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05 死に戻り令嬢、招集を受ける

 帰宅する私。


 この港町を含めた領全土を治めるエルデンヴァルク公爵家の屋敷は、湾港に面した小高い丘の上に建てられている。


 ここからは港町の全体を一望することができ、街のシンボルを務めるのと同時に街のいたるところに目が行き届いていると睨みを利かせる意味合いもあった。


 お父様は領主としても優秀な方だと思う。

 港町という、巨万の富を生み出しつつも、様々な文化が出入りしてまとまりにくい土地を問題なく回しているのだから。


 それは領地に戻って初めて知ったこと。

 前世での私は死ぬまでを王都で過ごしたから最後まで知ることもなかったわ。

 かつての私は本当に視野が狭かったのね。


 玄関のドアを開けると。パタパタと出迎えの足音が聞こえてくる。


「おかえりなさい、おねーさま!」


 言うと同時に抱き着いてきたのは小さな男の子だった。

 弟のアケロン。

 今年で六歳になる。

 家族三人領地で暮らすようになってから少し経って両親が授かった跡取り息子だった。


 前世での私に兄弟はいなかった。

 弟も妹も。

 だからこの子自身の存在が新しい二度目の人生における大きな変化ということになる。


 前世での両親は、私という『魔力なし』が生まれたことによって関係が冷めきってしまった。

 だから二人の間に新しい命も成されようがない。

 でも今世では私が素直になったために二人の関係も改善され、自然と営みの方も再開した……?


 ……と思っていたが、最近になって少し違うのではないかと思えてきた。

 二人にとって初子である私は、何故か貴族の血筋を持ちながら魔力を生まれ持たなかった。


 次に子どもを授かったとして、二人目もまた『魔力なし』であったら?

 それもまた不安であったろうけれど、逆にちゃんと魔力を持った子どもが生まれても問題はある。


 私の立場が完璧に失われるから。


 弟もしくは妹がちゃんと魔力を持って生まれてきたら、ますます『魔力なし』の私がどうして生まれてきたのかわからない。

 私が失敗作であるという事実がより浮き彫りとなるし、そうした立場に追いやられる私自身の心境も想像するだに恐ろしかっただろう。


 でも私は領地で暮らし、王都では想像できなかったほど明るくなった。

 だから両親は安心したのだと思う。私がどんな事実でも受け入れられるって。


 実際に弟が生まれ、魔力があると判明して、私はそのことが喜ばしかった。

 私自身が嬉しいと思っていることにも嬉しかった。


 前世の私であればきっとこの上なく嫉妬していたに違いない。公爵家での自分の立場も危うくなると、何とか亡き者にせんと企てていたかもしれない。

 そんな自分を想像して寒気を覚えることもあった。


 そもそも私は女なのだから基本的に公爵家の継承権はない。

 だから『次には男子を』……と考えるのは家を守るべき貴族なら当然で、義務と思えばたとえ冷めきった夫婦であっても営みの中断することは考えられない。


 それでも両親が前世において、私以外の子どもを持たなかったのは私を想う以外の何物でもなかった。

 本当に、二度目の人生を過ごすほどに自分のバカさ加減が知れるわね。

 こんな両親の慈しみに死んでも気づくことができなかったなんて。


「ただいま、私の宝物」


 まだまだ小さな弟を抱きしめ返す。

 今はまだ軽く抱え上げることができるけれど、男の子だからきっとすぐに大きくなって、私じゃ持ち上げられなくなるのでしょうね。


 その時まで私がなんてしてもアケロンを守らなければ。


 幸い私と違ってこの子には魔力がある。

 大体この国の貴族の子は、二~三歳程度になると自然に体に魔力が宿るようになって、それで魔力持ちだと判明する。


 しっかりと魔力があって男子なのだから、エルデンヴァルク公爵家を継ぐにはこの子がもっともふさわしい。


 私は……、『魔力なし』の姉など成長したアケロンにとっては負担にしかならないだろうから、この子が一人前になるまでには家を出ようと思っている。


 そうね、ジンガメン先生の言われる通り外国へ行くのがいいでしょうね。


 魔法が存在するのはここスピリナル王国のみ。

 他国は平民も貴族も魔法など使えないそうだから私もそう奇異には映らないでしょう。


 ここで培ったことを活かして家庭教師なり管理の手伝いなど勤めて……外国ならば、すっかり諦めていた結婚もできるかもしれない。


 この国では『魔力なしなどを娶って、自分の子孫にまで魔力が失われたら堪ったものではない』と全力で忌避されるから。

 そんな私が前世では王太子妃と、大それたものだわ。


 今世では王太子とも、王太子妃とも何の関係もなく過ごせることだろう。


 前世においては私が強硬に割り込んだから候補に挙げられただけで、普通にしていれば魔法一強のこの国で『魔力なし』が王太子候補にかすることすらありえない。


 そう思っていたのだが……。


「お父様お母様、ただ今戻りました」


 アケロンを抱え上げたまま居間へ入ると案の定、両親が向かい合ってお茶を飲んでいた。


 でもなんだろう?

