 そんな見苦しさ満点の両親を見て、オレの黒い満足感がうずいた。


 何のことはない、オレは自分の絶望感を少しでもヒトにお裾分けしようと、こんな茶番を演じたに過ぎない。


 我ながらひねくれたものだと思って、謁見の間から去った。

一旦お休みをいただきます。次の更新は5/12(金)の予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一回失われたらええねん<魔法 そんだけ大事になったらエルトリーデも考え直すかもしれんで
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