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58 死に戻り令嬢、闇から排出する

 戦闘状態を解いたら、私の目の前には何もなくなっていたわ。


 兵士の死体も、武器の残骸も、返り血すらも残ってない。

 綺麗なもの。


 これが本当に戦闘の跡なの?

 あまりにもすべてが綺麗に消え去りすぎて、つい何秒か前が夢であったかのようだわ。


 すべてを飲み込み、自分自身と共に消え去る最強最悪の魔法物質。

 それが暗黒物質。


 間違いなく全魔法の中でも最強……しかも次元違いの威力を誇る強さだわ。

 しかもこれを呪文なしで操れるなんて……。


 これが精霊の王……闇の精霊の力を借りて行う闇魔法なのね。


「エルトリーデ!」


 背後から呼びかけられて、ビクリと震えた。


 物凄く聞き覚えのある声。

 このまま逃げてしまおうかと考えがよぎったが、それでどうなるというものではないわ。

 観念して振り向くと、視界に入った顔は今までにないほど呆然としていた。


 喜びや怒りといった感情を読み取ることはできないけれど、とにかくすべての感情が消し飛んだ空虚な表情。


 そんな顔のキストハルト様を見たのは初めてのことだった。


「キミが何故ここに……、いや、そういうことはなく……! 怪我はないか? いやそれでもなく……そうでもあるが……!!」

「キストハルト様、落ち着いてください」

「落ち着いていられるか!」


 私へ駆け寄ると、やや乱暴に両肩を掴むキストハルト様。

 無意識なのだろう、痛いほどの力が私の方に伝わってきた。


「何なんだ、あの……黒い、煙のようなものは? 魔法なのか? しかしあんな魔法は見たことも聞いたこともない。しかも何属性だ? 無形だから風属性かとも思ったが、風ならあんな真っ黒な色はつかない。地属性にしては流動的すぎる。……いや、そもそもキミは魔法が使えないはずでは?」


 頭の中で様々な疑問が、泡のように湧き出しているんでしょう。

 さすがのキストハルト様の明晰頭脳でも、処理が追い付かないほどの。


「……」


 一瞬このまま黙っていようかとも思ったが、さすがに何もなかったことにはできないわよね。

 再び観念して、口を開く。


「キストハルト様、今のは闇魔法ですわ」

「やみ、まほう……!?」

「私だけに許された非常に特殊な魔法です」


 こんな説明で通じるかしら?

 通じるわけないわよねザックリしすぎている。


「闇属性の魔法!? そういえば何かの学説があったな。地水火風、そして光の五属性、それに加えて六つ目の属性魔法があるはずだ……なければおかしい、と。推測やシミュレーションの結果、五つではなく六つでなければ調和がとれない、完璧になれないと。……では、その欠けた六つ目に収まるのが闇属性の魔法だというのか?」


 あらやだ、通じちゃったわ。

 たったこれだけの少ない情報で。やっぱりキストハルト殿下は英明でいらっしゃるのね。


「そんな特殊な魔法をキミは今まで隠していたのか? 魔法が使えない『魔力なし』令嬢に扮して……」

「いいえ、違います。私はたしかに『魔力なし』令嬢です……『魔力なし』でした」

「『でした』?」


 ここまで言っていいものかどうか。

 言い進めるたびに自分の胸に走る亀裂の痛みを自覚しながら、言う。


「私の力の根源である闇の精霊が言っていました。闇は光に照らされて初めて自分を認識できる。闇魔法は、光の御子に愛されることが使えるようになる条件だと」

「光の御子……それはまさか……!?」

「だから私が闇魔法を使えるようになったのはつい最近のことなのです」


 勘のいいキストハルト様が、正しく理解したみたい。


 でも私は居心地が悪い。これではまるで私が、キストハルト様の想いを受け入れたみたいじゃない。


「愛されることが力に……そうか、そうか……!!」

「二人で盛り上がっているところ悪いが」

「ぐわッ!?」


 キストハルト様を押し退けて出てきたのはフリード皇太子。

 空気を読まずに割り込む押しの強さはさすが皇族ね。


「アナタがここまで凄まじい力の持ち主だとは知らなかったぞエルトリーデ嬢。我が帝国自慢の最新兵器がまったく歯が立たなかった」

「使い手が間抜けだったのでしょう。いかなる優れた道具も、使い手に知恵が足りなければ性能を発揮できません」


 そういうことにしておいて。


「その間抜けたちだが……恐ろしいな。死体すら残さずに消し去ってしまうとは。これほど徹底した破壊の方法があるのか? 私は、この国への評価をますます改めなくてはならないようだ」


 どういう方向に改めるのでしょうかねえ?