 入室した瞬間に感じ取れたわ、空気が重い。


「お帰りなさいエルト。ジンガメン先生の授業はどうだった?」

「ええ……、今日も色々なことを教わったわ」


 お母様からの出迎えの言葉も、いつも通りのありきたりな中にどこか硬さがあった。


「誰かアケロンと遊んでやってくれないか。私たちはエルトに大事な話がある」


 父上も使用人にそう言いつけて、いよいよ何事かあったと匂わされる。


「いや、大事と言うほどでもないが……。どちらかというと厄介? いやそれでは不敬になるか……」

「一体何ですの?」


 お父様にしては珍しく歯切れが悪く、口調もグシグシと要領得ない。


 一方で私はどこかでストンと思い当たった。

 腑に落ちる……というのがシックリくる感覚。


「そうね、たしかこの時期だったわね……」

「ん? 何か言ったかエルト」

「いいえ、それよりお父様、何の御用件ですの?」


 気づいたことを表に出さず、とにかく両親から用件を促す。


 今回の人生で私が知る由もないことを、先に表沙汰にはできないものね。


「……ついさっき王都から書状が届いてな。差出人は王家ということになっていた」


 やはり。


「王太子妃選抜の招集状ですね」

「何故それを!?」


 表に出すつもりはなかったのに思わず言ってしまった。

 ダメね、感情のコントロールもできないなんて。しかし私にとっては前世の因縁、どうしても反応してしまうわ。


 とにかく両親の不審を払うために、今は取り繕わなきゃ。


「王太子キストハルト殿下は、今年でたしか御年二十三歳と伺いますわ。その年頃となればそろそろ妃を定めておかねばいけません」

「う、うむ……」

「そしてこの国の、妃選びの独特な習わしは私も聞き及んでおります。そしてお父様お母様のその深刻そうな表情を見て、私も少しは予想しますわ」


 本当は予想というより予知みたいなものだけど。

 予知とも少し違うわね、既に一度体験して知っている事柄なんだから。そう言うのは何と言うのかしら?


「さ、さすがエルトだな。本当に賢い娘に育った……!」

「察しがよくてヒトに先んじる。その材料として多くの情報を蓄積している。それこそ本当に貴族に必要な力だわ」


 両親とも手放しで私のことを褒めてくれる。

 あまりに絶賛すぎてよそよそしさすら感じてしまうが、あえてそれは口にしない。


 お父様お母様の優しさを無下にしてしまうもの。

 どんなに無理矢理褒めちぎったとしても、それがどんな感情から出た行動なのかしっかり気づかなくてはダメだわ。


 自分が愛されていることを忘れないようにしないと。


「……ふむ、エルトでは試みに問う。今お前が言った、我が国の王太子妃選びの独特な習わしとは、具体的になんだ?」

「年頃の貴族令嬢を国内全土から呼び集め、その中からたった一人の王太子妃を選び取る……という方法ですわ」


 当代の国王陛下も、その先代も先々代もそうして妃を選び出したとか。


「そうだ、そんな奇抜なお妃選びなど我が国を除けばどこの国でも行われていない。それは何故だとエルトは思う?」

「我が国に魔法があるからです」


 魔法は、ここスピリナル王国だけに与えられた精霊の奇跡。


 スピリナル王国の貴族のみが魔法を使え、その能力は脈々と子々孫々に受け継がれる。


 そのためにも必要なことは貴族の中心……王族にこそもっとも強い魔力の因子が継承されること。

 だから王太子妃……いずれ王妃になるべき女性にはもっとも強い魔力をもった、女魔法使いであることが求められる。


「だからこその選抜です。国中の魔法を使える若い女……即ち貴族令嬢からもっとも強い魔力の持ち主を選び出す。そのためにも一旦全員を集めることが一番効率がいい」

「百点満点の回答だ。なのに私が、改めて聞いていて頭痛がしてきたよ」


 言葉通りにお父様は額を抑える。


 私も領地で勉強して始めて知ったことだが、そんな風にしてお妃を選び出すのは我が国しかない。


 他国では家柄と情勢を重視し、妃候補の人柄や知性などを計って何度も話し合いが行われて、最終的に本人たちの同意を得て婚約成立となるらしいわ。


「令嬢を一手に集めて競い合わせようなど、まるで競馬ではないか。他国の要人と会合となったらこんなこと聞かれても答えられんよ。あまりにも恥ずかしすぎる」


 そう言ってお父様、額を抑えていた手で今度は顔全体を覆った。


 魔法のある我が国の特色というべきものでしょうね。

 どの令嬢がどれだけ強い魔力を持つかは爵位に関係ない。だからもっとも強い女魔法使いを選出するとなれば男爵令嬢から公爵令嬢まで全員揃えて比較していかないといけない。


 そして比較検討の結果、一番強かったのが最下級の男爵令嬢となれば、その男爵令嬢が問題なく王太子妃になるというわけ。


 他国の目からは、なるほどたしかに奇異に映ることだろう。


 そしてそんな奇特な王太子妃選びが、新たな代でも始まろうとしている。


 いや、私にとっては今世でも……というべきか。

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