 フリード皇太子としては最強と信じてやまなかった御自国の軍事力がこんな形で破れるところを目の当たりにしたのだから、心中複雑なんでしょうけれど。

 でも……。


「間違っておりますよ殿下。私は何も破壊しておりません」

「は?」

「暗黒物質は、物質でありながら歪んだ空間である、異なる二つの性質を併せ持っています」


 暗黒物質の中に取り込まれたものは、生物だろうと物質だろうとまず時間を止められて固定される。

 その状態で暗黒の疑似空間内に保管され、そのあとは暗黒物質の発生させる調重力で押し潰すもよし、空間歪曲が生み出すワームホールでまったく別の場所へ放り出すもよし。


 もちろん飲み込んだこの場に戻すこともできる。


 暗黒物質の穴から、ずるりと放り出される人体。


「ごぉげ……!? 帝国軍は最強……! いやはぇ!?」

「叔父上!? これは驚いたな!?」


 暗黒物質内では時間を止めてありますから、生死どころか体調の変化すらありませんよ。


「フリード皇太子殿下。貴国へ反逆を行い、我が国を滅ぼさんとした戦犯です。どうか妥協なきお沙汰を下されますよう」

「殺すことすらせず無力化を果たしたと?……まだまだ評価の上方修正が足らないらしい」


 皇太子は汗を流しながら言う。


「キストハルト殿、この犯罪者の身柄は一時貴国へ預ける。よろしいか?」

「当国としてはかまいませんが、よろしいので?」


 意外なる皇太子からの提案にキストハルト様も意外そうだわ。


「この男は、貴国にとっても許されざる罪人であろう。それを我が国へ持ち帰り、すべてを我が国だけで処理するのも義理を欠くと思ってな。そもそも私には独断でコイツを裁く権限はない、元皇族にして反逆罪の適用者であるからには現帝たる父上の判断を仰がざるをえまい」


 よって彼は一時帰国する、と。

 その間、問題の身柄はスピリナル王国の預かりとすることで、裁きに介入できる保証をこちらに残してくれた、ということなのだわ。


「もし我々が話し合っている間に無断で処刑されても文句は言わぬよ。それだけのことをこやつは仕出かしたのだから」

「待てフリード! 私を助けてくれ! 私はお前の叔父だぞ! 皇族の絆を忘れたか!?」


 取り残されると悟った将軍は大騒ぎ。

 やっぱり時を止めて固めておいた方がよかったかしら。


「都合のいい時だけ肉親の情を持ち出さないでくれ。私は皇族だからこそ、帝国を害する者を許せない。周辺各国との和を乱す人間もな」

「私は帝国を愛するがゆえに……! 最強と恐れられた帝国の栄光を取り戻すために……!」

「それは愛ではなく執着だ。相手を好きなように変えたいという歪んだ愛情は、敵意よりよっぽど質が悪い」


 皇太子殿下は、叔父様を許す気がまったくないようね。

 それもそうでしょう今、彼に一片の情けでもかければ、十割帝国の責任で悪化したスピリナル王国との関係にとどめを刺しかねない。


 他国からの非難も起きかねない今回の失態。被害を最小限に食い止めたいんだわ。


「エルトリーデ嬢」

「はいッ!?」


 敗北感に泣き崩れた叔父様をもう一顧だにすることなく、皇太子は何故か私へ話しかける。


「この様子では、叔父上につき従ってきた数万人のバカどもも吐き出すことができるのだろう。どうか戻してやってくれぬか。許されるなら連れて帰りたい」

「それは……」


 一瞬キストハルト様を見る。

 この場の王国側の最高責任者はキストハルト様なので何事にも彼の許しは必要だわ。


 キストハルト様が頷いてくれたので、暗黒物質内に囚われた帝国兵士さんたちを解放すると雪崩のように出てきた。


「圧巻だな。これだけの人数を一人で無力化する。改めてデタラメさを実感できる」

「フリード殿、この兵士たちはどうするつもりだ?」

「愚かな司令官に翻弄されて哀れというべきところだが、さすがにお咎めなしというわけにもいかん。戦場では上官に絶対服従ではあるものの、二人の上官どちらが優先されどちらに従うべきかを自分で考えられるようでないと兵士としては役立たず。その辺りを重点的に鍛え直すこととなるだろう」


 武力国家デスクローグの錬兵はやはり厳しいのでしょうね。

 ご愁傷さまと思ったけど彼らに危うく滅ぼされるところだった側としては、やっぱり同情できないわ。


「エルトリーデ嬢、礼を言わせていただく。アナタのお陰で貴国も我が国も無事に済んだ。さもなくば両国ともに回復不能の傷を負っていたことだろう」

「私はやるべきことをしたまでですわ」

「それも貴族としての責任か?」

「もちろんです、他に何か?」

「いや、エルトリーデ嬢には重ね重ね、礼を言わねばと思っただけだ。個人的にもな」


 個人的?

 どういうこと?


「どう転ぶにしろ、私とセリーヌの結婚はこれで白紙に戻ると思っていたからな。本国がこれだけのことをやらかしたし、信頼も底まで落ちたろう」

「それは、まあ……」

「しかしエルトリーデ嬢とキストハルト殿が双方の被害をほぼゼロに抑えてくれたおかげで、何とか婚約を継続できる目途が立ちそうだ。我が国の者どもも説得する材料ができたしな」


 説得の材料?


「我が帝国軍をたった一人で制圧できる人材を抱えた国があるのだ。そんな国を粗略にはできん。婚姻によって誼を結べるなら皆それに賛成しよう」

「ああ、そういうことですね」

「あとはその人材が、どういう席に着くかだがな」

「?」


 皇太子は悪戯っぽい笑みを浮かべると、そのまま身を翻す。


「私からの話は以上だ。あとはそちらの御仁と心行くまで話し合われるがいい」


 そちらの御仁?

 振り向くとそこにはキストハルト様がまんじりともしない顔で仁王立ちしている。


「話の腰を折って悪かったなキストハルト殿。アナタたちの話が長くなりそうだったので、こちらを先に終わらせたかった。あとの時間はすべてアナタたちに委ねる」

「言われなくともそのつもりだ」


 キストハルト様は私の腕を掴んで引っ張っていく。


「あのッ!? キストハルト様どこへ?」

「二人きりでゆっくり話のできるところだ。キミには聞くべきことがたくさんできたからな」


 ええ!?

 二人きりって!?


 いつにない思い詰めた表情のキストハルト様に、抵抗もできずに私は連れていかれるのだった。

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